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第12話『いきのこり』

「ま、他の連中(じんかく)はよっぽど特殊な状況でもねぇ限り、そうそう表には出てこねーけどな。それこそ、妬深(ねたみ)嫉深(そねみ)の双子共に限ってはもう何か月も出てきてねーし」

「双子……!?」

百千切(ちぎり)の声が、露骨に弾む。

「なんだいそれ。そんな事例、"解離性同一性障害"の症状でも聞いたことがない……あぁいい、ゾクゾクが止まらないよ」

気がつけば、試練(ゲーム)の事などお構いなしの様子で、彼の興味は完全に、スピーカーの向こう側にいる七人の人格へ向けられている。


「もっと、もっと――教えてよ。他にはどんな子たちがいるんだい?」

「言うかバカッ!ウチらにはウチらなりの決め事(ルール)とプライベートっつーもんがあんだよ!」

「でも、もう結構バラしちゃってるよ」

「うるせぇ!!テメェがねちねち聞いてくっからだろうがタコスケッ!!」

「ハハハハッ」

スピーカー越しに響く百千切の笑い声は、どこまでも楽しげだった。未知の症例を前にした純粋無垢な好奇心。

そういった意味では、彼が医者を志したのも至極当然の結果といえる。


「……ふぅ。ありがとう。キミのおかげで、生きる気力が湧いてきたよ。本当はこのまま、僕のしょうもない走馬灯でも脳内上映しながら、ゆっくり最期の時間(とき)を過ごすのもアリかと思ってたんだけどね」

「あ?何言ってんだオマエ」

「ハハハ。とにかく、まずは僕たち仲良く揃ってここを出ないことには始まらないと言う訳さ。罰深ちゃんはパズル得意かい?」

 

「無理無理、ウチの専門は徒手格闘(なぐりあい)口喧嘩(ディスりあい)。パズルなんて想像しただけで頭痛ぇーよ」

「うーんそれは困ったねぇ。僕は手助けできないからなー」

「テメェの手を借りるくらいなら、干からびた方がマシだっつの。それに――」

そう言って、罰深はぶかぶかの上着の袖口から右手を引き抜いた。現れたのは、陽の光を浴びたことがないと言われても、思わず納得してしまいそうなほど、白く細い腕。

その肌には、所々に古傷が薄く浮かび上がっている。

切り傷。擦過傷。あるいは、もっと別の何か。

だが、それ以上に目を引いたのは――彼女の手の甲に刻まれた、六芒星(ヘキサグラム)を想起させる幾何学模様風のタトゥーだった。白い肌とはあまりに対照的なその黒々とした紋様は、それこそ古傷の事など気にならない程に、存在感を放っている。

 

六芒星の頂点には、それぞれルーン文字で 『ᛟ・ᚦ・ᚾ・ᛁ・ ᛞ・ᚺ』の六つが刻まれていた。

罰深は左の人差し指を立てると、六芒星の中心から『ᚾ』の文字へ向かって、ゆっくりとなぞりながら、低いトーンで呟いた。

「交代だ、恨深(うらみ)

 

次の瞬間――。

糸が切れた人形のように、罰深の首がだらんと垂れる。

「……」

数秒間の沈黙の後、再び顔を上げると、先ほどの彼女はいなかった。荒々しい怒気は消え失せた代わりに、軽薄で、いたずらっ子の様に満面の笑みを浮かべる別の人格(かのじょ)が、そこにいた。

「へいへ〜い!こーゆーのは、あーしの得意分野じゃーん♪」

「ハハハッ!」

その様子をマイクスピーカー越しに聞いた百千切は、心底愉快そうに笑った。

「賑やかで結構」


✳︎ ✳︎ ✳︎

【18:27】

「はぁ」

【18:26】

「はぁ」

【18:25】

「はぁ、はぁ、はぁ」


【Completed!!】


「なんとか……間に合った……」

ガシャンッ!

