七百四十四話 発見と王様
マッサージチェアの対価を選ぶためにお城の酒蔵に乗り込んだ。王家所有の珍しいお酒が並ぶ酒蔵にシルフィが絶好調になり、上質なお酒が集まる酒蔵の中から更に上質なお酒を根こそぎにしていく。ビョルンさんが抜け殻のようになったころ、シルフィがようやく満足……しないで酒蔵の隠し通路の発掘に取り掛かることになる。
トゥル、召喚。
小声でトゥルを召喚するとポンっとトゥルが登場する。
「ゆうた、おてつだい?」
突然呼び出したのに喜んでくれている様子のトゥルにホッコリする。でも、俺はこの状況で話せないんだ。シルフィ、説明をお願い。
「トゥル、この壁の奥に隠し通路があるようなの。たぶん仕掛けがあると思うのだけど解除方法が分からないから、なんとか解除方法を探してちょうだい」
「がんばる」
シルフィのお願いに顔を輝かせるトゥル。お手伝いできるという喜びに加えて、隠し通路の発見というワードにもワクワクしているようだ。
トゥルも男の子なんだね。
そんな中、俺は冷や汗を掻きながらなんとか平静を装って壁を確認するふりをする。いや、騎士兼精霊術師さんがね、トゥルを召喚した瞬間ピクっと反応したんだ。
下級精霊はそれほど珍しくもないから騒ぐことはなかったが、視線は突然現れた気配、つまりトゥルを追ってウロウロしている。見えてないよね?
ふいー、ノモスの召喚に反対してよかった。
トゥルでこの反応ということは、大精霊であるノモスを召喚していたら絶対にひと騒動起きていた。
まあ、特に疚しいことをしている訳ではないので、別に騒ぎになっても言い訳はできるのだが、騒ぎが起きないに越したことがない。
あれ? お城で宝探しって疚しいことに含まれるのかな? ……うん、常識的にちょっと含まれる気がする。騒ぎが起こらなくて助かった。
それにしてもサッパリ分からないな。そもそも仕掛けを発見するようなスキルを所持していないのだから当然なんだけど、トゥルが仕掛けを発見できなかったらどうなるんだ?
……シルフィは諦めてくれないだろうな。次は本当にノモスを召喚することになるかもしれない。もしくはシルフィが短気を起こして壁を切り裂くとか……シルフィが短気を起こすとは考え辛いが、万が一の場合は開拓ツールの出番だな。
被害を最小限に収めるためにできる限り小さく壁を切り取ることにしよう。まあ、ビョルンさんや騎士さん達に全力で制止されそうだけど。
「みつけた」
トゥルのちょっと興奮した声が聞こえた。何かを発見したらしい。あれ? トゥル、どこにいくの? あ、戻ってきた。
「ここのかべからあっちのゆかまでしかけがつながってる。あのゆかのれんがをはずしてかぎをまわせばこわれていないからひらく」
仕掛けの開閉装置が離れた場所に設置されていたのか。ん? 鍵? そんなもん持っていないのだが?
「……トゥル、あなたなら鍵を解除できる?」
「まほうのかぎだからむずかしい。こわす?」
トゥル、お願いだから怖いことを言わないで。壊すのは最終手段。
「そう、助かったわ。あなたの気配を追われているから、そこら辺をゆっくりウロウロしてからベル達のところに戻ってちょうだい」
「わかった」
開閉装置を動かしたらどうなるか気にならない訳がないはずだが、状況を理解してシルフィに素直に従うトゥル。とても良い子だ。
「裕太、とりあえずあそこのレンガを外すわよ。怪しまれたくないなら、何かを発見した演技をしながら向かいなさい」
俺も良い子だし怪しまれたくないからシルフィの指示に従いたいが、ここで更に演技をしろと?
お酒の気配を感じる演技と、怪しい仕掛けがないか探す演技でけっこういっぱいいっぱいなのですが?
文句を言いたいがそれができる雰囲気ではない。やるしかないということだ。
「ん? これは……」
注目を集めるために声を出し、壁を確認するように触りながらゆっくりと移動する。
あとで騎士さん達がどのように上に報告するのかとても不安だ。
「裕太さん、何か分かったんですか? お宝ですか?」
マリーさん、今俺は結構ギリギリなので黙って白目を剥いていてください。ソニアさんもジリジリとこちらに近寄ってこないで。
ふいー、かなり疲れたが五分くらいかけてようやく目的地に到着した。徒歩十秒程度の距離に五分はかなり辛かったよ。
「うん? ここのレンガが取り外せそうだ」
酒蔵内の十字路になっている部分の壁から少し離れた端の方。元々酒蔵か倉庫に使われていた場所だから、少し見通しが良い十字路に仕掛けの開閉装置を付けたのかもしれない。
壁際とかだと荷物が置かれたら開閉できなくなるもんな。
さすがに十字路に恒常的に荷物を置くことは少ないし、悪くない考えに思える。まあ、そのせいで視界が四方に通っていて目立つ……あ、これ凄い。
今まで気にしていなかったけど、棚も通路もかなり計算して配置されているんだ。四方の通路は緩やかに湾曲していて、ある程度近づかないと視線が通らないようになっている。
これなら通路の開閉を盗み見される危険は少なくなるな。
ここにだけこんな仕掛けをしていたらここに何かありますよと言っているようなものだから、この地下室全体が似たような作りになっているのだろう。
これだけ大掛かりな仕掛けの奥に隠された物とはいったい……テレビだったらここでCMかな? ワクワクしてきた。
くだらないことを考えながら開拓ツールからヘラを取り出し、レンガの隙間に差し入れる。よく考えたら開拓ツールのヘラを使うの初めてだな。
