対処法と体験談(心)
ここからは心の面から自律神経失調症に向き合ったことを書いていきます。心だけじゃなくて体の方からも向き合わないといけないのですが。それでも確実にいといは心が軽くなったし成長できたと思っています。いといにとって、この時間はこれまでの心の傷を癒やす為の時間だったのだと思います。まだもう少し続いていく予感もありますが。
まず初めにしたのは、自分と向き合うことでした。
向き合うと言っても色々あると思うんですが、幼少期から今までにあった嫌なことをひたすら書き出しました。あれが嫌だった、こうしてほしかった、あの時こう思っていた。そういうのをひたすら書いた紙を細かく破って捨てたり、自分が欲しかった言葉を書いたり、実際に声に出したり(辛かったよね、嫌だったよね、など)しました。
自分の中にある重たいものを引っ張り出してボールにして花火にして打ち上げる、檻の中にいる自分を出してあげる。そういうイメージもしましたし、自分を褒めたり抱きしめたり撫でたりもしました。
そうしてそれを暫く続けていて「自分はどうしたいの? どうしてほしいの?」と自分に問いかけた時に返ってきた言葉は「愛してほしい」でした。
今まで自分のことを好きだと思っていたのに、全く愛していなかったことに気が付いたんです。衝撃でした。
ですが、愛してほしいという答えが返ってきた時に、色々取り繕ったり忘れていたりした本当の自分に近付けた気がしました。
その時自分に向かって百パーセントの「愛してる」は言えませんでしたが、まずは今までの自分に謝りました。「気付かなくてごめんね、無視してごめんね、辛かったよね。ごめん」と。
何回もそういうことを続けました。自分が自分のことを信じられていなかったので、まずは自分との信頼関係を取り戻す必要がありました。
自分の話を聞いて、吐き出して「そうだよね」と肯定する。「もう大丈夫だよ」と言ってあげる。肯定が出来なかったら「そうかぁ、そういう気持ちだったな」とただそれを見つめる。
どうしても何度も思い出して辛くなるような出来事は、いといは家族に話すと少し楽になれました。初めて話したことで泣きながらでしたが、泣けたことがすっきりの理由の一つになったのかな、と思います。誰にも悩みを言えないとか恥ずかしいとか思う場合はAIに相談するのもいいのかなと思います。結構すっきりしたり気付けたりします。信頼出来る会社のものか、などは調べた方が良いとは思いますが。
多分、自分が経験したことをただ『あったこと』として認めて、その時の自分の感情も認めてあげることが大事だったんだと思います。とても気が楽になりました。
それから、それを経て自分はどうするか、自分が心の深い部分で何を感じているかやどう思っているかを見つめ、愛を持って人にも自分にも接していくことが大切なのかなと思っています。
頭で思うより文字に書くこと、そして文字に書くより言葉にすることが、とても効果がありました。
自分と話すのにはチャット風メモアプリをよく使っていました。何かモヤっとした時にそこに書いて会話をするとすっきりすることが多かったです。喋っているのは全て自分なんですが「どうしたの?」「こんなことがあってね」「こうしたらいいんじゃない? 〇〇だったね」など話していると頭や心がすっきりしました。
何か自分と重なる部分がある歌を歌ったり、思っていることを歌詞にしてみたりすると、スラスラと気持ちが出て心地良かったです。それで泣くこともありましたが、すっきりした気分になれました。元々溜め込みやすい性格なので、定期的にこういうことをする必要があるのだと思います。
それから、自分が誰かと話したいと思っている時、同じように自分も自分と会話がしたいと思っているということに気が付きました。そんな時は前述した通りアプリを使ったり、一人劇場を開幕して独り言をしたりしました。
日記もつけていました。
今日出来たことや明日したいこと。それから今日の代表的な感情と、そう思った訳、どうしていきたいか、など。悲しい気持ちの時は慰めたり、嬉しい気持ちの時はとびきり喜んだり。
毎日じゃなく時々やめたりもしました。ただ、嬉しかった時にその時の状況や感情を何度も反芻して、そうして生きていきたいと未来に思いを馳せ、明日へ繋いでいく感覚はとても楽しかったですね。
その他には『今を楽しむ』ということを意識してみるようにしました。元気になったら、ではなくて『やりたいと思ったから今やる!』というような行動をしました。例えば〇〇が食べたい、と思ったら食べる、など。遠慮したり隠れたりの人生を送ってきたので、それを解放してあげる為の行動が必要だったのかなと思います。一番初めに過呼吸になった時、帯で体を巻いていた訳ですが「縛られている」とどこかで感じていた自分の心と共鳴したのかもしれません。自律神経失調症になったのは良い機会だったと思います。
