メイド服のユカリ・その1
常識改変モノですが、ファンタジーではなくSFとして書いてます。
なお、タネ明かしは第二部で。
あたしは普通の女子大生、ユカリ。一人暮らしという以外、特に特徴もない平凡な学生生活を送っている。朝が苦手で、起きるたびにぐずぐずしながらパジャマのままキッチンに向かい、目をこすりながらコーヒーを入れる。そんな日常の始まりだ。
簡単にトーストを焼き、コーヒーを淹れ、ぼんやりとした頭のままで朝食を済ませる。スマホをいじりながらSNSを眺めているうちに、時間がどんどん過ぎていく。そろそろ大学に行く準備を始めないと遅刻しそうだ。いつも通り、クローゼットから服を選んで、出かける準備をしようと立ち上がる。
が、クローゼットの扉を開けた瞬間、あたしは固まった。
「え?」
クローゼットにずらりと並んでいたのは、メイド服。そこにあったはずのTシャツやデニムは全く見当たらない。
「何でメイド服…?あたしの服は…?どういうこと…?」
あたしは驚きのあまり、一歩後ずさりした。
そして恐る恐るクローゼットに近寄り、掛かっているメイド服を手に取る。どう見ても普通の服ではない。黒と白のコントラストが美しいオーソドックスなメイド服から、ふわふわとフリルがたっぷり付いた可愛らしいメイド服、さらにはセクシー過ぎる大胆なものまで、目を見張るほど様々な種類のメイド服が並んでいる。それぞれのデザインは細部に至るまで凝っていて、見た目にはとても華やかだが、普段着としてはどう考えても不自然だ。
一番手前に掛けられていたのは、清楚で落ち着いた印象のオーソドックスなメイド服。ロングスカートに、真っ白なエプロン。シンプルだけどどこか優雅さを漂わせるデザインで、上品な雰囲気がある。けれど、これを着て大学に行くのは少し無理がある気がする。
「これで大学に行くの、絶対変だよね…?」
その隣に並んでいたのは、フリルたっぷりのメイド服。肩口にはふんわりとしたパフスリーブ、スカートの裾には何層ものフリルが重なっていて、まるでお人形のように可愛らしい。それに、鮮やかなリボンまでついていて、思わず「可愛い」と口にしてしまった。でも、これも日常で着られる服じゃない。
「ちょっと、これ冗談でしょ…?」
さらに、奥の方を見ると、驚くほど露出度の高いセクシーなメイド服があった。へそ出しスタイルのクロップトップは、胸元を大胆に露出し、さらにそれを強調するかのように白いフリルで縁取られている。スカートも超ミニ丈で、股下ギリギリ。レースのガーターベルトまでしっかりと備わっていて、見てるだけで赤面しそうになる。
「いや、これ…絶対外では着れないでしょ…」
さらに、どのメイド服にも、ヘッドドレスや靴下といった装身具がセットで揃えられている。驚くことに下着までお揃いのものが用意されている。
「下着まで…?」
一瞬、目の錯覚かと思って目をこすった。もう一度見ても、クローゼットの中は変わらず、黒と白のフリルたっぷりなメイド服で埋め尽くされていた。逆に、普通の服は一着も見当たらない。すべてがメイドの世界。しかも、どれも非日常的で、日常生活とはかけ離れた雰囲気を持っている。
「何でメイド服…?どういうこと…?」
慌てて部屋中を見回しても、他には何も変わった様子はない。ベッドも、机の上の教科書も、昨夜そのままにしておいたお菓子の袋もそのまま。
「まさか…夢?」
そう思って、頬をつねった。でも、痛い。間違いなく現実だ。焦ってスマホを探し、時計を確認すると、もう大学に行く準備を始めないと遅刻しそうな時間。
「どうしよう…普通の服がない…」
あたしは何度もクローゼットを見直したが、メイド服がずらりと並んでいるだけ。選択肢はこれしかない。どれを着るかを選ぶことはできるが、どれを選んでも「メイド服」だ。
「どうしよう…」
あたしはクローゼットの前で、立ち尽くしていた。目の前に並んだ数々のメイド服を見ながら、思考がぐるぐると巡る。大学を休むわけにはいかない。でも、こんな服で行くなんて、誰が見てもおかしいと思うに違いない。
仕方なく、あたしは一番シンプルなメイド服を選んだ。黒地のロングスカートに白いエプロン、フリルやリボンも他のものに比べればまだ控え目だ。派手な飾りもない、クラシカルで落ち着いたデザイン。これならまだ、何とか…いや、それでも十分変だ。
「うぅ…」
着替えたあたしは、鏡の前に立った。フリルのついた袖が控えめに揺れる。スカートがふわりと広がり、メイド服特有のきちんと感が全身に広がる。清楚とも言えなくもないが、それ以上に、非日常感が半端ない。
その非日常感は、付属のヘッドドレスを装着することで、さらに増した。
服は衣裳としてまだ割り切れる。けれど、頭に何かをつけるのは――どうにも落ち着かない。普段のあたしは、髪も整えるだけで飾らない。帽子もカチューシャもつけない。だからこそ、このふわふわのレースの存在が、やけに浮いて見えた。
