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150.答え合わせ

「氷拍」

「剋引」


 霧、というよりも氷煙とでも言うべき見かけからは想像もつかない程の重みを持ったそれが眼前で弾けようとするのを、引き寄せる力を螺旋状に展開することで絡め取って無効化する。その裏で接近していたライネの頭へ放った回転蹴りが氷撃によってズラされる。


 打点が外れたことで大した威力にならなかった一打を肩を上げて受けながらライネは氷術を装填した刃を振り抜き、イオが舌打ちと共に宙返りで回避。直後に突き出された蹴りをライネは素早く引き戻した凩の柄で受け止めたが、接触と同時に引き離す力が作動。手元で爆発したそれを片手で抑えられるとは判じなかった彼は大人しく氷鱗にも手伝わせ、自ら後方へ跳ぶことで衝撃を逃がした。


 拮抗状態。戦局はここにきて完全な均衡を描いていた。双方が膨大な有利アドバンテージを有しながら、それ故に妙なまでに実力が釣り合っている。持ち得る力と技術が高い水準で並び立っている──そして双方共に決着を急いでいる。からには、戦いは激しさを増していくばかりで。


「氷裏」

「あん? ──ちッ」


 いきなりライネが増えた。かと思えば砕け散って、その身から鋭利な氷片を降らせてくる。相剋を乗せた蹴りの一発で全てを払いのけたイオだったが、自分を囲うように──それも何重にもだ──ライネが立ち並びそして次々と砕けていく様を目の当たりとして、面倒臭さを感じていることを隠しもせずに大きく口元を歪めた。


 屈折率操作と飽和攻撃を組み合わせた幻惑の物量攻め。今更視覚効果で攪乱しようとは少々ちゃちな戦術だと思わなくもないが、しっかり対応に遅れが出てしまっているのだからライネの判断を馬鹿にはできない。むしろ手を変え品を変え様々な技を見せてくるその発想力、手札の多さを讃えてやらねばならないだろう。互いに負う傷が増えていくなか、大した自己治癒の腕も持たないくせによくやるものだ。とイオは連続で相剋を放ちながらこの後のことを考える。


 ライネは氷結領域の性能を余すことなく有効活用し、全てを出し切っている。現在の彼にできることは何もかもやっている──それに対して自分はどうか? 無論、こちらも全力全開だ。もはや何も出し惜しんでおらず、隠した奥の手なんてものもない。遮二無二の必死同士。あとに残された差し出せる代物は命だけ。今、自分たちはそういう状態なのだ。


「氷閃」


 鏡のような氷の板を叩き割りながら移動という名の退避を繰り返していれば、やはり来た。足を止めたタイミングで、偽物が映る舞い散る氷片に紛れて本物が斬りかかってきた。──けれどそれを誘ったのはイオの方。彼女は自分自身に剋斥と剋引を連続で作用させ、自ら動くことなく回避と反撃を同時に繰り出す。めきり、と掛け蹴りの要領でライネの首へイオの足裏がめり込むが。


(ッ、硬い。氷鱗で重点的に守られている感触──)


「氷瀑」


 誘われたのは自分も同じだったらしい。刀を本命に見せかけてその実、守りを固めていたライネはイオの返す攻撃を受け入れ、最低限のダメージとしながら真の本命をそこへ炸裂させた。無防備な体勢で至近距離から氷の散弾を浴びたイオは衝撃に逆らうことなく飛ばされ、そしてすぐさま姿勢を整えて追撃に備える。


 またしてもお互い傷つけ合った痛み分け。だが今回の差し引きはライネにプラスとなった。体が訴える不調を治癒で黙らせながらイオは考え続ける──どこかで大きく戦局を、天秤を傾ける必要がある。おそらくそう企てているのはライネも同じだろう。


 視界から彼が消える。氷鱗駆動の最高速と屈折率操作による隠蔽。それで姿を隠しながら移動しているのだと察したイオは、次の瞬間には見えず感じもしないはずのライネの位置を正確に見抜いた。それは得意の直感による勘任せの断定か、あるいは戦闘の最中でも状況に則した新術を作り上げられる彼女特有のセンスがもたらした領域内でも感知・探知を可能とする新技術なのか。本人にも理屈が判然としないままに、そこを解き明かそうとも思わぬままにとにかく「視えているのだからそれでいい」と。イオは牙を剥くような笑い方で一直線に標的へと向かった。


