102.屍界狂想 ネクロノワール 16
ザギンッッ!!!
ーーー金属が金属を抉る音が。或いは金属を無理矢理噛み砕く様な音が空に響いた。
ジークフリードは絶句していた。
クリームヒルトと名乗る少女は両眼を大きく見開いていた。
目の前の難敵が光を纏った二人の剣で真っ二つに斬り裂かれ、そして白い光を放ちながら爆発した事で勝利を確信したその瞬間だった。
「………返セ!!右腕ヲ…!!ぐがッ……ググぅ……っ炎をッッッ!!!!」
聞こえて来たその声に、ジークフリードが振り向いたその時、何かに喰い千切られる感覚を右腕に感じたのだ。
「右腕…右腕!!………コレジゃないッ!!」
いつの間にか眼前に佇んでいた黒き獣の様な化け物に右腕を奪われたのだ。
「なっ……私の……右腕が……!?」
ジークフリードは困惑していた。思わず奪われた右腕に手を添えてしまうのだが、そこには当然何も存在しない。
「ジークフリード!!」
クリームヒルトの声だ。
失った右腕から漏れ出る血液とコールタールの化合物に怯えきった表情で飛び付いていた。
しかし、そんな少女に気を遣う余裕が今のジークフリードには無かった。何故なら…
「よくも………よくもよくもよくも私の腕を喰ったな!!?」
怒りに満ちた表情のそれは、まるで般若を思わせるような面持ちで左手に構えた聖なる剣を縦に斬りつけていたからだ。
然し、シグルドがそれを黒剣で受け止めると、高速で三度聖なる剣を打ち付けたのだ。怒濤の攻めに、ジークフリードの構える聖なる剣は容易く砕け散り、黒く底の見えない地表へと吸い込まれて行ったのだった。
「グルルルるるるがぁぁぁあアアアアアアアッッッ!!!!」
シグルドの咆哮が戦場に木霊したその時、背中から剣を突き刺す者が居た。クリームヒルトによる背後からの奇襲だ。
既にジークフリードの姿しか見えて居ないシグルドにはそれを避ける術は無かった。だがそんな事は関係無い、シグルドがすべき事は唯々単純に、憎き目の前のジークフリードを喰らい尽くす事だけだった。
背中に張り付いたクリームヒルトを剥ぎ落とす事すらせずに、シグルドは淡々と左手の剣を振るいジークフリードの身体を切り裂き、右腕の狼の牙で食らい付き根刮ぎ抉り、ひたすらにジークフリードの存在を否定する事のみに尽力を尽くしていたのだった。
「くっ!!このっ!!止まれッッ!!このっ!!このっ………悪魔がッッッ!!!」
クリームヒルトがその剣を背中から貫通させたままシグルドの頭部を、コンクリートを穿ち、鉄をも殴り飛ばす威力を乗せた魔力拳で何度も何度も何度も何度も打ち付けるものの、まるで効果が期待出来なかった。
否、それ所かクリームヒルトの拳の方が段々と悲鳴を上げ始めて居たのだった。
「クソっ!!!この………アンタなんかに………弟は殺させない!!!」
右腕を失った今のジークフリードは、既に武器を精製する術を失ってしまったが、最後の手段である本機『ジークフリード』を呼び出し、特攻させる事を考えた…………が。
「行かせ………ません!!!」
シグルドの本機に居たリンムレはコクピットでは無く、機体の舳先に位置する接続機関に繋がって居た。
制御優先権を自分に書き換えたのだろう、此処までの旅の最中にて、既に慣れた行為だった。
右腕側の大型クロムブレードを本機に納め、替わりに装着したパルスレーザー・ランスをジークフリード本体へと突き刺していたリンムレによって、シグルドに向けて本体を特攻させると言うその行動は困難を極めて居たのだった。
要するに、リンムレを放置し過ぎていた為、持ち直してしまったのだ。
万事休すかと思われたその時…目の前に視線を戻すと、シグルドの腹部から突き出ていた剣先がいつの間にか無くなっていた。
ーーークリームヒルトがジークフリードの作戦を察してくれたのか、いつの間にか上空に位置するシグルドの本体へと攻撃を仕掛けて居たのだった。
「ーーーそうか、貴様が私のクローン………いや、複製体か。」
現実から目を逸らして居たリンムレは、突如現れた存在に対して恐怖を、怖気を、憎悪を感じて居た。
「あな………たは………誰なんですか…?」
「私か?答える前に貴様に質問だ。」
リンムレは酷く怯えていた。その質問と言う言葉から今すぐに逃げ出したい衝動に駆られて居た。
「貴様は家族を…自分の名前を覚えているか?」