「いくらなんでも、やりすぎだよね……」
小さく呟きながら、あたしはそっとヘッドドレスを外した。
そしてもう一度、鏡に映った自分の姿を見つめ、ため息をつく。
「この恰好で、大学に行くの・・・?」
頭のヘッドドレスを取ったくらいで、この恰好が“普通”になるわけじゃない。見慣れたパーカーやデニムとは大違いで、恥ずかしくてどうにかなりそうだ。こんな格好で外に出たら、絶対に変な目で見られる。いや、変というより、注目の的になってしまう。
「でも、行かないと…」
自分に言い聞かせるように、あたしは必死に考えた。大学にはゴスロリファッションの子もいるし、コスプレサークルだってある。演劇部の人が稽古中に出てきたと思ってもらえるかもしれない。…それなら、きっとそんなに変じゃないはず。自分を勇気づけるように、頭の中で色々な言い訳を重ねていく。
「そう、これは一種のファッションみたいなもの。大丈夫、大丈夫…」
けれど、心臓はドキドキしていた。足元がふらつくくらい緊張している。外に出る勇気がなかなか湧かない。
「行くしかない!」
意を決して、靴までメイド仕様のローファーを履いて、玄関のドアを開けた。そしてマンションを出てバス停への道を歩き始めた瞬間、あたしは異様な雰囲気に気づいた。
通りすがる人たちの視線が、すべてあたしに向けられている。通り行く人々が、次々とあたしの姿を見て、足を止めている。驚きや不思議そうな顔つきで、あたしをじっと見つめているのがわかる。あたしの顔がどんどん熱くなっていくのを感じた。
「…恥ずかしい…」
胸が締めつけられるような感覚に襲われ、思わずうつむきながら、とぼとぼと歩き出した。足元しか見られない。顔を上げれば、さらに人々の視線が突き刺さる気がしてならない。どうしてこんなことになっちゃったんだろう…。
バス停までたどり着くと、あたしはため息をついた。やっぱり家に帰ろうかな。体調が悪いってことにして、今日は休んでもいいんじゃないか…。だんだんそんな考えが強くなってきた。メイド服で大学に行くなんて、無理だ。絶対に無理。
その時だった。
ピンクのフリルが視界の隅に映った。顔を上げると、バス停に向かって歩いてくるのは、ゴスロリファッションの女の子だった。ピンク色のフリルたっぷりのドレスに、レースの傘を持って、胸を張って堂々と歩いている。
彼女は、その非日常的ともいえる姿をまるで普通の服装であるかのように自信たっぷりに披露している。周囲の視線をまったく気にしていない。その姿を見た瞬間、あたしの中で何かが変わった。
「この子、すごい…」
あたしは彼女に尊敬の念を抱いた。こんな非日常的な服装をしているのは、自分だけじゃないんだ。彼女の堂々とした振る舞いが、あたしに勇気を与えてくれた。なんだか、少しだけ安心した。そして心の中で、彼女に感謝した。
「よし、あたしも行ける…」
そう自分に言い聞かせ、あたしはバスに乗り込んだ。
バスの中でも視線は止まらない。座席に座っている人たちが、みんなあたしの方を見ているのがわかる。ちらちらと視線が飛び交い、その度に心臓が跳ね上がった。あたしは再びうつむいて、できるだけ目を合わせないようにした。そうやって、あたしは、なんだか言いようのない不安感を抱えたまま、バスの揺れに身を任せていた。
* * * * * * *
バスを降り、大学の敷地に足を踏み入れても、周りの視線は途切れなかった。キャンパスの道を歩くと、学生たちが皆、あたしをじっと見てくる。すれ違うたびに、ちらちらとこちらを見て、顔をしかめたり、不思議そうに首を傾げたり。まるで、あたしが見世物になったみたいだった。
「はぁ…」
心の中で何度目かのため息をつき、教室のドアを開けた。中に入ると、すぐに友人のアヤを見つける。彼女はすでに席について、ノートを広げていた。
「あ、アヤ、おはよ…」
あたしは、緊張で喉が詰まりそうになりながらも、声をかけた。アヤは顔を上げ、笑顔で返してくれたけれど、その表情には明らかに驚きが見えた。
「おはよ、ユカリ…って、どうしたの?その格好…」
「あ…やっぱり変だよね…」
あたしは苦笑いを浮かべながら、服の裾をつまんで見せた。もちろん変だ。メイド服で大学に来ているんだから。でも、アヤの反応はあたしの予想を超えていた。
「変っていうか…恥ずかしいよね?何があったの?」
彼女は少し声を潜めながら、心配そうに聞いてきた。あたしは、今朝のことを思い返しながら、クローゼットの中の異変について説明しようとした。
「今朝、家を出ようとしたら、クローゼットの中の服が全部メイド服に変わってて…」
そう言いかけた瞬間、アヤの予想外な反応が返ってきた。
「それはいいけど、で、ヘッドドレスは?どうしたの?」
(え、そこ?)
