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虚の機繰  作者: 浮海海月
満天の曇り空を彩る星痕
40/40

40. U r always none who makes luvcall...

 抜刀すると伴り真っ二つに割れて散ったくすんだ黒が散らした火花が目尻をまつ毛を焼くすんでのところで消えた。薫る煙はニトロセルロースにDPAが焼け焦げて混ざり合った硫黄臭。

(―実弾)

 秒速52m前後の6.63mmの鉛塊が左の頰肉を掠ると抉り取っていく。一筋の血液が頬を伝う。

「イッテェな」

 抜いたばっかりのそれを迷わずに投げ捨てる。

 透馬の眼前までを辿る刀は結局目標を見失い、地面に八つ当たりして突き刺さる。

 湿った砂が右へと跳んだのを見逃さなかったので左手を構えると即座に腕をメキメキ言わして曲げる強力な一撃を貰って吹っ飛ぶ。

(なんだ?今の。ひばりセンパイにでもぶん殴られたんか?)

 さっきまで自身が立っていた場所に入れ違うように入ってきた少年が腰ぐらいの高さまで右脚を上げているのを見るにおそらくさっきのは蹴りなんだろうが…

(アイツの蹴りがこんな痛えはずあるか?)

 本気の蹴りを知らないからとかじゃない。むしろ、少年の本気の一撃を最も受け止めたのは間違いなく彼の筈で、威力だって当の本人よりも理解してるつもりだ。

 しかし、今のそれはゆうにその範疇を超えてやがった。

「なんかしたな」

 なら刀を投げたのはマズったかな、と空を二、三度握ったらゆるりと立ち上がって思いっ切り地面を蹴っ飛ばして加速。右前方に悠然と立つ刀目掛け速度を増して右から突っ込んでくる足が横腹に直撃。

 数メートル転んで受け身を取って立て直し構えるは指鉄砲、撃鉄鳴らず撃ち出された不可視の弾丸が透馬を貫くと柱が横っ面に体当たりして吹き飛ばしていく。

「やっぱり慣れないな、それ」

 現状『なんとなく』で感じる以外に存在を感知する術がない能力を見切って躱し切るのは至難の業。それこそ、容易くやってるオッドやら猿川がおかしい。

「慣れちゃ困るんだわ」

 口を動かすよりも先に身体を動かしておけばと後悔する。

 目の前から透馬が姿を消し、砂が後ろへと転がる様だけが目に映ったからと依然得物を持たない宙ぶらりんの手を構えれば彼の左脚が直撃する。

 あまりの衝撃に受け止めた手が痺れている内にP85が火を吹く。左手は未だ左足の自由を許さず、距離を詰めてそれを躱して右肘を脇にぶち込んだら間髪入れずに右の裏拳で胸を叩くと同時に左手を放す。

(こいつ…やっぱりこれが狙いかよ!)

 至近距離でのタコ殴り。

 瞬間最大速度だけで言えば軍配が上がるのは透馬の方だが機動力、走力で見れば紅葉に軍配が上がる。

 問題となったのは高い射撃精度。どれだけ速く走り刀を振ろうと、この障壁が大きく憚ってくる。

 だから捨てた。

 一度得物を捨てれば拾いに戻ろうとする。それを許すはずがない、必ず妨害してくると踏み刀を捨てた。

(銃か蹴りかは賭けだったけど、上手くいったな)

