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6 この恨みを晴らさせろ

クラウディアの母親視点です。

私の母は、侯爵令嬢だった。


小さい時から、「お母様はね、王族に嫁ぐこともできたのよ。そういう身分に生まれたのよ。それが何の因果か、お父様みたいな伯爵家に嫁ぐことになってね。もう、『なんで私が!』って残念だったらなかったわ」と言われて育った。だから、「伯爵家は残念な爵位」というイメージができていた。


それなのに、お父様とお母様が決めた私の嫁ぎ先は、伯爵家だった。

(あんなにバカにしていた伯爵家に、私も嫁げというの?)と不満だったが、嫁ぎ先を親が決めるのは貴族として当然のこと、という認識があったので、素直に従った。


従いはしたが、「伯爵のような残念な身分の夫に、一生付き従うのなんてまっぴらだわ。後継ぎとなる子供を産んだら私はお役御免だし、それまでの我慢」と思っていた。だから、妊娠してからは夜も拒否したし、娘を産んだ後は、夫にも「これからは自由にさせてもらいます」と宣言したし、外に愛人を作るようになった。


しかし、私は男運が悪かった。最初に付き合った男は6股をかけていたし、次に付き合った男は結婚詐欺だった。


誰かに愚痴を言いたくて、実家に帰った。

そこでお母様に「どうも愛人運が悪くて…お母様は、どうやって浮気相手を見つけているの?」と聞いたら「え? 私はお父様以外の人とつきあったことないわよ?」と言う。


は?


「愛人なんて、探すわけないじゃない! うちにはまだ、死にぞこないの伯爵様がいるんだから!」


へ?


「ほんっと最悪よ、伯爵なんかに一生添い遂げるなんて! うちの夫には、私はもったいない女だからね! 毎日、『うちに嫁いでくれてありがとう』って言わせてやってるわ!」


「……」


「あっ、そろそろあのブタみたいなダンナが帰ってくるわね。ちょっと太ってきたから草でも食べさせてやりましょう。病気になられて看護とかするの嫌だし、健康でいてもらわないとね」と言って、いそいそと厨房に行った。


(ど、どういうこと? 浮気したことないの? 口では悪く言ってるけど、これじゃまるで…)


「ね、ねえ、お母様って、お父様のことを嫌ってたわよね?」


弟が通りかかったので、確認のために聞いてみた。すると弟は驚いた顔でこう言った。


「そんなわけないだろ! ベタ惚れだよ!」


えええ?


「嫌いで子供6人も作るかよ。照れ屋だから憎まれ口しか言わないけど、母上以上に父上を思ってる人間はいないよ!」


ええええええええええええ!


た、たしかに、兄弟6人は、多いと思っていたけど…それは単に、お母様が断れない性格なだけかと…。だから私は、そんなことにならないように、最初からぴしっと、言ってやったつもりでいたのに…。


そうなんだ…。口ではああ言ってても、愛し愛される夫婦だったんだ…。伯爵の身分も、本当は、気にしてなんていなくて、私だけが偏見を持ってたんだ…!


ショックだった。よく考えたら、どれだけお父様に文句を言っても、出かける時はいつも一緒だったんだから、気づく機会はあったのに! なにより、子供6人なのに!


私も、きちんと夫に向き合っていたら。

政略だとしても、夫を愛し愛される夫婦になれたかもしれないのに。

結婚当初、夫は普通に優しくしてくれてたのに。

その優しさをきちんとお返ししていたら、夫と幸せになる道があったのかもしれないのに。


でも、もう遅い。夫は愛人を作り、愛人との間に子供もできたらしい。

もう一度夫婦としてやり直してほしいなんて、言えるわけがない。


私は、自分で言った通り、自由に生きていくしかないんだ…。


そう悟った私は、また愛人探しに励んだ。

その時につきあった商人は、私に高額な宝石を買わせるためだけのヒモだった。

次に付き合ったのは、異常な独占欲で束縛しようとする粘着男。

本当にろくな男に出会わない。


思い返してみれば、それは当然のことだった。とくに綺麗なわけでも、取り柄があるわけでもない、夫がいるのに、愛人を探しに仮面舞踏会に来る中年女性、それが私だ。質の高い男が相手にするわけがない。


でも、私には救いがあった。それは、一人娘のクラウディアである。


この娘には、どうにも不思議な力があった。この娘の行動が、私や夫の災難を防いでくれるのである。


結婚詐欺の男の時は、男から来た手紙を、まだ幼いクラウディアが机の中から引っ張り出して、屋敷中に見せて回った。回収したときにはあらかた知れ渡った後で、使用人の一人が「その男、結婚詐欺として手配書が回ってましたよ」と教えてくれたことで発覚した。