「!」

「ハッハぁ──相剋だオラっ!!」


 居場所が露呈するとは思ってもいなかったライネからすればこの襲撃は不意打ちにも等しいものだった。突き出される相剋付きの打撃。身を捻じって直撃こそ避けたものライネの脇腹がごりごりと音を立てて削られる。デカい一手キズを取った。と喜悦の浮かんだ顔に入れ替わった体勢で放たれた肘が入る。


 がふ、と声とも息ともつかないものを零すイオの身体とライネの身体はあみだの様に入り組んだ血の橋、凍り付いて互いを結ぶそれによって半固定されている。そのせいでイオは離脱も回避も遅れて反撃を貰ってしまったのだ。


 剋斥が血の氷橋を粉砕する。けれどその時には凩の刃が翻っており、イオはそれを先ほど氷拍に対しそうしたように剋引によって絡め取ろうとした──が、迎え撃ったそこで掴むはずだった刀身がふっと消失。呆け、しかし瞬く間に自身の落ち度を理解したイオだったが、遅かった。


 イオの手をやり過ごしてピタリと腹の前で止まった鍔。それが照準・・であるという彼女の確信は過たず、再び姿を見せた刀身が猶予もなく深々と腹部に突き刺さった。魔力に反応して刀として完成する凩だからこそ可能となる一発芸。ライオットもまんまと嵌ったそれに、その光景を見ておきながら自分もまた嵌ってしまったことに、イオは灼熱の痛みと喉奥からせり上がる血液によって責められているように感じながら……しかして動きを止めることはなかった。


 胴を刃に貫通されたまま、その鍔を掴む。そして剋引で止める。もはやこれで抜き差しはならない。ライネが押せど引けどもこの刀はもう動かない──そしてイオの反対の手にはとびきりの用意がしてあった。


「ようやっとイメージが固まったぜ。食らっておけよ、俺のありったけ!」

「……!」


 剋引×剋斥。互いを弾き合う相剋とは異なり、相反するふたつの術を同時同地点に発動させて衝突させ、混合させ、破綻させる。その反発が生み出す一瞬一寸のみを蹂躙する破壊力は絶大無比。【離合】の必殺の術、奥義に位置する『発』の、領域内に特化した亜種版バージョン。その名も。


「『克』……!」


 力が爆ぜる。漂う冷気も氷片も押し退けて氷球内の一部を閃光の如くに染め上げたそれは、解放も早ければ収束も早かった。刹那の内に威力を世界へ刻み込んだ暴威が収まった後では、息を荒げるイオと。彼女から十数メートルほど離れた場所で同じく肩で息をするライネの姿があった。視線を固く結ぶ両者はどちらもが傷だらけの、血塗れであった。


 半ば自爆も覚悟で急ぎ放った新奥義であったが、ライネの反応は早かった。取り戻せないと見るやあっさりと刀を手放して全速の退避。炸裂の直前に逃げる姿勢が出来上がっていたからこそ、あの程度の負傷で済んでいる。そうでなければ此度の差し引きは自分の方がずっとプラスだったはずだ……が、まあいいとイオは口角を上げる。ダメージレースではどっこいでも、こちらには別の戦利品がある。


「何かと悪さをするこいつは没収だ」


 所有者の手を離れたことで柄だけになったそれを見せつけるように揺らしながら、イオが言う。ライネが無言で眉根を寄せたのを受けて彼女は「安心しろよ」と言葉を続けた。


「ちゃーんと大事に仕舞っとくからよ。こんな風に……」


 ずぶりと。自身の腹の内へ、凩によって開けられた穴を利用してその原因を埋め込んでいく。鍔部分の引っ掛かりも強引に傷口を広げてどうにかし、柄の全体が収まったところで自己治癒を開始。全身に負った大小の傷共々に腹部も治し、穴を塞ぐ。


「ほら、どうだい。デカいのが入ってるとは思えねえだろ? まあ異物が入り込んでる感覚は気持ち良かねえがな……つか普通に気持ち悪ぃわ、吐きそう」

「…………」

「んな呆れた目で見てくれるなって……だってやる価値はあったろう? なんたってこれでお前さんの火力は激減だからな」


 確かにイオの言う通りだった。凩に氷術を乗せて斬る。これがライネの近距離戦闘における主力であるために、凩自体を奪われてしまっては攻撃力もリーチも大幅に落とすことになる。互いに接近戦こそが有効である現状、その支えとなるアイテムを失ってしまったのはライネからすればあまりにも痛い。反対にイオはこれまで以上に積極的に、何を恐れることもなく攻めていける。


