表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚の機繰  作者: 浮海海月
満天の曇り空を彩る星痕
39/40

39.Plz tel yourself into 1's word

 腹八分じゃ飽き足らず腹満タンになるまで菓子パンを突っ込まれたのでこれから数週間に渡り菓子パン禁止令を出したい所存。願い届提出所はどこですか?そこに無ければ無いですかそうですか。


 とか言ってますが、色々とありまして一ヶ月ぶりの実家とは何を言うよりもやはり居心地が良い。誰かに見られてるんじゃないかとか、窓を開けたら警察が覗き込んでたりしないかとか、昼寝から起きたらどっかの署の前に簀巻きにされてないかとか考える必要がまるで無いし、ゆっくりしてても朝昼晩寝食に困らない。

 じゃあ向こうでの生活は苦しかったかのかと訊かれたらそれは首を捻るが、回答は10回訊かれりゃ9.9回は「YES」ってなるだろうね。

 だって急に先生が「走れ」って叫ばれたから走って逃げたら初対面の人間に掻っ攫われるし、攫われたかと思えば紐に括り付けられて高速爆走させられるし、面と向かって「嫌い」言われるし、スマホ使えないし、日中はケイドロとか言ってマジモンと追いかけっこさせられるし、ちょっとでもダメなとこあったら飯は減るし…

 って言う諸々を笑い話っぽく一部ディレクター紅葉の下、脚色を入れてイースト菌と仲良しの食卓で語れば四人ともがそれを真面目に聴いて笑ってをしてくれる。

 本当に大変だった。

 その癖頭は撫でるし、気に入ったら豪快に笑うし、いつも気にかけてくるし、夜食のお菓子押し付けてくるし、ご飯美味しいし、ニュースから意地でも離そうとしてくるし、捕まりそうになったら抱えて逃げるし、頭撫でるし…

 大変だった。

「ほんとに…大変だったな…」

 きっと、彼らが居なかったら紅葉はとっくに壊れてる。

 今だってとても綺麗なんて言えないけれど、紅葉の裡で轟轟と溢れんばかりに流れる濁流が決壊することなく引いてくれたのは紛れもなく彼らが堤防として働いてくれていたから。

 彼らが居なかったら今頃こうして馬鹿みたいに笑う事もなければ知らないうちに流れた目の汗を拭う事だってなかったんだと思うと背筋に冷感が奔る。

 背中を頭をと撫でる手が冷感を有耶無耶にして忘れさせてくれる。それを紅葉は拒む。

 これは絶対に忘れてはいけない。

 有耶無耶にしたままではいけないのだと、そう思うから。

「じいちゃん」

 目尻に汗を押し除けて見開く(まなこ)力強く、縦長瞳孔の朱眼が祖父を睨む。睨み付ける…うん、きっと相違ない。

 目の前にそびえ立つ英雄(皆の幻想)をぶっ壊しでもしなきゃ子供(紅葉の理想)を通すことなんざ人間が彼方の星まで歩いてくような夢想に尽きるまでなんだから。

「…何だ?」

 外見、中身共に七十歳越えには到底見合わない祖父は白髪混じりの蒼髪を垂らした前髪を揺らし孫の言葉に耳を傾けてやる。

 だが軽弾みに口を動かす事は推奨しない。

 退役したと言えど、未だ果てを照らさぬ盛焔。

 さぁさ、ドテッ腹掻っ捌いて臓物まで曝け出せ。吐いてみせろ、お前の奔流。

 浅い息を吸っては吐いてを繰り返す。

 揺れる心臓に配る心など持ち合わせはないので無視を。

「オレ、占星術士にはなれない」

 心臓はまだ揺れている。

 このたった一言が含んだ意味がどれだけ大きいか、それを露わにしてみせることがどれだけのことか。きっと理解出来る者は多くない。

 そう言い切れる材料なんて、この一ヶ月で視た『攻撃対象を見つければ、対象を対象だと疑う事もなくリンチするヒトの醜悪さ』と『例え対象が自身をその背で庇おうとしていようと所構わず白刃を突き立てる歪さ』で充分足りている。

 追いかけてた夢を、あんなにも輝いて見えた夢を、護ろうとした人間から白刃を突き刺されてズタボロにされて、もう一度目を向けてみたらそれは全然輝く星じゃなくて泥をドブと下痢水で割ったみたいな異物でしかないって思い知らされ至った紅葉の本心なんて、あのだだっ広くて埃が舞う図書室で語ったものが全てで、『誰か』を守ろう救おうと思えなくなったから、そう思えない人間は占星術士になれない、なっちゃいけないから……