高額な宝石を買わせるヒモの時も、請求書を持って見せて回ってたので、「二重の支払いをさせる詐欺の書類」であったことがわかった。


またある時は、屋敷中の窓に黒い布をかぶせ、昼間なのに真っ暗にしたことがある。

その時は、「動く物に反応して襲ってくる魔物」が屋敷の近くに現れていたので、屋敷の中が見えないせいで助かったのだが、その魔物をけしかけたのは、私の元愛人だった。


あまりの独占欲についていけなくなって、別れを切り出したのだが、それを逆恨みして、「屋敷の中の人間を皆殺しにしてやる」と計画したのである。その男は、襲われた私たちを見物に来たのだが、魔物は屋敷には入らず素通りしていたので、魔物に見つかって殺されていた。


どこかの世界には「座敷童」という存在がいると聞いたことがある。

たまにしか姿を現さないが、その子供がいる家は、繁栄するという。


クラウディアは、いつでも姿が見えているが、この座敷童と同じような存在なのではないだろうか。


最初の6股の愛人の時は何もなかったことを思うと、私の幸せを考えてくれるわけではないのだろう。

だけども、家が傾くような散財の前に、助けてくれるのではないか。この家を守ってくれてるのではないだろうか。


そんな推測をしていた時、またもやクラウディアのおかげで、我が伯爵家は投資詐欺を免れた。

投資していた貴族たちはみんな大損していたらしい。

やはり、この子には力がある。「実存座敷童」ともいうべき力が!


そして月日は流れ、私には、新しい愛人ができた。


愛人はまだ若く美しく、私に優しくしてくれた。逆に怪しいと思ったが「実はお金がなくて。夫人に囲ってもらいたいと思って近づいています」と申し訳なさそうに言う。

正直にそう言われたことで、かえって信用してしまった。私に出せる範囲のお金なら、出してあげようと思った。そして「うちには座敷童がいるのだから、被害が高額になる前に、止めてくれるはず」と思っていた。


その愛人が、「アソコカ領に旅行に行きたい」と言うので、「二人で旅行! 楽しそう!」と浮かれた。夫は文句を言わないだろうけど、さすがに「愛人と旅行に行きます」とは言いにくかったので、「お友達に会いに行ってきます」と伝えた。すると娘が「だったら途中のココドコ村に寄って、ココヨ飴を買ってきて」と言うのである。


娘の言うことだ、きっと何か、行かないと良くないことが起きるのだろう。

私は「行きの道でも寄ってね」と言われたことを守って、愛人との待ち合わせ場所に行く前に、ココドコ村に寄った。


その村では、なんだか嫌な咳をしてる人が大勢いた。変な病気をうつされては嫌だと思って、口に布を当ててココヨ飴を買いに行った。種類がたくさんあったので、どれにしようかと選んでいると「全員家に入って! 村を封鎖します!」という声が聞こえた。


見ると、特殊な魔力の布で覆ったような服を着ている人が大勢現れて、村人を誘導していた。

「具合が悪い人は救護テントへ! 歩ける人は家から出ないで! 病が広がらないようにこの村から出ることは禁止します!」


「私は旅行者です! 村の外で待ち合わせしてます!」と必死で訴えたが、「病を広げないためです」と却下された。


しょうがなく村の宿屋で過ごすことになったが、その宿屋で病をうつされて、私は死んだ。


死んだのだ。この村に寄ったせいで。クラウディアが頼んだ飴を買いに来たせいで!

家を守る座敷童だなんてとんでもない、実の母親を殺しにかかる悪魔だった!

あんな悪魔の言うことに従うんじゃなかった! 人殺し! この恨みをどうしてくれよう!


よっぽど恨んでいたらしい。私は幽霊となってこの世に残った。

さっそく呪い殺してやる! と思って屋敷に行って娘の部屋に行くと、娘はしくしくと泣いていた。


「お母様…私がお土産を頼んだせいで…。ごめんなさい、ごめんなさい」


ああそうだよ! おまえのせいで死んだんだよ! わかってるんじゃないの!

だからその罪をつぐなって、死ねーい! と首を絞めに行ったが、なぜか一定間隔以上近づけない。

「ソーシャルディスタンス」という言葉が浮かんだが、どういう意味かはわからない。


この悪魔には、近づけもしないの? どうやってこの恨みを晴らせばいいの?


近くにあるランプを倒すこともできない。ナイフを持つこともできない。

「死ねーい、死ねーい」と言い続けてみたが、聞こえてる感じもない。


(なにこれ…他の幽霊って、どうやって祟りとか起こしてるの? マニュアルないのかしら)


そんなある日、娘の婚約者であるアラン殿下が、調査報告を持って家にやってきた。

あの悪魔、いつのまにか王子に見初められてるし。伯爵の分際で、なんで王族と関われるの。

なんか悪魔の力で魅了とかしてるんじゃないの。


しかし、アラン殿下の報告を聞いて驚いた。

旅行に行こうとしていた私の愛人は、敵国のスパイだったというのだ。


(あの人…スパイだったの? お金じゃなくて、情報…?)


