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第10話『悪戯サディスティック』

凹凸だらけの壁面に、きらびやかな装飾がこれでもかと施された、絢爛(けんらん)たる玉座の間。

そこには、荘厳な雰囲気を放つ玉座のような椅子が四つ、等しい間隔で並べられていた。中央には、いくつもの巨大なモニターが吊り下げられており、それらはそれぞれ別の視点から、彼らの姿を詳細に映し出していた。

闘志を宿し、必死に足掻くモノ。

恐怖に震え、泣き喚くモノ。

余裕綽々の面持ちで、試練(ゲーム)へ興じるモノ。

そして――すでに脱落したモノ。

 

「……百人力(マッスル)が死んだか」

男のものと思しき低い声が、モニターを見上げながらぽつりと呟いた。

「あーあ、アイツの"ギフト"結構貴重だったのにな。別の試練(ゲーム)なら大活躍したかもなのに、もったいねー」

そう呟いたのは、四つある玉座のひとつにだらしなく腰掛けた人物だった。背もたれに体を預け、片足を肘掛けへ投げ出し、退屈そうに頬杖をついている。

その姿は、玉座へ座る者としての品位を欠片も感じとれない。


一方、その隣に座る者は、ある意味で対照的だった。

独坐。

もう少し馴染みのある言葉で言えば、坐禅。

玉座の上で、坐禅である。

坐禅といえば、主に仏教の禅宗において、姿勢を正して座り、精神を統一する基本的な修行法の一つだ。

だが、それを玉座の上で行うとなると、話は別である。

行儀が良いのか、悪いのか。

神聖なのか、不敬なのか。

むしろ本来の用途を考えれば、逆に不作法とすら言えるかもしれない。どちらにせよ両者とも、椅子本来のアイデンティティを真っ向から否定した座り方であることに違いはない。


「今回こそは、見つかるといいけどなー」

両者の額には、使い古されたような不気味な仮面がつけられていた。性悪な魔女を思わせる、長く尖った鼻先。大きく裂けたように歪んだ口元。丸みを帯びた大きな耳には、所々かじり取られたような痛々しい傷痕が確認できる。

それは、顔を隠す目的というより、人ならざる何かを象るために作られたもの。

暗がりに潜む灰色の影――所謂、鼠を模した仮面だった。

「我らにとって最重要たるは、(カラー)のみ。引き続き、貴殿は定められた務めに励むがよい」

坐禅を組んだまま、男は静かに言った。

そこに感情の起伏は一切感じられない。

ただ、あらかじめ定められた教義を読み上げるような口調だった。


「へぃへぃ。相変わらず堅っ苦しいなアンタは」

だらしなく玉座に腰掛けていた人物は、ため息混じりにそう呟くと、気怠げに片足を下ろしゆっくり立ち上がる。

「んじゃ、俺もそろそろ準備するか」

男はひらひらと片手を振ると、そのまま玉座の間を後にしていく。一人残された坐禅の人物は、吊り下げられた無数のモニターのうち、ある一点だけを静かに凝視していた。

「……」


✳︎ ✳︎ ✳︎


『記憶の断片』file No.XX4


彼の肉体(カラダ)からは、生まれつき二つの異常が検知された。

一つ目は、筋肉の成長を抑制する"ミオスタチン"の機能不全。

本来であれば、一定以上の肥大を防ぐはずの「制御機構」が、生まれながらにして欠落していた。

その結果、彼の筋繊維は際限なく増殖し続ける性質を持っていた。

二つ目は、内分泌系の異常。

胎児期の時点で、成長ホルモンおよび男性ホルモンが過剰に分泌されており、骨格・筋肉ともに通常では考えられない速度で発達する。


この二つの要因が重なったことで、彼の肉体は「抑制のない筋肉の膨張」と「常人とかけ離れた脅威的発達速度」を生まれながらに有していた。

無論、何の手立ても講じなければ、彼はやがて自身の肥大し続ける筋肉によって、成熟しきる前に確実に命を落とす。

そのため我々は、あらゆる対策を講じた。

複数の抑制剤、調整剤、ホルモン制御薬。

継続的な投与と観察。

そして、成長速度そのものを管理するための肉体調整。

結果として、彼の身体を日常生活に支障をきたさない程度にまで留めることには成功した。


身長:194cm/6フィート4インチ

体重:120kg/約265ポンド

体脂肪率:4.1%

骨密度:同年代平均比+315%

握力測定値:205kg/約452ポンド

(より詳細な記録は別資料に記載)