 それでも瞳は逸らさないで真っ直ぐに――

「………」

 押し黙る。

 永いようでほんの一瞬に過ぎていく五秒の沈黙が空間を支配する。

 圧政を破ったのは無論、それを敷くよう仕向けた男ーアハトである。

 だが、今度はまるで別の罪を被る。

「……だろうな」

 声帯が鳴らした低音が心臓を揺らす。

 ガラス食器の擦れる音。

 コップを満たす液体が木目を濡らす。

 酷く、高鳴る。

「このジジイ…」

 叩きつけた手の平が身体を押し出して、祖父の胸ぐらまで腕を伸ばす。

 昂る心臓が血を登らせる。

 開く瞳孔がより影を捉えようとする。

 そのどちらもが土砂降りの後押し寄せる濁流にまた水を注ぐ以外に役目を持たないが、役目だけはしかと果たしていく。

「ッ…バカにしやがって!」

 溜めに溜めて何を言うかと思えば「だろうな」のたった一言だと?相手がガキだからって下に見てるか、元より夢物語だとでも思ってでもいない限り出てこないワードだろうが。

 胸ぐらを掴む右手が小刻みに震えている。

 アハトがそれを見逃すはずもなく、老ぼれよりも震える少年を見下ろす眼は何処か冷ややか。

 母だけが慌てふためき父祖母は後始末をいそいそと始める食卓。折角の温かい食事が冷めていく。

 皺に塗れた左手を軽く皺の無い右手に添えると力を入れずに払い除け二言目を呟く。

「…訂正しようかと思ったが、やめだ。この程度で激昂するようじゃやっていけん」

「すまない、折角の食事を」と、呆けて立ち尽くすしか出来ずに居る紅葉を気にも留めずに荒れた食卓を片す二人に手を貸す祖父にまだ心臓を掻き乱されている。

 騒ぎ立てる何かが紅葉を駆り立てる。

 居ても立っても居られないこの心持ちに押し負けて気付けば炎天下の夏空の下、高熱を帯びたコンクリの上を全力で走っていた。




「で、気まずくってここまで来ちゃったってか…」

 終業式終わりHR後の職員室。教職員たちが急ぎ足で食事をかっ込んで食べたり、ゼリー飲料握りつぶしつつ書類作ったり、そも飲まず食わずでひたすらペンを走らせるなりキーボードを叩いたりをしている中、キャスター付き椅子をギィギィ鳴らす男子生徒が一人。

 担任の笹木の本日のお昼メニューである大人気牛丼チェーン店「吉田屋」の焼き鳥丼を左手に、右手に箸を握りしめて空いた腹を満たしていた所だったが、事の顛末を聞くために一度机上に落ち着かせ身体を生徒へと向けていた。ちなむと笹木のイチオシメニューは油そばセット。

「別に気まずいとかじゃないっス。オレはただじいちゃんが…なんでもないっス」

 背もたれに体重を預けのし掛かるとまた椅子がギィと音を鳴らす。仏頂面を上げてブー垂れそうになった直前で言葉が止まってしまったらしく、また仏頂面を力無い背もたれに預ける。

「今の文脈で気まずいとかじゃないは無理あるだろぉ…ま、俺はお前に今日会えて嬉しいよ。渡したい物とか沢山あったし」

「ほらコレ」と言って手渡された紙にはデカデカと「夏休み期間中の補習について」と記されていて、その下には数日間に渡り朝七時から正午までの時間を使い赤点の者への補習を行うと詳細までが。

 眉がピクピクと痙攣しているかの様に小刻みに震え、声までも微かに震えていて精一杯搾り出したように響く。

「サッさん…これ…なぁに?」

 怖いもの見たさで確認を。いやだってまだもしかしたらワンチャンツーチャンネコチャンでサッさんのミスの可能性だってあるし、ドッキリっていう可能性だって無きにしも非ずってどっかの偉い人も言ってたでしょ。

 万分の一の可能性を祈る紅葉の期待はさも当然かの様に打ち砕かれる。「再試験合格出来るんなら話は別なんだけどな」と腕組んで言われたらそりゃ「出来ます」なんて言えないでしょ。こちとら丸一ヶ月授業受けてないんだわ。

「一応言っとくけどこれでも頑張ったんだからな?お前出席日数足りてないから夏休みに授業受けさせるって案まであったんだから」

 そんな案を出したのは誰なんだろうか気になるところだがそんなどうでもいいことを調べるよりもすることがあると直感が叫んでるので特大の感謝をサッさんに捧げる為合掌。

「こそばゆいからやめろ」と黒ずんだ眼窩で笑いながらそう答えてまた続ける。

「お前は普段から成績悪くないし、補習の時間になったら顔出してくれたらいいから。あ、でも定期的に俺の方で着いて行けてないとこの板書送ったりするからそれだけやっといてくれ」

