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第4章第1話:最後の対峙


翌朝、エリザベートは重苦しい空気の中で目を覚ました。昨夜はほとんど眠れず、わずかな仮眠の間も悪夢に苛まれ続けた。三人の協力者たちの容赦ない眼差し、彼らの糾弾の言葉が、繰り返し頭の中で響いていた。


セラスの冷徹な分析結果。「黒魔法です」という断定的な言葉。バルドールの怒りに満ちた糾弾。「騎士として、これを見過ごすことはできません」という宣言。そしてロイドの裏切り。「より高額な報酬を提示してくださる方がいらっしゃいまして」という、あまりにも事務的な告白。


悪夢の中で、三人の顔が巨大化して自分を見下ろしていた。その視線は氷のように冷たく、容赦なく、まるで虫けらでも見るような軽蔑に満ちていた。何度も叫び声を上げて目を覚まし、そのたびにマリアが心配そうに駆けつけてくれた。


ベッドから起き上がろうとしたが、体が言うことを聞かない。手足に力が入らず、まるで鉛のように重い。こめかみがズキズキと脈打ち、目の奥に鈍い痛みが広がっている。


窓辺まで何とか歩き、カーテンを開けた。朝日が昇り始めている。空は美しく晴れ渡り、雲一つない青空が広がっていた。鳥たちのさえずりが聞こえ、街では人々が朝の活動を始めている。


美しい光景のはずだが、今のエリザベートには何もかもが灰色にしか見えなかった。朝日の輝きも、青空の美しさも、鳥たちの歌声も、すべてが遠い世界の出来事のように感じられる。音が妙に遠く、まるで水の中にいるような感覚だった。


「お嬢様、少しでもお休みください」


マリアが心配そうに声をかけた。エリザベートの顔色は土気色で、目の下の隈はさらに深く刻まれている。頬は痩けて頬骨が浮き出ており、唇の色も青白い。立っているのがやっとという様子で、時々窓枠につかまって体を支えている。


「昨夜も、ほとんどお休みになれなかったでしょう?」


「ええ...でも、休んでいる暇はありません」


エリザベートは窓枠につかまりながら答えた。その手は痩せ細り、血管が浮き出ている。指先が冷たく、感覚が鈍っていた。


「きっと今日、何かが起こる...」


その予感は、胸の奥底で確信に変わっていた。セラス、バルドール、ロイド。三人がそれぞれ王宮に報告書を提出したと言っていた。その報告が、今日何らかの形で表面化するだろう。


「お嬢様、少しでも何か召し上がってください」


マリアが朝食の準備をしようとしたが、エリザベートは首を振った。


「食欲がありません。水だけで結構です」


「でも、体力が...」


「大丈夫です」


しかし、その声には力がなかった。喉が渇いて、言葉がかすれている。


書斎に移動しようとしたが、廊下を歩くだけで息が切れる。壁に手をつきながら、一歩一歩進む。以前なら何でもない距離が、今は果てしなく遠く感じられた。視界の端が時々ぼやけ、光が妙に眩しい。


