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報告書11(補足)-エミーナ・アイゼンの焦り

 宿屋の食堂で食事を終え、私はなるべく焦っていることがばれないように席を立った。


「お兄さん、私、先に身体を拭いてくるね」


 私はそう言ってから、お兄さんの反応を確かめるような間を作らず、素早く女将さんのほうへ向かった。


 女将さんから渡されたお湯は、持ち上げると腕にずしりと重みが来る量だった。

 その時に女将さんから向けられた視線が、やけに意味ありげだった。



 ――分かってるからね。



 声には出していないのに、そんなことを言われた気がした。

 私は曖昧に笑みを浮かべるだけにして、そのまま部屋へ戻った。



 部屋の扉を閉めると部屋は思ったより静かだった。

 誰も居ないのは分かってるのに、部屋を見渡してベッドへ腰掛け、そそくさと上着を脱いでから布を濡らして腕から順に身体を拭き始めた。



 2日間の埃と汗が混じった感触が布に残る。



 ……やってしまった。



 身体を拭きながら、そんな後悔が浮かんでは消える。

 完全にやってしまった。



 お兄さんともう少し仲良くなりたかった。

 それは本心だ。



 一緒に旅をするなら、もっと自然に話せる関係のほうがいいと思った。

 だから、受付では必死に『分かってるよね?』と主人に何度も視線を送った。


 その 結果として、同じ部屋に泊まることができた。

 ――そこまでは、うまくいった。




 でもお兄さんの反応は私の想定よりずっと重かった。

 あんなに罪悪感を抱くとは思っていなかった。


 もっと時間をかけるべきだったのかもしれない……流石にいきなり同室はさすがに飛ばしすぎたかもしれない。




 ……とはいえ、同じ部屋に泊まること自体は実際問題はない。

 夜中に盗賊が入ってくる心配も減るし、誰かが近くにいるというだけで安心感はある。



 問題は、私の気持ちのほうだ。



 ここに来て急に、あり得ないほどの恥ずかしさが押し寄せてきた。

 今まで親しく本心で話せる男性といえば、お父様か執事くらいだった。


 仕事場でも距離感はもっと割り切っていた。

 それがここ数日は当たり前みたいに隣で話していた。


 楽しくて、浮かれていた。

 だからつい押し切ってしまった。




 ……私、平常心を保てるかな。

 そんなことを考えているうちに、廊下のほうから物音がした。




 誰かが歩いている。

 時間を考えればお兄さんが戻ってきてもおかしくない。



 やばい。

 私は慌てて寝間着に着替え、桶の中のぬるくなったお湯を抱えた。

 扉を開けて廊下に出し、深く一度息を吸う。



 大丈夫。今日は、何も起きなくていい。

 同じ部屋で一晩別々に寝るだけだ。

 そう言い聞かせながら、私は静かに部屋へ戻ったのだった。

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