報告書33-エミーナの告白
封筒を机の上に置いたまま、私はしばらく言葉を探していた。
シロウは急かすこともなく、ただ私を見守るように見ている。
リーネも落ち着かないのか指先をもじもじと動かしているが、口は挟まない。
「……私の仕事について、ちゃんと話したことはありませんでしたね」
ようやくそう切り出すと、シロウは小さく頷いた。
「よろず屋の店主としか知らないな」
責めるでもなく淡々とした声だった。
その平坦さがかえって胸に刺さる。
「私は……隣国……アイゼンヴァルト王国の王室直属機関に属しています。中央監査局という表向きは存在しない組織です」
リーネが目を丸くした。
「え……っと、国のお仕事ってことですか?」
「はい」
短く答えながら私は自分の声がわずかに硬いことを自覚する。
今まで明らかにしていなかった自分の肩書きを明かすのは初めてだった。
「各国に存在する冒険者ギルドや商人ギルド……そこに持ち込まれる“遺物”を監視するのが私たちの仕事です」
「遺物って……ダンジョンとかでたまに発見されるってやつですか?」
リーネの問いに頷く。
「武器や防具、魔導書……中には触れただけで人を壊すものもあるそうです。発見された時点では価値のありそうな品でも、扱いを誤れば災厄になるような危険物が稀に発掘されるのです」
シロウは静かに話を聞いてくれている。
「調査員は魔道具で異常な魔力を検知して、異常値が出れば通報します……この国は、私の一族……アイゼン家の担当区域で、プロイセニア王国の王室ともきちんと協定を結んでいます」
自分の指先に視線を落とす。
「私は遺跡発掘を担当するほうの調査官でしたが、1年前からミュンセオンの担当になり、あの店の店主として冒険者ギルドに遺物が持ち込まれないかを監視する業務に就きました」
「そこに俺が現れた?」
私は小さく頷いた。
「はい……シロウが突然現れました。人の形をした遺物かと思い、最初は警戒しました」
シロウは何も言わずじっと私の話を聞いている。
「私の一族は魔道具などを使わず、遺物が発する異質な魔力を感じることがでるのです」
私はシロウを見た。
「普通は頭痛や吐き気となり不調が現れるのですが……シロウはなにもなかった……むしろ心地よかったんです……あえて言うなら、それが異常でした」
シロウは困ったように笑う。
「褒められているのか分からないな」
「私も……分かりません」
それは正直な感想だった。
「だから最初はかなり慎重でした。本当に危険でないか、異常は発生していないか……何者かによる偽装を受けていないか……」
リーネがぽつりと呟く。
「でも……途中からはもう監視ではなくなりました」
その通りだった。
「任務よりも……あなたと居ることを優先するようになってしまいました……」
報告書の文面が変わったのは、その頃からだった。
「私の報告書を信じているけれど、安心はしていないのだと思います」
シロウが封筒を軽く叩く。
「だからこの封筒か」
「はい……でも数百年前、同じように遺物であるという疑いで若い男性を本国へと連れ帰る時、大きな事故が起きたことがあるそうです」
リーネの表情が固まる。
「環境変化が引き金だった……と記録されてだと記憶しています。違う国への移送や大人数の監査官……何が決定的な原因なのかは分かりませが、結果として街が一つ消えたと聞きました」
「つまり、危険かもしれないものを監視して、必要なら対処する……と」
「はい……ですが私は……あなたを“監視対象”として見られなくなっています」
「お姉ちゃん……」
シロウは少し考えると、腕を組み直して言った。
「なら、任務として最適解を出せばいいだけだ」
「……最適解?」
「その昔の前例を踏まえ、移送することが危険なら移送しない。それが理屈上正しいなら何も問題はない。この書類はそういったことも含めて逃げ道が多く用意されている」
その言葉で、私は視界が開けた気がした。
私は逃げたいのではなく、国にに逆らいたいわけでもなく、この関係が終わることが怖かっただけだ。
「……となると、まず過去の事件の詳細確認だな。それを根拠にして返事を書こう。俺の得意分野だ」