 地面を蹴り距離を取ろうとするのを不可視の壁が許さない。背中を打ち停止したところに腹部への右の大振り。

 ノックアウトするより早く黒目を取り戻して紅葉の右手を掴んだら真下に地面を蹴り付けて跳躍。三階建て校舎がやや下、屋上に届くまで跳んだら横回転を加えて投げ捨てる。

 接地の瞬間、背中が着いたら転がるようにして受け身を取って衝撃を殺す。その予定を左肩に食い込んだ鉛玉が打ち砕き、衝撃を一身に受け止める。

 あまりの痛みに喘ぎながらも、細い視界の中で縦に回転しながら迫る人影を捉え、急ぎ足で身体を転がして難を避ける。

 舞う砂埃の中で撃鉄音二つ。弾丸はしゃがみ込んだ紅葉の頭上を通り過ぎて彼方まで駆けていく。

 撃鉄音は鳴り止むどころか頻度を増すが弾丸は飛び出てこない。砂埃は鎮まるどころかより大きく育っていく。

「誘うんならもっとスマートにやれよ」

 そう言い残して砂塵の内へと足を踏み入れ視界を塞ぐ砂粒を押し除けて銃声の鳴る方へ突き進む。

 感動の邂逅を果たして接敵。

 躊躇いなく両者拳を顔面にクリーンヒット。頰肉が歪んで二発目を穿ち打つ。

 視界最悪のリングで両者ともに体術の限りを尽くす。

 一発一発の蹴りが致命打になり得る透馬か、ひばり仕込み一撃一撃を最速で放てる紅葉か。

 拳で語り合おう。

 己が抱えた腹裡も、隠した本心から鳴る音も全部吐露して叫んで舌が枯れるまで。



 リングの外、観客が四捨五入して十。

 やや遅れて客席に入ってきた二人が隣合って口を交わす。

 頭一つ分背の低い彼女をちらりと覗き見て問う彼氏の顔は苦笑を浮かべ、対照的に彼女は授業参観に来た母親のような誇らしげに笑って砂塵と取り残された刀を見つめている。

「お前、紅葉に何教え込んだ?」

 砂塵の中でおそらく殴り合っている二人の様相は見えないけれど、紅葉は剣士であって戦闘に刀は不可欠のはず。

 それを捨てる選択肢が取れるほどに…

「何って…戦い方?」

 さも当然かのようにそう答えたひばりに、そりゃそうでしょうけどさ、と言いたげな顔に苦笑が移り変わって、それを見てまた彼女が笑う。

「冗談。ホントのこと言うと、叩き込んだのは『勝ち方』。使えるものはなんでも使う、騙し討ち上等。あの子の能力、どっちかって言うとそっち向きでしょ」


「紅葉の武器は機動力。確かに、それがあればどんな奴が相手でも―」



(インファイトに持ち込んだ。透馬の決め手は蹴りだけ。脚に気を付けておけば問題ないだろ)

 上段まで振り上げられた脚の下を潜り、右フックで胸を叩く。身体を捻ってダメージを減らされ、カウンターとばかりに頭突きを貰う。

 仰け反りから帰ってきてるところを狙う拳に想定よりも速い頭突きを放って殺す。勢力の死んだ拳を体幹で押し返して立ち返ったら両の手で襟ぐりを掴んで逃さない。

「ふざけやがって…」

 ボソリと呟く紅葉の口に自然と目が向いてしまう。

 額に巻かれていた包帯がはらりとはだけて未だ後の残る刀傷を露出させて、またそこに目が向いてしまって見下ろす目でこちらを覗く顔が接近しようとしているのに気付くのにラグが生じる。

「結構…イテェじゃねえかよ!」

 デコで鐘を打ち低音が響く。

 もろに喰らった透馬は当然のこと、反発を受けた紅葉までもがグラついて千鳥足。回復の早い方が先手を取れる。

「俺だったお前がこんな固い頭してるとは思わなかったよ!」

 叫んだのは透馬。

 ならば先に友に蹴りをぶち込むのも必然的に二者択一から一者択一に。

 なるはずだった。

 軸足が滑ったのか、それとも地面が滑ったのかベルトコンベアだったのかはどうでもいいが、兎にも角にも結果だけが全てなのだから結果で語ろう。

「…え?」

 滑落、転倒。眼前に地べたが迫る。

 10フレーム遅れて紅葉が腕を引いたその瞬間を見ていたはず、理解に苦しむ。

 泣きっ面に蜂、苦悩にアッパー。

 ドテッ腹に魔力で威力を底上げした拳一丁ぶち込んでやって砂で織ったベールの外までさようならを。


 砂嵐の中で戦うメリットならあった。

 姿を隠せるし、紅葉の魔力は探知しやすいから距離を置いてもあまり問題はない上に紅葉は探知が苦手、そして確実に至近距離に近付ける。


 搦め手ならあった。

 透馬の能力は『月兎』、跳躍の際に限定して脚力が通常の六倍まで上昇すると言うもの。紅葉が知るのもこの限り、あとは何も知らない。

 得意の遠距離を捨ててまでも接近すれば間違いなく威力の増した蹴り技を警戒するはず。

 わざわざ目立つように銃弾を無駄に捨てる音も立てて銃身を持ってないってアピールすれば今度はピストルにも警戒しなければいけなくなる。

 二重の警戒。砂嵐の無い場所は意識の外に追いやられる。

 一度ダウンを取り、外まで駆けて投げ捨てたピストルを回収する。そして…

 想定外だったのは紅葉の経験値。

 僅か異能戦に触れて三ヶ月で部内徒手空拳トップランカーひばりによる魔力に頼らず意地でも勝利をもぎ取る戦い方の仕込み、外部の人間による滅茶苦茶な魔力操作の叩き直し、何よりも度重なるS級相当との戦闘によって手に入れた経験値の差はかなり大きい。

