第1話 拾った(1)
「今日もいい天気だな」
「うん」
「俺たち、何でこんなに朝早くから学校に行くんだっけ?」
「レオンが昨日、先生の話を聞いてなかったからだろ」
「ああ。そうだった」
レオンは頭を掻いた。
「それでミカが付き添ってくれて。ありがとな」
「お前のためじゃない。先生に頼まれたんだぞ。どうせレオンは忘れてるからって」
「ひでえな」
「僕はレオンのお母さんじゃないのに」
そう言って、ミカは頬を膨らませた。
俺たちは学校へ向かって歩いている。
まだ朝早い。
これから暑くなる季節だから、この時間に歩くのは悪くない。
「あーあ。なんかいいことないかなあ」
「なんかって?」
「なんだろうな。分かんないけど」
レオンは道端の猫じゃらしを摘むと、乱暴に引きちぎった。
「毎日、学校と妹たちの世話と、そればっかじゃん」
「じゃあ、何がしたいんだ?」
「そりゃ……」
レオンは目を輝かせた。
「俺たち、騎士か冒険者になるんだろ?」
「うん」
「だったら、早くそういう仕事してみたいよな」
「まだ十歳だぞ」
「分かってるって」
二人は顔を見合わせる。
俺たちは毎日のように棒切れを持って、戦いごっこをしていた。
本物の剣術なんて知らない。
こんな田舎じゃ、教えてくれる人もいない。
それでも、こうしていれば少しだけ夢に近づける気がした。
川沿いの道に差しかかったときだった。
先を歩いていたミカが、突然立ち止まった。
「レオン。あれ……」
指差した先に、川がある。
朝の日差しを浴びて、水面がきらきらと光っていた。
その向こうでは、水車がギイ、ギイ、と音を立てて回っている。
そして――
そのすぐそばに、何かが倒れていた。
ミカは近づかなかった。
ただ、じっと見ている。
俺も目を凝らす。
「……人?」
上半身は岸に出ている。
下半身は川の中だ。
男のようだった。
「死んでるのかな?」
「でも……生きてるかも」
俺たちは顔を見合わせた。
恐る恐る、土手を下りる。
「大丈夫ですか?」
ミカが声をかける。
返事はない。
「レオン」
「分かってる」
思い切って、俺が男の体を仰向けにする。
「……息してる」
胸が、ほんの僅かに上下していた。
俺とミカは顔を見合わせる。
「「生きてる!」」
「大丈夫ですか?」
ミカが頬を軽く叩く。
「う……うーん……」
男が薄く目を開けた。
けれど、すぐに閉じてしまった。
「体が冷えてる」
俺は周囲を見る。
「水車小屋に入れよう。あそこなら風も避けられる」
俺とミカは男の両脇を抱えた。
重い。
「せーの!」
「よいしょ……!」
二人で半分引きずるようにして、水車小屋へ運び込んだ。
ここなら人もほとんど来ない。
休むにはちょうどいい。
「レオン」
ミカが男の服を見る。
「この人、怪我してる」
白いシャツに、刃物で切られたような傷があった。
薄く血も滲んでいる。
「……服を脱がせて、体を拭こう」
「うん」
「ミカ、タオル持ってる?」
「もちろん」
「貸して」
「もう。今日、体育あるのに」
「今はそれどころじゃないだろ」
「分かってるよ」
二人で男の体を拭き、濡れた服を乾かす。
冷え切っていた体に、少しずつ血の気が戻ってきた。
やがて――
「う……」
男の瞼が動いた。
「気がついた?」
俺とミカが覗き込む。
男は、ぼんやりと俺たちを見た。
「あなたは川の中に倒れていたんです」
「ここは……?」
「水車小屋です」
ミカが答える。
「登校中に見つけたんだよ」
俺は男の顔をじっと見た。
刃物の傷がある。
この人がいい人なのかどうかなんて、俺たちには分からない。
もし何かあったら。
そう考えると、俺は自然と後ろを見る。
逃げ道はある。
ミカの手を引いて、走れるようにしておこう。
男を助けるのも大事だ。
でも、自分とミカの身の安全は、もっと大事だ。
男はそんな俺を見ていた。
そして、ほんの少しだけ口の端を上げた。
「……水を」
それだけ言うと、また目を閉じた。
「……寝ちゃった?」
「レオン、水」
「ああ」
俺は水筒を手に取った。
今日の朝、ミカが入れてくれた水だった。




