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虚の機繰  作者: 浮海海月
満天の曇り空を彩る星痕
41/42

41.Unbed pillowtalk

 勝った…とは言えない。

 それこそ「最後まで立ってたやつが勝つ」ってのをまんま当てはめたみたいな、勝利を勝ち取ったんじゃなくて勝利にしがみついる内に終わった感覚だった。

 文月中旬、耳にこべりついて離れなかった油蝉の鳴き声よりも自分の呼吸音と脈打つ臓器の音の方が上回って、二人の世界をそれらが満たしていた。

 地べたに大文字で寝転がって天に手を伸ばして笑ったかと思へば、その腕を額まで持ってきて顔を隠した彼の放った一言に、少年の意識は吸い込まれていた。

 吸い込まれて口にする予定もなかった言葉まで吸い出されてしまった。

「…もう、変えられないのか」

 雲一つない。

 きっと、彼が見てる青い天井はそうなんだろう。

 だが、少年の世界には大きな入道雲があって、たった今降らした雨が地を固めている真っ只中だ。

 雨ならさっき全部降らせた。もうどんよりとした雲はいない、澄んだ空だ。

 だから、今度は雲を退けようと疑念を投げかけてみた。

「変えられないな。もう決めたことだし」

 返って来た返事に思うのは「だろうな」の一言に加えて「それでも諦めきれない」って後ろ髪を引いてくるもの。

 でも、それでいいのかも知れない。

 今なら、そう思える。

「そうか…そっか…」

 ただそれだけ、相槌を打って噛み締めるだけ。

 現像しかけの青写真。フィルムに焼き付いて離れなかった理想。

 それで彼を縛り付けるなんて、誰かが彼にやった事と何が違うというのだろう。

 だから、選んだのだ。

 もしこうすることで考えを改めてくれたらそれに越したことは無いけれど、彼がやめる理由をあんなものにするくらいなら自分が理由になってやると。

「でも、お前なら何にせよやってけるだろ。あれ以上のもんなんてそうあったもんじゃないしな」

 そして、少年は勝ち、彼は変わらず自分の決めた道を走りきると言い切ったのだから、それを否定するなんてことはしない。

「いや…異能部はやめんよ?占星術士は死んでもごめんだけど」

 額に被せた腕からちらりとこちらを覗いて彼はそう言った。

 いやなんて言った?

 数ヶ月で一番の間抜けた声が漏れた。

 多分、他の人たちも一緒だろう。


 周りに人集り…と言っても十も行かないくらいの小さなもんだけど、が出来てることに後になって気付いた。

 静は紅葉の身体に包帯を巻くなり何なりをして応急処置をしてるのを凛が手伝って、瞬が透馬に肩を貸して近くまで寄せている。ひばりも力也もモスキュールも居るだろうが特に変わった様子もない。

