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168.教育

(『特典』。神の代行者としての権利・・はあくまでもライネ君の存在としての格を上げるためのもの。便利なドーピングアイテムでもなければ不備や不具合を解決する「パッチ」でもない。ましてやシスはライネ君の持つ機能システムのひとつだ。それなのにこれは──)


 ライネの新たに得た力への馴染み方、上がった格への適応力は想定外だったが──一応は可能性としてまったく見ていなかったわけではないが、実際に起こる確率はゼロと見做しても問題ない。その程度には低いものと捨て置かれていたために、まさしくライネは黒天使の想定を、いや、想像を上回ったのだと断じても過言ではない。


 けれども、その急速な成長を前提にしたとしてもシスの復活が早まるのはおかしなことだ。イオ戦での限界を超えた無茶が祟り機能を完全に閉じている彼女が、彼という存在の「作り替わり」に際して恩恵を受けたりはしないのだから。


(あの子は……シスは器用な子だ。巧みな子と言ってもいい。そしてライネ君への愛もある。その原動力が彼女の便さ(・)を底上げする。ライネ君にとって最高の相棒だ、彼らを結ぶ絆がシスをまた高めもする。好循環だ)


 きっとシスならば神性を得たライネの肉体だって、十全に。彼自身よりも上手に扱えるはずだ。それは愛や絆だけを根拠とする推測ではなくもっと単純に、ライネの進化が即ち彼の持つ機能であるシスの進化にも通じるからだ。──が、それも結局はシスが目覚め、機能としての己の力を引き出せていてこそ。


 それよりも先に彼女がライネの力へ呼応することはあり得ない。たとえ何かしらの、黒天使にも見えない「理由」があってその復活が早まることがあったとしても、今この場において。教育を行なっているこの瞬間に間に合うわけがない。少なくとも黒天使からすればそれは予想を通り越して確定的な事実であった。


(だが認めるしかないな。ライネ君の中で彼女は目覚めている、息づいている。……二人揃って俺の見通しの甘さを教えてくれるとは)


 シスはただ起きただけではない。覚醒の途端にライネとの一体化ならぬ一心化を果たしている。彼らの最強の状態に入っている。それは魔力というものを人より深く見ることのできる黒天使には明白なまでの変身・・であったが、仮にそのような特別な知覚能力を持たずとも、それこそ魔力のまの字も知らないような一般人であったとしても。ここまで気配を変えたからにはライネの身に何かが、尋常ならざる異変が生じたことを察知するのはそう難しくはないだろう。


「イオ戦を経て更に、といったところか。見事だ。一個と一個がここまでの融和を果たす様は圧巻と言っていい。それは紛れもなく君たちの独自性オリジナリティだ、俺は大いに祝したい。そして──」


 魔力の波動。全身から高出力で、そして指向性を持たせずに放たれた瞬間的なそれによってライネの身体に纏わりついていた泥のような黒い魔力が吹き飛ばされる。と同時にその身が消えた。飛び散った己が魔力に視界を埋められながらも黒天使の眼球はぎょろりと動き、反転して腕を構える。そこに間髪を入れず突き出された掌が衝突。


「接触凍結」

「魔力触腕」


 黒天使の腕が凍り付くよりも早くそこから生えた別の腕、魔力で模られた触腕がライネの掌を押し返し、そのまま握り潰そうとしてくる。だがライネは軋む手の痛みにも一切の動揺を見せず、至極冷静に術を切り替える。


「氷蝕」


 接触凍結の上位にして必殺の術。対象を凍らせるのではなく氷そのものへ変換させてしまう凍結系の極致にあるそれが、魔力の塊すら凍らせてみせた。その過程を黒天使は目敏く観察する。


(手首をもう片方の手で握るという特定行動は変わっていないか。一心化中の彼なら接触凍結と同条件での発動だって叶うだろうに……そうしていないのは縛りをそのままにすることで出力だけを向上させるためかな。他者の魔力を凍らせるなんて荒業はそうでもなければ実現できないと今の一瞬で判断したわけだ。やはりいいセンスだ)


