表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/182

114.続・組手

「この組手はあんたの負けだね」

「はい」


 いなすことに失敗しライネ渾身の剣戟を浴びたミーディアは、利き手の肩をざっくりと斬られた。対するライネは全身が傷だらけとはいえ、それらは全て軽傷であり、戦闘の続行に問題はない。


 もしもミーディアに【回生】という再生力に特化した唯術がなければ勝負の結果は──見え透いていた、とまでは言えないが。左腕だけでもミーディアは満足に剣を振れはするが、しかし悄然組手の決着としては充分だった。


 既に傷を完治させているミーディアは、マーゴットの治癒を受けているライネの姿を横目に大人しく頷く。一本取られた、という思いは彼女にもしっかりあるために己が敗北を認めるになんら否やはなかった。彼女の視線を追ってユイゼンもライネの背中を見つめながら、静かに問う。


「坊やが何をしたか、わかるね?」

「刃と刃が当たる直前に刀身を消して、すぐに再展開。こちらのいなしをいなして真っ向斬りを成立させた……ってことですよね。一瞬何が起きたのかわかりませんでしたよ」

「食らった感想は?」

「面白いと思いました。刀としては質実剛健、なのにああいうギミックもある。誰でも一度は嵌るんじゃないですか? ライオットもこれにやられたようなもの、みたいですし」


 ユイゼンの決着宣言の後、ライネが思い出したように語った言葉だ。無論、このギミックのみで勝負を制したわけではなく、あくまでも決め手のひとつ。そこに至るまでの積み重ねや、他の要因もあってこそのものではあっただろうが、しかしライネの様子からすれば彼自身がリグレの刀の特異性に助けられたと強く実感していることは確かで。


「確かに面白い使い方ではあるね。あれはリグレもやっていなかった」

「そうなんですか?」

「ああ。リグレの刀──銘はこがらし。その刀身は自身の唯術で形成されたものだが、リグレはそれを専用の鞘に納めて平時でも常に展開し続けていた。唯術使用の常態化。それが奴の剣の冴えに繋がっていたのは間違いないよ」

「ひと時も欠かさず唯術を使い続けていたわけですか……それは、流石S級って感じですね」


 己が意思にかかわらず、大きな傷を負えば自動的に発動される唯術を持つミーディアだからこそ一層にリグレの凄まじさが伝わってきた。


 同じ剣士として一定のリスペクトこそあれど本部在籍時代にも直接の面識がなく、またリグレと知己である人物ともミーディアは関係を持たなかったので、彼というテイカーのことをよく知らない……が、リグレの師だというユイゼン。彼女との出会いによって、そしてリグレの話を聞くに従ってようやく聞きかじりの知識ではなく、リグレ・リンドルムが如何に優れた剣士であったかを理解するに至った。


 そして彼が、彼の師と彼の弟子にどれだけ愛されていたのかも。


「ユイゼンさんも嬉しいんじゃないですか。リンドルムさんが遺したものが一人のテイカーを救って、自分自身の仇を取るのにも繋がって。そしてそのテイカーが遺産を引き継いで戦うつもりでいる。こう言っては語弊があるかもしれないですけど……テイカーの死に方としてはこの上ない、理想的なものに私は感じます」

「……ふん、おっ死ぬことに理想もクソもあるものかい。そんな風に思うのはあまりに仲間の死を見過ぎているからだよ。あんたも、あたしもね」

「…………」


 ミーディアは否定も肯定も返さずに口を閉ざした。ユイゼンの言は正しいのだろう。美しい死に方。意義のある死に方。一個の終わりへそうやって言葉を飾り立てるのは、先に逝ってしまった仲間を想うが故。それと同時に逝かせてしまった不甲斐ない自分を慰めるためのものでもある。


 あるいは後者の意味合いの方がずっと強かったとしても、これは必要なことではないか。


 終わるまで終わらない戦いに身を投じるテイカーには、歩みを止められない戦士には、心の慰めが必要だ。それくらいはあったっていい──置いていかれた側がどちらであったにせよ、もう二度と共に歩けない仲間を想う時間くらいは、なければならない。