 紅葉の顔を覗き込むようにして見てくる人影から低音が鳴ってすぐに誰だかが判る。

「やめないんだ、てっきり二度とこんなとこ来るかよくらい言われると思ってたのに」


「あ、猿。グレーゾーン猿久しぶりっスね。アンタには話したい事がたくさんあるスよぉ。なんで後でまた、ね?」

 腕から目を覗かせて顔を見れば顧問教諭の御姿。

 本当に話したい事(文句)がたくさんある。含みを持たせた半笑いで嫌ったらしく宣言してやった。

「ひばりと言い力也と言い…先生そろそろ泣くよ?」

 随分といじめられたらしいがなんかいい気味だな、と胸が空く。不思議とかわいそうとか微塵も感じなくて、今度は自然な笑みに溢れてた。

「そりゃいい気味っスね。この傷、半分はセンセイのせいなんで、ちゃんと受け止めといてくださいよ」

 ほとんどあの四人からの入れ知恵だが思いの外ちゃんと効いてるっぽいのでこれからも使えるときには使ってやろうと悪企み。いたずらっ子みたいな顔で笑って太陽が眩しい。

 それとは対照的に、猿川や瞬、凛を除いたその場の全員が間抜けた顔であんぐりと口を開いている。

「先生はどうでもいいけど、やめないの?でも占星術士にはならんの?おれ詳しいこと知らんけど、そんなんやれんの?」

 数少ない間の抜けていない、まだ通常の域を出ない表情をしている瞬から生まれたのは当然の疑問。

 透馬もそれに乗じて「そうだな。どういう意味なのかちゃんと教えてくれるか?」と訊く。

 猿川の胸の辺りでグサリと音がした気もしたけれど、いい質問ポイントってことにしとこう。

「それ話すのはいいんだけど、アイツ…深雪は?」

 紅葉が腰を起こし辺りをキョロキョロと見渡しても幼馴染の姿は見当たらない。

 それを見かねてか、手伝いの片手間に凛が答えをくれる。

「ミッちゃんなら急に用事出来たつってガンダで帰ったよ?」

 どうやら入れ違いになってしまったらしく、学校にもいないとのこと。いつもなら何の用もなく学校に残ってたりするからと油断してた。

「ま、いないなら後でいいか。どうせ家近いし」

 いないならいないでもいいかと割り切り、今いる面々に向かいここ一ヶ月の間にあったことの全容を語り出す。嘘偽りのないフィクションみたいなノンフィクションの話を。

 あと愚痴。



 皆静かに耳を傾けていた。

 急に先生四、五人に囲まれたかと思ったら先生の友人兼警察がテレビ見ろって電話してくるからつけてみたら指名手配されてたこと、その後すぐ待ち構えてたみたいに警察がやって来たから全力で逃げてるとこを掻っ攫われてったこと、高速全力疾走は省くけどその人らが身を守ってくれたことや訓練みたいなことをしてくれたこと、明星邸でオッドマウスと戦ったことも全部。

 呼び出された時のえも言えない圧迫感と不安感も、バンに乗っかれてる時のどこに行くかもわからない地に足のつかない感覚、ネットで好き勝手言われてる時の五臓六腑がドロドロに溶けていくような憤りと何も出来ない無力感も、オッドマウスに大敗を喫したあの時のこともその後のことも包み隠さず。

 静寂に身を任せた。何を喋るかもこいつ次第で、揺蕩い語った。

 そしてそこから導き出した自身の未来(答え)までも。

「んでさ、占星術士って誰かの為に命捨てても戦う人らのことじゃん?でもオレはんなもんなりたくないし、なろうとも思えない」

 湿っていた砂粒が乾き、風が吹いてはコロコロ転がっていく。

 占星術士は決してヒーローじゃない。けれど彼らに求められるのはそういう高潔な意志と心持ち、加えて重圧に潰されない強心臓。

 見返りとして与えられるのは月給のみ。滅多なこともなければ賞賛されることなんてないし、ちょっとでも付け入る隙を与えたら即攻撃対象にされる。

 年々占星術士が減っていくのも頷ける。

「最初はそうなろうとしてたんだけどさ、いざこうなったらアイツらオレを攻撃しかしてこねーんだもん、こんなのの為に命かけるとかバカらしくなっちゃって。だから占星術士にはならないって決めたの」

 渇いた笑みを浮かべてそう言う紅葉の顔が皆の心臓を締め付ける。本人は上手く笑ったつもりかもしれないが。

 最初は前者のが強かった。後者の面を知らなかったってことは無いけれど、それでもなりたい、とそう思えた。

 今は違う。

 どいつが()()かなんて分からないけれど、少なくともそんな奴らを受け入れてやれるだけの余白は持ち合わせてない、というか塗り潰されてしまった。

「でも家族とか友達はずっとオレのこと助けようとしてくれたし守ろうともしてくれてた。そいつらの為ならオレは命かけれるし戦える」

 つむじ風が吹いて木の葉と砂を、言の葉まで巻き込んで渦巻いている。

 小さな余白が紅葉の世界。

 そこに居座る人間は紅葉にとってかけがえの無い…

「皆が自分の世界を中心に生きてるんなら、オレも自分の世界にいる人間だけの為にだけ命を使う。アイツらが自分勝手に攻撃しても勝手に守ってもらえるとか思ってるならオレがそんなクソ常識ぶっ壊す」

