報告書35-嵐のような視察とこれから
封書を出してから三日目の午後。
突然玄関の呼び鈴が鳴った。
台所で晩御飯の準備をしていたエミーナが応対しようとしたが、それより早くシロウが腰を上げ玄関へと向った。
「俺が出る」
シロウが扉を開けると、そこには外套姿の初老の男、その半歩後ろに兎人族の女性が立っていた。
灰銀色の耳……落ち着いた佇まい。いつの間にか玄関へと顔を出していたエミーナの呼吸が一瞬だけ止まった。
「……クラウディア」
その名を呼ばれて、兎人族の女性は静かに頷いた。
「久しぶりですね、エミーナ」
その声は穏やかだが視線は冷静そのものだった。
そして隣の男が一歩前に出た。
「アイゼンヴァルト王国中央監査局より参りました。審議官補佐、ハインリヒ・ヴォルフです」
シロウが軽く会釈する。
「シロウ・ウサギ。プロイセニア王国冒険者ギルド所属です」
「エミーナ・アイゼンからの報告書を受理しまして、本日は確認のために参りました」
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ハインリヒの後ろについてきたクラウディアは、その灰銀色の兎耳をぴょこぴょこ揺らしながら客間の室内を興味深く見回し、最後にエミーナへ視線を向けた。
その視線はまるで母が子に向けるような温かなものだった。
二人が客間に腰を下ろすと、ハインリヒが机にエミーナが送った報告書を置いた。
「こちらの報告書を読ませていただきました」
「事実しか書かれていないはずです」
エミーナの代わりにシロウが淡々と答えた。
「なるほど、こちらに書かれている『対象』はあなたですね」
「はい」
「お手数ですが、少し立っていただけますでしょうか」
ハインリヒのお願いとやらにシロウは一瞬怪訝な表情を浮かべたが、彼の表情から敵意のようなものが読み取れず、シロウは仕方ないなといった表情で立ち上がった。
ハインリヒが懐から小型の懐中時計のような物を取り出した。
エミーナが『魔力感知用の魔道具です』と補足する。
その隣でクラウディアは目を閉じて立っており、兎耳がわずかに揺れていた。
そしてハインリヒはなにかに満足したのか、魔道具を懐へと戻した。
「ふむ……全く問題ありませんね」
そのハインリヒの一言を受け、クラウディアも目を開いた。
「はい。不快な反応はありません」
「報告書で頂いた通り、現地監視を継続で問題なしと判断します。そうですね、年一度くらいはお会いさせて頂ければ」
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玄関へ送る途中、クラウディアが足を止めシロウを見みて、エミーナに視線を移す。
「後で少し時間をください。独り占め……二人占めはズルいと思います」
そう言い残し、ハインリヒの後に続いて帰っていった。
突然の来訪者は慌ただしく要件だけを済ませると、来たときと同じぐらい突然帰っていった。
扉が閉まり客間に静けさが戻ると、シロウが深い息を吐いた。
「そうか、そりゃこの街にもちゃんといるんだよな」
「はい……まさかクラウディアが居るとは思いませんでしたが」
リーネが小声で言う。
「お姉ちゃんに似てましたね」
エミーナはようやく肩の力を抜いた。
「面倒な……面倒な従姉妹の姉です」
シロウは椅子に腰を下ろすと机の上の報告書を軽く叩く。
「とりあえずこれで一段落だな」
エミーナは小さく頷く。
「はい、しかもクラウディアも問題がないと評価したのは良かったです、彼女はあれでも立場が上だったと思いますので」
シロウが少しだけ笑った。
「なら味方が一人増えたってことだな」
その言い方にエミーナの表情がやわらぎ、シロウは安心したようにお茶を飲んだ。
「でもまぁ……この3人の居場所と時間が、すぐに壊されることは無くなったな」
「すいません……すぐに四人になるかもしれません」




