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115.羽化

 真っ直ぐに来る! それはエミウアの力を聞いた時から予想できていた動きだったけれど、しかし異常なまでの存在感を放ちながら高速度で迫ってくる彼女の迫力は予想以上だった。


「氷筍!」


 咄嗟に彼女との間に壁を作るべく足を踏み出し、床から氷の柱を何本も生やすが──エミウアは氷柱などお構いなしに、ぶつかるそれらを全て砕き押し返しながら前進する。


 っ、そうか。刃が当たっても肌が切れないほどの密度と重量があるのなら、壁も壁にならない。進路上に何が立ちはだかろうと彼女は前へ進むだけ。それを止めるには氷の塊くらいじゃ話にならない……!


 清々しいほどにあっさりと氷筍を乗り越えて迫るエミウア。その手が届く位置にまで来させてはマズい、と僕は既に刀身を展開させていた凩──たった今ユイゼンに刀の名を教えてもらった──を振るってみたが、それは牽制にもならなかった。さっきの手加減した一撃とは違って今度は本気で斬った、つもりだったのだが。しかしエミウアはやはり自分に当たる刃もなんら気にすることなく接近、そして拳を突き出してきた。


「ッッ!」


 斬るどころか跳ね返された刀身を消して、軽くさせた柄でなんとかガードを間に合わせたが。けれど重い、重過ぎる。技術班の事務員から「この柄は何があろうと絶対に壊れない」と堂々の太鼓判を貰ったリグレ・リンドルムの遺産がしまいかねない。そうゾッとさせられるほどにエミウアの拳は強烈だった。


 後方へ押し込まれつつも必死に体勢を崩さないように堪えた僕へ、エミウアが言う。


「大丈夫、いくらでも防御に利用するといい。リグレさんの『凩』は自分なんかの拳じゃ砕けやしない。ただし、その刀を使ったって自分にも傷はつかないけどね。リグレさん本人ならともかくライネくんじゃ無理だ。戦い方、変えた方がいーんじゃない」


 告げられたそれは真っ当なアドバイスだった。確かに、もうミーディアとの組手ではないのだ。新たに始まったこの第二戦のコンセプトは──少なくともユイゼンが設定した僕への課題もまた、新たなものに変わっているはず。だとしたら僕が第一戦を引き摺ったままではいけないだろう。


 スタイルも、気持ちも切り替えなくては。もう剣術をメインにした戦闘じゃない、となれば、むしろ僕にとっては追い風なのだからそう臆する必要もない……と言ってもな。


 やはり体力の枯渇。これは深刻な問題だ。今エミウアの拳を受け切れなかったのだって単に彼女の一打がそれだけ重かったというだけでなく、僕自身が万全でないから。そちらも理由としては同じくらいに大きい。もちろん体だけでなく、精神的な疲労もそれを手伝っている。


 そもそも、エミウアの能力についてはわざわざ彼女自らが実演までして明かしてくれてもいたのだ。その情報を下に少し考えれば氷筍や生半な剣戟が妨害にならないことくらい想像できたろうに、そこに考えが及ばなかった。つまりは疲労から思考の精彩まで欠けているというのもまた、僕を追い込んでいる一因と言えるだろう。


 この最悪のコンディションでどうするか。僕が構え直すのを待ってくれているエミウアに甘えて刀を下げつつ時間稼ぎをしよう──としたところに、シスの声。


《なら代わりましょうか。今度こそ》


 えっ……でもそれじゃ、僕が課題を克服したことにはならないんじゃ。ミーディアからなんとか一本を取ったように、この第二戦でも僕が表に出たまま戦わないことには──。


《ええ、その拘りは聞きましたし、先ほどは尊重もしました。個人的に理解できないわけではないので。しかし以前にも言いましたよね? 私という存在もあなたの、『ライネ』の力の一部であると。使えるものを使うべき時に使わなくてどうするというんです》


 それは、まったくもってその通りだとは思うけど。


《でしょう。あなたは合理的な物の考え方ができる人です。だからこそ進んで非合理を選ぶこともできる。ミーディアが相手なればこそ私はその執念を認めましたが……二戦続けてとなると話は別ですよ。何よりも現状が悄然組手以上にあなたに向かい風です。ここは私が表を担当しましょう。あなたは魔力運用の負担も担わなくてけっこう、とにかく休んでいてください。体力はともかく気力の方はそれで随分と回復してくれるでしょうから》


 コメリのサポートが実行されるまでもなく、エミウア一人を相手に攻めあぐねている……というより守りあぐねていると言うべき劣勢にいる以上、僕に反論する余地はなかった。


 またしても大変な場面でシスに全てを任せるということに罪悪感が募るが、けれど彼女と僕は二人でひとつ。そうお互いに「感じた」後なんだからそんな遠慮も他人行儀というもの、かもしれない。


《ええ、それくらい気軽に頼ってください。それに……強くなりたいと願っているのはあなただけではないことを、お忘れなきよう》


 シス……ああ、わかったよ。頼んでもいい?


