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149.高潮

 その様を、ライネはただ黙って。追いかけることも取り止めさせることもせずに静観していた。


 イオの挙動は素早いものだったが氷結領域のバフによって──ユイゼンが銀世界で同様の恩恵を受けるように──単純な身体機能まで向上している今のライネになら、追いつくことも追い越すこともそう難しくはなかったはず。なんなら彼は我が身で追い縋る必要すらなかった。氷球内の全てが余すことなくその掌上にあるのだから、術を使いさえすれば。そうして飽和攻撃の再開を行なっていればイオの目的を邪魔することはなんの労もなく叶ったはず。


 実際にイオは確実に遠点発動が来るだろうと予想し、それを前提にして動いていた。だが、彼女の想定に反しライネは最後まで何もしてこなかった。領域の破壊を試みるイオの蛮行を止めようとしなかった。


 その理由は、明白だった。


「……マジか。ヒビのひとつも入らねえとは恐れ入ったぜ」


 言いながらイオが口元に浮かべた笑みは呆れとも焦りとも取れる皮肉気なもの。眼下に広がる氷壁はまったくの無傷。そして打ち込んだ手応えのあまりの硬さ──破壊力の不足云々ではなく、そもそもが壊せない。そうとしか受け取れなかったその感触に目を細めれば、やはりどこまでも冷静な声が聞こえてくる。


「ご明察の通りに『区切り』なんだ。支配空間を()()()()だと示すもの。氷結領域を術として成り立たせているそれは、制約であり力でもある。そう易々と壊せるものにはなっていないさ……少なくとも、捕えられたお前自身が内からどうこうすることは不可能。そう思っておけばいい」

「なるほどな……俺が思う以上に檻としても強固な術ってことか。敵だけじゃなく術者をも縛る世界。お前さんだって易々と解除するわけにはいかねー以上そうなってなきゃおかしいわな」


 理解したぜ、と壁に足裏を張り付けたまま真横に立ち上がったイオは、真っ直ぐにライネを見上げて言う。


「だったら『第二』と行こうか」


 跳躍。壁面から跳ねたイオのそれは、先ほどライネから離れるべく斥──正しくは剋斥か──を用いた全速のものとは違い、彼女の身体能力だけで。それも全力には程遠い軽やかなステップで行われた、本当にただその場で飛び上がっただけの小さなジャンプ。


 けれどそこから振り抜かれる脚は全速かつ全力。


「『相剋』」

「……!」


 彼女が振るった脚の軌道をなぞるように、細く伸びた三日月状の破壊のエネルギーが勢いよく射出された。並外れた速度と迫力で飛び込んでくるそれに対して、ライネは咄嗟に目の前に氷塊を発生させることで進行を止めんとし──激突。盾として展開された極厚の氷を完全に断ち切る、その一歩手前でそれは力を全て使い果たしたらしい。


 攻撃を防がれた者と、防いだ者。しかして両者の表情は互いに浮かべるべきそれのまるで反対を交わし合っていた。


「おっとぉ、またしてもイマイチ。やっぱいきなり成功とはいかねーもんだな。これでも土壇場でのチャレンジには強いつもりなんだが」


 遠点発動はその性格上、唯術本来の射程で発動させるよりも術的強度の低下が避けられず、それを補うために術者は通常よりも多量の魔力もしくは洗練させるための精神力を注ぐ。【離合】の射程は前述の通りに広く、術者が認識さえできていれば四方全土がその射程となり、遠点発動でも強度低下を招かない強みがある──が、氷結領域内においては事情も変わる。


 他の術に上書きされないこと。解体されぬよう確固たる強度を獲得することに重きが置かれた剋引と剋斥がきちんとその性能を発揮するのは、イオの手元にあってこそ。術者と直接に繋がっていてこそのものだ。それは現地改造での限界を示す新術としての縛りでもあったし、コンセプト上の当然のデザイニングでもあった。剋引も剋斥も共に氷結領域内で機能する術ではあるものの、だからとて通常環境下での引や斥の代わりを丸々担えるわけではない。


 つまるところイオは射程の不足に陥った──はずだった。【離合】を保有していれば本来悩むはずのない部分に足を捕らわれて、けれど即座にそれを解消したのだ。


「もう遠距離攻撃まで可能にしてくるか。その順応力、鼻高々に自慢するのも頷ける。でも──」


 何をしたかはわかっている。氷結領域は支配空間の把握に関しても氷霧のそれを上回る。敵の一挙手一投足や魔力の流れに留まらず、術理の分析まで行える。これはユイゼンの銀世界にはなかった、氷霧という術から銀世界を手本として完成した氷結領域ならではの能力。たとえ上書きの干渉が跳ねのけられようとも氷球の内部でどんな術がどんな作用を及ぼしたのか。それくらいのことは当たり前に見抜けた。