全身は、頑強で鎧のような筋肉の膜に覆われている。

それは人間というより、もはやある種の生体兵器に近かった。

名付けられたギフトネームは、百人力(マッスル)

その肉体は、鍛錬の産物ではない。

生まれながらにして完成されていた、異形の肉体。

抑制され、管理され、成長を縛られ続けてなお、常人を遥かに凌駕する圧倒的な身体能力。


それはまさしく――最強の地上生物(フィジカルモンスター)だった。

 

✳︎ ✳︎ ✳︎


【29:43】


【29:42】


【29:41】

「ハァ、ハァ、ハァ……あと、少し……だ」

汗で張りついた緑の髪をかき上げながら、男は震える指でピースを手に取った。

菖蒲原(あやめばら)逢賭(かける)

現在、彼は紫チームとして、梯宮(うてなみや) 忍不(しのぶ)と共に試練(ゲーム)へ挑んでいる。

 

モニターに表示されているのは、かの有名なスペインの画家、パブロ・ピカソの『泣く女』。

キュビズムを創始した一人に数えられ、"二十世紀最大の芸術家"とも評される男が描いた、歪みと悲痛に満ちた名画である。

鋭く分断された輪郭。不自然に重なり合う色彩。

泣き叫ぶ感情そのものを、無理やりキャンバスへ押し込めたような女の顔。

怒りか、悲しみか、はたまた絶望か。

そのすべてが絶妙に、そして歪な形で混ざり合い、見る者の感受性を一段上の領域へと引き上げていく。

その完成度と迫力については、もはや説明不要だろう。


現在の室温は、すでに50℃。

彼に残された時間はそう多くない。

だが幸運なことに、彼はこの試練(ゲーム)において、いわゆる幸運(あたり)側の人間だった。

なぜなら、与えられたピースの数はちょうど百。

決して簡単とは言えないが、常識的な範囲で言えば、十分に完成(クリア)を狙える作業量(ボリューム)である。

集中力さえ保てれば一時間、早ければ三十分ほどで完成させられる程度。少なくとも、理不尽と呼ぶには相応しくない、適切な難易度だった。


【28:37】


【28:36】


【28:35】

「よし……!これでかんせ――!」

訪れた最後の一手。

菖蒲原は残った最後のピースを掴み取ると、泣き叫ぶ口元に押し当てられた、白いハンカチの一部へとはめ込んだ。

カチリ。


「……ん?」

だが、菖蒲原の表情は依然として険しいままだった。

彼はもう一度、完成したはずのパズルを凝視すると、机の上を見渡した。

前後左右。

縦横無尽。

手元付近も、ピースが入っていた箱の中も抜かりなく何度も確認する。

「……どこだ」

汗で濡れた指先で、苛立ちから空の机を何度もなぞる。

椅子に拘束された足が、ガチャガチャと音を鳴らす。


「クソ!クソ!なんでだよ!!」

身をよじり上半身を限界まで傾け、机の下を強引に覗き込む。

床。

椅子の脚。

拘束具の隙間。

膝の上。

果ては汗で張り付いた服の皺まで。

だが、どこを見たって目的の代物(ブツ)は見当たらない。

「嘘だろ……おい……」

喉の奥から、乾いた声が漏れる。

菖蒲原は絶望に染まった表情で、だらりと椅子にもたれかかった。そして、鼻声混じりの涙ぐんだ声で叫ぶ。