 紅葉は自身が持つ能力の特性を理解していた。



 観客の目が一点に集中する。

 砂埃を纏い、吐き出されるように出てきた透馬に。

「…出てきた」

 静の呟きは誰に向けてでもなく、静寂に吸い込まれて消えていくと何処かで全く同じ音がする。

「出てきた」

 唱えたのは大人の低音声。

 猿川は二人を止めるでもなく、ただ腕を組んでその様が行き着く終わりを見守っていた。それでも戦況の把握は欠かさないのは最早流石と言ったところか。

「あの様子じゃ、いい理由ではなさそうだな」

 その隣でこれまた腕を組んで二人を眺めているのはモスキュール。

 二人の様を伺い、本当に止めなければいけない時が来たならばいついかなる時だろうと出られるようにと準備をしつつ、そんなことはないだろうとも思いながら、風に撫でられる精悍な顔で構えている。

「大方、誘ったけど想定通りにいかなくてやり返されちゃったってとこでしょ。証拠に…ほら、出てきた」

 砂塵を晴らして出てきた彼を二人が見つめる。

 その顔、血に濡れ白布を赤く染めつつも、双眸に宿した光を取り戻して――



(クソッ!警戒してたはずだったのに…!)

 紅葉の能力は不可視、故に意識の外にあぶれやすい。これはS級相手にも通用すると紅葉は知っている。

 無論、透馬も警戒していた。一番実践形式でこれを受けた本人であったから。

 それでも抜け落ちた。

(気付ける箇所なら他にもあったはず…どこに、どこに…!いや、ずっとか…!)

 紅葉の魔力操作は上達したと言えど未だお粗末。どれだけ莫大な魔力量があろうと、八割方はただ浪費しているだけで本来殴り合いでこれだけの威力が出せるはずも無し。

「お前…素手じゃねぇのかよ…」

 砂塵が晴れ、現れた紅葉が拳を合わせて金属音。

 不可視のメリケンサックに地べたに這わせた網膜に焼き付かないロープ。

 虚無より産み落とされた産物が足元を掬う。


 地面を蹴り、転がるピストルを回収しに走るのを許さない。拳を地面に叩きつけて地面を割り、行く先を阻む。

 舌打ちが高く鳴るから拳を突き出せば右手でそれを弾いて左手が脇にフックをキメる。続けざま、右手を胴体にめり込ませようとしたが空を切る。

 掴んだ左手ごと背後に回って背中合わせ、体重をかけて透馬を御す。裏拳が飛んでくるのを介さず左肘鉄を脇腹にぶち込んで回れ右、正面に映る背中に連打を。

「ッ…この…!」

 足元を払う右足を左足で踏みつけに。純粋な脚力の差で押し負けてすっ転ぶ。

 左半身に衝撃が奔った瞬間にマウントを取られて額に冷たい感触を感じ取る。

「二丁とも捨てた訳じゃねぇよ!」

 撃鉄が破裂音を炸裂させてバレルから二発の鉛玉が発射。すんでのところで頭を傾けて鉛の脳天直下を避けるが左頬が抉り削られる。

 もう一発とばかりにトリガーに指がかかって不可視の柱を作って透馬を退かして紙一重…とはいかず、即座に受け身を取った透馬が穿った弾丸が紅葉の片足を貫いた。



 肩で息を吸っては吐いてを繰り返す。

 これでも一応は怪我人…で済んだら良かったのだが全身に重傷を負い、動く度にあちこちがズキズキと痛む。

 それを酷使しすぎた。戦ってる間ずっとスリップダメージのハンデを負ってこれだけお互いボッコボコになるまで殴り合ってればこうもなるだろう。寧ろ、これくらいで済んでいることに感謝しなければいけない。