リンムレは胃の中の物を再び吐き出してしまった。
そして……。
ー
ーーー
ーーーーー
ジークフリードは左手を黒き竜へと変えていた。
しかし、それでも尚、寧ろだからこそシグルドから与えられる憎悪の一撃一撃に痛みを感じて居た。
既に痛みを喪ったこの身体で痛みを感じる等と、あってはならない事で在る。
それでも事実として、喪って行く喪失感から、シグルドと言う獣の殺意から、耐え難い程の痛みを与えられ、死への恐怖に呑まれ掛けて居たのだった。
もしもシグルドを鹵獲ではなく、交渉して居たのなら。
もしもいっそシグルドに協力して世界を破滅に導いて居たのなら。
そんな後悔が湧き出したその時、待ち望んでいた時が来たのだ。
「お姉ちゃん!!」
ジークフリードの眼前を圧し潰す影が現れたのだ。
シグルドを叩き落とし、その身を黒き地平へと押しやり、本体から伸びたサブアームでボロボロの身体に手を差し伸べていた。
右腕も頭も喰われ、身体と左腕、そして両足のみが残ったその身体を優しく抱き止める者が居た。
それは、もう一人のジークフリードだった。
「お姉ちゃん……無茶をしないでくれ!!」
ジークフリードだった者。…陸戦小型戦機『ディアドラ』は元の姿に戻ったが、頭と右腕が存在しなかった。
「ごめんなさい…ジーク。貴方の右腕、取られちゃったわ。」
何処から発声しているのか、頭が無い状態で尚、その声は優しく澄んでいた。
「そんな事はどうだっていい!!お姉ちゃんが無事ならそれで良いんだ!!」
頭部と身体以外が機体へと埋没したその姿は、身体を姉であるディアドラに預けて居た証拠だった。
「全く…戦闘中だと言うのに気を抜き過ぎだ。……しかしジークフリード、これはどう言う事なのか、説明を求めたいんだが?」
ジークフリードの甲板へと腰を下ろす少女が居た。
その姿はとても痛々しく、左腕を折られたのか肘から先は人が向いてはいけない方向に向いていた。
当然顔色は酷く悪い、今にも気絶してしまいそうなのだが、しないのが不思議な位だった。
そんな少女に、ジークフリードは答えた。
「すまない…この話は帰ったらキチンと説明するよ。………今はただ、帰投の…いや、転進を告げて欲しい。」
ジークフリードの言葉に短く溜息を吐くと、少女はすっかり電波障害の晴れた空で部隊員に転進を号令したのである。
ー
ーーー
ーーーーー
「ーーーシグくん!!シグくんシグくんシグくんシグくん!!!!!」
リンムレは戦機『シグルド』を駆って地表を飛び回っていた。
自分がどの様にしてあの恐ろしい悪魔を退けたのかは分からなかった。
余りの気持ち悪さから、嘔吐してしまったリンムレは、とにかく無我夢中で煤けた右手を振るったら、青髪碧眼で自分と同じ顔の少女は酷く苦痛に歪めた表情で落ちて行ったのだった。
全く意味は理解出来なかったのだが、とにかく今は最優先事項で在るシグルドを探す事に専念した。
リンムレが彼を見失う筈が無かった。
彼の識別反応も、鼓動も、声も。感じなくなった筈の匂いも、暖かい温もりも、全部全部、リンムレは見失わずに追い掛ける事が出来たのだ。
そうして見付けた時、彼はーーーー
ーーーー黒く凶暴な獣へと変貌して居たーーーー
「シグ………くん………シグ…くん…やだ………シグ…くん…」
ーーーー黒き獣には届かなかったーーーー
「嫌………いやだ……リンムレを………置いていかないで………。」
ボロボロと零れ落ちる涙は地面に吸い込まれ、然し芽吹く物は無い大地の様に、獣の心を揺さぶりはしなかった。
ーーーーーしない筈だった。
「リン………ム……レ」
確かに聞こえたその声に、耳を傾けると……獣はもう一言だけ呟いた。
「逃ゲ…ロ」
黒き獣の凶暴な顎がそう囁いた時、その牙はリンムレを…。愛する相棒の身体を包み込んで居たのだった。
ーーーーーーが。
突如真横一線に飛来した黒い影がその獣を穿ち貫いた時、獣の姿は晴れ、替わりにシグルドがゴロゴロと地面を転がったのだった。
戦機『シグルド』の上に立ち、ボロ切れの様に地面に転がってるシグルドを見下ろす男性が居たのだった。
その姿にリンムレは、縋り付く様に唯々泣き腫らしていた。
「ーーーーったく、馬鹿弟子が。簡単に呑まれてんじゃねぇよ。」
ーーーそれは、拳に何やら金色に輝く何かを嵌めた師匠の姿だった。
ジーク組が強過ぎて終わるに終われない感。