「……ね゛ぇ……ね゛ぇ……!あと"一ピース"がどこにもね゛ぇ…!!」


それは、あまりにも理不尽な光景だった。

目の前にあるのは、あとたった一ピースで完成するはずだった、未完成の『泣く女』。

時間制限には間に合っている。

なんなら、まだ幾分か余裕すらある。

にもかかわらず、これ以上はめるべきピースがない。

最後の一欠片さえあれば終わる。

それさえあれば、この試練(ゲーム)完成(クリア)できる。

だが、その一欠片がどこを探しても見つからない。

はじめから、ピースの紛失には細心の注意を払っていたつもりだった。

元プロゲーマーの肩書きを持つ彼からすれば、本来、"机とは台パンするもの"である。

刻々と削られていく制限時間。上がり続ける室温。

焦りと苛立ちが限界を超えそうになるたびに、何度この机を叩き割ってやろうと思ったか分からない。

それでも、そのたびに奥歯を噛み締めながら、震える拳を押し殺し、なんとか冷静さを保ってきた。


それなのに、そうまでしたのに。

もはや、どれほど思考を巡らせようとも関係なかった。

どれだけ探そうが、どれだけ足掻こうが、はめるピースがない以上、パズルは絶対に完成しない。

理不尽。

あまりにも理不尽。

それはもはや――完全なる不可抗力だった。


「キャハハハハハハッ!!プクク……キャハハハハハッ!!」

マイクスピーカー越しに、甲高い女の笑い声が響いた。

それは、これまで一度たりとも会話を交わしてこなかった、梯宮の声だった。

「一人でぶつくさうっさいのよ。プクク……何度笑いを堪えたことか」

「何がおかしいかって聞いてんだよ!!」

菖蒲原は思わず声を荒げる。

絶体絶命の状況。そんな中で、スピーカーの向こうの女は、緊張感の欠片もなく笑っている。

いや、違う。ただ笑っているのではない。

こちら側が慌てふためくのを、心の底から楽しんでいるような笑い方だった。

 

「あー?いいんだぁ。私にそんな口聞いて」

スピーカー越しの声が、突如として冷酷に豹変した。

「あそ。じゃあ黙ってさっさと死ねば?」

「……っざけ――!!」

「どうせもう、アンタのパズルが完成することは"一生ない"んだし」

その言葉に、菖蒲原の背筋がぞわりと粟立つ。

「なぜ……オマエはそう言い切れる」

「クク……そんなの単純よ」

梯宮は、まるで待ち望んでいた答え合わせの時間が来たとでも言うように、弾んだ声で告げた。

「だって――私がアンタのピースを隠したから!!!」

「……!?」

「キャハハハハハハッ!!ねえ、どんな気持ち!?あと一つで完成だったのに!あと一つで助かったのに!その最後の一つが、最初からアンタの手元には無かったって知って、今どんな気持ちぃ!?」


絶望が、音を立てて菖蒲原のもとへ迫ってくる。

探しても見つからないのではない。

落としたのでも、失くしたのでもない。

自らの落ち度ですらなく、最初から。

第三者の手によって奪われていた。

「ざけんな!!そんなハッタリ、誰が信じるかよ!」

「信じないならそれで結構。でもね、アンタを含めた三馬鹿共が到着するよりもずっと前に――私と罪深(つみか)はこの試練(ゲーム)を有利に進めるために動いていたとしたら?」