書斎に着いた時には、額に冷や汗が浮かんでいた。椅子に崩れ落ちるように座り込み、深く息をつく。胸の奥が締め付けられるような痛みがあり、心臓が不規則に鼓動している。


窓の外では、街の人々が日常の活動を始めている。商人たちが店を開き、職人たちが仕事場に向かい、子どもたちが元気に走り回っている。平和で穏やかな朝の光景。


しかし、その光景が今のエリザベートには別世界のように感じられた。自分だけが暗い闇の中に取り残されているような孤独感が、心を締め付ける。


「もう...誰も私を信じてくれない」


その言葉を口にした時、玄関で激しくドアを叩く音が響いた。


ドン、ドン、ドン。


普通の訪問者のノックではない。威圧的で、強制的で、拒否を許さない響きだった。


エリザベートの心臓が激しく跳ね上がった。全身がこわばり、息が止まりそうになる。


「来た...」


マリアが慌てて応対に向かう足音が聞こえた。玄関で扉が開く音。そして、重々しい男性の声。


「ヴァルハイム公爵令嬢エリザベートに、王宮よりの正式な召喚状をお届けに参りました」


その声は無慈悲で、事務的で、まるで罪人を扱うような響きがあった。


「こちらが召喚状です。必ず本人にお渡しください」


「は、はい...」


マリアの声が途切れがちに聞こえる。


「なお、指定時刻への出席は義務です。欠席は罪状を認めたものと見なされます」


「承知いたしました...」


足音が遠ざかっていく。重い扉が閉まる音。そして、沈黙。


エリザベートは書斎の椅子に座ったまま、じっと耳を澄ませていた。心臓の鼓動が耳の奥で響いている。胸の痛みがさらに激しくなり、呼吸が浅くなる。


廊下を急ぐ足音。マリアが戻ってくる。


「お嬢様...」


書斎の扉が開いた時、マリアの顔は蒼白だった。その手には、王室の紋章が刻まれた赤い封蝋の施された羊皮紙が握られている。


「王宮からの...召喚状です」


マリアの腕が硬直したように動かない。羊皮紙を持つ手が微動だにせず、まるで石になったかのようだった。


エリザベートは立ち上がり、その羊皮紙を受け取った。触れた瞬間、その重さを感じた。普通の紙よりもずっと重く、まるで鉛のように感じられる。王室の権威、法の重み、そして自分の運命。すべてが、この一枚の羊皮紙に込められているようだった。


封蝋を切るのに苦労した。指先に力が入らず、何度か失敗する。ようやく封を開け、羊皮紙を広げた時、その内容を読み始めた瞬間、エリザベートの顔からさらに血の気が引いた。


視界が一瞬ぼやけ、文字が滲んで見える。まばたきをして、必死に焦点を合わせる。深呼吸をして、一字一句を読んでいく。


---


王室召喚状


ヴァルハイム公爵令嬢エリザベート・フォン・ヴァルハイムに告ぐ


本日午後2時、王宮大広間において、重大な審問を執り行う。


出席者:

- 第一王子ルクラード・フォン・エルデンリヒ(審問主宰)

- 騎士団長バルドール(証人)

- 宮廷魔法師セラス(証人)

- 情報局長ロイド(証人)

- 第二王子アルベルト(立会人)

- 近衛騎士長ガルヴァン(立会人)

- 宮廷楽士マルセル(立会人)

- 聖女リリアーナ(立会人)


審問事項

一、聖女リリアーナへの組織的妨害活動について

一、黒魔法使用の疑いについて

一、王室および王国への反逆的行為について

一、婚約者たる第一王子への欺瞞行為について

一、宮廷関係者への陰謀工作について


本審問は公開とし、宮廷関係者および貴族の立会いの下で執り行われる。


出席は義務とする。欠席は罪状を認めたものと見なす。


審問の結果により、然るべき処置が決定される。


王室事務官 クラウス・フォン・シュタイナー


国王陛下の御名において


---


羊皮紙を持つ手から力が抜けていく。膝が笑いそうになり、椅子に座り込んだ。その内容の重さに押し潰されそうになる。


「公開審問...七人全員...」


エリザベートの声が、もはや囁きにもならない。喉が締め付けられて、言葉が出にくい。


「お嬢様、これは...」


マリアも召喚状の内容を読み、愕然としていた。その顔には恐怖と悲しみが入り混じっている。


時計を見ると、午前9時を少し過ぎたところだった。午後2時まで、あと5時間足らず。


「5時間...たった5時間後には...」


エリザベートは召喚状を見つめた。「証人」として明記された三人の名前。セラス、バルドール、ロイド。彼らが証拠を提出し、証言台に立つ。


そして「立会人」として記された四人。第二王子アルベルト、近衛騎士長ガルヴァン、宮廷楽士マルセル、聖女リリアーナ。


「全員が...あの場に揃う」


その意味を理解した瞬間、エリザベートの胸に激しい痛みが走った。


「そんな...」


マリアの声がかすれている。


「公開」という言葉の重みが、じわじわと心に染み込んでくる。密室での審問ではない。数百人もの宮廷関係者や貴族たちが見守る中で、公然と裁かれるのだ。まるで見世物のように。


