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第37話『玉座』

「百千切さぁあぁあああぁん——!!!!」

「はぁ……はぁ……はぁはぁ……ここまで苦戦(くちぇん)したの、せんじゅはぢめて……」


せんじゅは息を切らしながら、百千切の身体を貫いていた五本の鉄指を、無造作に引き抜いた。

肉の擦れる湿った音とともに、大量の鮮血が飛び散る。

その身体が、抜けていく指に引きずられてぐらりと揺れた。


一瞬、彼が身をよじって抗おうとしているのかと錯覚する。

まだ、生きているんじゃないかって。

でも、そんなのは私がそう思いたかっただけで。

支えを失った身体はあっけなく崩れ落ち、ごろん、と横向きに転がっても、投げ出された手足はぴくりとも動かない。

そこから、彼が起き上がることは二度となかった。

 

「後始末(おかたづけ)——めんどくちゃいなぁ。まぁいっかぁ。実験体(ちゃんぷる)は沢山(たくちゃん)集まったち。いひひひひっ」


せんじゅはそう言って、再び私に視線を向けた。

正確には、私が握っている"球体状のコア"に向けて。

 

「瑠璃!!そこから逃げてっ!!早く!!」

烈々子(れつこ)が何度もそう叫んでいる。

聞こえている、逃げなきゃいけないと、頭では理解している。

何度も、何度も「動いて」と命じているのに、両足は床に縫い留められたみたいに、びくともしなかった。


百千切が考案してくれた最後の作戦。

結果だけを見れば、私はせんじゅから"ソレ"を奪うことに成功した。

だけど、それでも。

彼女の生命活動が止まることはなかった。


もしかしたら。

別のどこかにあったのかもしれない。

私が必死になって奪ったものは、そもそも命に関わるものですらなかったのかもしれない。

今となっては、それを確かめる術(すべ)はないけど。


もう一度作戦を練り直す……?

いや、そんなことをしている間に、私たちの方が一人残らず殺される。

本当に、本当に、最後の機会(チャンス)だった。


私たちより、相手の方が一枚上手(うわて)だった。

ただ、それだけ。

たったそれだけのことで、片づけられてしまうのが悔しい。


「あーあ。放心状態(からっぽ)になっちゃった?にひひひ——」

突き出される五本の鉄指。

呆然と立ち尽くす私に、その切っ先が突き刺さろうとした、その時だった。

 

ズギィァァァァァァァァン——ッ!!


「んぎっ!?」

刹那、眩い閃光が視界を覆い尽くした。

光が薄れ再び目に映った光景は、片翼を根元から吹き飛ばされたせんじゅの姿だった。

突如として横合いから放たれた"何か"が、彼女の鋼鉄の翼を撃ち抜いたのだ。砕けた金属片が降り注ぐ中、せんじゅは大きく体勢を崩しよろめく。

 

「まだまだイグわよおお゛お゛お゛ぉぉ゛ぉ゛ぉ゛お゛ーッ!!」

天井を突き破ってしまうとすら思わせる、凄まじい声量の雄叫声(オホゴエ)。

聞き間違えるはずもない——ミスティの声だ。


声のした方へ目を向けると、ミスティと烈々子(れつこ)が、せんじゅが操っていた巨大な殺戮兵器——阿修羅道(アシュランド)。

その左腕に備わった砲台を二人がかりで持ち上げていた。

ミスティが残った右腕で抱え、片腕では支えきれない分を烈々子が両腕で下から補助する形で支えている。

ついさっきまで私たちを蹂躙していた電磁砲(レールガン)が、今度はせんじゅへと向けられていた。

無数の手榴弾爆撃で、完全に機能停止していたはずなのに。

 

ギュォォォォォン――バチバチバチバチッ!!


考える間もなく、再び眩い光が膨れ上がる。

腹の底まで震わせるような重低音に、空気を引き裂く放電音。

そこへミスティの雄叫声(オホゴエ)までが重(つら)なって。

鼓膜ごと破壊しかない二重奏(デュエット)が、闘技場中に響き渡る。


「さっきのは"真白(ましろん)"の分ッ!!そしてこれが——"まじゅまん"の分よォッ!!!」

全身の至る所に浮かび上がる血管が、はち切れんばかりに歯を食いしばるミストゥビオ。

その瞳に宿るのは——怒りとも、憤りとも、憎悪とも違う。

亡き友の想いを繋ぎ、残された者を守り抜く覚悟。

胸に刻んだその決意を轟かせるように、ミスティは雄叫声(さけん)だ。

 

「受け取りなさぁあああああああいッ!!!」


ズギィァァァァァァァァン——ッ!!