あたしは困惑してアヤを見つめた。服が全部メイド服に変わったことに驚いてくれると思ったのに、彼女の関心はそこじゃない。アヤは、あたしがメイド服を着ていることには全く違和感も疑問も抱いていないかの様子で、ただ、ヘッドドレスが無いこと・・・メイド姿が完全ではないことが、変だと言っている。
言われてみると、他のクラスメイトたちの視線もメイド服ではなく、頭に集まっているような気がする。
「いや、その、ちょっと色々あって・・・」
驚きで言葉が出なかった。
「ああ、ごめん、そういうのって話したくないよね・・・」
アヤは、あたしが何かトラブルに巻き込まれてヘッドドレスを無くしてしまったと思ったらしい。ヘッドドレスだけ奪ってゆく痴漢なんて聞いたことないけど。少なくとも、あたしが「敢えてヘッドドレスを着けなかった」という発想は全く無い。本気で心配そうにしているアヤの顔を見ると、そういうことにしておいた方がよさそうな気がした。
「とりあえず、今のままじゃまずいよ。ちょっと待ってね」
アヤはカバンから白いハンカチを取り出すと、それをきれいに畳んでヘアピンであたしの頭に留めた。
「これで、とりあえずヘッドドレスつけてるように見えるから。」
アヤがあたしの頭に白いハンカチをヘッドドレス代わりに留めてくれた瞬間、教室の空気が変わったのを感じた。それまであたしに向けられていた視線が急に和らぎ、さっきまで教室に漂っていた不思議な緊張感やざわめきが、まるで嘘のように消えていった。いつもの、穏やかな教室の雰囲気が戻ってきた。
「…うん、これで、大丈夫だよ!」
アヤがにっこり笑いながらそう言う。あたしは、軽く頷きながら周囲を見渡した。友達も、クラスメイトたちも、何事もなかったかのように普通に会話を始めた。もう誰もあたしのことを奇異なものを見るような目では見ていない。
「ありがとう…」
そう言うしかなかった。心の中では混乱が渦巻いていたけど、今はとりあえずアヤに感謝するしかない。そして、この奇妙な状況にどう立ち向かえばいいのか、答えはまだ見つかっていなかった。
(なんで、ヘッドドレスがそんなに重要なの…?)
胸の中に湧き上がる疑問を抱えながら、あたしは自分の席に着いた。ヘッドドレスをつけていないだけで、あんなにも驚かれるなんて、どう考えてもおかしい。それに、誰もあたしがメイド服を着ていること自体には何も疑問を持っていない。アヤも、他の友達も、メイド服を着ているあたしを当たり前のように受け入れているのが、どうしても信じられなかった。
(どうして?…)
考えれば考えるほど、頭の中が混乱していく。今朝、突然始まったこの異常な状況に、何か答えがあるはずだけど、どれだけ思いを巡らせてもその答えは見つからなかった。
* * * * * * *
授業が終わり、帰宅する道すがら、今朝とはまるで違う状況にあたしは驚いた。誰もあたしのメイド服姿に驚く人はいない。注目を集めることもなく、ごく当たり前のことの様に受け入れられている。
それでも恥ずかしいことには違いないのだけど、今朝よりは気分が楽だ。
(なんだか、よくわかんないな…)
朝のあの違和感と、今の落ち着いた雰囲気のギャップに戸惑いながら、あたしは自宅の玄関にたどり着いた。ドアの前の床に見慣れたマークの段ボール箱が置かれている。
「届いてたんだ、よかった…」
それはあたしが休み時間にネットで注文しておいたTシャツとデニムだった。即日配達オプションは割高だけどこういう時には助かる。
「よかった…これで、明日は普通の格好で行ける」
あたしは、段ボールを開けて中身を確認し、安堵の息を吐いた。明日からは、もうこんな奇妙な一日を繰り返すことはない。普通の服で、普通に大学へ行けるはず。
そうして、あたしの不思議な一日が終わった。