 手厚いフォローまでしてくれる担任マジ特大感謝、マジリスペクト。頭が上がらないっス。いくら下げても硬い背もたれにデコぶつけるだけなんだけど。



 つい昨日まで指名手配されてた生徒が何食わぬ顔で帰って来た。

 いや、何食わぬ顔では無かったな。

 包帯にガーゼに塗れた仏頂面は少なくともそう呼ぶのに相応しくはないか。

 隣の席がたまたま空いてたから取り敢えず座らせて話させてみれば「じいちゃんとケンカした」だと。あの英雄とケンカ出来るなんてお前くらいだよ、誇りに思った方がいいぞ。

 って話して欲しいのとは違うがここに来る理由は話してくれた。

 この際色々は訊かないでおくことにしようと心に決め、定番のメニューからハズした普段あまり食べない焼き鳥丼とまだ白紙のままの提出期限の迫る書類を机の隅に追いやって隣に座る神河に体ごと向けてやる。

 でもやっぱこの流れで気まずくないってのは無理ある。


 一ヶ月学校にも通えず中間テストも受けられずだった神河は事実上停学の措置が取られていた。

 そりゃ当たり前。

 犯罪行為に手を染めた生徒がいればそのまま籍を置かせる訳にもいかないし、そうしなけりゃ世間からの風当たりだって強い。疑惑であれば容疑が確定されるまではまだ学校として生徒を保護する義務があるが、確定された、ましてや指名手配となっては話は別。犯罪者を庇う理由もメリットもないし。

 だが、今回の一連の流れはあまりにも奇妙だと猿川先生が声を上げ、それに乗じた多数の声も上がったために退学でも停学でもなく、事実上停学措置が取られた。

 要は彼はまだ東間高校の在籍生徒であり、仮にかけられた容疑が事実であるとされたのなら退学にさせ、冤罪であったのなら停学(と言ってもその期間中を出席停止としデメリット―進学やら就職等への悪影響―は受けさせない)とする決議が最終的に下された。

 もちろん反感もあった。

 保護者からは強い反発を受けたし、生徒や教員からは署名活動をするような人間も出て来た。どこから漏れ出たのかは知らないが、果てには外部からも反対意見が寄せられた。

 一切の関係のない第三者でしかない外部は度外視するが、その他には猿川先生を初め校長先生や教頭先生と言った人たちから理解していただけるようにと説明…まぁ説得か、をした。俺も毎日あっちこっちてんやわんやだった。


「人はどこまで行こうと自身の世界でしか生きられない」

 結局のところ、どんな判断をする時も人は自分の価値観にだけ従う。それが他のどの世界でも『白』であっても自分の世界で『黒』であればそれは『黒』になる。そのくせ『雪は白い』とか言うようなヤツだっている。

 神河のことだって同じだ。

 俺たちはたった二ヶ月やそこらの付き合いであってもたまたま『神河紅葉』を知っていたから『白』だって言えた。あれはそこら辺にいる十五の子どもと何も変わらないって知っているから、ただの高校生がとんでもないバケモンに繋がることはない。

 けれど、『神河紅葉』を知らない人間からすれば『神河紅葉』と『とんでもない化け物』はイコールになる。

 ここまでは別に良いんだ。どこまで行こうと知らない人間が知らないところで自分と化け物を繋げていても大した問題にならないし、そいつ個人の認知をわざわざ変えさせる労力に対価が見合わないから何かをする事もないし。

 問題は相手が大群になった時だ。

 大群の意思を変えるのはまず不可能だ。『多数意見は絶対』って言う無意識下に埋め込まれた潜在意識に思考をロックされてるんだからそりゃ出来っこない。

 じゃあどうするか?

 少しずつアウェイに連れ込んでやればいい。

 一度に大群を相手にするよりも少しずつ少しずつ一部を攫ってこっちの色に染めてやればいい。


 …って猿川先生が言ってた。

 まぁ長くなったけど、そうやってなんとか勝ち取ったんだ『確実になるまでの様子見』を。

 その甲斐あってか、こうして神河も帰って来てくれたし、すれ違いざまに女性教諭に「あら神河くん帰ってたの」と聞かれたりすれば「そうなんすよ、お邪魔してまーす」とつつがなく挨拶してるし、こうしてたかだか補習がどうこうってだけで一喜一憂してる。