「『発』のように完全に混ぜ合わせず、反発力そのままに剋引で剋斥を弾いた。あるいはその反対か? いずれにしろそれこそ曲芸。苦し紛れの工夫にしか僕には思えないけれど」

「言ってろ。すぐにお前さんの命まで届くようにしてやっから」


 イオの拳が突き出される。ライネに向かって伸びたそこから再び相剋が放たれた──着弾。壊れかけの氷塊を完全に粉砕せしめた威力を見下ろしながら既に退避済みのライネは凩を大きく引き、そしてイオの真似をするように彼女へと向けてそれを突き出した。蹴りで振るえば斬撃、殴打で撃ち出せば砲撃。動作に乗せることで火力の向上を図っているらしいと知ったライネはそれを参考に、支配空間においてもあえてイオと同じことをしてみる。


「氷尖」

「剋引」


 刀の切っ先から刺突と共に飛び出してきたのは氷のレーザーだった。氷撃よりも速く鋭さを持ったそれにイオは剋引を直接当てることで進行を逸らす。一歩でも反応が、対処が遅れていたら体のどこかに穴が開いていた。それが脳であったら治癒が利かずゲームセットだった。その事実にイオはゾッとし、そして喜色が湧きあがる。


 やはりこの氷球の内部ではライネこそが絶対者。いくら術の行使の自由をある程度取り戻したと言っても同等ではない、対等の目線には程遠い。少しのミスが即、死を招く。【離合】と魔人百人分相当の魔力。ボス戦に挑む装備にしても過剰にも思えるだけの武器を揃えていながらこうも追い詰められている。そのことにイオはどうしようもなく昂った。


「術者自身の手間を加えることで一発一発が即死級になるか……上等だ、まずは俺もそこまで剋の扱いを高めねえとな!」


 イオも術理を操れるようになった今、飽和攻撃よりも術者ライネ自らによる直接攻撃が有効。互いにそうと知ったからには局面が動くのは当然だった。


(残り十分と少し。それを過ぎたら氷結領域は独りでに解けて僕には負担だけが残る。そうなる前に決着を付けなくてはいけない)

(当たり前だ、時間の経過なんざ俺もお前も待ってらんねぇ──俺の手で唯術の拡域を直々に終わらせる! 破綻させてやる……!)


 区切りをなくさせる、という策は破れた。ならば次は、術者を狙う。極度のダメージを与えれば大概の術は──特殊な唯術などを除き──維持されなくなるもの。それはライネが魔術の深奥などと宣う氷結領域であっても覆せない法則ルールであるはず。いや、超高難度の魔術であるからこそ尚更に、別の負荷が術者に降りかかることは歓迎できないだろう。


 奇しくもこの時、両者の望む展開は完全な合致を見せていた。


((一刻も早く! 一瞬でも先に! ()イオ(ライネ)倒す(殺す)!))


 ライネが落ちる。相剋の回避でイオよりも高度を上げて氷球の天頂部近くまで登っていた彼はふわりと自由落下に身を任せて移動。そしてそこから急加速を果たした。


「はっ!」


 氷鱗を用いた空中機動にも更に磨きがかかっている。しかしその程度を予測できていなかったわけではないイオはお見通しとばかりに迫るライネとのコンタクト直前に剋斥を起動。刀が向けられるのを邪魔しつつ自らは近づくことで機先を制してみせた。


「剋引──剋斥!」


 ライネの懐に潜り込んだイオは引き寄せる力で彼の身を固定、それが振り払われる刹那の間に引き離す力を搭載した打撃を見舞った。


「氷瀑」

「チッ!」


 だが、硬い。氷鱗は抜け目なく移動の補助だけでなく身の守りにも回されていたようで、カウンターで叩き込んだつもりの拳は受け止められてしまっていた。剋斥の威力もライネ本体には及んでいない。顔色ひとつ変えずに撃たれた氷術でそれを悟ったイオは、自身も剋斥を薄く身に纏うことで──領域内ではそれしかできない──防御力を高めつつ離脱する。


