序章
咲月の侍女兼教育係。
朔海の考えを支持する側近。
人界との繋ぎを取るためのパイプ。
この短期間で揃えたにしては、上出来だろうメンツが揃った。
「……そろそろ本格的に、城で体制を整えないと。――咲月、葉月。明日、父王に目通りし、戴冠までの詳細を詰める。葉月、数日のうちに正式に城へ居を移すための段取りを整えろ。咲月も、そのつもりでいてほしい」
魔王からの命を受けてから約一週間。
真実、“世界をまたにかけて”集めてきた人材を、そろそろしっかり組み上げて、確かな基盤を作り始めなければならない時期だ。
「まずは僕が行って、僕らと、彼らの居室とするべき場所を確保してくる。詳細が決まったら使い魔を送るから、葉月は順次荷物の運び込みやら人員の配置の差配やらを頼む」
「――御意」
「……とは言え、部屋の状態を整えるにもある程度時間は必要なはずだ。だから咲月は、こちらの支度が整うまでは、もうしばらくこの屋敷に留まって欲しい」
「うん、分かった。向こうへ行く前に、少しでもダンスとか、上手くなれるよう頑張っておくよ」
「そういう事だから、もうしばらく彼女を頼むよ、ファティマー。セレナ殿も、咲月の事をよろしくお願いします」
「うむ、承知した」
「――かしこまりました」
彼女たちが頷くのを待って、朔海は言った。
「咲月、そういう訳で僕は一足先に魔界へ行く。ごめん、少しの間だけ、また君を待たせることになるけど……」
「ううん。今が大事な時なの、分かってるから。……私こそ肝心なところで役に立てないのが悔しいけど。少しでも早く、朔海に追いつけるようにするから」
だから、と、咲月は彼の目をまっすぐ見据えながら言った。
「お互い、頑張ろう」
きっとこの先当分は、これまでの様な気楽な日々は期待できないだろう。
それでも、この先を少しでもより良い未来にする為には、今、出来る限りのことをするしかない。
「だってもう、お互い一人じゃないし、力も得た。勿論、全部が上手くいくとは思わないけど、でも、希望はあるんだから」
事は壮大でも、これまでの事を思えば、随分と気は楽だ。
あの満月の夜に、朔海を一人で見送った時の様な心細さや寂しさはもう無い。
……まあ、しばらく離れ離れになる事自体は寂しいし、残念な事ではあるけれど。
今度はきっと、ひと月もかからないはずだ。
「――じゃあ、行ってくる」
だから、咲月はそう言って出かけていく朔海を、
「――うん、行ってらっしゃい」
と、当たり前の挨拶だけで見送る。
「お迎えに上がりました、朔海様」
今回は、ファティマーに借りたものではない。
ファティマーに借りたそれより数倍豪奢で大きな6頭立ての馬車を操り、屋敷の門前で彼を出迎えたのは、朔海の元教育係兼侍従長だった涼牙だ。
さっと御者台から降り、主のために馬車の扉を開けて待つ。
すかさず、従僕らしき若い男が踏み台をその前に置く。
朔海は、内心でため息をつきたそうにしながらも、黙って馬車へと乗り込んだ。
朔海が座席に落ち着いたのを見るや、涼牙はさっさと扉を閉め、御者台へと戻る。
従僕が慌てて踏み台を片付け、御者台に飛び乗るやいなや、こちらへはついでのように軽く会釈だけして、彼は馬車に繋がれた漆黒の馬に鞭を当てた。
馬車の中の朔海だけは、慌てて手を振るように片手を挙げたが、それもすぐに見えなくなる。
「さて、では私どもも早速動きますか」
葉月が、準備運動をするように肩を回しながら言った。
「忙しくなりそうですね」
「何、暇よりは忙しい方が良いだろう?」
「そうね。まあ、忙しすぎるのは御免だけど」
「では、我が愛弟子よ。最後の追い込みだ。ビシビシしごくから、覚悟しろよ?」
「お嬢様、私との授業も、お忘れなく」
彼が傍に居なくとも、やらなければならない事はいくらでもある。
「――はい!」
彼の隣に、堂々と立てるように。咲月は、改めて彼女たちに頭を下げた。
「よろしくお願いします!」
そして、それから2ヶ月の後。
吸血鬼の国に新たな王が誕生のニュースが駆け巡った。