ジグソーパズルの完成と同時に、長い間私の両脚を縛りつけていた拘束具が外れた。

同時に、頭部に装着されていた機械を乱暴に脱ぎ捨てる。

その瞬間、極限まで張り詰めていた糸がぷつりと切れたように、全身から力が抜けた。

私はそのまま、だらりと椅子にもたれかかる。


「あ゛~あっづ……」

ついさっきまでは、極限の集中下で感覚が麻痺していたが改めて思う。この部屋はいくら何でも"熱"すぎる。

制服は汗でくったりと肌に張りつき、全身びしょびしょ。

脳味噌なんて、もう何度沸騰しかけたか分からない。

普段はかき上げている前髪も、今は汗のせいでぺったりと顔に張り付いている。私はそれを左手で乱暴にかき上げると、ゆっくり椅子から立ち上がった。


「痛っ!」

案の定、この拘束具は熱を閉じ込める性質だったらしい。

両足首にはくっきりと痕が残り、皮膚はやけどのように赤く染まっている。あと何分か脱出が遅れていたら――なんて想像したくもない。とにかく今は助かったのだから、これくらいは許容範囲としよう。


間違いなく、激闘だった。

"千ピース"という膨大な数のピースを、たった一時間という制限時間の中で組み上げる。

常識的に考えれば、そんなことは本来不可能だったと思う。

ただ、今回に限っては――幸運としか言いようのない条件が、たまたま奇跡的に当てはまっていたのだ。


いつ、どこでやったのかは分からない。

けれど私は過去に、このパズルを組み立てたことがあった。

それも一度ではなく、何度も。

完成させた『モナリザ』の顔を再びバラバラにして、もう一度組み立てる。そんな理解不能な一見無意味とも思える作業を、なぜか何度も何度も繰り返していた。

最初に見た時は、そんな記憶に気づきもしなかったのに。

けど、一度ピースを手に取った瞬間、思考より先に手が勝手に動いていった。

このピースは、どこに置くべきか。

そんなことを考える必要すらなく、まるで身体の方が答えを覚えているみたいだった。

我ながら、気味が悪いとさえ思ったけど、難易度:ベリーハードを突きつけられた今の私にとって、そんなことを気にしている余裕はない。

理由は分からない。それでも何故か指は勝手に動き出す。

ならば、この好機を活かさない手はない。

気味が悪かろうが、なんだろうが。

生き残るためなら、使えるものは全部使う。

 

そうなれば、残る課題は時間経過による室温の上昇。

だが、これに関しては救済措置なのか何なのか、よく分からない謎ギミックのおかげで急死に一生を得た。

制限時間が三十分を切ったあたり、突然テーブルの端が開き、そこからなぜか500mlの水が一本せり上がってきたのだ。

あの瞬間は、感動のあまり大声をあげかけた。

というか、あげてしまった気がする。

恥も外聞も全て捨て去り、まるで伝説の剣でも引き抜くかの如く、私はそのペットボトルを秒速で掴み取り、蓋をねじ切る勢いでこじ開けた。

そして――ものの一口で完飲。

あれがなければ、今頃私はジグソーパズルどころではなく、道半ばで力尽き、机の上に突っ伏したまま、静かに昇天していたかもしれない。


とまあ、総括はこれくらいにしておいて。

依然として、この部屋がただならぬ熱気に包まれていることには変わりない。せっかく完成(クリア)したというのに、ここで倒れてしまっては元も子もない。

他の皆は、おそらくとっくにクリアしているはずだ。

私も早く合流しなければ。


✳︎ ✳︎ ✳︎

入口付近へ近づくと、こちらが何か合図をするまでもなく、扉はひとりでに口を開きはじめた。

ゆっくりと開け放たれていく出口。

その向こう側へ、私は一歩を踏み出す。

……待ちに待ち望んだ、まさに待望の瞬間。

灼熱の密室から解き放たれた私の全身を、外気がふわりと駆け抜けていく。熱に焼かれた肌を撫でる、わずかにひやりとした空気。それだけで、涙が出そうになるほど心地がいい。

ああ――。

私は今、確かに生きている。


この感覚を、何と表現すればいいのだろうか。

痛快無比(つうかいむひ)

雲散霧消(うんさんむしょう)

神清気爽(しんせいきそう)

開豁爽朗(かいかつそうろう)

