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181.忠義

 魔人の気配はなく。しかして出所不明の濃密な殺気が渦巻く状況で、ライネは静止したまま思考を詰めていく。確定とは言えないがこれらの推測はきっと正しい。魔人に何ができるのか、できないのかは大まかにだが見えた──過度に恐れるべき相手じゃない。それがライネの結論だった。


 その自然体の佇まいに、自身が侮られていることを悟ったか。それとも単に彼にとって他の契機があったのか、唐突に魔人がヴェールを剥いでそこに出現した。ライネの背後、最大の死角となる背中側から鉤爪が振り被られる。


 った。と魔人は反応を見せないライネの後ろ姿にそう確信し……次の瞬間には自身の爪が止まっていることに気付く。


 無論彼の意思ではない。彼はる気満々で力いっぱいに爪を振り下ろそうとしている。そこに中断や手加減などといった殺意以外の思考など入り込むわけもない。では何故鉤爪はもう少しで標的へと届く、しかして決して触れてはいないその位置で停止しているのか。


 原因は、すぐにわかった。


「なぁっ……!?」


 止まっているのは、停止してしまっているのは鉤爪ではない。自分自身だ。いつの間にか肉体が凍り付いている。その事実に魔人の脳内は疑問符で埋め尽くされる。いつこうなったのか? ヴェールは攻撃が当たるのに合わせて完全に解除されるよう計算していた、つまりそれまで自分は能力によって身が守られていた。


 それだけではない。全身のヴェールとは別にもう一枚、小さなヴェールを手元に纏わせてもいた。オルネイにやったのと同じ、彼絶対の必中のコンボ。ヴェールによって爪の殺傷力は多少なりとも落ちるものの、相手の防御を擦り抜けるために威力の減衰が大した問題にならない上、確実に当てられる。敬愛する御方からもお褒めの言葉を頂けた彼自慢の技が、なのに破られた。


 どうやって破られたかをわからぬままにそれだけを理解した魔人は、その胸に巣食う誇りと驕りを共に砕かれて身を固まらせる。……もっとも、そうでなくとも彼の体は氷に覆われていてもはや動かそうとしても叶わないのだが。


「なんだ、これは……なんでこんなことが!」

「術理がわかれば怖くもない。僕はただ備えていればそれでいいんだからね。君が食らったその術の名は銀雪。ヴェールごと君を凍り付かせるために用意していたんだ」


 ──生成系と凍結系、どちらの要素も合わせ持つ「銀雪」は既存の術で言えば氷瀑の要領で吹雪を繰り出すのに近い。


 極点によって絞り込み密度を上げた冷気をまとめて対象へとぶつけ、即座に凍り付かせる。その性質上、単対象かつあくまで体外を氷で覆うのみに留まり、それ以上の進行が狙える接触凍結には拘束術としての性能で劣るが、その代わりに触れる必要もなく更には瞬間的に高出力で凍らせられる点で銀雪は優れている。それによって刹那の間しか捉えることのできないこの魔人もライネはしかと凍らせることができたのだ。


「解除の途中だったとはいえヴェールは確かに効力を持っていた……なのにその上から俺を凍らせたと言うのか! 攻撃が完了するまでの僅かな間で!?」

「まあ、それくらいはできるさ」


 ライネは魔人の表出、その気配を感じ取ったと同時に二心同体を一心化へ切り替えていた。待ち構えている間に一心化を行なっても仕掛けるタイミングが魔人側に依存している以上、無駄な疲労を背負い込むことになる。またオルネイへの攻撃の仕方からしても反応に関しては二心同体でも十二分であるとわかってもいたので、カウンターで銀雪を使用するその瞬間だけ一心化で術の効力を引き上げたのだ。


 ただでさえ高出力の銀雪がもう一段階出力を上げたのだから不完全なヴェール──つまりは空間の布とでも称すべき魔人の守りを突破することも容易かった。


 が、魔人必殺の一撃を打ち破れた諸々の理由をあえて明かす意義もないので、ライネはその原因をたった一言にまとめた。


「君が姿を隠すのには時間の制限、あるいは使用時間に伴ったインターバルを守らなくちゃならないんだろ? だからまず一対一の状況を作る必要があった。僕よりもオルネイさんを与しやすいと思ったか、甚振りたい目的でもあったのか……それはどうでもいいが、なんであれ失策だったよ。せっかく不意打ちにこの上なく適した術を持っていながら、本命の相手へ仕掛ける前にそれを披露してしまうなんてね。その時点で君の強みは半減したと言っていい。それじゃあ相手にもならないさ」