 だからミーディアは戦いに散った全てのテイカーへ敬意を抱き、その死を尊重する。


「ただまあ、リグレの遺物が後輩の役に立つってんならそれはあたしも悪くない気分だよ。ああやって刀身を消したり出したりってのも受け継いだ側の坊やにしかできない独自オリジナルのもんだ。あれをモノにできればもっと手強いテイカーになれるだろうさ」

「強いテイカー、じゃなくて手強いテイカーですか。言い得て妙ですね」


 悄然組手のコンセプト通り、そしてライオット戦での最後の場面が証明しているように、凩の刀身の出し入れが輝くのは大規模な術でのやり合いを経た後の小規模戦闘……つまりは決着間近の接近戦である。これはライネと敵の力量が互角ないしは相手側の方が勝っているケースで特に──術を出し尽くした果てにこそ近接の強さがより重要性を増すという意味で──その本領を発揮するだろう。


 足りないもの、というよりは僅かに満ちていなかった要素のひとつが満ちた。少なくともミーディアとの濃密な組手を経てそれに必要なものがライネの手に渡ったことは間違いない。と、ユイゼンは課題の一項目・・・へ無事にチェックが入れられたことを確かめて声を張る。


「どうだいマーゴット。ライネ坊の傷の具合は」

「──たった今、治療が完了しました。肉体的な不調は皆無かと」


 ちょうど治癒が終わるというタイミングで的確に声をかけてきたユイゼンの経験を感じさせる観察眼に感服しながら、マーゴットは患者であるライネへと目線で問いかける。どこかまだ痛むところはあるか、という声なき確認にライネはしっかりとした口調で答えた。


「はい、もうばっちりです。ありがとうございましたマーゴットさん。魔力の波長の合わせ方が類を見ないレベルだって……えっと、思いました」


 どうにもたどたどしい、というよりもまるで他人の言葉を借りて喋っているようなライネからの感想に、マーゴットはそれを気にした様子もなくにこりと微笑んだ。


「畏まった礼は不要でございます、ライネ様。私の務めは癒すこと。戦う皆様の一助となれたらそれ以上のことはありません」


 どうかお気を付けて、と一礼して彼女はユイゼンとミーディアの位置まで下がっていく。そうして訓練室の中央に一人残されたライネの下へ、マーゴットと入れ替わるようにコメリとエミウアがやってきた。


「よす」

「どーもです、ライネC級」


 片手を上げてフランクに挨拶してくる両者にライネも頭を下げるが、その顔には困惑の色が隠せない。それもそうだろう、彼にはこれから何が行われるかまったく知らされていないのだから。


 ただし、さっきまでミーディアがいたポジションに新たなテイカーが立っている。そして自分はミーディアと一緒に下がることを許されなかった点からして、薄々ではあるが次にユイゼンが何を言い出すかについて察せられる部分もあった。


 案の定、と言うべきか。


「それじゃ組手の第二戦と行こうかね。三人とも準備はできてるだろうね?」


「あーい、ばっちしっす」

「姉弟子と同じく、私もぼちぼちです」

「ぼちぼちとばっちしじゃ大分違くねー? ていうか自分が姉なのか。先にユイゼンさんについてんのはそっちなのに」

「いろいろな要素を加味して考えた結果、私は妹かなと」

「ふーん。いろいろな要素って?」

「姉になる方がどちらかというと面倒そうだと思って」

「どこにいろいろな要素があんのそれ」


「あの。ちょっといいですかユイゼンさん」

「なんだい坊や。すっとぼけ共の会話にツッコミは不要だよ」

「いや、そうじゃなくってですね……」


 良くも悪くも自然体な二人のやり取りに気を取られなかったと言えば嘘になるが、ライネが意見を申し立てたいのはあくまでもユイゼンに対してだった。


「さっきの組手で僕、けっこうヘロヘロなんです。魔力こそ残っていますが体力の方が……」


 治癒術とはそれを受ける者の体力まで取り戻してくれるようなものではない。傷をなくすことはできても患者の全てが本当の意味で元通りになることはない……翻ってライネも、模造剣で打ち据えられて全身に浮かび上がった青あざこそ綺麗さっぱりに消え去れど、それが全身に浮かぶまでに至った経過。そこで費やした体力や気力までもが復活したわけではなく、彼の身体には重く疲労が圧し掛かっていた。


 この状態で第二戦。それも今度の対戦相手は二人いる。となれば流石にライネも、これもまたテストの一環だろうとは理解しつつもユイゼンがどういうつもりなのか確かめたくなるのは当然の心理であった。