 されたことをそのままやり返すだけ。

 この世界には色んな人間がいる。その中には「守るべき人間」と「死んでもいい人間」がいて、紅葉は校舎を切り捨てる、唯それだけのこと。

 線引きは紅葉のどこかで下される。ラインがどこかは知る由もなし。

 幼稚かもしれないけれどこれが今の最大限の譲歩。これ以上はビタ一文もまけてやらない。

「オレはオレの価値観に従って人を助ける」

 紅葉の出した解は余す事なくこの場の全員に浸透したことだろう。誰もそれに文句垂れたりケチをつけようとはせず、尚も飲み込む事に必死になっているようだった。

 静寂を破ったのは猿川だった。

「先生はそれで正解だと思うよ。俺も似たような選択した人間だし、反対どころか応援するよ」

 猿川程の実力者が前線に立たず教鞭を取ってる理由はそう、あれはとても夏い暑の日にまで遡り……

「オッサンの回想は長いんで後にしてください」

 何処かで笑みが溢れ始めた。

 紅葉がピシャリと言い放った言葉に釣られてふつふつと笑いが一つ二つと湧いて出る。

 唯一人、猿川の「えぇ…」という表情だけを他所に。



 場面は少し変わり夕暮れ。

 皆帰路に着き、校門前に誰かを待つ一人だけを残して誰も残らないはず校舎に二人だけが残る

「どう思います?あれ」

 いつもの体育館裏。

 二人の密会が始まる。

 横並びになって生徒は腕を組んで寄り掛かり視線を鋭く研いで、教師は手をポッケに突っ込み穏やかな視線をやや上に向けている。

「限りなく白だとは思うよ。まだマッチポンプの可能性だってありえるし確実って訳にもいかないけど」

 数時間前、久しぶりに見た一部員の様相は思いの外あっさりしていたがダメージは蓄積しているようにも思えた。

 オッドマウスにより世間から黒だと断定された一個人と言えば限りなく白に見える。それこそ、「一番の被害者」とも言え、シルクにすら見えてくる。

「と言ってもそんなリスクのある行動をとるようにも思えないけど。無理に理屈付けるとしたら『生きて帰った』とか?スパイ殺す訳にもいかないけど無傷ってのもおかしいからってあの傷負わして帰したみたいな」

 屁理屈ではある。

 だってそんなの戦わなかったら「スパイだから見逃された」ってなるし無傷であれば「スパイ活動を停止するのが惜しいから」ってなる、言ってしまえばどんな状況にも当てはまる堂々巡りだ。

 こんなので黒と断定するにはあまりに早計、浅はかだと言える。

「…無理ありますね」

 それ抜きにしたって無理はある、と口だけ笑って吐いて捨てる。

「無理あるけど、これも作戦の内かもよ」

 遠い目で近くの揺れる木の葉を眺めている。

 小さく吐いた言葉が風に連れて行かれるよりも前に力也の耳まで入って表情を変えさせる。

「『可哀想な紅葉君。あの子をこれ以上傷付けるなんてあり得ない』って思うし、思ったでしょ。そう思わせる演出だったら俺はやるよ」

 オッドマウスの意図は未だ判らず、どのような思考回路をしているのかも見えてこないままでいる。起こした事件に関連性が見えてこないのもあるが、本人がまるで掴めない飄々さが大きいのか。

 けれど猿川ならやる。

 事実、それも計画なのだとしたら今のこの状況はまさにるつぼに嵌まっている訳であり、「情に訴える」のは()にはあまりに有効な手段であるとも知っている。

 やる。

 おそらく人の形をした別の生物であれば誰であろうとやる。

 穏やかだった視線は剥き出しのナイフになっていて、木の葉を睨んでは夕暮れに鳴く蝉が音も無く飛び去ってく。

「ま、あくまでも想像でしかないけどね。こんな屁理屈つけるくらいなら洗いざらい漁ってく方が建設的だよ」

 深く息を吐いて目付きを戻してはまた溜め息が漏れ出す。考えれば考えるほどに何もかもが怪しく見える。

 裏切り者がいるってだけで他に情報はない。容疑者が多すぎる。全員等しく嫌疑がある。

(可能性なら他にもいくらでも転がってる。こうして話してる力也もひばりだってゼロじゃない)

 天を仰いで思考を巡らせる。ぐるぐる周るだけの思考はゴールは愚か、チェックポイントですらも踏まないし。

(確実に白って言えるのは現状先生くらいしかいない。かと言って外部の人に調べてもらうったって誰に?どうやって?それ抜きにしたって…)

 人差し指が秒を刻む。

 脳が糖分を欲している。考えることが多すぎる。対して情報が少な過ぎる。

 自分で見つけたことだけれど、どう結論付けようとしても現状では確固たるものには成り得ないでいて、何処かにズレが生じる。

「面倒だな…」

「面倒ですね…」

 同時に出て来た言葉は唯、あまりに赤い夕陽が産んだ影の中に沈んでいく。



 何事もなかったかのように飯を食らう。

 久しぶりの我が家の晩飯。

 昼食と見紛うくらいのパンの量と粗雑なサラダ、「私もいるよ」とちょびっと自己主張するおかず。

 能天気を極め食えるんならそれは夕食派な母、パンを焼くことにしか興味の無い父、スキルツリーを戦闘に伸ばしすぎて料理スキルが壊滅的な祖父による、足が悪くなり厨房に立たなくなってしまった唯一の希望の星祖母を除いた絶望クッキングが産んだ残物。