 

二発目。

せんじゅは身体をそらし、迫る光線から逃れようと試みる。

だが、片翼を失った不安定(アンバランス)な身体では満足に体を動かせないのか、回避の動きがわずかに遅れる。

高出力の光の奔流が、今度は黒光りするせんじゅの左腕を貫いた。


「くあ゛っ!!」

罪深があれほど打撃を叩き込んでも、傷一つつかなかったあの腕が。

まるで薄氷を踏み砕くように、いともあっさりと粉々に砕け散った。黒鉄の破片が飛び散り、何本もの配線が引き千切れる。

なおも光の奔流は勢いを失わず、背後の闘技場の壁面まで容易く貫き、焼き切った。

 

「そしてこれが——命がけでアタシ達にここまでバトンを繋いでくれた、色白美男(ちぎりん)の分よォォッ!!!!」


とどめとばかりに放たれた三発目。

光の奔流が、せんじゅの残る片翼を根元から吹き飛ばした。

宙に浮いていた身体が大きく傾き、そのまま床へと豪快に叩きつけられる。

砕けた翼の残骸とともに、幾度も転がり床を滑る。


「ぎっ……ぐ、ぅう……っ……うゔ……!!」

「そんな……ま、まだ……動けるの……?」


私は思わず、その光景に目を疑った。

満身創痍。

半死半生にもかかわらず。

胴体への直撃こそ免れたとはいえ、あの阿修羅道(アシュランド)の電磁砲(レールガン)を三発も。

左腕を失い、両翼を砕かれてなお、この少女は立ち上がろうとしている。


一体、何がそこまで彼女を突き動かしているのか。

その凄まじい執念を前に、私は恐怖を通り越し、もはや畏敬(いけい)に近い感情さえ抱いていた。


「はぁ、はぁ……せ……せ……せんじゅは、え、えらばれた特別な……存在(ちょんざい)……。“かみちゃま”が、認めてくれた……ちみの……才能(ギフト)は……ツゴイって……!」


残った右手を床につき、身体を無理やり押し上げる。

途中、がくりと膝が折れかけるも、絶対に倒れてたまるものかとばかりに爪先を床へ突き立て、踏みとどまる。


「せんじゅの”ぎょくざ”は!!!誰にもわたしゃない!!!!」

ついに立ち上がった少女は、歯を剥き出しにし、喉が裂けんばかりの声でその名を呼んだ。

 

「あしゅらんどーーーーーッ!!!」

その叫びに、呼応するかのように。

沈黙していた阿修羅道(アシュランド)の両眼——亀裂だらけのモニターを、赤い光の筋がほんの一瞬だけ点灯(とも)った。

 

ビーッ!!ビーッ!!ビーーーッ!!!

直後、けたたましい警告音が響き渡る。


「なになにこの音っ!?おい阿修羅道(デカブツ)!アンタ急にどうしちゃったのよ!」

「ミスティさん、あそこを見てくださいっ!」

烈々子《れつこ》が指差したのは、装甲が剥がれ落ち、ほとんど内部が剥き出しになった胴体。

その奥にある中枢部分が、どくん、どくんと心臓のように脈打ち始めた。

 