「なっ……!?」


菖蒲原の思考が、一瞬だけ止まる。

そして次の瞬間、記憶の底からいくつもの違和感が浮かび上がった。

この部屋へ来た時のこと。

確かに梯宮は、罪深という女を連れて、誰よりも早くここへ辿り着いていた。

それだけでなく、皆がタブレットを覗き込み、チーム分けの抽選に気を取られていた時。

彼女たちは、その輪の中にはいなかったのだ。

少し離れた場所で、こちらの様子を伺っていた気がする。

あの時は気にも留めなかった。

ただ協調性のない女達だと、そう思っただけだった。


だが今になって思い返せば、すべてが不自然極まりない。

真っ先に部屋へ入ったこと。

抽選の輪から外れていたこと。

そして、試練(ゲーム)開始から今の今まで、一度たりとも会話をしてこなかったこと。

ようやく、点と点が繋がる。

いや、繋がってしまう。


「いや、まだだ!」

菖蒲原は、必死に思考を立て直す。

「仮にオマエが抽選を事前に知っていたとしても、試練(ゲーム)の内容までは分かりようがねぇはずだ!ルール説明は、チームが決まった後に表示されたからな!」

「……はぁ」

スピーカー越しに聞こえる、心底呆れたようなため息。

「そんなんだから出し抜かれんのよ」

「なんだと……?」


「私はアンタたちが来る前の時点で、この試練(ゲーム)の内容を、なにからなにまで事前に説明されていたの。猫の仮面を被った……ニヤネコ?とかいう変なヤツにね」

「……誰だそいつは」

「知らないわよ。逆にこっちが聞きたいくらい。ただ、"一着ボーナス"だとか訳の分からないことを言って、簡潔にルールだけ説明して、どっかに走って消えてったわ」

「一着、ボーナス……?」

「そう。声も変なエフェクトがかかってて、男か女かも分からない。猫の仮面被ったふざけた風貌のヤツ」


「だ、だとしても……オマエはなんで、相手側のピースを隠すなんて真似をしたんだ」

菖蒲原は、震える声で問いかける。

「そんなことしたって見返りがねぇ。オマエにとっては、何の意味もない行為同然だろ!?」

「意味……?そんなのアリアリでしょ」

「……なに?」


「現に私は今こうやって、"希望から絶望に叩き落とされた哀れな男"の声を聞けてるんだから!」

梯宮は、心底おかしそうに笑った。

一見すれば、それはリスクはあれどリターンなどほとんどないに等しい行為だった。この試練(ゲーム)は、最初から協力が必要だとルールにも示されている。

にもかかわらず、梯宮が取った行動は協力とは真反対の妨害・阻害行為。

その意図はごくごく単純で、常人の物差しでは決して推し量ることのできない、彼女の加虐的な一面だった。

希望を持たせ努力させ、あと一歩の所まできた時点で、そのすべてを踏みにじる。

ただそれだけを目的とした、完全なる悪意(いたずら)だった。

 

「キャハハハハハッ!!あ〜さいこぅ、あと一歩だったのにね?暑い中頑張ったのにね?時間もまだまだ余ってるのににねぇ?」

「狂ってる……狂ってやがる……!」

「あはっ。今さら?」

梯宮は、悪びれるどころか嬉しそうに息を弾ませる。

「最初はもちろん、どちらかピースの少ない、簡単な方を選ぼうと思ったわ。でも生憎、どっちも数は同じだった」

そこで彼女は、くすりと喉を鳴らす。

「でも……それじゃつまらないじゃない?ハラハラしないじゃない?」

甘ったるい声に、隠しきれない悪意が滲む。

「普通に仲良くジグソーパズルだなんて、適当な園児にでもやらせとけばいいのよ」

「……てめぇ」

「だからこれは、私からアナタに贈る、ちょっとした仕掛け(サプライズ)

梯宮は、まるでプレゼントの中身を自慢する子供のように、楽しげに告げた。


「どう?驚いたかしら?」

「ざっっっっけんな!!!アバズレ糞女が!!!今すぐ俺のピースを返しやがれ!!!」

「キャハハハハハハッ!それじゃ私のパズルはもう完成してるから切るわね。残り僅かな人生を、精々できる限り苦しみながら過ごしなさい」

「ま、待ってくれ!おい!お――」


ブツッ――。

無情にも、そこで梯宮との通信は途切れた。

残されたのは、灼熱の密室とどうやったって完成しないパズルのみ。

「くそ……くそ、クソ、グソッ!!」

菖蒲原は瞳に涙を浮かべながら、拘束具をなんとか解こうと両足に力を込める。

ガシャンッ!

ガシャンッ!

ガシャンッ!

金属の枷が耳障りな音を立てる。

肩が外れそうになるほど身をよじり、どうにか外そうと試みるも、拘束具はまったくびくともしない。

どれだけ暴れようが、どれだけ力任せに引き剥がそうが、冷たい金属は彼の体を椅子へ縫い止めたまま。


「はぁ……はぁ……はぁ……!」

照りつける熱が、菖蒲原の喉を焼く。

肺に入る空気は、もう空気というより熱そのものだった。

視界が揺れる。脳が沸騰する。

流れ出る水分が、もはや汗なのか涙なのかすら判別できない。

「こんなとこで……し、死ぬ……訳には……行かねんだよぉ……!お、俺にはまだ……やることがあるはず……」


スゥゥウウウウウ――。

その時だった。

固く閉ざされていた出入口が、突如としてゆっくりと開き始める。隙間から灼熱の空気が外へ向かって一気に流れ出すと同時に、わずかに冷たい空気が頬を撫でた。


「……え?」

菖蒲原の虚ろだった瞳が、かすかに揺れる。

希望は潰えたはずだった。

もうどう足掻いても、逃げ道などないはずだった。

それなのに。

いったい、なぜ。

まさか、この状況を見かねた運営側が、救済措置を用意したのだろうか。沸騰しかけていた思考の奥に、消えかけていた生存本能が、弱々しく火を灯した。

諦めかけた表情に、微かな希望が差し込む。

 

「た、助かった……?」

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