《お任せを》


 いつもより少しだけ熱を孕んだシスの頼もしい声を聞いて。そして僕らの意識は裏返った。



◇◇◇



 下げていた刀を、ライネが構え直した。伏し目がちにこちらを見る彼の佇まいから小さな違和感を抱いたエミウアだったが、しかし気にしない。再び彼女は拳を握って進軍を開始した。


 リグレの弟子であり、新たにリグレの師たるユイゼンの弟子になったエミウアにとって、そんなユイゼンがS級に推す人物のライネは色々な意味で気になる存在だ。


 この数日の密の付き合いによってユイゼンの見る目や采配を疑う気持ちなど今となっては少しも残っていないが、しかしだからといってライネに対する評価が一から十まで正しいだろうと盲信まではしておらず──その裏返しのような感情として、きっとこの子はとんでもない原石に違いないと。それこそS級という「人外の領域」へ踏み入るに相応しい天才なのだろうと、そう多大な期待を寄せる思いもあった。


 だからこそ、だ。


(待ってほしいならいくらでも待つ。攻略のヒントだって欲しいならくれてやる。けれど加減はしないし、容赦もしない。打つなら本気で打つし潰すなら全力で潰す。これは自分なりの愛の鞭だと思っておくれよライネくん)


 彼が花開くためには試練が必要だ。とびきりに過酷な試練が──そうユイゼンから言い含められているように、エミウアは組手であっても全力全開。治癒者を控えさせての実戦形式と言えども本当の実戦ころしあいではないのだから拳に殺意こそ乗せはしないが、だからとて特別に手を抜くつもりなど毛頭なかった。


 それはまさしく期待の証であり、そしてエミウアの優しさでもある。この程度の試練すら乗り越えられず、ユイゼンの言う課題とやらを克服できないようであれば。それくらいの力しかないのであればまったくもってS級には相応しくなく……また敵の総大将との一騎打ちなどという大任にして無謀は、させてあげられない。


 分不相応な役割を得たところで死ぬだけだ。特に今回の敵はテイカー協会の歴史を紐解いても最悪の部類に入る、前代未聞と言っていい連中である。まずもって魔人などという「人とは異なる種族である」とトンチキな主張をする──もっとトンチキなのはどうやらそれが純然たる事実であるらしいところだが──訳のわからない、それでいてS級と特A級の間が任務参加の足切りラインになりかねないほどに強大な力を持つのだから、なんとも手が付けられない存在だ。


 しかし協会は協会であるからして。そこに所属するテイカーはテイカーであるからして、世を乱す悪徒へと手を付けねばならない。力を力で制し、片付けてしまわねばならない。


 エミウアには覚悟がある。次に総大将のイオという少女が姿を見せた時、そこから始まる戦いは未曽有のものになる。彼女が率いると目される魔人の軍隊に対抗するには残された全テイカーの力を振り絞る必要がある。総力戦であり、決戦であり、大戦争である。そこで命を落とす覚悟が、エミウアにはとうに出来上がっていた。


 特A級という高い等級を持つテイカーとして率先して苦境に立ち、仲間のために全てを燃やし尽くす。命を落とすにしてもリグレの仇たる魔人たちを一体でも多く道連れにする、その気概が彼女にはある──けれども他のテイカーにまで自分と同じように戦えと強要しようとは、思わない。


 助かるべき者は助かるべきだ。ユイゼンから目をかけられている若きテイカーのライネなどは、エミウアからすればその枠組みの内だ。たとえユイゼンの見立てが正しかろうと正しくなかろうと彼が将来有望な魔術師であることは確か。魔人軍団との戦争が協会の勝利で終わったとしてもきっと被害は甚大で、ともすれば協会の存続が難しい状況にもなる可能性がある。そういう時にテイカーたちを引っ張っていける旗頭に、ライネならなれるかもしれない。