 魔力とは世の理を書き換えるための起点であり、それによって設けられる魔術とはその効力を及ぼす以前からして終点であり結果である。この道理の都合上、如何に法外無道の魔術であっても──その典型である固有の魔術、即ち唯術にまで範囲を広げたとしても──他人の魔力へ直接干渉できる例は極端に少ない。しかもそれが、少なくとも確かに存在しているそういった術に対しても性質を持つ黒天使の魔力へ、それでも干渉できる力となれば尚の事に希少である。


(勿論魔力自体にも、万が一にもライネ君を壊してしまわないようデチューンを施しているとはいえ。しかしそれにしたって彼のポテンシャルは凄まじい)


 長い時を生きてきている黒天使だが、その歴史を紐解いても「魔力を氷漬けにされる」なんて初めてだ。色々と(特別重要でないことは)忘れっぽいところもあると自覚している彼女だが、間違いなくこの経験は今では希少となった初体験に他ならない──故に、楽しくなってしまった黒天使はまたついうっかりと与えるべきストレスの値を、しっかりと見定めているはずのそれを容易に飛び越えてしまう。


「追加だ。捌き切れるかな?」

「……!」


 凍らされた一本を破棄し、その代わりとして新たに生み出された魔力触腕が十五本。黒天使の体から伸びてくる黒いそれらの性能はライネも概ね把握できている──単純に硬く、素早く、力強い。氷蝕への切り替えがほんの一瞬でも遅れていれば自分の腕は確実にミンチにされていたし、氷蝕以外での対応を選んでいた場合。即ち凍結による無力化ではなく純粋な破壊を目論んで他の氷術に頼っていたとしても、きっと同じ結末になっていただろう。そう確信を抱かされる程度には頑丈だ。


 それ以外の特別な効果……たとえば魔力蝶のような侵食や、魔力蠅のような摂食は付随していないようだが。そんなものが必要ないくらいに触腕は高水準かつコンパクトに能力がまとまっている、ということ。


(物理的な硬度だけじゃなく魔術的な意味合いでも硬い……氷蝕の手応えからして二本同時に掴まれたらアウトだな)


 氷蝕は両腕を用いてひとつの対象を凍らせる術。触腕に対しても一度に一本しか対処できず、腕を抑えられても辛い。設定したモーション無しの発動では効力が通ったとしても出力の低下を否めない以上は「遅すぎる」。迫る触腕を止める間にそれ以外の触腕に捕まってしまうのが関の山である。となるとライネが取れる手立てはひとつ。


「氷柱群」


 引き撃ち。氷鱗を氷華鱗へと切り替えて速度と機敏性を両立させた現状の自身の最高速を出しつつ、追い縋る触腕たちを氷術で迎え撃つ。


 触腕の物理的な硬度については説明した通り。ライネが持つ手札の内で氷蝕こそが触腕への対応策として最も優れていることも間違いはない。だが現実問題、その氷蝕が多数の触腕への解決札となってくれないからにはどれだけ手間になろうとも生成系の氷術で応じるしかない。


(まあ、打てる手があるだけ悪くはない。硬いと言っても『破壊不可能』というわけでもないんだから)


 降り注ぐ極大の氷柱が強く触腕を打ち据える。鋭く尖った先端は突き刺さることなく砕けてしまうが、触腕にも決してダメージがないわけではない。それを確かめながらライネは続けざまに氷術を撃ち放つ。群れ全体へ向けて氷瀑で牽制しその動きを遅らせつつ、狙いどころの触腕へ氷撃での一点集中の狙撃を行なって損耗を蓄積させていく。


 一本、また一本と触腕の数が減っていく。術の選択と狙う触腕の優先順位、そして移動と都度の位置取り。どれかひとつでも正着を見誤れば追いつかれて全身をズタズタにされる。そんな恐ろしい詰め将棋のような局面を、けれどライネは余裕すら持って一手一手を紡いでいく。


 今のライネは漲っていた。力が、勇気が、希望が次から次へ溢れ出して止まらない。胸の内、頭の中、体のどこか奥深い所から、ひとつとなっているもう一人の存在から無限の光が湧いてくる。それは闇より暗く黒い黒天使の魔力にだって負けない、美しい白だった。


 独りだった今までとはまるで違う。泥の中に落ちていく我が身をどうにもできなかったさっきまでとは何もかもが変わった──見える景色も、見たい景色も引っ繰り返った。もはやライネは黒天使に一泡吹かせたいなどとも考えてはいない。今はただ純粋に、飛んでいたい。どこまで飛べるかを試したい。シスと共に、これからの未来を、どこまでも。それだけだった。


