第三話 おばあちゃん
「おばあちゃんになりたい。」
彼女は、たしかにそう言った。
長らくこの仕事をしていて、そんなこと言われたのは初めてだった。
「んー?」
困惑していると、少女は純粋そうな瞳を彼に向けながら、同じ言葉を繰り返した。
「だから、おばあちゃんになりたい。」
「君のおばあちゃんってこと?」
「違うよ。いっぱいいっぱい長生きしたい。それで、私のおばあちゃんみたいになるの。」
「ああ、みたいね。」
「おばあちゃん、すっごく優しかったの。みかに編み物教えてくれたし、お歌一緒に歌ってくれたし。お誕生日には、ケーキ買ってきてみんなでパーティーしたの。だからみかも大人になったら結婚して、お母さんになって、みかのおばあちゃんみたいなおばあちゃんになりたい。」
「それが、君の夢なの?」
「うん。」
「もっとないの?ほら、たとえば、ケーキ屋さんになりたいとか、看護師さんになりたいとか。」
「そういうのはお願いするんじゃなくって、自分でかなえるものだって、おばあちゃん言ってたよ。」
おばあちゃんすごいね。仏なの?
そんなことを聞いてみたかったが、この子に意味が通じるかわからなかったのでやめる。きっとこの少女は、素直に祖母の言葉を信じているのだ。まだ、この世界では神にでも頼まないとかなわない事があるのを知らないのだろう。
「わかった。じゃあ、お兄さんと契約しよう。君がおばあちゃんになるまで、死なないようにしてあげる。」
「そんなことできるの?」
「うん。だからこの船からも助けてあげる。こっちへおいで。」
無事に救命ボートの近くへたどり着いたとき、少女は男にお礼を言った。男の表情は見えなかったが、小さく手を振っていた。ボートへ乗り込んだ後、再度彼の方を見たとき、男はいなかった。
----------------------------
「あら、来たのね。」
それから数十年がたった。だというのに、男の見た目は変わっていなかった。だが老婆は、気にしていない様子だった。手に持っていた編み針を膝において、座っていたいすの背に上体を預ける。
「お孫さん、生まれるそうですね。」
「ええ、そうなの。まだ性別もわからないんだけど、うれしくってね。これも、孫にあげようと思ってたんだけど・・・」
「けど?」
「迎えに来てくださったんでしょ。」
「それは、そうですけど・・・いいんですか?」
「どうして?」
「せっかく、おばあちゃんになれるのに。」
「私はね、あなたに感謝をしているんです。あのとき生きられたのは、あなたのおかげだって。だから、これまで私を生かしてくれたこと、どうもありがとう。」
初めて言われた言葉は、彼を黙らせるだけの力があった。船の事故は彼の手によるものだった。だから本当は、単なる犠牲者だ。
「ねぇお兄さん。この靴下だけ編ませてくれない?孫がね、生まれるのは冬なのよ。寒いでしょう?すぐに終わるから。最後のお願い。」
それから彼女は眠るようになくなった。それは彼の優しさだったのだろうか。手に持った編み上がった靴下は、とても小さく、暖かそうな色をしていた。
後1話です。