 と、見せかけて再び剋引を発動。密かに設置していたそれが距離を置くことで効力を失ってしまう前にライネを引き寄せる。離れようとしたイオを追いかけるべく中空を踏み出していたライネはまんまと引へイオ共々に吸い込まる。術そのものの破壊力に関しては氷鱗で守り切れるものの、けれど彼は攻撃のタイミングを外されており、反対にイオには狙い澄ました一撃の用意があった。


「剋斥ィ!」

「ッ……、」


 今度は手応えあり。またしても氷鱗に阻まれはしたものの、僅かながらにイオの拳はライネを捉えていた。小さく歪んだ表情は痛みの証。イオが新術を使う度、加速度的にそれを強力なものへ仕立てている証明だった。


 まだまだ物足りないが、もう数発も打って感覚を掴めば充分なものになる。その確かな予感に笑った少女の顔が、凍り付く。それは己が身に起きた異変──握った拳の形のままで氷に覆われて動かなくなった、比喩ではなく真実そのままに凍り付いている右手のせいだった。


「接触凍結……お前から触れたんだ、そう驚くことじゃないだろう」

「マジかてめえ……!」


 氷鱗、あるいはライネに触れたと「見做された」か。二度の接触を介してイオの右手は接触凍結の対象となり、餌食になってしまったようだ。


 接触などと言っても拳を打ち込むほんの一瞬、それもこちらからやったことであり、その間にライネから何か術を施された気配などなかったし、実際防御に意識を割いていた彼にそんなことをする余裕なんてなかったはずだ。つまり、氷結領域の発動中はライネへ触れたものが凍ってしまう──ほぼ自動的に接触凍結が発動する、ということか。そう理解したイオが持つ感想はひとつだ。


「とことんクソゲーだなオイ。だが構わねえぜ、決戦なんだからこれくらいでなきゃあな!」


 凍った拳は動かないだけでなくどういう訳か術の起点にすらならないようだった。それでいて自己治癒では回復もできない。故にイオは至近から振るわれた刃へ右腕を差し出した──それは防御というよりもまさしく腕を「くれてやる」ためのもの。


 鮮血が飛ぶ。氷結領域内の冷気に晒されて瞬く間に凍り、そして砕け散った頃には前腕の半ばから斬り飛ばされたイオの腕も元通りになっていた。


(……! 治癒による再生速度が上がっている! まるでミーディアの【回生】並みに──)


「うざってぇもん捨ててくれてありがとよ! こいつはその礼だ、受け取りな!」


 落ちた腕を蹴る、と同時に剋引。もう一段階威力を引き上げたそれを一身に受けた彼女の元右腕は、けたたましく破裂。血肉の赤に紛れて硬い骨の破片がライネへと殺到し、咄嗟に凩とそれを中心に展開した氷鱗で彼は受ける。無事に被害からは免れたが、その時にはもうイオが背後へと回り込んでいた。


(動きのキレもここにきて更に……!?)


「何を目ぇ剥いてやがる? 驚くことじゃあねえんだろう!?」


 剋引によって体勢を強引に変えられながらもライネは氷鱗駆動で腕だけを加速。手打ちではあるが勢いよく凩を凪ぐ。その軌道上には的確にイオを捉えていたものの、彼女はただ魔力防御を高めるだけで刃を防ごうとはせず、それを受け入れてでも自らも一撃を食らわせることを選んだようだった。


「氷閃──!」

「相剋──!」


 斬撃版の氷尖が深々と少女の身を切り裂き、そして直の蹴りと共に遠隔用の術が少年の身へ叩き込まれる。二人は口から大量の血反吐を撒き散らしながらそれぞれが吹っ飛んだ。互いに氷壁へと叩きつけられてようやく止まった彼と彼女は、激痛に苛まれる身体へ鞭打って敵を見据え、構えを取る。


(あっぶねえ、蹴りで追いやってなければ完全に真っ二つだったな。頭じゃなけれりゃ即死はしねえが治す傷がデカ過ぎるとそこを飽和攻撃で狙われて詰んじまう。リスクの冒しどころはもっと吟味しねえと。それでいてもっと苛烈に、だ)


(先に斬ってなかったら意識を落としかねなかった……それだけ今のイオの一打は領域内でも脅威。とはいえ慎重になり過ぎてもいいことなんてない、異常な成長速度も加味してやはり時間は向こうの味方。──切り詰めないとな、もっと)


 彼らの思惑は、そして勝利への道筋も、依然として重なったままだった。



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