 黒天使は、彼女が行う教育も、所詮はライネにとって試金石でしかない。

 慌てることも挫けることも何もないのだ。


「氷尖」


 薄く伸ばされた氷の刃が飛翔し、最後の触腕を切り飛ばした。ダメージが集中している一点を正確に狙い澄ましたからこその綺麗な一刀両断に、黒天使はぱちぱちと拍手で讃える。彼女の計算では、ライネは十五本の触腕を片付けるのにもう少し手間取るか、あるいはどこかでミスを犯すはずだった。その予想すら彼は上回った。それはつまり、現在進行形で彼の……そして「彼の彼女」の成長は続いているということ。より馴染んでいっているということだった。


「もう少し上げても良さそうだね」

「お好きに」


 にっ、と笑った黒天使の輪郭がぼやけ、そして四人に増えた。一人を残して動き出した三人の黒天使がそれぞれライネの背後、直上、真横へと付ける。三方射撃が来る、とライネが予感したのは氷華鱗の弱点──受け流しが万全に機能するのは一方向からの攻撃に対してのみであり、同時に様々な角度から攻められては精度が半減してしまう──が黒天使には当然に見抜かれているものと理解していたからだが、けれど彼はすぐに自身の思い違いを悟る。


 黒天使はわざわざ弱点を突くことなど意識していない、と。


「「「魔力共振」」」


「ガっ……!!?」


 三方から同時に攻撃される、という予測そのものは大枠を外していなかった。だがそれらは同時攻撃というよりも三方で同時に実行することで意味をなす攻撃だった。


 共振──魔力には波長がある。指紋のように個々人によって違うそれは時に人の識別に用いられたりもする。「この世界」における波長の理解度。翻って注目度はその程度でしかなく、未だそれの活用や解明には遠く至っていない。ゴアこと神より与えられた知識を持つシスも、そのシスや他テイカーから魔力・魔術に関するレクチャーを受けているライネも、それら全てがこの世界における知識や常識が下敷きとなっているからには無論、波長というものについてこれまで深く考えたり調べようとはしてこなかった。


 課せられた使命のため、とにもかくにも目先の敵を倒すための力が求められた彼らのこと、そもそもそんな──一見して力を付けることになんの益も関係もなさそうな分野を深掘りする──暇がなかったのだと言うべきだろうが。理由がなんにせよ、つまり知識不足にして想定不足に違いはない。


 術ではなくその前段階、魔力そのものを武器にしてくるというだけでもライネからすれば己の知る法則ルールから外れる慮外の戦法だというのに、更にそこを飛び越えて、魔力ではなく魔力が持つ波長を武器にするなど……それによってここまで苦しめられるなど、よもや想定できるはずもなく。


 だからこそ用心も警戒も嘲笑われるが如くに術中に嵌ってしまったのだ。


(共振、と言ったのか! つまりこれはまったく同じ波長を持つ者同士がそれを増幅させ合っているということ──その結果がこれ! まるで骨の内側からノコギリを引かれているようなこの、激痛の不快感!)


 少しでも気を緩めれば意識が永遠に飛んでしまいそうなほどの暴力的眩暈。揺れているのではなく壊れていっている。世界の全てが自分ごと崩れていくような恐ろしいまでの振動が、ライネの体だけでなく心まで揺さぶる。


「魔力切れによる酩酊症状……に、似たものを与える小手先の技さ。他人の魔力の波長とは相容れないものだからね。もしも君の波長が俺と同一か、それに近しいものだったなら効き目はほとんどなかったろう。惜しむらくもと言うべきか俺はまだそういった手合いとは出会ったことがないがね。ま、『世界』は広いんだ。きっとどこかには俺のそっくりさんだっているだろうさ」


 それは世間話の軽口、の体を取った黒天使からの助言ヒント。気付かないならそれも良し、このまま終わるだけ。気付けはしても技術が追いつかないならそれでも良し、いい教訓となるだろう。しかしもしも。技術が追いついてこの初見殺しにも対応できるようであるなら──その時は。


 じっと黒い眼差しで見つめる黒天使の視線の先で。


「──ふ、ふふ」


 ライネは確かに笑った。



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