63.顕現
地平線から溢れ出した朝焼けの光が、学園の敷地内を白々と照らしていく。
陽光に焼かれ、陽炎のようにかき消えていくゾンビたちの群れ。
それを確認した瞬間、夜通し学園の防衛線を守り抜いていた生徒たちから、堰を切ったような大歓声が湧き上がった。
「やった……! やったぞ、防ぎきったんだ!!」
「ルナ……ルナが、終わらせてくれた……っ!」
歓喜に沸く校庭の隅で、学園を防衛していたアルセーヌとアンジェが、深く息を吐きながら並んで空を見上げていた。
「……アンジェ」
「……ああ。あの子たち、よくやったねぇ……」
◇
夜明けの光の中、壊滅的な被害を受けた街の向こうから、学園へと続く一本道を歩いてくる3つの影があった。
右肩を深く噛み砕かれ、鮮血に染まりながらも、ワクの無骨な肩に身体を支えられて歩くルナ。その隣には、両腕をズタズタに負傷し、ボロボロになりながらも静かに付き従うルリの姿。
学園の正門前では、アルセーヌやアンジェ、ミカをはじめとする大勢の生徒たちが、英雄の帰還を迎えるように今か今かと待ち構えていた。
「ルナだ! 帰ってきた!」
「ありがとう、お前のおかげで助かったよ!」
だが、歓喜の声は、彼らが近づくにつれてピタリと止まった。
出迎えた生徒たちの視線が、ルナの華奢な身体を優しく支えているその男へと注がれる。
(……ワク……)
誰からともなく、小さく名前が漏れる。
昨日まで、圧倒的な武力で自分たちを蹂躙し、無慈悲に殺戮し続けていた襲撃の張本人。
学園を包み込んだのは、歓声から一転した、なんとも言えない重苦しい空気。
針が落ちても聞こえるほどの、冷たい沈黙が走る。
(まずい……!)
ルナが慌ててワクの弁解をしようと口を開きかけた、その時だった。
人混みを掻き分けて、一人の男子生徒が前に出た。
野球部のサトウだ。彼はまっすぐワクの前まで歩み寄ると、一触即発の威圧感で詰め寄った。
「……すまない」
ワクは逃げることなく、サトウの視線を正面から受け止め、静かに、けれど深く頭を下げた。
「……俺は、お前たちに……」
「お前が俺たちを殺し続けた理由なんてさ……」
サトウがワクの言葉を遮る。その表情は、怒りに燃えているわけではなかった。
「そんなの、皆もう分かってるんだよ。
……だけど、それでもお前に殺されて、ここからいなくなっちまった奴がいるのも事実だ。お前がやったことは、絶対に許されることじゃない」
「……その通りだ」
「でも……」
サトウは、ワクが今もなお、痛みに耐えるルナの肩を大切そうに抱きかかえている右手に視線を落とした。
「今、お前はルナを支えてる。……それは、今までみたいにルナを助けていくっていうことなんだよな?」
ワクの瞳の奥の、迷いのない光を見る。
「……ああ。命に代えても、俺は彼女を守る」
「……分かった。なら、俺はお前を許すぜ」
サトウはそう言って、短髪の頭をかきながら笑った。
「そして……できれば、皆もこいつを許してやってほしい」
実際にワクに射殺され、恐怖の中、それでも学園に戻ってきたサトウの言葉だ。
その発言に反論できる者など、この学園にはいなかった。
「サトウくん。……格好いいじゃん」
ふっと笑ったミカの言葉を合図に、張り詰めていた空気が一気に弛緩していく。
背後に控えていた野球部の面々が、サトウの肩を小突くようにしてドッと呼応した。
「やるじゃねえかサトウ! お前、男を上げたな!」
「あーあ、腹立つけど、サトウがそう言うなら俺も許すしかないよな!」
「え!? ミカちゃん、いま奴のこと格好いいって……おいサトウ!この野郎!役得しやがって!」
朝焼けの柔らかな光の中、学園を包み込む温かな笑い声。
ここでの戦いは、今度こそ完全に終わったのだ。
仲間の笑顔を見つめながら、ルナはエデンへ不法侵入して以来、初めて心の底から安堵し、静かに微笑んだ。
『智天使顕現率……50%突破……60%……70%……』
『――80%……90%………………300%』