エリザベートの脳裏に、その光景が浮かんだ。大広間に集まった数百人の視線。壇上に並ぶ七人の男性たち。そして、純白の衣装をまとった聖女リリアーナ。全員が、自分を見下ろしている。


「準備をしなければ...」


エリザベートは立ち上がろうとした。しかし、その瞬間、激しい立ちくらみに襲われた。視界が真っ暗になり、体がふらつく。床が大きく傾いて見え、バランスを崩しそうになった。耳鳴りがして、周囲の音が遠のいていく。


「お嬢様!」


マリアが慌てて駆け寄り、エリザベートの体を支えた。


「無理です。こんな体調で宮廷に...」


マリアの声には必死の懇願が込められている。


「お嬢様、どうか今日はお休みください。体調が悪いと伝えて、延期していただきましょう」


「できません」


エリザベートは必死に意識を保とうとした。マリアの腕につかまりながら、ゆっくりと呼吸を整える。冷や汗が背中を伝い落ちるのを感じた。


「行かなければなりません」


「でも...」


「欠席すれば、罪を認めたことになる」


エリザベートは召喚状を見つめた。その最後の一文が、冷酷に自分を縛り付けている。


「『欠席は罪状を認めたものと見なす』...つまり、行かなければ、すべてを認めたことになるのです」


「それでも、お体が...」


「マリア」


エリザベートはマリアの目を見つめた。その目には、これまでにない決意が宿っている。


「私は行きます。どんなに体調が悪くても、どんなに辛くても、行かなければならないのです」


「大丈夫です。何とか...何とかします」


しかし、その言葉とは裏腹に、体は限界に達していた。マリアの腕から離れようとすると、再び立ちくらみの波が押し寄せる。


「少し...少し休ませてください」


エリザベートは椅子に座り直した。頭を抱え、深く息をつく。胸の奥が締め付けられ、まるで心臓を握りつぶされているような感覚だった。


「お嬢様、お水をお持ちします」


マリアが慌てて水差しを取りに行った。


一人残されたエリザベートは、窓の外を眺めた。美しい青空が広がっているが、その青さが逆に残酷に感じられる。こんなにも美しい日に、自分は最後の審判を受けに行くのだ。


記憶の中で、七人の顔が次々と浮かんでは消えていく。


第一王子ルクラード。婚約者として、いつも威厳と優雅さを兼ね備えていた彼。その彼が、今日は審問の主宰者として自分を裁く。


騎士団長バルドール。正義を何よりも重んじる彼。その正義感が、今は自分に向けられている。


宮廷魔法師セラス。学術的探求心に溢れていた彼。その知性が、自分を黒魔法使いだと断定した。


マリアが水の入ったグラスを持って戻ってきた。


「お嬢様、どうぞ」


エリザベートは受け取り、少しずつ水を飲んだ。喉を通る水が心地よく、少しだけ意識がはっきりした。しかし、胃が受け付けず、すぐに吐き気が込み上げてくる。


「マリア、正装の準備を」


エリザベートは決然と言った。時計を見ると、午前9時半を過ぎている。準備に時間がかかることを考えれば、もう猶予はない。


「はい...」


マリアは涙をこらえながら、準備に向かった。その後ろ姿が、悲しいほど小さく見えた。


一人残されたエリザベートは、再び窓の外を眺めた。


街の人々は、いつもと変わらない日常を送っている。しかし、その平和な光景の中に、もはや自分の居場所はないのかもしれない。


「今日で...すべてが終わる」


その予感が、心の奥底で確信に変わっていく。


時計の針が、容赦なく進んでいく。午後2時という運命の時刻に向かって、一秒一秒が刻まれていく。


エリザベートは深く息をついた。そして、机の上の羊皮紙を再び手に取った。


召喚状の文字を、もう一度読む。一字一句、その意味を噛みしめる。


「これが...私の最後の舞台になるのかもしれない」


その覚悟を、心に刻み込んだ。


光が窓から差し込み、羊皮紙の上で輝いている。美しい朝の光。しかし、その光はエリザベートの心を照らすことはなかった。


ただ、冷たく、容赦なく、運命の時刻が近づいてくるのを告げているだけだった。

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