 天秤は大きくイオへと傾いた。客観的に評するならそうとしか言いようのない状況。ライネ自身もそのことはよくよくわかっているだろう。が、しかし。


「いーぃねえ、その顔。その目付き。頼りを失っても諦めやしねえってか」


 無手のまま構えて宙に佇む彼からは、窮地に追いやられた者の悲哀や諦観など一切見受けられない。勝つ気でいる。あくまでも、どこまでも勝利だけを見据えている。ライネの眼差しはそういう眼差しだ。


「そうでないとなぁ!!」


 イオが攻める。自身の有利を最大限に活かすため距離を詰めんとする彼女へ、そうはさせじとライネがありとあらゆる氷術を差し向けて飽和攻撃を再開させる。


 単なる氷塊を出現させての足止めに始まり、氷撃も氷拍も氷龍も氷筍も氷瀑も。とにかく繰り出せるだけの術を氷結領域のバフに任せて無尽蔵に放つが、いくら術が途切れないと言ってもそれを操っているのはたった一人。ライネは一人しかないのだから、その呼吸さえ読んでしまえば──そして止まらぬ覚悟さえ持ってしまえば領域内を駆け抜けるのはイオにとって然程難しいことではなかった。


「クっはは! こんなもんでよぉ!!」


 龍に片脚を食い千切られたというのに、呵々大笑。その背中を残った一方で足蹴にして跳躍。他の術を躱しながら身を翻し、先んじて放っていた相剋に追いつくことでそこから更に加速。加えて剋斥も発動させることで得た途轍もない推進力で一直線にけた──そこは予め空白になると予想していた通り道であり、思った通りのタイミングでその通りになった、つまりはイオの巧みな逃げ方と迫り方が作り上げた決着へのルートであった。


「へっ」


 捕まえた。目と鼻の先にライネを捉えたことで、そして既に術の起動を済ませていることでイオは、決定打を。この勝負を終わらせるに足るだけの一撃を確実に入れられる権利を得た。


 逃げも守りも間に合わない。またぞろ氷鱗を稼働させてどちらを選ぼうとも万全には受けられない。次に放つにはライネの抵抗を無意味とするだけの威力が乗る。と、イオにはわかっていた。はっきりと手の内に渦巻く力からそう感じていた。


 ──それはライネも同様だった。


一極集中・・・・──」

「!!」


 逃げない。守りにも入らない。迎え撃つ態勢、射貫く瞳。それを見たイオの脳裏に最悪の可能性がよぎる。また誘い込まれたか? ──否、ライネにルートを作る意図はなかった。あの飽和攻撃は間違いなく自分を止めるためのものだった。故にこれは、彼の覚悟の表れ。何が起ころうと止まる気のなかったイオと同じく、来るなら来いと。その時こそ最後の打ち合いへと臨む腹積もりでライネは待ち構えていたのだ。


 それまでになるべく削っておきたかったはず。自分が必要経費と切り捨てた傷の数々は果たしてライネの希望に見合うだけのダメージなのかどうか。可否はこれから判明するだろう。


(答え合わせといこうか……!)


 積もった損害、これよりぶつけ合う力の多寡。足し算と引き算の果てにどちらが生き残るか──今。


「『克』!!」


 捻り出す。先の『克』を超える完成度へ、外付けの魔力だけでなく「己の魔力」もぶち込んでいく。併用が叶わなかったはずのそれらを、確かに不可能だったそれを、無理矢理に実現させる。まるで力でねじ伏せるような強引さで一緒くたに解き放ち、殴りつけるように注ぎ込む。ここが本当の意味での勝負所であると、全力を超えた全力を出し切るべきと判断を下したイオの後先をまったく考えないその術へ──。


「『白氷』」


 ライネも全てを、全身全霊からかき集めた何もかもを拳に乗せて。ただ真っ直ぐにその一打をイオへと向けて、打ち放つ。


「ぬっ……ぅおおぉおおおおおお!!」

「ぐぅ……ッああああぁああああ!!」


 剥き出しの歯を砕けんばかりに噛み締めた二人の表情が、共に苦しく歪む。激しく睨む。勇ましく吠える。自らの必殺で宿敵の必殺を打ち破り、それを以て決着とするために。この戦いへ終止符を打つために──。


 極度の力と力の激突は、そこに眩い光を生んで。


 ライネもイオも飲み込まれたそれが、しかし幻だったかのように消え去った頃……氷結領域は音を立てて崩れ始めた。



次回の投稿は二週間ほど後の予定です

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