「もう大体わかってるんだろう? 魔力を欠いた戦いに続いて、お次は体力を欠いた戦いってわけさ。魔力も術も好きに使っていいから今度はエミウアから一本取ってみせな。ああ、コメリは直接参加はしないが途中途中であんたを掴む・・からね。その妨害があることを念頭に置きながら動きな」

「ええ……」


 手に握る柄さえも随分と重く感じる今、コメリの唯術を警戒しながらエミウアと交戦するのは相当な無茶にライネには思えた。というか、確実に無謀の類いだろう。


 いくら今度は魔力による身体強化や術が制限なく使えると言っても、人が動くための動力とはやはり体力と気力が基本。大元であるそれらが欠けたままでどれだけ魔力によって補助しようとも体のキレは落ちる。ましてやその状態でベテランテイカー二人を向こうに回しての戦闘行為に臨むなど無理難題と言っていいレベルである。


 だがユイゼンにやれと言われたならやるしかない。それだけS級に上がりたいから、というわけではなく。自分の要望を通すためにも──何よりユイゼンに見えている「ライネというテイカーに足りていないもの」を一刻も早く手に入れ、強くなるためにも。どれだけ無茶な内容だろうとテストを突っぱねるという選択肢は元よりなかった。


「てなわけだから、改めて自己紹介ね。自分はエミウア・ヴォリドー。特A級のテイカーやらせてもらってます。唯術は【質量】。自分の質量を増加させるっていう能力だよ」

「質量を増加、ですか」


 戦闘前に能力が明かされたことを少々意外に思いながら聞いたままの言葉を繰り返したライネへ、エミウアは気の抜けた笑みを浮かべて言った。


「ライネくんの能力はあの会議で聞いたしね。自分も明かさなきゃちょっと不公平でしょ。と言っても……ざっと聞いただけじゃわかりにくいんだよね、【質量】って術は」


 んー、そうだなぁ。とそばかすの浮かぶ頬へ指を当てて思案する素振りを見せたエミウアは、やがて何かを思い付いたように表情を明るくし、ライネの傍まで寄って「ん」と腕を差し出してきた。その行為の意味がわからず戸惑う彼に、彼よりも頭ふたつ分は背の低い先輩テイカーが言い放った。


「斬ってごらん」

「え!? 斬るって」

「そう、その刀でさ。大丈夫、とりあえずやってみ? その方が話も早いから」

「……わかりました」


 ライネは思い切って(しかし速度は控えめに)、言われた通り彼女の腕へ刀を振るってみた──そして、刃から伝わった異様な手応えと傷ひとつない肌に目をしばたく。


「質量を上げるとこーなる。高密度のものって硬いでしょ? 自分はいまそういう物質になってんの。あり得ない小ささにあり得ない量が詰まっている。ひょっとすると自分の背が伸びなかったのはこれのせいかもしんない……ってのは置いといて、まあとにかく『硬くて重くなってる』って覚えといて。ちなみに、だからって自分の動きが遅くなるとかはないからそこは期待しないようになー。じゃ、お互い頑張ろう」


 言うだけ言ってエミウアはライネの返事も待たずに元の立ち位置まで戻っていった。その後ろ姿を見つめながら、手元に残る「斬れなかった感触」にライネはつうと額から一筋の汗を流す。唯術を使用しながら目の前に立つエミウアの存在感は凄まじく、あたかもひとつの山がそこにあるかのようだった。


 ──強い。特A級という等級に恥じない、どころかその中でもおそらくは上澄みにいるに違いないと思わせる。それだけの底知れなさが彼女からは感じられた。


 マズそうだな、と素直に思う。コメリの唯術が持つ静けさも存じているライネとしては、前衛にエミウアがいてそれをコメリがサポートする布陣がどれだけ厄介なものになるか容易に想像がついた。ひょっとすれば……いや、ひょっとしなくても組手の第二戦は、ミーディアを相手に魔力を制限された第一戦よりも厳しい戦いになりそうだ。


「第二戦──始め!」


 どう策を打ち、どのように戦えばいいか。最低限の考えすらもまとまらない内にユイゼンによる開戦の号令が放たれた。


 エミウアが、動く。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