 対する透馬は怪我自体は負っているし息も上がっているが、紅葉と比較すればまだマシ。場合によっては今がエンジンのピークと言える段階か。

 それでも直感が訴えている…


 観客達にもそんな二人の様子も状態もとっくに見え切っていた。ただ一人、この場にいるマネージャーである静だけが止めに入ろうとして、そこをひばりが片腕で制止する。

 その隣に立つ力也が晴れた顔で呟いた。

「紅葉はさ、才能の塊なんだよね。みーんな嫉妬しちゃうくらいに」

 静はそれを聞いてなお、はやる気持ちを鎮められない。これだけを聞いて鎮められる方がよっぽど少ないだろうけど。

「そんなことが二人を止めない理由にどう繋がるんですか…?」

 静から言わせてみれば紅葉がどんな才能を持っていようと、みんなが嫉妬しちゃうとかはどうでも良くて、本当に『そんなこと』に過ぎなかった。

 ただ、

「今のは言い方が悪かったかな、透馬の場合はどっちかって言うと嫉妬と期待が混ざり合わないで一緒にいるみたいな。カレーとシチュー混ぜてそんまま食ってる感じかな」


「あの魔力量に使い勝手が良くて拡げやすい能力、ひばりなら分かるだろうけど、圧倒的なセンスだってあるしスキルをどんどん吸収する貪欲さも持ってる」

 紅葉の武器は機動力だとか魔力量だとか勝手に言ってるが、一番はやっぱり最後の二つだとそうひばりも力也も確信している。それは恐らく猿川も同じことだろう。

 思い付いたことは積極的に動きに加えるし、知っているものが活かせる場なら進んでそれをやれる動きをする。これが通用するのはまだ同格かそれ以下の相手にのみではあるが、今もこうしてほぼ流れを支配している。

 力也の目はもう静から離れていて、今もずっと蝉時雨が降り注ぐ中で殴り合う二人に向いていて、遠く離れた入道雲を夕陽の瞳に反射させている。

「自分よりも才能があって将来が期待出来る奴が誰かのせいで急にやっぱやめる、なんて言いだしたらムカつくでしょ」

 三年。

 透馬は紅葉よりも三年早く異能戦に触れた。

 実践がまるで無かったというのもあるが、それ抜きにしても目覚ましい速度で紅葉は成長して、気付いたら横並びで走ってた。

 だから、ほんの少しの嫉妬とまだ鮮明な輪郭を得ない期待を胸に抱く。

 嫉妬は言わずもがな。「いつか占星術士になって、二人で肩を並べて戦えたら、そんな風に俺もなれたら」なんて期待。

 子どもみたいって笑われるだろうか。でも、一度もこれを恥じたことはない。寧ろ、自身のバネにしてるくらいだ。

 けれど、アイツは今占星術士にはならないってそう言ったのだ。

 勝手に嫉妬して身勝手に期待したのは自分だし、こんなのただの我儘だけれど、心底腹が立った。

 だから…

「だから、ちょっと歪だけど、こうやって無理やりにでも連れ戻してやろって意気込んでるの。ね、止めないであげてくれる?二人のためにも」

 振り向きざま、目に懐かしい微笑みを浮かべて首を傾げるひばりに、静の首も縦に頷いた。



 不可視のロープを引いて兎に鞭を打つ。

 視覚情報の無い鞭を完璧に躱し切ることはほぼ不可能。これで受けるダメージは甘んじて受け入れ損切りにして兎は猛スピードで突っ込んでくる。

 軽々しく地面を蹴り駆ける姿はまさしく兎。異なるところは鉛玉を吐き出してくるところか。

 またしても至近距離。脳天に蹴り落とす踵は六倍の脚力で、それを受ける片腕が嫌な悲鳴を上げている。と言うのに関わらず構えるP85が夏日の南中を反射して照る。

 焦り、緊張が奔る。

 急いでロープを引く。今度は鞭を打つようにでなく、全力で力一杯に。

 明滅

 銃口が火を吹き、鉛玉を斬り伏せる刀身が火花を舞わせ魔力が散って明滅する。

 漸く帰ってきた刀を掴み、側頭まで迫る足刀に刀身を穿ち打たんとする。

 純白の魔力を帯びた太刀、閃光を散らしつつ青藍の魔力を纏う兎脚と衝突する。

 魔力総量の差は歴然、所詮兎に鍔迫り合うメリットは無し。そそくさとキリ上げ、銃口を喉笛に向けて撃鉄を打つ。

 鉛玉は首筋でなく左肩を抉って彼方まで。

 元気な右腕を振るって放った一文字斬りは後ろ跳びで撤退されて空を斬って宙ぶらりん。

 弾丸の雨は止まず、横薙ぎの雨粒を降らせていて、強い雨の中を抜き身の刀ぶら下げて全速力。後ろ跳びで距離を詰めさせず弾丸を撃ち続ける兎の足をくくりつけてやろうと不可視の鎖分銅を投げる。