まさかヘラも最初に使われるのが宝探しの時とは思わなかっただろう。人生って不思議だ。
ゴトリ。
差し込んだヘラでレンガを持ち上げるように動かすと、意外と簡単にレンガがハズレ音を立てながら転がる。
あ、鍵穴だ。これぞ鍵穴って形をした鍵穴、初めて見たよ。
「ほ、ほんとうに仕掛けがあった」
鍵穴を見たビョルンさんが驚いた様子で呟く。
「おい、これって俺達が見てよいものなのか?」
「知らんが、良くない気がするな。下手をしたら王家の隠し通路……」
「バカ、たとえそう思ったとしても口に出すやつがあるか!」
「声が大きい!」
騎士さん達が混乱している。マリーさんとソニアさんは大興奮だ。
そっか、お宝って考えていたけど、秘密の抜け道の可能性もあるのか。でもシルフィがお酒の存在を確信しているから、秘密通路というよりも遠い昔に忘れられた第二の酒蔵って落ちだと思う。
いや、酒蔵にしては仕掛けが大仰だから、秘密の宝物庫を使用しなくなって酒蔵に再利用したとかかな? それだとだいぶロマンが薄れるな。
財宝を沢山所持しているが、秘密の部屋には金銀財宝がてんこ盛りであってほしい。
「裕太殿少々お待ちを。すぐに上へ報告してきます」
混乱から立ち直った騎士の一人が、ガシャガシャと音を立てながら走り去っていく。凄いな、鎧を着ていてもあんな速度で走れるんだな。
「裕太殿、とりあえずこちらに。いえ、まずはここからでましょう」
そして、余計なことをするなとばかりに鍵穴から離され、あげく外に誘導しようとしてくる。
気持ちはとてもよく分かるが、今鍵穴から離れたら調査が終わるまで近寄れなくなる可能性が高い。というか調査が終わっても近寄れない気がする。
ここまで来て生殺しはちょっと嫌だ。鍵穴を発見する前だったらその意見も受け入れたんだけどね。好奇心と騒動回避を天秤にかけたら、先程までは騒動回避に傾いていた。
今は地面にめり込みそうなくらい好奇心に傾いている。それに、シルフィがお酒を簡単に諦めるはずがないのだから、ここではっきりさせておいた方がお互いの為だと推測できる。言えないけどね。
「いえ、俺は絶対に離れません。発見したのは俺ですし、この奥に興味があるからです。王様が駄目だと言わないかぎり絶対にです」
まあ、俺は誰の部下でもないので王様に従う義理もないのだが、さすがに家主の意向は尊重するべきだろう。駄目って言われてもとりあえずゴネまくるけど。だって見てみたいんだもん。
騎士さんが、マジかよこいつ、陛下を引き合いに出してきやがったって顔をしている。
元々騒ぎになる可能性を感じていたが、騒ぎになることが確定したら逆に腹が据わった。
お城の秘密なんて普通の人生を歩んでいたら一生縁がない出来事だ。楽しませてもらおう。
それに、王家の秘密を一つ潰してしまったのなら、その謝罪でマッサージチェアの対価を安くすればいい。俺はお酒だけ手に入れば十分なんだからな。
***
困った顔の騎士さん二人とマリーさんとソニアさんを無視して待機していると、酒蔵の入口の方向が騒がしくなった。
「へ、陛下」
騎士さんの言葉通り、王様が直で来ちゃった。普通、こんなところまで来ないよね?
背後にマッサージチェアの時に一緒だったメンバーもついてきている。無論護衛も、騒がしくなるわけだ。
「裕太殿、なぜこのようなことに?」
王様の顔が言っている。お前、何してくれてんの? と……ごめんなさい。
「あはは、お酒の気配を感じて隠し部屋らしきものを見つけちゃいました」
シルフィが。
王様が頭が痛そうに額を抑える。
「ふう、見つけてしまった物はしょうがない」
「もしかして王家の秘密を暴いてしまいましたか?」
「いや、ここに何かあるなど王家には伝わっていなかった。おそらく、前の国の秘密だったのだろう。王家の秘密があるのであれば、さすがに裕太殿をセラーに入れたりはせん」
「なるほど、道理ですね」
ん? このお城って王様の先祖が建てたお城じゃないんだ。まあ、死の大地が生まれるような世界だし、王家の交代が起こることもあるか。
そして外部の信用できるかも分からない者を秘密がある場所に近づけないのは理解できる。
今回は、俺やマリーさんやソニアさんに見られたから、王様も護衛を連れてここまで来たのかもな。
外部の者に口止めをしても最後まで信じられないし、状況によってはこの秘密の部屋、もしくは通路を潰すことを決断したから人目が増えても構わないと考えた。
何が出てきても前王朝の責任だから気も楽だしね。
もしこっそり発見していたら、王家の秘密として利用しようと王様ももっと慎重に判断していただろう。なんかすみません。
「それで、この鍵は開けられそうですか?」
気になるのはそこだ。
「王家にいくつか使途不明の鍵が伝わっている。もしかしたらそのうちの一つの活用場所が分かるかもしれんな」
王様、頭が痛そうな顔をしていたけど、実はワクワクしていたりする? 自分のお城の隠し部屋とかロマンだもんね。分かる。
そして使途不明の鍵がまだまだあるんですね。凄く気になります。でも、さすがに他の宝探しを俺に任せたりはしないか。
まあ、今は目の前の隠し部屋に集中しよう。あれ? もし王様の鍵が一致したら王様同伴で宝探しなんてことになる可能性も微レ存?
8/12、本日、コミックブースト様にてコミックス版『精霊達の楽園と理想の異世界生活』の第77話が公開されました。裕太に迫る冒険者ギルドの調査と、新たな登場人物、お楽しみいただけましたら幸いです。
読んでいただきありがとうございます。