第一話 ある女優の話
その男は私に言った。
「あなたの願いを一つだけ叶えてあげましょう
その代わり、私の好きなときにあなたの命をもらいます。」
見るからに怪しいその男の言葉は、なぜか真実味があった。
小さい頃から、女優になりたかった。
周りにも常に言っていたし、芸能事務所にも入った。
だけど、入る仕事はエキストラや端役ばかり。テレビの前で見ていた、なりたかった彼らにはほど遠く、今の自分はお世辞にも、きらきらと輝いているとはいえなかった。
「お願い。私を、テレビで輝ける女優にして。」
「・・・いいでしょう。契約は成立です。」
それから私の人生は変わった。はじめはラジオのオファーだった。そこからだんだんと広がっていって、テレビドラマのレギュラーになった。町を歩けば声をかけられ、SNSのフォロワーはみるみる増えた。テレビの画面に映る私は、次第にまぶしい人になっていた。それから、3年。時がたつにつれ実力もついて、ついには主演の映画で栄誉ある賞をもらえることになった。
「おめでとうございます!主演女優賞を獲った感想はいかがですか?」
記者たちが拍手とともにカメラのシャッターを押し、フラッシュが瞬く。その中心にたっているのだと考えると、自分がただただ誇らしかった。あきらめないで信じて頑張ってきてよかったと、あらかじめ考えてあった事を言おうとしたとき、唐突に視界に入ってきたのは、あの男だった。
「約束通り、いただきますね」
急に周囲の明かりが消え、真っ暗になった。だというのに、男の姿だけははっきりと見える。そして、あのときの契約を思い出す。
私、なんて言った?
いやだ。今じゃない!これからもっと活躍できる!私はもっともっと輝く人になるんだ。
恐怖でひきつった顔を見た男は、口の端を上げて言った。
「来世があれば、今度は自分の力で頑張ってみてくださいね。」
栄誉ある授与式は、すぐに騒乱の場となった。救急車が呼ばれたが、すでに事切れた彼女を救う手立てはなかった。病名は心臓発作との事だった。世論は悲劇の報道にしばらく華を咲かせていたが、次第に別の話題に移っていき、不幸な女優の話はされなくなった。あのとき輝いていた彼女はいなかったかのように。