「……ッ!」


 きつく歯を噛み締める魔人。彼にとってライネの物言いは許し難いものであったが、反論ができない。物の見事に敵の手玉となって身動きを封じられている今、口だけで威勢を放っても滑稽なだけだ。かといって黙りこくるのではそれこそ面目が立たない。結果、彼は戦術論とは別口の話題を返すしかなかった。その口元には精一杯の強がりである笑みが浮かんでいる。


「ふ、ふん……お前こそ死因・・などと言っておきながら俺を仕留めそこなっているではないか。それはお前の予想を超えて俺の攻めが素早く、脅威的なものだったからだろう!?」

「あのね……あれは言葉の綾ってやつでさ、何も本当に殺すわけないじゃないか。君からは聞き出さなきゃいけないことがたっぷりとあるんだから」


 生け捕りが難しいくらいの難敵であるならともかく、自分はそうではなかった。ライネが暗に言っているそのセリフもしっかりと聞こえた魔人は、今度こそ何も言い返すことができなくなった。唯一自由だった首の上にも氷が迫ってくる。咄嗟にそれから逃れようと藻掻くも、悪足掻きにもならずあっという間に頭頂部まで覆い尽くされてしまった。


「ま、そうやってじっとしていてよ。すぐに協会へ連れていくから」


 氷越しの言葉は魔人の耳には届かなかったが、背を向けて倒れている仲間の下へ足を運ぶその姿からライネの思惑は明白だった。まずは死にかけている仲間の命を繋ぎ、その次に自分を氷漬けのままテイカー協会の本部へ。悪しき怨敵たちの巣窟へと運び込むつもりでいるのだ──そしてそこで、ありとあらゆる手段を用いて自分から情報を絞り尽くそうとしているのだ。


 冗談ではない。彼は誇り高き魔人だ。名乗ることもなく負けてしまったが、御方より直々に名付けられた忠実なしもべの一人。その自負と並々ならぬ忠誠心を持っている。そんな彼がよもや御方の不利の一因となることを良しとするはずもなく。


(この名も命も能力も。全てはあの御方より頂いたもの……であるならばそれを御方のために行使できなくなった以上、俺が取るべき選択はひとつ)


 ヴェールを張り直してなんとかこの氷の牢獄から脱せられないかと試してもみたが、ビクともしてくれない。術の強度において完全に劣っている、ということだ。膂力も唯術も通じないのなら彼に逃走の目はない。無論、逆転だって不可能だ。しかしこのどうしようもない状況下においても彼にはまだやれることがただひとつだけあった。


 それは。


(【羽衣】よ、我が力よ! 俺の内部うちへと息づき、そして破壊しろ!)


 ごぽり、と。目、耳、鼻、口といった魔人の穴という穴から血が流れ出す。氷内のその異様には他者治癒でオルネイへ施術中のライネもすぐに気が付いた。自殺。それも、止めようもないほど徹底的な。


 ライネが向けた視線に、しかし命が潰えようとしている魔人は気付いた様子もなく、もはや見えているかも定かではないその目で大広間の天井よりも遥か高いところを見上げながら口を動かしていた。


「アカシャ様……ミーラ様……我が母と父よ……そして偉大なりしイオ様に、心より謝罪を……どうか、どうか、お許しくださ──」


 最後まで言い終わらぬ内に魔人は絶命する。閉ざされた氷の中で吐かれたその懺悔が果たして彼の敬愛する三者へ届いたかは杳として知れないことだが、少なくとも、その壮絶なまでの滅私奉公の想いは敵であるライネにもしかと伝わっていた。


「迷わず死を選ぶなんて……僕の術に捕らえられながらそれができる辺り、やっぱり魔人は厄介だね。体も、心もだ」


 当然ながら氷は超低温。触れているだけで生者からその活力を著しく奪うもの。特にライネの術たるそれに全身を包み込まれたとなれば極度の低体温症へと陥り、術の使用はおろか意識を保つことすら本来なら困難になる。