でも、わかってたんなら止めてくれればいいのに。何も殺さなくてもいいじゃない。


とはいえ、たぶんあの娘には止められなかっただろうと思う。

私は彼に夢中になっていたし、ベッドで聞かれたらきっと何でも喋っていただろう。

前もってスパイだとわかるような証拠を、私に寄越すわけがないので、あの娘がひっぱり出すこともできない。

止められないなら、私を切り捨てるしかなかったのだろう。


私が殺された理由は理解した。たぶん、座敷童にとっても、苦渋の決断だったのだろう。

しかし、理解はしても、感情のほうはそうは行かない。


やっぱり殺された恨みは晴らしたい! どうにかしてこの娘をギャフンと言わせることはできないのか。

その思いが消えなかったので、いつまでもつきまとった。一定間隔はあけて。


そのうち、夫が愛人を後妻に迎えた。きれいな女性だった。

自分で蒔いた種とはいえ、胸が痛んだ。


夫にはクラウディアのひとつ下の、エリーという娘がいた。夫にそっくりだった。

クラウディアも夫に似てるが、どちらかというと私似だ。でも、私と夫のいいとこどりをしたような美人だ。そこもついでに憎い。


「後妻とその娘に厭われて、いじめられてしまえ」と、意地の悪いことを思っていたが、それどころじゃなかった。この母娘は、はっきり殺しに来ていた。


そうか、「夫と愛を育んでうらやましい」と思っていたが、そっちはそっちでいろんな苦労があったんだろう。表面上は優しいのに、クラウディアへの殺意が半端ない。どれだけ屈折して生きてきたの。


でも私にとっては好都合だった。私の恨みを、この母娘が晴らしてくれるかもしれない!

本来なら決して手を取ることはなかった関係かもしれないけれど、今は同じ宿敵を憎む同志!

私は全力で母娘を応援した。やれ、そこだ、行け! 殺せーい!


クラウディアの代わりにエリーが階段から落ちた時も、池に落ちた時も「生きて、お願い! 私の無念を晴らすまで頑張って!」と祈った。

その思いが通じたのか、エリーはいつもたいしたケガをしなかった。


しかし、母娘の努力と失敗を見て、今までと別の思いがわいてくることを感じていた。


(私は、ここまでひたむきに、何かを成し遂げようとしたことがあっただろうか…)


毒殺を失敗しても、呪詛のドレスで失敗しても、階段落ちで失敗しても、池落としで失敗しても、あきらめない。くじけない。「殺す」という目標に向かって足を止めない。どうしてそんなにがんばれるのか。


私の夫は娘にびびって手伝おうともしない。使用人は「どうせ無理なのに」と同情の目で見ている。

そんな状況で、なぜまだ続けられるのか。


私には、この根性が足りなかったのでないだろうか。


自分の身近にいる人を愛さずに、なぜ愛してもらえると思ったのか。

愛されるために、根性ですがりつくことが必要だったんじゃないだろうか。


私は誤解と思い込みで、夫との関係を壊してしまったけど、まちがってたと思った時点で、夫婦としてやり直す道もあったのではないだろうか。もっと必死になって謝って、「心を入れ替えるからどうか夫婦としてやり直して」とお願いしたら、仲良くできたのではないだろうか。この母娘も屋敷に迎え入れ、みんなで家族として幸せに暮らすこともできたのではないだろうか。


空論だ。実際に時間が戻せるわけではないし、今更考えても無駄なことだ。

でも初めて、「人生をやり直したい」という気持ちになった。


自分で壊した馬車に、自分が乗る羽目になって、夜中に泣きながら修理している母娘を見ながら、


(ありがとう、来世ではきっと、あなたたちのように、ひたむきに生きるわ)


と感謝した。ついでに「根性は偉いけど、もうやめとけ」と思った。


まぶしい。あたりが光に満ちてきて、自分がその光の中に消えていくのを感じた。

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― 新着の感想 ―
凄い作者様です。主人公より、ここまで悪人が可哀想になる話はあまりないですね。恐ろしい子です。
娘じゃ無くて娘をコ□そうと頑張る継母達を見て改心してる… 継母達も苦労してたみたいだし、親父も碌な男じゃ無いからやっぱり母親に男運は無いんだな… でも反省して継母達を受け入れてたら夫の悪口を言い合う仲…
≫「ソーシャルディスタンス」という言葉が浮かんだが、どういう意味かはわからない。 ( ゜д゜)ハッ!もしかしてお母さんも転生者!? 死んでから前世の言葉をそこはかとなく思い出したとか? そう言えば「…
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