 透馬の能力による脚力の強化は元は『跳躍の際』にのみに発動条件が限定されていた。縛っていた要因は『兎は跳ぶもの』だと言う固定観念に基づいた能力の解釈。

 しかし、現在はその解釈を改めており、発動条件も『常に』に変わっている。

 これが可能としたのは純粋な蹴り技の威力の倍化のみに飽き足らず、急ブレーキ、並びにそれを用いた高速ターンと言った通常不可能である動きにまで及ぶ。


 鎖が透馬の足首に巻き付くが早いか、透馬の足が地面を蹴るとまたもや至近距離まで急接近して来る。分銅が兎の足を捕縛することは無く、虚しくも地に落ちる。

 瞬くよりも早く胸を叩く脚と胴体の間に素早く白刃を挟んでどうにか耐えるようと踏ん張ったとて、既に傷だらけの足はとっくに限界を迎えていて衝撃を相殺するには至らず、左足から崩れていく。

 明滅

 見上げれば高く昇った南中の太陽を月兎が隠して逆光。銃口がこちらを向いていることだけが確かだ。

「クッソ…!」

 急いで刀を振るって左切上。

 トリガーにかかった人差し指に力が入って撃鉄が鳴る。

 撃鉄が鳴る。撃鉄だけが鳴り、火薬の炸裂音は凪いで鉛玉の射出も無し。


 ――弾切れ!


 瞬間、二人の思考をこれがジャックする。

 振り上げる腕から僅かに力が抜ける。

 先に思考を取り戻したのは透馬。

「…ッラァ!」

 慣性で上昇を続ける弛んだ手に空っぽのP85を投げて命中。弛んだ手がそれを開けて仕舞えば辿る道のりは一つ。

(すっぽ抜けた…!後はもう一発…!)

 刀が宙を舞って紅葉の背後まで。今度は明確な目的もなく、彷徨うようにくるくると舞って、地球を刺す。

 着地と同時に兎脚が頭の高さまで振り上げられて狙うのは頭頂(てっぺん)への踵落とし。

 対抗するショート寸前であろう紅葉の脳が導き出した解は大振りの右。速度が速過ぎたのか、拳は透馬の身体にも脚にも掠らず、空を過ぎていく。

「トった」

 透馬の口が自然にそう動いて声帯もそう震える。

 観衆の皆、誰もがきっとそう思ったろう。

 ただ一人、紅葉だけを除いて。



 踵は紅葉の肩より3cmほど浮いて停止してそれ以上進まない。

「鎖…?!」

 取り返したばかりの透馬の思考が再び停止する――


 虚無によって創られた物質は基本として紅葉の意思に介さず消えることはなく、無意識にでも意図的にでも紅葉自身が能力を解かない限り、虚無の創造物は存在し続ける。

 彼は今まで能力を解いたことはない―


(刀に繋いだ鎖…!まだ残してたのか!さっきのは空振ったように見せかけて鎖を張るための…!)

 ピンと張った鎖により、振り落とした踵は当たらなかった。踵落としの性質上、その後には明確に致命的な隙が生じる。

 スピードタイプとの戦闘、一瞬の隙が命取りとなる。使えるタイミングは確実に決め切れる時か、既に相手が行動不順に陥っている時に限られる。

 今の状況はこれらを満たしていたが、一つ綻びが生じると割れてしまうような不安定な器に入っていたに過ぎず、器は見事に決壊した。


 胸板に狙いを澄ました左手が届くように力の抜けた足にもう一度、今度は抜けてしまわないようにありったけを注いで、踏ん張って地面に根を張る。

「ああああああああ!!!」

 紅葉の魔力操作は漸く人並みに並んだところで、莫大な量があったとて威力はお粗末。だけれど、彼の手にはまだあれが残っている――



 ざわめきが耳に入ってこないのに頭の中でずぅっと籠ったように響いている。

 自分と、あと一人の浅く早く吸っては吐く呼吸の音と心臓の音が蝉の喧騒より五月蝿くて、他になんにも聴こえない。

 大の字になって寝転んで見る青天井はあまりに澄んでいて。


 ―どうだった?


 貴く人の子を歩む道程を照らす灯台守に、今なら手も届くんじゃないかって手を伸ばしてみる。

 心模様は言わずもがな、澄み渡って光年先まで見渡せそうなくらい…


 どうだったって?

 解答は一つ。


「雲一つねぇや」


 唯、快晴―――




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