 いくら元の案よりも軽くなったとは言え、やはり一週間の補習は嫌なもんは嫌だと言う顔で穴が空くくらいに手渡した紙を覗き込む神河の頭をクシャリと撫でる。

「良かったよ、大人になってなくて」

 三十半ばの標準体型、隈ありの微笑みを向けるが当の本人は「ちょ何事?!」とか言って担任の心なんて1mmも知らないまま。

「それ本当にいい事っスか?あんな事があっても成長出来てないってことスよ?」

 くしゃくしゃになった髪を手櫛で梳かしながら僅かに紅潮させた頰で紅葉が問う。あまり褒められた気はしないが悪い意味でも無さそうな担任の独白に一抹の興味が湧いただけ。

 軽く瞳を閉じ、また小さな声で反芻するように呟く。

「いい事だよ。絶対に」

 ふぅん、と頷いてまた頭を背もたれに預ければ視線を紙へと戻す。

 今度はわざとらしく、顔の真ん前まで紙を運んで、ね。


 少し時間が経って、笹木も昼食を喉に通しつつ雑談をしている時だった。

 そう言えば、と思い出したかのように笹木が視線を真夏の真っ昼間の校庭へと向けると、ほんの少しの間目を皿にして何かを探すとすぐにお目当てのものを見つけたようでまた顔を紅葉の方へと戻してからこう言う。

「折角なら体動かして行ったらどうだ?モヤっとしてるのもスッキリするだろ」

 一瞬目線だけ天を仰いで思考を巡らせると「確かにそうっスね」と言いかけて逡巡。

 今日は確か終業式だ。

 そしてとっくに式は終わっている。それ以前に今日は授業無し。

 では今校庭は誰に占拠されてるでしょーか?正解は部活動でした。

 では続けて問題、サッさんは何を意図してああ言ったのでしょうか?

 え?分からない?じゃあもっと分かりやすくするか。

 誰を見て、ああ言ったでしょうか?

 ここまで言えば言わんでもわかるやろ、詰みや。

 いや別に詰みはしねえんだけど、純粋に嫌だ。嫌っていうかまだ準備が出来てないって言うか、とにかく今はまだ…

「だったらオレ、サッさんとランニング行きたいっス」

 これもまあ本心である。だがしかし、三十半ばの教師にからしてみれば教師冥利に尽きるというものである。

 キャスターをコロコロ転がしながら放った一言も口に含んだ焼き鳥丼をお茶で流せば一蹴される。

「ダメ、行ってきな」

 ゴクン、と喉を鳴らし胃袋に昼飯を流して吐いた言葉に紅葉の肩が下がる。

 スライムみたいに溶けて椅子に限界まで体重をかける。…そこ一応人の席なんだけどさ。

「ダメかあ…でもなんでよ」

 口をとんがらせて紅葉が問う。

 廊下の方を見ると見慣れた影が二つ。笹木はそれに気付いてか、それとも意図せずか聞き取りやすい声でつんざく。

「だってお前どうせ気まずいから後回しにしたいとか考えてたろ」

 図星。

 たくさん迷惑かけちゃったし、何よりあんなことを考えちまったから少しどころかかなり顔を合わせにくいのに、彼らは一人残らず自分を励ましてくれてたっていう嬉しさから早く会いたい話したいっていうジレンマに苛まれている。

 ぐうの音一つ漏らすことも叶わないまま腕を引っ張られてスライムみたいだった体を固形に戻され、席から立たされると、力強く背中を押されながら職員室のドア付近まで連れて行かれる。

「経験上、こういうのはさっさと済ました方がいいし変に用意しない方がいい。友達なんだろ?本音で語り合って来い、ほら」

 最後は目一杯に押し出されて転びそうになるところをギリギリで踏ん張って堪える。顔を上げれば見慣れた久し振りの二人の姿。

「…よう」

 ぎこちない挨拶。俯きがちに放った声はただ床材に吸収されていくだけで…

「よっ!」

「よっす〜」

 瞬に凛。ここに何の用があったのかはあえて聞かないけれど、紅葉の様子なんて気にも留めない素振りで二人とも揃って片手を挙げて気楽さを投げかけてくる。

 それで、ずっとモヤがかかってた視界が晴れ渡ってった気がした。

 そんなもの、最初っから無かったような気もするし、いつの間にかずっとそこにあった気もするけれど、確かに言えることは今まで見えていたものよりも遥かにすっきりとしているってことだ。

(そっか…オレたちはこうだよな)