「なによアレ!?しかもどんどん膨らんでない!?まさか爆発!?冗談じゃないわよッ!最後の最後に爆発オチなんてサイテーだわッ!!」

「だいせいかぁ〜い!!せんじゅの奥の手!"じばくそーち"、起動しちゃいまちたぁ!」

「ななな、なんですってぇ!?」


ミスティの反応を楽しむかのように、せんじゅはにたりと口の端を吊り上げた。


「せんじゅの"居場所(ぎょくざ)"を、だれかに渡すくらいなら——みぃんな、まとめて"みちづれ"にちてあげる」

まるで、とっておきの遊びを思いついた子どものように。

せんじゅは嬉しそうに、喉を鳴らした。


「いひひっ。ひとりも帰してあげない。せんじゅといっしょに、ここでおちまい。いひひひっ、ひひひひひひひひひひっ!」

甲高い笑い声が、けたたましい警告音と重なり響く。


——せっかく、ここまで追い詰めたのに。

最後の最後に、まだこんな奥の手を残していたなんて。

どうすれば、自爆を止められる。

ふと、せんじゅから奪ったコアへ目を落とす。

掌の中で、今も淡く光を放つそれ。

未だに、これがなんの役に立つのかは分からない。


「うぅ……あれ……? な、何この音……?」

その時だった。

すぐ近くで倒れていた罪深が、床に手をついて上体をゆっくりと起こした。鳴り響く警告音に肩を竦め、戸惑ったように辺りを見回している。


「え……え……?ど、どういうこと……?」

その声と怯えた表情には、さっきまでせんじゅと渡り合っていたときの面影はない。

どうやら今は本来の主人格、罪深へと戻ったようだ。


「説明は後です!立ってください!」

「え、えっ!?」

私は罪深の腕を肩に回し、半ば強引に立ち上がらせる。


「あっちへ!できるだけあの阿修羅道(ロボット)から離れてください!」

我ながら、ひどく険しい顔をしていたと思う。

けれど、この切羽詰まった状況でそんなことまで気にする余裕なんてない。

闘技場の隅を指差すと、罪深は戸惑いながらも頷いた。

ふらつきながらもそちらへ歩き出したのを確かめ、私は烈々子の方へと駆け出した。

 

「——どこよッ!停止ボタンはどこにあるのよッ!?」

ミスティは脚を引き摺りながら、阿修羅道(アシュランド)の周囲を回り込む。

装甲の隙間から剥き出しの内部まで、あるかどうかもわからない停止ボタンを必死に探し回っていた。


「ミスティさんっ!もう逃げないと時間が——」


「いひひひひひひっ!逃げるってどこに〜?扉は閉(ち)まってるし、今から逃げても間に合わないよ?爆発範囲は"ごひゃくメートル"だもん♡」


ビーッ!ビーッ!ビーッ!

警告音の間隔が、どんどん短くなっていく。

もう、いつ爆発したっておかしくない。


「早くッ!」

烈々子と二人でミスティの身体を支え、必死に足を動かす。

少しでも遠くへ。

今はもう、それしかできなかった。


「いひっ……ひひひっ」

せんじゅは笑っていた。

片腕と両翼を失い、まともに立っていることさえ難しい、小さく華奢な身体を震わせながら。


「せんじゅの、かちだね」

その瞬間、警告音がぴたりと鳴り止んだ。

私は咄嗟に身を縮め、ぎゅっと目を閉じる。


間に合わなかった。

結局、何もできなかった。


…………。


……………………。


…………?


あれ…………?


…………おかしい。


衝撃が、来ない。

爆発音も聞こえない。

一秒、二秒、三秒。

心の中でゆっくりと数える。


それでも……何も起こらない。

ついさっきまで鳴り響いていた警告音が嘘のように、辺りはしんと静まり返っていた。

 

私が、恐る恐る目を開くと、目の前の阿修羅道(アシュランド)の胴体から、白い蒸気が噴き出しているのが映った。

あれほど激しく脈打っていた中枢部分は、空気の抜けた風船のように、みるみるうちに萎んでいく。

 

「……へ?」

せんじゅの口から、間の抜けた声が漏れる。


「まったくもう——相変わらず滅茶苦茶ね」


まるで、悪戯好きな子供をたしなめるような口調だった。

柔らかく、耳に心地よい。

この惨状の中でなければ、思わず安心してしまいそうなほどに。


声のした方へ目を向けると、いつの間に開いたのか、扉の向こうからゆっくりと一つの人影が姿を現した。


コツリ、と高いヒールが床を鳴らす。

足元の細いヒールが、すらりとした立ち姿をより一層際立たせている。

銀鼠色を帯びた長い白髪に、黒一色のドレス。

その生地を彩る黒薔薇と、惜しげもなく晒された胸元で光る幾重もの宝石。

顔を覆うのは、せんじゅと同じ鼠の面。


ただ、そこに立っているだけ。

それなのに、気づけば目が離せなくなっていた。

ドレスの裾を優雅に揺らし、その謎の女性は私たちの方へ歩いてきた。

 

「"ギンセツ"おねちゃん、なんでここに……」

せんじゅが掠れた声で呟いた。

残った右手を胸元へ引き寄せ、わずかに身を縮める。

 

「……当たり前でしょう?第四試練(ゲーム)はもうおしまい。あなたはここまでよくやったわ」

ギンセツという鼠面は歩きながら、胸の前でゆるく両手を合わせた。


「——でも、勝者は彼ら。せんじゅちゃん、あなたは負けたのよ」

「っ!!」


「才能(ギフト)もろくに使いこなせていない、ただの女子高校生。その子に素手でコアを奪われた時点で、とっくに勝負はついていた」

諭すような声に、せんじゅの肩がぴくりと跳ねる。


「頼みの阿修羅道(おともだち)は壊されて、あなた自身もその有様。それでも負けを認められなくて……最後は参加者もろとも道連れにしようだなんて」

面の向こうから、溜息交じりの笑いが漏れる。

「そんな結末、誰もお願いしてないでしょう?」


「……ちがう、せんじゅは、あしゅらんどは……まだ負けてないっ……!」

「あらら。往生際が悪いわね、反抗期かしら」

ギンセツは軽く首を傾げると、今度は私たちへ顔を向けた。


「——とにかく。試練(ゲーム)は終了。生き残った子達はお疲れ様。ほら、肩の力を抜いて少し休んでてちょうだい」


あまりにもあっさりと告げられた、試練の終わり。

……終わった?