それから『楽しい』と思えることが必要だったんだと思います。明日何したいかな、と明日やりたいことを考えて楽しくなれたら幸せですよね。その『幸せ』と思えることが、体の『苦しい』ということに意識を集中させすぎないことに繋がるのかなとも思います。明日は〇〇が食べたい、あの動画が見たい、など。
そして『やりたいこと』を決めたけれど、それが出来なかった時あまり気にしないことも大事なのかなと思います。でもそれが難しい時は「出来なかったなぁ、まあいっか」程度で終われる内容の『やりたい』にする、というのも一つの手なのかもしれません。
誰かや何かに遠慮したり、不安に思ったりして過呼吸が悪化する。それは外に出た時に偶になることですが、大丈夫と思うこと、安心出来る場所を作ってあげることが大切なのかもしれません。「なんとかなる」と思うことは、何に対しても安心させてくれる気がします。
とは言えどうしても「過呼吸になるかも!」と怖くて仕方ないという時は無理をせず、遠出はしないようにしています。恐怖の記憶が刻まれても良くないと思っているので。それに出かけるなら楽しい気分でいたいですからね。
体と心は密接に関わっていて、誰でもストレスで胃の調子が悪くなったり頭痛が起きたりすると思いますが、自律神経失調症もそうなのだと思います。
いといは結構小心者なので、色々「心配だな」とか「何か思われたり言われたりしないかな」とかよく思ってしまいます。怪我をしたり具合が悪くなったりして「大病じゃないよね?」とか心配してしまって過呼吸に、なんてことも。けれどそういったことによって無意識の内に体が緊張してしまうんですね。そうして謎の疲労感が出たりなど。
多分、自律神経失調症を和らげる一番の方法は恐怖を癒やすことなのだと思います。
いといは場面緘黙症(家など安心出来る場所では喋れるが、特定の場所では緊張や不安から上手く喋れなかったり声が出なかったりする)だったり、いじめられっ子だったりしたので、結構「世界が怖い、人が怖い」と思って縮こまっていました。それに伴い体も縮こまっていたのかなと思います。猫背ですし。
まだ怖いなと思うし、偶に不安になってそういったことを考えては体に無理をさせてしまって申し訳ないなと思います。けれど家族や心許せる仲間のお陰で昔より場面緘黙症は随分ましになりました。
怖いなと思う時、何をすれば自分を安心させてやれるのかを考えると良いのだと思います。いといは胸の前で小指を絡めて手を握ると結構安心します。それから「自分は何があっても自分の味方だからな。大丈夫だよ」と自分に語りかけることも。
体は、自分が気付かないでいることなどを教えてくれる存在だと思っています。「異様に人参が食べたい」と思ったら人参に多く入っている栄養が今足りていなかったりとか。そういう時は調べてビタミン剤を飲んだりします。つい「まあいいか」と思ってしまうこともありますが、なるべく体の声に従うようにしています。他にも「お腹が痛い」と思ったら昨日食べた〇〇が良くなかったんじゃないかと食べないようにするとか、食べすぎたなと量を少なくするとか。左耳にニキビが出来て、それを塞ぐと痛かったら「内なる声に耳を傾けて」という意味かと推測したり。
昔は「体の声? 自分の声? 分からないよ」と思っていましたが自律神経失調症になって「何がしたいの?」と自分に聞いたり、何を思っているのか考えようとしたりしました。そのおかげで少しは体や自分と仲良くなれたのではないかなと思っています。
何がしたいのかとか何を思っているのかとか、分からない初めの頃はよくメモ帳などを使って一人会話をしていました。それから少しずつ脳内だけでも考えていけるようになりましたが、今も偶にメモ帳に感じたことなどを書いています。日々生きていて分かったことやまだ分からないことなど。すると少し成長出来たような気がして嬉しいんですよね。何かが進んだ気がして。
寝る前には自分や体や大切な人達に「ありがとう」と感謝してから寝るようにしています。昔は自分に対して「ありがとう」より「ごめん」だったのですが、受け入れて慰める為の謝罪ではなく、罪悪感による謝罪になると、エネルギーというんでしょうか――それが重たくなってしまうのでなるべく感謝の方に意識を向けるようにしています。
これは毎日が苦しかった日々から抜け出した後だからかもしれませんが、自律神経失調症になって色々調べたり自分と向き合ったりしなかったら今のいといは存在していないので、とても感謝しています。
長くなりましたが、ここまで読んでくださりありがとうございました。少しでもお役に立てるものがあれば幸いです。
心身共に健康に、あなたが生きていけますよう、心からお祈り申し上げます。




