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2.老舗の味と見える嘘

 天気のいいある日、

「ねえ、ブリジット。今度は外でご飯食べない?」

エマはそう言ってブリジットをご飯に誘ってきた。


 エマは流行りに敏感である。

 きっと最近の流行の店に連れていくのだろう。

 だか、連れてきたのは、評判の老舗の店だった。

 

 重たい扉に落ち着いた照明。

 静かなざわめき。

 がっしりとしたメニュー表。

 ブリジットはシェフのおすすめのコースを頼み、エマの反応をうかがった。


「なに?」

「てっきり流行のケーキの店やそば粉のクレープの店かと思ったから」

「実は私も家で商売をやるとしたらどんな商売がいいっていう話が出たの。流行り物がいいかと思ったんだけど流行りは廃れるから不向きだと家族にいわれたの。だから昔から商売してる老舗はどんな商売してるんだろうと思って」


 ブリジットはを始めてよちよち歩きを目撃したような表情になった。


「なによ、その表情」

「いえ、家はお兄さんがつぐのではなかったっけ」

「私が継ぐわけではないけど経営のことも勉強しようと思うの。人生なにがあるかわからないから。それにしてもそば粉のクレープって、どこのおっさんよ。ガレットっていうのよ」



 ブリジットにはやっぱり流行りは難しい。

 流行りは苦手だ。

 名前がやたら洒落ている。

 そして、すぐ消える。流行りがわかるのも一種の才能のように思える。

 

「ここ、すごく老舗で人気なのよ。特にポワレがすばらしいらしいわ。新鮮ないきのいい旬の魚をつかうらしいわ」エマがワクワクしたような表情でいう。人気なのは事実みたいだ。満席である。


 おまちかねの料理が運ばれてきた。

 前菜はテリーヌ。


「きれいな見た目ね。どうやって作るのかしら」

 エマが満足そうにパクリと一口。口にあったのだろう目をキラキラさせている。


 ブリジットもゼリーで固められ宝石のような見た目のテリーヌを上品に切って一口。


 美味しい。メインも期待できそうだ。 


 ブリジットのお腹が腹八分くらいになったときに メインの魚料理がでてきた。一口、魚を口に運ぶ。火入れは完璧。ソースも美味しい。


 けれどブリジットには物足りなく感じた。


 旨味が薄い。これは“続いてきた味”ではない。


 ブリジットと同じような感想を抱いた者がいた。隣の席の男性だ。その男性は

「——違うな」

 店内に低く、よく通る声を出した。

 店内によく響く。

 その男は姿勢がいいとか、顔立ちが整っているとか、そういう次元ではなく、場にいるのが当然という顔をしている男だった。堂々とした姿。


 

 店内の目線が集まっているのに全く気にしていない。店の者が慌てて小走りで近づいてきた。


「な、なにか問題がありましたでしょうか?」


 小走りで走ってきたものに男が気づき、当然ように端正な顔の男は言った。

「味だ。前と違う」

「い、いえ、そのようなことはありません」

声が浮かぶ。

(ありません)



 ブリジットはは落ち着かない気分で、なるべくさりげなく耳を澄ませた。エマも興味深そうに隣を見やった。


「変わっていないなら、俺の舌が狂ったことになるな」男は軽く笑った。

 すっきりと整った顔立ち男でいやらしさは無い。


「料理長を呼べ」

命令するのに慣れた口調だ。


空気が重く、せっかくの料理がブリジットはあまり食べられなくなった。

「……あの人、誰?」エマが小声で囁く。

「さあ」ほどなくして、料理長が現れた。

年配で、落ち着いた雰囲気の男。

「お口に合いませんでしたか」


「合うかどうかの問題じゃない。味が違う」

料理長の目が揺れる。

「……当店は、創業以来変わらぬ味を——」

(変わらぬ)

