七百八十話 花畑
妖精を招いたお茶会から場所を変え、妖精の花畑予定地に移動。そこでドリーが用意した大量の花の種に度肝を抜かれ、妖精が花の種に魔力を馴染ませる儀式では、その歌と踊りに魅了された。
「ジューン姫、妖精の皆さん、素晴らしい歌と踊りでした」
「すごかったー」「キュー」「げいじゅつだった」「くくぅ!」「やるな、なかなかだったぜ!」「……」「あう!」
俺がジューン姫に話しかけると、ベル達とサクラが興奮してジューン姫に突撃した。
「あたし、歌で感動したのは初めてだ」「わふっ!」
「みなさんの歌と踊りに感動しました」「ホー!」「……」
「すごかった」「ぷぎゅっ!」
「キッカもおうたとおどり、おぼえたい!」「ホー!」
「お姉ちゃんも感動したわー」
ベル達が突撃したところにジーナ達と、その契約精霊も加わる。妖精達の歌と踊りは弟子達も感動させたらしい。
なんか一人大精霊が混ざっている気がしないでもないが、その辺りは気にしない。機嫌が良いことはとても良いことだ。
そしてキッカはしっかりポットリアに話しかけている。
引っ込み思案な女の子だけど、狼の獣人だけあって狙いを定めたらアグレッシブなのかもしれない。
まあ、ジューン姫曰く、ポットリアは食べ物に興味がある妖精の中では真面目な良い子らしいので、悪いことにはならないだろう。
少なくとも、他の一瞬で行方不明になるような妖精達と仲よくなることに比べたら、百倍くらい安心できる。
さて、花の種の準備も終わったしそろそろ次の作業に……まだ無理そうだな。興奮して妖精達に話しかける身内を見て落ち着くまで待機することにする。
ようやく場が落ち着いた。
なんか途中でベル達がハンドベルの話をしていたけど、もしかして共演を狙っているのだろうか?
それはとても可愛らしい光景な気がする。いや、間違いなく可愛らしい。
クッ、フィオリーナに劇場も注文すべきか? さすがにコンサートホールやドームはやりすぎだが、立派な劇場くらいなら楽園にあっても良い気がしてきた。
「裕太、続きをやるわよ」
考え事をしていると若干疲れた様子のジューン姫が話しかけてきた。他の妖精も若干お疲れ気味に見える。
なるほど、癖が強い妖精達も子供には弱いのか。意外と大人なようで少し安心する。
「続きは何をするんですか?」
「種の準備が終わったのだから、次は当然種まきよ。さすがにこの量を妖精だけでやるのは難しいから、あなた達にも手伝ってもらうわ」
種まきか。文字通り種を蒔くんだろうな。森の時のように地面に穴を開けて一粒一粒なんてことになると、さすがに心が折れる。
「分かりました。種をパラパラと撒いていけば大丈夫ですよね?」
花を種類ごとに管理したほうが楽そうだけど、俺のイメージとしては妖精や精霊が遊ぶのであれば様々な花が咲き乱れる花畑であってほしい。
楽園にはドリーという心強い大精霊がいるし、タマモやエメなどの心強いお手伝いも居るから問題ない。
「ええ、種が一ヶ所に集中しないようにしてくれたら問題ないわ。裕太が用意してくれたこの場所は凄まじいもの」
ジューン姫が花畑スペースを見ながら言う。
なんだか少し呆れている気がしないでもないが、その辺りはしょうがない。お酒の原料になる場所を大精霊達がおざなりにするわけもなく、ノモスによって土の栄養状態は完璧に管理され、ふかふかになっている。
たぶん、ドリーと種を用意する段階から土の栄養も考えていたと思う。土を準備する時に色々と注文を付けられたから間違いないだろう。
「分かりました。みんな、お仕事だよ」
ジューン姫に返事をしてジーナ達とベル達を呼び寄せる。集まってきた全員の顔がワクワクに満ちていて眩しい。
仕事という言葉を喜べる、俺がそんな純粋さを失ったのはいつ頃だったか……。
そんなみんなに種まきの説明をする。といっても詳しい訳ではないので、ある程度列になって蒔き忘れが無いように種を蒔くだけだ。
小さい子がやることだから、どうやってもムラができるだろうが、その辺りはシルフィにフォローしてもらおう。
シルフィならどうにか良い感じに種を配置してくれるはずだ。
それなら最初からシルフィに任せてしまえば簡単なんだけど、楽しいお仕事はみんなで分かち合わないとね。
「みんな、ちゃんと種を持った?」
俺の言葉に全員が元気に返事をしてくれる。声の中に妖精の声もちゃんと含まれているのが地味に嬉しい。
癖が強くても、こういうイベントの時に協力できるのであれば大丈夫な気がする。たぶんだけど……。
お願いだから大丈夫であってほしい。
「じゃあ、種まき開始!」
「たねまきー」「キュー」「むらにならないように」「くぅ!」「まくぜ!」「……」「あう!」
合図と共に種まきが開始される。
ベル達は小さな手やそれぞれの属性を活かしながら種を蒔いていき、ジーナ達も自分の契約精霊達と協力しながら慎重に種を蒔いている。
心配していたサクラもラエティティアさんがしっかり面倒をみてくれて居るので問題はなさそうだ。
妖精は花畑を造り慣れているからか、ある程度の量の種を器用に浮かべてパラパラと蒔いている。
なるほど、体が小さいからああいう方法で種を蒔くんだな。種を浮かせているのは魔法かな?
