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六百五十五話 注文しておいて良かった

 楽園のエリア拡大計画が開始され、俺が担当している光エリアは順調に開拓が進んだ。話を聞くだけでなんとなく凄いことになっていそうな闇エリアと火エリアに触発され、知恵を絞って光の精霊が喜んでくれるであろう光サウナも開発したし、おそらくライト様も大満足してくれるだろう。




「裕太さん、お久しぶりです。お待ちしておりました。本当にお待ちしておりました」


 目の前に居るのはマリーさんで、普通ならその瞳が欲望に汚染されているのがデフォルトなはずなのだが、なぜか目の前のマリーさんはその瞳に焦燥を宿している。


 しかも、なんだかかなりゲッソリもしているようだ。


「えーっと、はい、お久しぶり……です?」


 開拓に追われていたから、久しぶりと言えば久しぶりだけど、だからといってそれほど時間が空いたわけではない。


 この人、たぶんまた面倒ごとを引き起こしたな。それも自業自得な感じで。


「えっと、手紙でお願いしたことはできていますよね? どこで受け取ればいいですか?」


 だからといって俺がマリーさんをフォローするいわれはない。


 俺だってようやく光茸の植え付けが終わり、あとはのんびり細部を仕上げていくかというところで、ある程度の完成を聞きつけた精霊王様達の視察要請が入りてんやわんやなんだ。


 今回の迷宮都市も、風車を受け取ってすぐにとんぼ返りの予定だから時間がない。


 風車を後回しにすれば良かったんだけど、どうせならできるだけ完成系に近い楽園を視察してほしかった。


 まあ急ぎのおかげでシルフィに対するサプライズは失敗になってしまったけど。


 本当ならシルフィの気を逸らしている間にコッソリ受け取るつもりだったが、残念なことにそんな暇も小細工している余裕もない。


「いやいやいや、裕太さん、その関わらないでおこうというのが丸分かりな表情を止めてください。私と裕太さんの仲じゃないですか」


 俺の内心を覚ったのか、縋りついてくるマリーさん。しかもいつの間にか反対側の腕にソニアさんが縋りついている。


 暴れれば簡単に脱出は可能だが、さすがに知り合いを傷つけてまで脱出する状況ではない。


「……分かりました。話だけは聞きます。でも、今回は本当に時間がないので対応できるかは分かりませんよ」


 だって精霊王様達、急に明日行くね、と気軽に言うんだもん。俺、日帰りなんだよ?


 ベル達やジーナ達とも別行動しているくらい時間がないんだ。


「裕太さんなら大丈夫です。とりあえず話を聞いてください」


 俺の返事に顔を明るくしたマリーさんとソニアさんが、グイグイと店の中に俺を連れ込む。


 母性の象徴がこれでもかと押し付けられて、シチュエーションが違えば嬉しいのかもしれないけど、なんでかな? あんまり嬉しくない。


 それでも内心でちょっと喜んでしまうのは、男の性なのだろう。


 シルフィ、何を思っているか分からないけど、ニヤニヤしないでほしい。


「……で、何があったんですか?」


 通い慣れた応接室に通され、すぐに話を促す。時間がないのは本当なので急いでほしい。


「実は……」


 俺の焦りをくみ取ったのか、前置きもなく話し始めるマリーさん。




「いや、なんでそうなるんですか?」


 予想通り自業自得ではあるが、それを全部マリーさんのせいにするのも違うような微妙に馬鹿らしい問題。


 もう勝手にすればと投げ出したくなるが、見捨てたらマリーさん達が追い詰められるというところが馬鹿らしいのに質が悪い。


「私だって予想外なんです。ちょっと王都に獣人なりきりグッズを売り込みに行っただけなのに、まさかそんなところから反応があるなんて思わないじゃないですか!」


 泣きながら半ギレで訴えかけてくるマリーさん。気持ちは分からなくもない。


「そもそも、ターゲットは歓楽街ですよね? なんでそんなに高貴なお嬢様に情報が渡るんですか? というか、向こうからの要求とはいえ、歓楽街に卸すような品物を高貴なお嬢様に流すの事態、許されないのでは?」


 獣人なりきりグッズ、高貴なお嬢様の心を捕らえる。まさかの事態だ。


 商売上の秘密ということでそのお嬢様がどれほどのお嬢様なのか教えてもらってはいないが、マリーさんの反応から推測するに洒落にならないレベルのお嬢様だと思われる。


 最低でも上級貴族、下手をすれば公爵、王族の可能性すらありえる反応だ。


「……裕太さんのおかげでポルリウス商会は注目の的なのです。だから私達は様々なところから見張られています」


 まあ、迷宮の激レア品を確保しているし、注目の的なのは分かる。ああ、そうか、高貴なお嬢様なら当然ポルリウス商会の品に興味津々だよね。若返り草とか激熱アイテムだし、その流れか……。


「私としても信じたくはないのですが、注文を受けてしまっては断わるわけにはいきません。ですが、飲み屋のお姉さんに販売するようなクオリティの物を販売する訳にもいきません。見ただけで差別化ができる程の何かが必要なんです。裕太さん、助けてください!」


