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報告書34-使えるものは何でも使う

 夕方、私は記録保管局から戻った。

 王立記録保管局の地下閲覧室には、数百年前の事件記録が確かに存在していた。



 私が玄関を開けそのままリビングへ向かうと、シロウはすでにテーブルに座って羊皮紙を並べていた。


「戻りました」

「早いな。どうだった」


 私は机の向かいに座り資料を広げた。


「正式名称は“第三因子暴走事案”。対象は二十代の男性。監視調査中に異常魔力を示したため、本国へ移送命令。とありましたが……」


 私は一枚の写しを差し出す。


「移送途中で意識が消失し魔力が暴走したけっか、周囲の調査官を含む37名が死亡。最終的には本国へ到達前に処理と判断されましたが……さらに暴走が激しくなりその時に居た街が崩壊したそうです。死者数は不明と書かれていました」



 リーネが息を呑む気配が背後からした。

 シロウは資料に目を落としたまま、淡々と聞く。



「原因は書かれていたか?」

「記録上だと移送時に強制封印具を使用しており、対象は拘束状態だったようです」


「……なるほど」


 シロウは命令書を指で叩いた。


「『安全を確保した上で移送』と書いてあるが、以前は『確保=拘束』だったわけだ」



「はい……そして拘束による精神的圧迫が暴走を誘発した可能性が高い、と補足にあります」



「つまりエミーナの組織はそういう前例があったことを理解している」



 沈黙が落ち、シロウは椅子にもたれると天井を見上げた。


「昨日も言ったが、この命令書はよく出来てると思う」

「……どういう意味ですか?」


「なにも断定していないんだ。疑い……暫定……状況に応じた最適判断。全ての項目に逃げ道が用意されている」



 彼は紙を持ち上げると文言をなぞった。



「たとえば『正当な理由なく履行しない場合』……これは裏を返せば、正当な理由があれば履行しなくていいということだ」



 私は思わず顔を上げた。



「ですが……移送を拒めば一族の監督責任……と」

「そこも曖昧だ。責任の『内容』が書かれていないし、処罰規定もない」



 シロウの声は落ち着いている。


「これは良くある圧力だとは思うが、即時何かをしろという命令ではない」


 リーネが小さく手を挙げる。


「つまりどういうことですか?」




 シロウは机の上で指を組んだ。


「中央が本当に欲しいのは『安全な状態のシロウ』であって、『シロウ本人』が欲しいんじゃない。暴走例を二度と出したくない。だから移送したいだけだ」


 私は小さく息を吸う。


「……はい」

「なら逆に言えば『移送しなくても安全だ』と証明できれば問題はない」


 机の上に紙を一枚置いた。


「返信ではなく報告書を書いてくれ。形式上は命令に従う姿勢を見せる内容だが、だが結論を『現地での経過観察が最適』にもっていく」


「そんなことが……可能なのですか」

「可能にする」



 即答だった。



「まず事実整理だ。以前の暴走原因は『拘束と精神的負荷』が原因と予測されているが、現在の対象である俺は拘束もされていないし精神的負荷を感じていない。つまり暴走する原因は無いし当然、周囲への被害は起こらない」



 彼は続ける。



「さらに監視体制がある。この国はお前の一族が監視担当なんだろ?」

「……はい」



「なら『監視を継続中につき急性な危険はなし』と書ける」



 私は資料を引き寄せると、リーネが不思議そうに質問した。



「でもお兄ちゃん? 一番最初のここって、連れてこいって言ってるんじゃないですか?」


 その純粋な質問にシロウは少しだけ笑った。



「『安全を確保して』『本局管理区域に移送』としか書かれていない。移送に対して安全が確保できなければその必要はない」



 私は資料を確認する。



「確かに……そう読めます」


「なら『経過観察を継続し、3ヶ月後に再報告』と書く。別に命令に背きたいわけじゃないんだ」


 私は思わず息を止めた。



「つまり、返事を延ばすのですか?」


「延ばすんじゃない。安全が確保できたかどうかを判断するための合理的期間を提示するんだ」

 彼の言葉は冷静だった。



「いいか? 暴走とやらを恐れているなら、エミーナは暴走しない条件を調査する時間を求める。そして次の報告の時に調査した条件を提示するんだ。その時に、この家に住んでいるという状況が一番安定しているのだと示せばいい」



 この家に住んでいる状態が一番安定している……裏を返せば、この家に住めなくなると安定しなくなる可能性がある。



 つまり移送は推奨されない。

 そういう根拠へもっていけると彼は丁寧に説明してくれた。




「……現場を知らない本部を説得するのは、感情論ではなく、安全論だ。つまり俺が危険かどうかじゃなく、どうすれば一番安全なのかだ」




 私は羽根ペンを取り羊皮紙に向かうと、いつもと同じ方式で報告書を記載していく。

 そしてシロウが横から口頭で整理してくれる。



「現状……対象の魔力は安定……外的因子による暴走兆候なし」


 私はその通りに書き連ねていく。


「監視体制……担当調査官が引き続き常駐……異常の即時感知が可能な範囲内」


 つまり、今は問題ないし、いつも私が近くに居るためいつでも異常が感知できると。


「推奨措置……現地監視下で……経過観察を第一選択……移送は二次選択肢……」


 そこまで書き終わったところでペン先が止まった。


「いいな。どうせなら最後にあと一行追加しよう」


 シロウは嬉しそうに口角を釣り上げながら命令書を指差した。




「『上記判断は命令書第三項に基づく調査官の最適判断である』と」


 私は一瞬だけ固まった。


「命令書の文言を利用するのですか……?」

「使える文は全部使えばいい。これを書いたのは向こうだ」



 こんな状況なのに思わず笑ってしまったが、胸の奥の重さがまた少しだけ軽くなっている。



 書き終えた報告書を私は丁寧に読み返す。


 論理に穴はなく感情も反抗もなく、ただ合理性だけが並んでいた。




「……これで、時間は稼げますか」



 シロウは頷いた。



「少なくともいきなり俺が連れて行かれたり、エミーナが居なくなるようなことはない」



 書き終えた報告書を封筒に入れ封をしたところで、私はようやく深く息を吐いた。


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