……種が浮かせられるのであれば、用意したお菓子に顔ごと突っ込まずに浮かせて食べればよかったのでは?
素朴な疑問が浮かぶが、今気にすることではないのでスルーする。
それにしても凄い種だな。
ドリーが生み出した種だから綺麗な形をしているのはもちろんだが、妖精の魔力が籠った影響か種なのに宝石のような煌めきを感じる。
それだけ力がこもっている種から育つ花から採れる蜜で造るから、妖精の花蜜酒は美味しいのだろうな。
そんな美しい種を畑にまく……いま、風が吹いたんですけど?
シルフィを見ると、ニコリと微笑みを返された。
チビッ子達のフォローをしてくれるとは思っていたけど、そうか、俺もフォローの対象なのか。
別に農作業のプロではないのでフォローされることに文句を言うつもりはないが、シルフィの中で俺ってどんな扱いになっているのかは気になる。
ベル達と同列とまでは思わないが、中高生あたりの手のかかる子供、くらいには思われていそうで怖い。
微妙な気持ちになりながらも、全員で協力して無事に種まきは完了した。
心配していた妖精達も特に問題を起こすことがなかったので、ひとまず安心だ。あとは、自由行動が許されてからと、この場に居ない更に癖が強いであろう妖精達の動向次第だな。
気のせいかもしれないが胃が少し痛む気がする。ちょっと前にヴィータに診察してもらって、少し荒れていた胃を治療してもらったんだけどな。
種まきが終わってお仕事頑張ったと報告にきたベル達やサクラを褒め、ジーナ達も労わった上で褒めておく。
無論、サクラの面倒をみてくれたラエティティアさんにはしっかりお礼を言った。あとで、ラエティティアさんの精霊樹の脇芽についても相談しないとな。
「ジューン姫、あとはドリーが花を咲かせれば終わりということでいいですか?」
「そうね、花を咲かせるまでやってもらえれば、後はこちらでどうにでもなるわ」
三十人程度の妖精で広大な花畑をどうにかできるか疑問なのだが、できるというのであればできるのだろう。
今回の三十人はあくまでも先発隊だしね。
「了解。ドリー、お願いできる?」
「もちろんです。ただ、花畑の一角をタマモの花畑にしたいのですが、お願いできませんか?」
タマモの花畑? たぶんタマモに一部を任せることで森の精霊として成長させたいんだな。
シルフィはベルにあまり熱心に修行させるようなことはないが、可愛がってはいるし風の使い方を教えている姿を見たこともある。
ディーネはどちらかというとレインが付き合ってあげている感じだが、それでも水関連の仕事を熟す時にはレインが熱心に見学していることも多い。
ノモスはトゥルにツンデレをかましているが、質問には答えている。
イフは面倒見が良いし、フレアもイフを尊敬しているので火のエリアで偶に修行みたいなことをしている。
ヴィータは……よく分からないが、ムーンがヴィータの頭の上でプルプルしている姿を見ることも多いので、たぶん治療とかをおしえているはず。
いままで深く気にしていなかったが、意外と大精霊って面倒見が良いようだ。そして俺のイメージでだが一番熱心に下級精霊を教えているのはドリーだ。
つまり聞くまでもないのだが、念のために確認しておくか。
「タマモはどうしたい?」
「くぅ!」
タマモの食い気味の返事。うん、聞くまでもなかったな。俺の質問の前からやる気満々だったもんね。
「ドリー、タマモが頑張るって。よろしく頼むよ」
「はい、タマモ、一緒に頑張りましょうね。まずは私が花を育てるので見て学ぶのですよ」
「くくぅ!」
ドリーの英才教育を受けているタマモって、将来凄い精霊になりそうだな。
「では、始めます」
タマモを従えて少し前に出るドリー。
お、いつもは軽く手を振るくらいなのだけど、タマモと妖精達の視線、そして何よりお酒の原料ということで気合が入っているのか、両手を大きく広げるドリー。
なんでだろう? ただ両手を広げただけなのに、周囲が優しく包まれたように感じる。
快適な陽気が維持されている楽園だけど、なんだか凄く春っぽい。
そしてその春の気配に当てられたのか、茶色一色だった花畑予定地にピョコンピョコンと緑が現れる。
タマモだけではなくジーナ達もベル達もサクラも、そして妖精達も大興奮で声を上げている。無論俺もだ。
その緑が次第に大きくなっていき、茶色の地面も覆い隠す。
定点観測動画を見ているような光景だが、現実に目の前で進行しているので脳がバグりそうになる。
そして十分に生長した植物は、当然のごとく花を咲かせる。
緑に埋め尽くされたはずの畑がドンドンと色づいていく。赤にピンクに黄色に白、青や紫、全ての色が存在するのではと勘違いしそうな光景だ。
お酒を造るためだけど、楽園に新たな名所が誕生したな。綺麗な場所になると想像していたが、想像以上だった。
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