 なるほど、状況は理解した。獣人なりきりグッズの販売は避けられないけど、差別化は必須。で、レアな品物を保持しているであろう俺に縋りついたということだな。


 俺としても死蔵している品が放出できるし、それだけで面倒事が回避できるなら悪くない。


 ただ、獣人なりきりグッズに適したレアな品があるかどうかだな。


「ちょっと考えますので時間をください」


 そんな都合の良い品があるかどうか、魔法の鞄の中身を探る。


 難しいのが差別化は必要だけどしょせんは獣人なりきりグッズだということ。国宝レベルの物は当然駄目だ。


 多少高くて他との違いが丸分かり、でも高すぎない一品。地味に面倒臭い。


 あ、これなら行けるかも。いや、でも、ちょっともったいない気がしないでもない。


 うーん……まあ全部卸さずに、残りは返してもらえば大丈夫か。


「前に卸したエンペラーバードのことは覚えていますか?」


「もちろんです。希少で素晴らしい素材でした」


 エンペラーバードで手にした利益を思い出したのか、マリーさんの瞳が欲で濁る。


 美女の瞳が簡単に欲で濁るのはどうかと思うが、それでこそマリーさんだと思ってしまうあたり救いがない。


「それで、その上のグレートエンペラーバードが在庫にあります。そのグレートエンペラーバードのお腹の羽毛は金色でふわふわなんですけど、それでなんとかなりますか?」


 高級と言ったらゴールドだろうというのは庶民の発想かもしれないが、希少な魔物の素材、しかも迷宮の階層ボスだから相手がたとえ王族であったとしても相応しい逸品と言えるだろう。


 まあ、そんな貴重な素材を獣人なりきりグッズに使うのかという疑問も生まれてしまうが……切り分けて耳とシッポに使うくらいならたいしたことでもないだろう、たぶん。


「なんとかなります! というかなり過ぎます。そんな希少な物であんな物を作るよりも普通のエンペラーバードで作った方が……いえ、でも、ここは利益を優先するよりも身の安全を優先すべき……しかし利益も……」


 なんかマリーさんが懊悩しはじめた。


 製作者があんな物とか言っちゃ駄目だろうと思わなくもないが、作るのがコスプレグッズの類なのでエンペラーバードでも贅沢だと思う。


 地球で言ったら、王冠のコスプレグッズをガチの金で作るようなものだろう。


 ……ふむ……実際に地球でもやっていそうな人が存在していそうなのが怖いな。業が深い。


「とりあえず問題なさそうですね。では、急いで解体の手配をしてください。使用する部分だけを切り取ったら俺は用事を済ませに行きます。いや、解体中に用事を済ませた方が早いか?」


「え? 全部卸して下さらないのですか?」


 マリーさんが酷く驚いた顔をしている。


「はい、グレートエンペラーバードの羽毛は俺も気に入っているので必要な分量以外は卸すつもりはありません」


 凄くふわもこで何かに利用するかと保存していたんだ。全部渡すつもりはない。


 迷宮で乱獲できていた頃なら気前良く提供したかもしれないが、階層のボスを気軽に倒せない今となっては難しい。


 でも、そのふわもこな腹毛が金色なので、利用する場面が難しくて魔法の鞄の中に眠っているんだけどね。


 俺の生活空間の中で金の羽毛を生かす場面が存在しないんだよなー。


「そ、そんな、殺傷なことをおっしゃらずに、是非とも御再考を!」


 うわ、利益に狂った面倒臭い顔になっている。今日は本当に時間がないから交渉に付き合うつもりはないぞ。


「時間がないって言いましたよね。交渉はしません。これ以上時間を浪費するなら帰りますよ?」


「ただちに手配します」


 俺の本気が伝わったのか、キビキビと動き始めるマリーさんとソニアさん。最初からそうしてくれと思うのは贅沢なのだろうか?




 ***




「予定よりも時間が掛かっちゃったね。シルフィ、暗くなる前に戻れるかな?」


 マリーさんは最速で動いてくれたけど、元々予定に無かった解体が加わったので時間は大幅に押している。


 マリーさん、最後まで物欲しげな顔をしていたな。グレートエンペラーバードを収納した時とか、泣きそうになっていた。


「……そうね、私と裕太だけだし、いつもより飛ばせばギリギリ戻れるかしら?」


「そっか、じゃあ大変かもしれないけどお願い」


「ふふ、任せなさい」


 シルフィが、返事と共に空を飛ぶスピードを上げる。


 ……やっぱり気のせいじゃないよな。表情があまり変わらないから分かり辛いが、シルフィはたぶんかなり上機嫌だ。


 サプライズにできなくて風車を受け取った時にシルフィから、必要ないって言ったのにバカねと言われたけど、それ以来間違いなく機嫌が良い。


 これは良いツンデレだ。


 別にシルフィはツンツンしている訳じゃないけど、とても良いツンデレだと俺は思う。


 ノモスの、誰の得になるのかサッパリ分からないツンデレに比べると、一万倍くらい素晴らしいツンデレだ。


 風の精霊に関するシンボルは必要ないとウインド様にもシルフィにも言われていたけど、用意しておいて良かった。


 ふふ、なんだかとても心が温かい気がする。


 楽園に帰りつくまでこの温かさに浸っていたいのだけど、そうも言っていられないのがとても残念だ。


 ライト様に提供する甘味、明日までに考えて用意しないと……前に安請け合いしちゃったもんな。


読んでくださってありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] お酒以外でシルフィが機嫌良いとかめずらしい 酒の印象が強すぎるだけかもしれませんがw
[一言] 中間管理職裕太
[気になる点] 最近の主人公は、マリーに都合良く動かされてるように見える。というか、全方向に甘すぎる気がする。 鍛冶師の時もそうだった。 精霊や弟子に甘い分、他には少し厳しめにしてくれないとメリハリが…
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