 あぁ、これが…これこそが待ち望(出来れば変わって)んだ(て欲しかった)我が家の夕食…頼むから祖母の足を早く良くしてくれ。

 最も可哀想なのは紅葉だと思うだろうか?多くの人はすべからくそう考えるのだろうが答えはNOだ。

 最も可哀想なのはここに訪れた招かれざる来客だ。

「わ、わぁ…おばさんの作ったりょ、料理?夕ご飯?美味しそうだなー…ハ、ハハ…」

 見るも無惨な困惑が顔にベッタリと張り付いた表情。普段学校じゃ絶対にしないような顔が食卓で見られるとは思わなんだ。

「無理してお世辞言うなよ、もうほぼ全部漏れてるぞ」

 紅葉は紅葉でまた種類の違う困惑顔で記憶にない深雪の様子を眺めている。

 言われて焦りが隠せなくなった深雪が口を塞いだりなんなりとし始める。

「え、マジ?!どの辺から?!」

 おいこら自称美少女。『漏れる』ったって口から「方便ですよー」って漏れてるわけないだろ。おいバカやめろどこ塞いでんだファンクラブ泣くぞ。あと食事中だっつーねん。



 時はほんの十五分遡る。

 その時は自宅に着いてやることもないからって自室で気を抜いてベッドの上でグータラ寝転んでいた時だ。それはもうグッタリとしていて、スライムみたいにトロけ始めて早二、三十分ってとこだ。

 もうすぐにご飯が出来るってわけでもなく、かと言って風呂が沸いてるってこともないって言うかより朝が早い人優先なのでしばらくは入れない、その上やる事もないからってこんなになってても許してやって欲しい。これでも全身にかなりの傷負った上で体力消耗してるんですよ。

 急にインターホンが鳴った。けれど紅葉は反応することもなくただドロドロしてた。

「紅葉ー?深雪ちゃんがあんたにわざわざ挨拶しに来てくれたわよー?お礼くらい言いに来な」

 と、玄関にいるにも関わらず一枚ドア越しに叫んでるように聴こえる母の声が脳を右から左へ貫通する。スライムにはちときつい。しばらくはこのまま溶けていさせて…

 と願うが早いか、先の母をゆうに凌ぐ怒声によりゲル状の身体は颯爽と固体に凝固して飛び起きて扉を開いて階段を早下りすることに。


 耳鳴りがしている。

 思ってた数段上の声量が左から右へ通り抜けていったもんだからまだ身体がビックリしてるみたい。流石おばさまだわ。

 深雪の目の前で右手で玄関ノブを押さえつつ二階にて多分絶対間違いなくグータラしているヤツに向かい声を発した母は「あらら」という様子で片手を頬に添えて謝罪する。今からその路線に切り替える意味があるのかは心底疑わしいが、最早見慣れているのでスルーすることなっているので特にツッコミなんてありませんよ。

「ごめんね、深雪ちゃん。紅葉のやつ部屋で眠ってるかも知れないわ。今から引っ叩いて起こしてくるから待ってて頂戴ね」

 身を翻しサンダルを脱いでささっと階段まで向かおうとする新葉にストップをかける。美少女にはあまりにミスマッチなニヒルな笑みを浮かべながら。

「いえ、自分で起こせるんで大丈夫ですよ」

 すぅっと息を吸い、いっぱいに空気を取り入れた風船を爆発させるようにして音響弾を炸裂させる。

「紅葉ぃ!テメェワンコールで出ろつったろーが!ヤキ入れられたくねーならさっさと出て来な!」

 怒髪頂点に登る勢いで言い終えるとフンッと鼻息を鳴らし、腕を組み胸を張ってドンと構える。怒髪頂点に

 大慌てで転げ回るようにして階段を駆け降りてくる息子の様を見て母親がケラケラと笑っている。幼馴染は依然として威風堂々たる様子を見せている。問題の少年はちゃんと転びそうになるのをギリギリ踏ん張って堪え切れず、倒れるようにして玄関までやって来て戸に手をついてギリセーフ。

 焦り困り顔の少年、不恰好な従者は我儘姫様に今日も振り回される。

「…ヤキは勘弁してくれません?」

 確実にハズレの選択肢を選んで姫の機嫌を損ねる。綺麗が過ぎるビンタを喰らって三ターン休み。



「じゃ私は料理してるから、後は二人でよろしくね」と言い残されて二人は紅葉の部屋に取り残される。しれっと上がり込んでるのも母の仕業である。

 いやだってしょうがないでしょ、「もうすぐご飯出来ちゃうから一緒に食べちゃいましょ。由衣さんには私の方から電話しとくから、ね?はい決まり。そら決まったらさっさと靴脱いで上がった上がった。そんでアンタはいつまでノびてんの」って捲し立てられたら誰だって負けるでしょ。あのおばさんまだ健在だったわとか考える。