 向かう先はもう決まった。

 何にも決まってないし、何にも考えちゃいないけれど行く先だけは輝いて見える。コンパスも地図も要らない、しかと定まっている。

 力強い一歩を踏み出して地面踏み締めたらまた蹴り出して駆け出す。

 すれ違いざまに二人の手を軽く叩いて小気味良い音を鳴らして、しばらく行った先で大きな声で叫ぶんだ。

「二人にも絶対話すから!後で校庭来といてくれ!」

「あと!ありがとな!」

 ふと忘れそうになった言葉も遅らばせながらも一方的にストライクゾーンど真ん中に投げ飛ばす。あまりの最大瞬間速度にグローブを握る手が痺れるようなひた真っ直ぐな球を。

「おう!」

 手が痺れてもコイツらならきっと返してくれるって信じてるから。




 水溜まりに映った夏空に蝉騒が吸い込まれていく。

 透き通るような蒼の前でなら、若者はなんだって出来てしまうし、どんな過ちも笑い飛ばせてしまう。

 ジリジリと砂が焼ける音。

 ミンミンと手持ち扇風機が回る音。

 陽炎が舞ってふらふらり、太陽照らされハラハラリ。

 父親譲りの白銀の髪を光らせ、上履きで青空を踏んでグラウンドへ。

「お前さ、変わったんだってな」

 木陰に入らないまま、ずぅっとそこに立っていた少年の腕に玉の汗が浮かんでる。

「…まあ、あんな事あったらそりゃ」

 両者の頭を過ぎる一ヶ月はまるで異なる。

 結局のところ、彼らだって自分の世界でしか生きられていないなんて、ヒトってのは何て哀れなんだろう。

 互いに友を案じようと、友の心理を想えども、己が知らぬ世界で己の尺度で測る以外に出来やしない。

 ならば、どうするか――

「変わるか。それで、占星術士、諦めるんだっけか」

 返事はない。

 されど紅葉のような瞳は真っ直ぐに彼の背中を見据えていた。

 振り向きもしないのに、彼はそんな友の様子を知ったかのように奥歯を噛み潰して号哭する。

「ふざけんなよ!お前のなりたい物、お前の守りたかった物は知りもしない他人にぶっ壊されるくらい脆かったのか?!お前がそんくらい壊れるタマかよ!」

 透馬がその手に握っていた刀を投げ飛ばし、紅葉がそれを片手で受け取る。いつもの訓練用の木刀じゃなく、嘘偽りのない日本刀。

 受け取り、即座に理解する。

 浅く息を吸い、深く吐き出す。

 開いた双眸、縦割れ瞳孔が彼を見越す入道雲を映す。

 そして一息吸い込んだら怒れる友の声に呼応して紅葉も絶叫する。蝉の織りなす喧騒を遥かに凌ぐ大声で。

「じゃあ!オマエがオレだったらこうならねえのかよ?!何もしてねえのに何っも知らねえヤツらに好き勝手言われてリンチにされて!全員死んじまえばいい、ぶっ殺してやればいいって本気で考えねえって言い切れんのかよ?!」

 嫌な感情(もの)を思い出してまた表情が歪む。存在を証明出来ない何かがズキズキと痛んで、不思議と右手が胸部を握り締めていて服にシワを残す。

 目尻に溜まった苦汁は流れる事も拭われる事も無く渇きを奪っていくだけ。

 聴覚が柄が軋む音、伸びた爪が手の平を抉る音はこんな物だとのたまっている。

 紅葉の叫びは悲痛な『声』と共に透馬へと届く。

 それはまた透馬の何かでこだまして反芻する毎に振幅を増していく。

「言えねえよ!それでも…少なくとも!俺が知ってるお前なら…!」

 ()()()()しないでまた笑って走り出してるはずだった。

 きっとそうなるって、そう出来るって信じてたし期待してたんだ。お前のじいさんが話してくれた時までは!

 でも、やっぱり諦めたくない。俺はお前を諦めてやらない。

 それが今の俺の追う夢(理想)だから。

 だから、お前にも俺の夢を見せてまた意地でも走らせてやる。

「来いよ、モミジ!俺が『お前』を叩き込んでやる!」

 低姿勢、構えた二丁拳銃P85が夏日の輝きを吸い込む最中に暗くギラつく。込められた弾丸は甘っちょろいゴム弾に非ず黒鉄の鉛玉。

 魔力十分、気迫満タン。

 青髪が湿気た風に揺れる。

 ならばそれには全力を以て発露し、全霊を以て応えなければ。

 日本刀を腰に提げ、柄を握って魔力を回す。

「オマエはウサギだろうが!黙って餅でも捏ねてろよ!」

 白銀の太刀。

 満ち満ちた魔力は燦然と煌めき髪を逆立たせ、怒号を飛ばす。


 ――拳を交えようか


 あゝ、蝉が五月蝿いな

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