……とりあえず、脳内にある既存の四字熟語から、一通り候補を並べてみる。

けど、どれも微妙に違う。

惜しい。近くはある。

でも、ピタリとはハマらない。

私の貧弱な脳内ライブラリーには、今この胸いっぱいに広がる感覚を、完璧に言い表せる言葉が見当たらなかった。

言葉にできない感情をうまく伝えられない自分に、ひとり勝手にやきもきしていた――その時。


ここから少し離れた場所にある、緑の立方体の入口。

そこから一人の人物が、凄まじい勢いで飛び出してきた。

「ンンンンンンンッ!ソッリエェェェエヴォッッ!!」

自分が最後だと思っていたけれど、どうやらそうではなかったらしい。

それにしてもなんなんだ、あの人のテンションは……"ミストゥビオ"さん、だったっけ。

あの人って、ああいうパッション全開系の人だったんだ。

どこかの国の謎言語を叫びながら飛び出してきたかと思えば、次の瞬間にはその場でくるくると回り始める。

そして今は、信じられないくらい呑気にタップダンスに興じている。


カツン、カツン、カツカツカツッカッ。

あまりに予想外な光景に、私は一瞬だけ完全に固まる。

だが、同時に気づかされた。

生物には、何も言葉で伝えずとも。

もっと原始的で。

もっと直感的で。

もっと明瞭な表現方法が、ちゃんと存在するではないか。


――(Odo)

それこそが、最も純然で最も普遍的な感情表現だったのだ。

そこに言語の違いは関係ない。文化の違いも関係ない。

生きている!

嬉しい!

助かった!

そのすべてのありとあらゆる感情を、彼は己の身ひとつで、体現せしめている。

完敗……感情表現において、私は今この瞬間、ミストゥビオさんに完全敗北を喫した。

と、そんなことは理解しつつも。

『羞恥心』というちっぽけな感情ごときに屈してしまう私は、我ながら少し情けなく思ったりもするのだった。


そんな事を考えていると、少し遅れてもう一人が別の入り口から姿を現す。

真白(ましろ)さんだ。

やっぱり流石だな。

本当に、生きてくれてて良かった。

これで緑チームは二人とも無事にクリアした事になる。

そうなると、残りの人たちの安否も気になってきたその時だった。

 

「瑠璃ちゃああああぁぁああぁぁあああぁんっ!!」

「ぐへぇっ!?」

頭からつま先までの衝撃のイナズマ。

気づけば、私の視界はぐるりと反転していた。

本場アメフトばりの全力タックル。

その破壊力を真正面から受け止めた私の体は、抵抗する暇もなく宙を舞い――そのまま地べたへと、見事にタッチダウンを決められた。


「れ、れ、烈々子(れつこ)さん……」

「瑠璃ちゃあああぁぁんっ……!!よかったぁ、ほんとによかったぁあああぁあぁあぁ……」

目が合った途端、私の胸の上でぼろぼろと泣き崩れる烈々子。

うぐっ……ぐるじい。

状況はまだ掴みきれていないけど、ひとまず彼女が無事に生還してくれていた事に、心から安堵する。


「大丈夫ですよ、泣かないでください」

私はどうにか片手を動かし、烈々子さんの背中をぽんぽんと軽く叩く。

「烈々子さんが無事で、私もほっとしました」

「ゔんっ…!ゔんっ…!瑠璃ちゃん出てくるの遅いから、何度も良くない想像しちゃって、それで……うぁあああぁあああぁぁんっ!」

言葉の途中で、烈々子の瞳からまた涙が溢れ出す。

こうなってしまっては、「泣かないで」なんて言葉はむしろ逆効果だ。泣きたい時は、思う存分泣ききった方がいい。


「大丈夫です。私はここにいますから」

泣きじゃくる烈々子さんの頭を、ゆっくりとなでる。

「ひぐっ、ひぐっ……ぐすん、ぐすん……」

私の汗でびっしょりになった制服にも構わず、烈々子さんはしがみついたまま鼻を啜っていた。

「烈々子さん、私はいいんですけど……今の私、汗だくで汚いですよ?」

「いいもん……いいもんっ……」

涙でぐしゃぐしゃになった声で、彼女は続ける。

「瑠璃ちゃん、あったかいっ……生きてる……ちゃんと、生きてくれてる……良かったぁ……」


その一言に、胸の奥がぎゅっと詰まった。

暑さで火照りきった体も。

ぐちゃぐちゃに乱れた髪も。

汗を吸って重たくなった制服も。

さっきまではただ不快で、気持ち悪くて、一秒でも早く脱ぎ捨ててしまいたいとしか思えなかったものすべてが。

今この瞬間だけは――報われたような気がした。

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