 いくら肉体が人間のそれを超えて遥かに精強であると言っても、生物である以上は魔人とてそういった弊害からは逃れられないはず。実際、もう少し捕まったままの時間が長ければ彼も仮死状態で保存されることになっていただろう──が、そうはならず、彼は己が命を捨て去ってみせた。


 それは決断の早さ。そして「自身が敵の手に落ちた」場合への想定を済ませていた固い覚悟によって成り立った脱出方法だった。


「敵ながら天晴れと言うしかないか」


 氷術が殺さずの無力化に適したものだと言っても、氷に閉じ込めてなお自決されたのではお手上げだ。この魔人には指先ひとつ動かせない状態からでも自身を殺すすべがあったのだからどうしたって防ぎようもない。


 一応、氷蝕によって首から下を氷へと変えることで真の意味で肉体の自由を奪いつつ、魔人由来の生命力によって解凍まで死なないことを期待する……という手もありはしたが、そうするにはただ氷漬けにするよりも手間がかかり、オルネイの蘇生を急ぎたかったライネとしては率先して選びたいものではなかったのだから仕方がない。


「……うん、さすがに魔人でも氷蝕を食らってどれだけ生きていられるかもわからないんだから、正しいことをしたと思おう。情報は惜しいけど、それとオルネイさんを天秤にかけられはしないんだしね」


 内側から聞こえるシスの意見にライネは治癒の手を止めずに首肯する。実際、この判断は他のテイカーからも大いに支持されることだろう。仲間を助けるのはテイカーの教訓を問わずに人として当たり前の行いであるし、またそういった人道を抜きに考えても、「敵方の情報」と「協会一の空間系術者」であるオルネイでは後者の方が価値が高い。少なくとも迷いなく切り捨てていい人材ではないために、そういう意味でも魔人との戦闘を手早く済ませたライネの行動はまさに正しいものであったと認められる。


 と、そうわかっていてもだ。


「だけどやっぱり惜しかったな。ミーラ様にアカシャ様。爆弾本体・・・・の名前は知れたけれど、それだけ知ったところでね。魔人は間違いなくそう口にしていたんだよね?」


 死に際の魔人の唇の動きを読んだというシスに念のため訊ねてみれば、確かな肯定が返ってきた。ミーラ、アカシャ。確実にどちらかが魔人を作り出せる魔人であり、もう片方はその補佐役だろう。イオが自身の死後を見据えて温存した二体で間違いない……とはいえ名前が明らかになったところでできることは特にない。


 名称だけで居場所を探れるような唯術持ちでも協会内にいれば別だったが、生憎とそういった人材は天下の魔術師の拠り所であっても不在である。


「もちろん言われなくてもわかっているよ。末端の構成員とはいえこうして魔人と接触できたのは大きい。これで心置きなくグリンズさんに適切な助言が送れるんだからね。そして──」


 治療が済み、一命を取り留めたオルネイが穏やかな寝息を立てていることを確認したライネはほっと一息をつき。それから立ち上がって、物言わぬ氷の像となっている魔人の亡骸へと足を向ける。


「──一年前のやり残し。宿敵イオの亡霊との戦いが、いよいよ始まるってことも」


 そっと氷へと、そして氷を通じてその奥の魔人の亡骸に触れて、ライネは目を伏せる。口元には小さな苦笑が浮かんだ。


「それもわかっている。これは僕だけの戦いでもなければ、協会だけの戦いでもない。代行者になった僕には世界を守る義務がある……贖罪の気持ちだけで戦おうとしていたあの頃とはもう何もかも違う。やらなきゃならないことだ、重々に承知しているよ」


 氷に置いた右手、その手首を左手で握る。緩慢な動作の最中にライネは笑みを消して、少しだけ悲しげな表情を見せた。彼の体から魔力と共に冷気が溢れる。


「それでも思ってしまうんだ。摘み取らなきゃいけない命は少なければ少ないほどいい。代行者として『やらなきゃいけないこと』なんて無いに越したことはないんだって──だから」


 氷蝕を発動。名も知らぬままに散った魔人への追悼を胸に、ライネは彼を死体から本当の意味での氷の像へと作り変えていく。どんな術を用いても奇跡の起こりようもない完全なる死を与える。


「そのためにも、手は緩めない。魔人たちは僕が倒す。必ずね」



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