浮き上がる声。


嘘。

「ならば、なぜ違う?」答えられない。

「…仕入れは誰だ」端正な顔の男が問う。

今度は逃げ場のない問いである。

「……私が」

後ろに控えていた若い男が出てくる。

「問題はありません」

(問題はありません)


嘘。

若い男は目を逸らし手を振るわせている。

この能力がなくてもわかる態度だ。

私は思わず小さく息を吐きつぶやく。

「嘘ね」

「え?」エマが疑問を込めてブリジットを見る。

「何となく」

 ブリジットは説明になっていない説明をしつつ、視線を隣に向けた。

「当店は最高の食材を使用しております」仕入れの男が言う。

(最高)



端正な顔の男が、少しだけ退屈そうに言った。

「原因が分かっているのに、誰も言わないのか」

視線が、ゆっくりとこちらに向く。

「そこの女」

私?

「お前は気づいているな」

ブリジットの呟きをきかれていたようだ。

「……ええ、まあ」

「言え」簡潔すぎる命令だった。

ブリジットは躊躇いながら発言した。

「食材が違う」ざわり、と空気が動く。

「料理長は味の違いに気づいている。でも——」

 ブリジット一瞬、言葉を選ぶ。料理長の視線を向け「仕入れのせいとは認めたくないみたい」言いにくそうにいった。


「自分のせいだと思いたかった」料理長の顔が歪み、仕入れの男にみつめた。

「……お前とは、十年の付き合いだ」

料理長が目から涙を流しぽつりぽつりとつぶやく。

「市場にも一緒に行った」

「酒も飲んだ」

「妻との結婚式を祝ってくれた」


仕入れの男が顔をしかめ叫ぶ。

「だから何だ」

「信じていた」料理長の声が、低くなる。

「お前が選ぶ食材なら、間違いないと」

ブリジットは仕入れ担当の男に慇懃かつ冷静に言い募った。

「あなたが原因」

「何を——」

「すり替えていることを。あなたの言葉の問題はないは嘘。最高も嘘」仕入れの男はブリジットにくってかかる。

「それこそ嘘だ。あなたを、名誉毀損でうったえますよ」

「仕入れ価格は?」横から、あの男が口を挟んだ。

「変わっていません」料理長が答える。

「おかしいだろ」男が言い切る。

「物価は上がっているからあがるはずだろう。つまり、かなり質が落ちている」

逃げ場が、完全になくなる。

「違う! 俺は——」

「差額はどこへ行った」静かすぎる一言だった。

仕入れの男は、何も言えなかった。

それで終わりだった。



端正な顔の男は不平不満を呟いた。

「全くせっかくの息抜きに食べに来たのに監査の仕事みたいになって美味しくなくなった」

 ブリジットはその不満に応対した。

「あら、私は十分美味しかったですよ。誰と食事するかじゃないですか。まあ場の空気を乱さない誰かさんがいなかったらもっと美味しかったかもしれないです」

「まずくはない。だか俺が食べたい味はもっと上だったんだ、女」

「ブリジットです。ブリジット・エブァンス」

「おれはアレックス・ブライト。場を乱したのは悪かった。ブリジット、もっと美味しい店を紹介してやる」

「辞退します。またあなたと食事したら大変な目に遭いそうですから。アレックス様」

「アレクだ。堅苦しいのは無しだ。近々奢ってやる。ブリジットは面白そうな女だからな。じゃあな」

そう言ってアレクは颯爽出て行った。先ほどよりは少し機嫌良く。


 店を出たあと。

「……すごい人だったわね」

エマがぽつりと言う。

「ええ」

「知り合い?」

「知らない」

「でも、気に入られたみたいね」エマがブリジットの反応を見る。ブリジットは嫌そうに答えた。


「ごめんこうむるわ。俺様なやつってめんどうだもの」


 エマが呆れたようにブリジットをみた。


「ブリジットってくせの強い人にすかれるのね」


その言葉はできれば嘘であってほしかった。


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