感情ではなく順序立て、根拠を並べた返事を作る。
「分かりました。一次資料は中央にありますが……大きな都市なら、この街にも歴史記録として概要は残っているはずです」
「残っている……というのは?」
「記録保管局という歴史資料の閲覧所があるのですが、一般人が入れない非公開資料室があります。通常は国の許可が必要ですが」
私がポケットから取り出した薄い金属板――それは豪華な紋章が刻まれた私の身分証だ。
「これがあれば入れます……明日、私が調べてきます。過去の事故記録……全部調べてきます」
シロウが頷く。
「あぁ、頼む。事実が分かれば、それに沿った理屈で返せる」
「はい」
私は、机の上の命令書を見つめた。
「シロウのいう通り、感情ではなく理屈で返事します」
シロウはわずかに笑う。
「頼むぞ、調査官」
その呼び方に、私は背筋を伸ばしたのだった。
**********
その夜、三人は主寝室の大きな寝台に並んで眠っていた。
ここで寝るときは中央にシロウが寝て両側に私とリーネが横になる形に落ち着いている。
リーネはシロウの服をつまむようにして眠っていた。シロウは布団を肩まで引き上げて静かに寝息を立てている。
私はなかなか眠りにつけず、薄く目を開けたまま天井を見ていた。
自分が明日やることを頭の中でまとめ、その先に起こることを色々と考えてしまっていたのだが、闇の中に微かな違和感を覚えた。
空気がほんのわずかに変わり、耳の奥に微かな耳鳴りを感じたのだった。
私はゆっくりと上体を起こして辺りを見回すと、月明かりが届かない暗がりに黒い靄のようなものが揺れているのが見えた。
――山小屋で見た妖精だとすぐに理解してしまった。
敵意がないことは感覚で理解できるが、あの時と同じく魔力が動いているのを感じた。
妖精はその輪郭をぼやかしたまま、ゆっくりとシロウの胸元へ近づくと触れるように重なり、その瞬間、私の感覚が反応した。
シロウから魔力が少しだけ引き抜かれ、外へ出たのがわかった。
遺物であれば、放出された魔力に当てられると頭痛や吐き気が伴うが、やはり今感じている魔力は遺物のそれと大きく違う。
濃い魔力なのに暖かさを感じながら、私は息を止めたまま様子を見ていた。
シロウの表情がわずかに硬くなるが、苦しんでいる様子はなかった。夢を見ているような感じがする。
妖精はシロウの魔力と引き換えに、何かをシロウが無意識に求めているものを与えているのではないか?
それが知識なのか、記憶なのかは分からないが、妖精はしばらくすると静かに薄れていった。
**********
スッと部屋が再び静まり返ると、私はシロウの顔を確かめた。
呼吸は安定しているし魔力の乱れもないようだった。
安心した私はシロウの頬に口付けをしてからゆっくりと横になり直した。
あの妖精は、少なくともシロウに害はないと判断し、私はシロウの指を握りしめると目を閉じた。
**********
同じ頃。
街の北側にある貴族街に近い屋敷の一室で、真っ白な兎耳がぴくりと動いた。
クラウディア・アイゼンは、眠りの浅い状態から静かに目を開けた。
……部屋に異常はない。
だが胸の奥にわずかに残った違和感は遺物が発する魔力と似て非なるナニかだ。
規模は小さいし、そもそも質が異なる。
彼女は面倒くさいなと考えながらも起き上がると、窓際で目を閉じて出どころを探る。
通常なら……皮膚が刺すように痛み、呼吸が重くなる。
だが今感じているのは全く違う……普通ではないが拒絶感はない。
「……」
しばらく魔力を感じていたが、やがてスッと反応が消えたため、クラウディアは小さく息を吐いた。
これは監視対象として報告すべきレベルかどうか。
数秒、思考する。
魔力は安定しており、急激な上昇も拡散もなく一瞬だった。
そして何よりこの魔力。
クラウディアはそれが誰に関わるものか、ほぼ察していた。
彼女がこの街へ来ているのならば、少なくとも危険はない。
「……保留」
小さく呟く。
報告すればすぐに動きがあるだろうが、現時点で強制介入の理由はない。
明日にでも直接確認すればいい。
そう判断しクラウディア・アイゼンは再び寝台へ戻った。
そして街は何事もなかったかのように静まり返っていた。