私たちが、勝った?

聞き間違いではない、よね。

隣の烈々子も、ミスティも、口を開きかけたまま何も言わなかった。

喜ぶどころか、顔を見合わせる余裕すらなく。

私たちはただ、目の前の二人のやり取りを呆然と見つめる事しかできなかった。

 

「ちがう」

その時、俯いたままの状態で、せんじゅがぽつりと呟いた。

「ちがう、ちがうちがうちがう!せんじゅ、まけてない!まだうごける!まだころせるもん!」

残った右腕が、私へと向けられる。

その五本の鉄指は、かたかたと小刻みに震えていた。


「はぁ……困ったものね。その腕を上げるだけでも、やっとでしょうに。コアを抜かれた時点で、あなたの命はもう尽きかけているの。今は、わずかに残った予備エネルギーで動いているだけ。そうでしょう?」

「……うるしゃい!ちったような口、きかないで!」


ギンセツはその後も、しばらくせんじゅを見つめた後、小さくため息を一つ。 

そして、なぜか今度は私の方を振り向くと、ヒールを鳴らし、迷いのない足取りで近づいてくる。


思わず身構え後ずさろうとしても、足がうまく動いてくれない。

試練は終わった。

私たちは助かった……?

そう告げられたことは事実。

でも、その言葉をそっくりそのまま真に受けていいものだろうか。

判断がつかないまま戸惑っていると、気づけば私と彼女の距離は、手を伸ばせば届くほどの距離まで縮まっていた。


「本当はここまでするつもりはなかったけど——」

その時だった。

白い指先が、視界の端を一瞬かすめたその刹那。


……あれ?

掌が、軽い。

これまでずっと握り締めていたはずの、せんじゅのアレ(コア)が、消失している。

いつの間に?

手を開いた覚えも、何かに触れられた感覚もないのに。


「せんじゅちゃん。ここまでがあなたの限界。残念だけど、あなたは"玉座に相応しくない"」

せんじゅの顔が、強張った。

その目が、女の手の中にあるものを捉える。

 

「あっ、ま——」


バキィン。

あまりにも、あっけない音だった。

開いた掌をゆっくりと握しめる。

ただそれだけ。

たったそれだけの動作で、せんじゅのコアは粉々に砕け散った。


瞬間、せんじゅの膝がガクンと落ちる。

右腕を差し出した体勢のまま、受け身すら取ることなく、顔から床へと倒れ込む。


ガシャン……。

 

「……はん、え……?」

ミスティが、言葉にならない声を漏らした。

烈々子は口元に手を当て、倒れたせんじゅを涙ぐみながら呆然と見つめている。


仲間じゃなかったのか。

同じ運営側の人間じゃなかったのか。

何人も犠牲になった。

生き残った私たちも、傷だらけになった。

全員の力を結集して、それでもなお、打ち倒すことができなかったかつての敵を。

この人は、指先ひとつでいとも簡単に終わらせた。


ギンセツは掌を傾け、残った破片をぱらぱらと床へ落とした。

そして、埃でも落とすように両手を軽く払うと、

「|Congratulations《おめでとう》」


柔らかな声で、私たちを祝福した。

その声に、背筋の奥がひやりと冷える。

 

「あなた達は見事、第四試練(ゲーム)を突破した。次はいよいよ、最終試練(ゲーム)になるわけだけど……」

漆黒のドレスの裾が、倒れたせんじゅの傍を通り過ぎる。

女はもう、そちらを一瞥すらしなかった。


「その前に、自己紹介をしておくわね」

私たちの前で足を止め、胸元にそっと手を添える。

「最終試練(ゲーム)の試験官を務める、銀雪(ギンセツ)よ。何と呼ぶかはお任せするわ」


そう言って、彼女は自らの鼠面に指をかけると、少しのためらいも、もったいぶった仕草もなく。

あっさりとその面を外した。


露わになった素顔を見た瞬間、息が止まった。

初めて見るはずの顔。

目元も、鼻筋も、唇の形も。

何ひとつ、知っているはずがない。

なのに。

どうして、そのどれにも見覚えがあるのだろう。

心臓がどくん、と跳ねる。

気づけば、私は自分の頬に触れていた。


「|Incredibile《ウソでしょ》……」


「なんで……瑠璃ちゃんと、同じ顔……?」

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