 若い世代の筆頭として協会を立て直す、そんな役割でも十二分に世のためとなる。何も最前線で命を張るばかりが活躍ではないのだ。


 だからこの拳で沈むようなら、立ち上がれなくなるようなら。それはそれでいいだろうとも思っている──。


「!?」


 突っ込んできたそれ・・に思考を中断される。ライネから飛んできた物は一直線に高速度でぶつかってきたが、その正体をエミウアの目はきちんと捉えていた。氷で出来た鳥。ライネの唯術で生成・操作がされている生物を模した弾丸。ベテランの部類に入るテイカーであるエミウアはすぐさまその術の強みを概ね理解した。


 速度と機動力。どちらも高いレベルで有している追尾弾、といったところだろう。鳥の形を真似ておきながら真っ直ぐしか飛べないということもないだろうから、今のはおそらく小手調べ……というより自身の弾丸がどれだけの妨害となってくれるかを見ておきたかった。そういう意図での牽制か。


「残念。蚊が止まったくらいのもんだよ」

「でしょうね」


 予想通り。まったくのノーダメージであることを確かめても消沈を見せないライネの顔はそう語っていた。やはりその目付きや口元、声の調子にどことなく奇妙な──ついさっきまでのライネとは何かが違っているような、なんとも言えない感覚を受けて小さく眉根を寄せるエミウアに、彼は淡々と言った。


「どのみちダメージソースにはならない。なら氷鳥はこう・・使いましょう」

「!」


 ぶわり、とライネの周囲に氷の花びらが舞った──否、それは花ではない。ひらひらと舞い上がる花弁によく似たそれは、しかし氷鳥と同じく生き物を模したもので。


「氷蝶。使える量は氷鳥の最大展開に同じ……ですが個体あたりの消費量がまったく違いますから、こちらの方が数はずっと上ですよ」


 まるで誰かに説明するように……その誰かとはこの場においては向かい合っているエミウア以外にはいないわけだが、けれど当の彼女はライネの言葉が自身に向けられたものであるとは不思議と感じなかった。とまれそんなことはどうだっていい。ライネが何を誰に言おうが言うまいが、エミウアはやることを変えるつもりなどなく。


「いいんだ? 弾をちっちゃくしちゃってさ。鳥型でも効かなかったんだからちょうちょなんて鎧袖一触じゃん」

「いいんですよ、それで。どうぞ豪快に振り払ってください。できるものなら、ね」

「できないと思うの? ていうかそう信じたいんだな……うん、そりゃちょっと夢見すぎかな」


 向かってくる蝶の群れに対し、望み通りに叩き潰してやらんと拳を構えたエミウア。その瞬間、蝶たちが一斉に明滅を始めた。


「ッ?」


 瞬く光が連続でエミウアの目に入り、視界を狭くさせる。氷の反射がたまたま嫌な角度で入ったか、と最初こそそう思ったがこうもそれが続くとなると認識を改めざるを得ない。これは偶発的なものではなく、意図的なもの。術者が自らの意思で行っている「目晦まし」であると。


(蝶の羽ばたきを利用した目潰し……そしてこの蝶自体も!)


 顔へと、正確には目元へと重点的に飛びかかってくる氷蝶はそれ自体が物理的な目晦まし。それに光の乱反射まで加わるのだからテイカーと言えども視野の確保は難しい。なんて厭らしい術の使い方だろうか。鬱陶しさと共にそう感心するエミウアを、静かに刀を構えつつライネが──シスがじっと見つめている。


(効果は上々。特A級に通じるんですからそう評していいでしょうね。……私に成長はなく、発展がない。新たな術や技をライネへ授けてはあげられない。しかし既存の手札を応用する。新たな活用法を実践し、受け渡すことならできる。そういう方法での成長なら私にも可能……!)


 ユイゼンからやり方を学んだ氷の屈折率操作に、生物の模倣の仕方とその動かし方。それらを組み合わせるという発想──そうだ、発想だ。ライネが持つ優れた発想力を、自分にはないものと諦めるのではなく、これからは積極的に取り入れていくのだ。そうすることができれば。


「私ももっと強くなれますよね──あなたのために」


 シスは普段の彼女らしからぬ、傍目にもわかるほどに強い意志を込めて一歩を踏み出した。



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