(思ってたよりキレイにしてんのね)

 と思ったけれど、きっとそうしてたのは彼ではないことに気付いてしまう。丁度今汚したんだろうなと見たら分かるくらいゴチャゴチャしたベッド周りが「普段掃除なんてしませんよ」って物語ってる。しわっしわのシーツには何も言うまいよ。だって理由明白に深雪だもん。

 紅葉は深雪の様子を伺っている…いや、機嫌を伺っている。仮にも年頃の女子が男子の部屋に上がっていると言うのにも関わらず、どちらも状況にそぐわない態度でいる。片方は猛獣の檻にぶち込まれたみたいに縮こまって土下座、もう片方はこじんまりと設置されてるローテーブルの横で般若顔で仁王立ち。パンツスタイルなのでパンチラなんてものは存在しません、なんだったら見たら死なんでない方がいいです。『見たら死団子』ならぬ『見たら死パンツ』とか魔物より魔物してるし、死んでもごめんだ。

 およそ般若面を外して鞄にポイっと投げ入れると現れるのは見れば明らか、見なくても明らかな呆れ顔と溜め息。

「はぁ…もういいわ。アンタの土下座とかもう見慣れたから」

 実行時間約二分、体感経過時間その三十倍の土下座タイムが終了。面を上げることを許して頂けたので濡れた子犬みたいな顔して雨でずぶ濡れになった子犬みたいに体を震わしながら顔を上げて深雪の方を見ると、ブッと吹き出して盛大に笑われる。

「アッハハ!なによその顔!あーもう限界、必死に我慢してたけどもー限界!あんたのなっさけない顔見たら怒る気も無くなっちゃったわ!」

 ブチギレからオモチャの般若面、呆れ顔、はたまたイタズラな笑みまで、表情のレパートリーに底が見えない。こうして見る笑顔は確かに美少女に相応しい。笑ってる内容は内容だけど。

 さぁ、反対に紅葉はどんな顔をしているのか見てみましょうか。こりゃ酷い、困惑が目口からぜーんぶ漏れ出てるではありませんか。

 それもそのはず、心当たりしかなかったんですもん。怒られるに十分値する理由がたーっぷり。

 けれどどうやらそれら全てが吹っ飛んだらしいのでこの際忘れてやる「あ、私に()()連絡返さなかったのと、私抜きで勝手に話進めたのはまた別だから」…ってことは出来なさそうです。

 ビシッと指差し念押しすると部屋の隅に置かれた般若のお面がチラリズムするレディースショルダーバッグから小さな紙袋を取り出し、紅葉の顔の前に突き出す。

「ん」

 少し照れた顔を紙袋で視界を塞ぐことで隠す。

 紅葉になんかしらを手渡すことなんて慣れちゃいるが()()()()()には慣れてなくて、少し、ほんの少し、砂粒一つをすりつぶして細かくした粉一つよりも小さな恥じらいを抱く。頬?こいつ相手に赤らめるがない。

 けれど仮にも十五年、今年で十六年目の付き合いになる紅葉も察する。こいつが顔を隠すときは照れてるときか泣いてるときかの二択だと知ってるから。それが故に…

「…毒とか出てこないよな?」

 危機感を抱く。

「美少女なんだからこんのくらいの演技出来て当然でしょ」とか言って平気で仕掛けてくるだろうと。

「マジにキレるぞ」

 そう言われ、今度はお面無しで般若面になりおどろおどろしいオーラと威圧感を放つ。

 良かったいつもの深雪だ。安心して受け取れる。

 ありがたく頂戴し、中身を出してもいいかと訊いて「お好きにどうぞ」と言われたので取り出すと露わになったのは丁寧にビニル袋に入り、輝いて見えるクッキーたち。

「あんたコーヒー好きだったでしょ。今度飲むときにでも食べなさい。甘いのもたまにはいいでしょ」

 紅葉が甘いの苦手と分かってる上でコーヒーに合うクッキー、そして包装を見るに手作り。

 改めてありがとう、と礼を言ってちゃんと受け取る。

「で、私にもちゃんと説明しなさいよ。納得いかなかったらグーパンだから」

 言われたら仕方ないと皆にも話した内容を再放送し始める。


 で、納得いただけみたいで今に至るってわけ。


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