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「ところで発情期の兎みたいな王太子様、そろそろ正妻を決める頃じゃないですか?」
「嫌味だよな? そうなんだよな?」
「私が嫁入りしたとして、側室が良いとこでしょう。ウチ子爵ですよ? どう考えても王族とは釣り合いませんって」
「知らん」
「リオノーラ様すら、書類上は公爵家の令嬢ですよ」
「知らん。爵位が問題なら、お前の父親を騎士団長に戻して公爵にでも叙任すれば良いだろう。そうすれば晴れてメイベルは公爵令嬢だ」
「…………」
呆れて言葉を失ったメイベルだが、即座に否定せず、ちゃんと考えてから口を開く。
「そうですね……。今の近衛騎士団長のサイラスさんは一代で騎士爵から侯爵まで陞爵されていますし、リオノーラ様のベイジ家も、バイロンが王宮に来る前は伯爵家ですからね。前例があれば王家も承認しやすいでしょう」
「ほら」
「ほらって……いや本気ですか?」
「俺が本気じゃないことがあったか?」
「…………」
今度こそ、言いたいことを飲み込んで大きな溜息を吐いたメイベルは、自ら外堀を埋めてしまっていることにようやく気付く。
(これ、私が助ければ助けるほど泥沼に嵌まってくんじゃ……)
――はい、その通りです。
「まぁ、その話は今度しましょう」
「ほう? 今度なら良いのか」
「まずは死なずに王位を継ぐことでしょう。ノア様、このままだと遅くとも来年には殺されますよ」
「おい待てそれを先に言え! この流れで急に言うことじゃないだろ!?」
さらっと話されるワードではなく、ノアは狼狽してメイベルの肩に手を触れようとし、――ぺしんと払われた。
「すっかり忘れてました。デュークが20歳の誕生日パーティを決起会にクーデター起こすつもりっぽくて、たぶんそこで王族が片っ端から殺されますね」
「…………それ、すっかり忘れるような話か?」
「どっかの能天気な王太子様見てたら忘れちゃったんですよ悪いですか」
ぷぅと頬を膨らませて言い訳したメイベルを見、まさか冗談じゃなかったのかと呆気にとられたノアは、数拍の後、「くははっ」と笑い出す。
冗談でなく、嘘でもない。メイベルは本当に話すのを忘れていたのだ。
「で、そのクーデターには誰が参加するんだ?」
「対処が難しいところだと、クリスタル伯爵家、グローヴス公爵家、あとはエインズレイ公爵家とその傍流でしょうか」
「……筆頭騎士そろい踏みだな」
「えぇ、流石に騎士団長含めた近衛騎士6人を私一人では相手出来ません。別格のツクヨミさんが居ないだけ、マシといえばそうなんですが」
「……近衛同士だろ、なんか上手いコト出来ないのか」
「出来たらいいんですけど、中でもサイラスさんは厳しいですね。私って近衛に入ってすぐ王宮入りしてるんで、騎士の仕事全然してなくて、サイラスさんには結構嫌われてるみたいなんですよね」
「初耳だ」
「言う必要ないですし」
「相談くらい出来るだろ」
「解決出来ない相手に相談はしませんよ」
あっさりと返され、ノアは無力さに唇を噛んだ。
それを否定出来るほど、ノアは夢想家ではない。
――サイラス・クリスタル。姓と同じ『水晶』の号を持つ、現在の近衛騎士団長である。彼は20年前の政変より近衛を抜けていない、今では珍しい古株の騎士だ。
彼はバイロンやリオノーラのベイジ公爵家からは遠縁にあたり、政変に協力し地位を確立している、根っからのバイロン派閥である。
とはいえ本人の性格はバイロンやリオノーラとは異なり、馬鹿真面目といった言葉の似あう正直者で、だからこそ悪人に良いように扱われるわけだが――
「私はどっちかというとフェイントと速攻メインなので、全身鎧のサイラスさんとは相性悪いんですよ。なんで父呼び戻しても無理ですね、私のとこの『キトゥ流』と戦うために作られた『カリブ流』ですから、成り立ちからして相性が悪いんですよ」
「……えーと、なんだ、戦うのが無理なら逃げるしかないのか」
「それが出来ればいいんですけど、問題がエインズレイ公爵家です。『蒼玉』『菫青石』『灰簾石』の3人は、勿論知ってますよね」
「あぁ。近衛の三兄弟だろう」
メイベルは頷くと、手をぎゅっと握る。
ウィリアムは近衛騎士に選ばれてからもほとんどを騎士宿舎でなく王宮で生活しており近衛騎士としての仕事はほとんどしていないが、毎月の模擬戦には参加しているため、彼らを手合わせをする機会も多い。
――しかし、エインズレイ三兄弟を相手に、未だ0勝完敗。流派の相性が悪い騎士団長のような負けパターンではなく、彼らには単純に実力で負けているのだ。
フレドリック先輩のような油断もなく、とにかく淡々とこちらの苦手とする戦法で挑んでくる。感情をファクターに入れていない流派なので、実力差があれば基本的に勝ち目がない。故に、一度も勝てない自分の実力不足を思い知らされる。
「あの三人はサイラスさんと違って、自分の意思でクーデターに参加しそうなんですよ。バイロンに弱味握られてるとかそういうのじゃなくて、本気で敵対してきます。リオノーラ様に惚れてんですかね? それとも娘二人のどっちかと結婚する約束してるとか? まぁそのあたりはよく分かりませんが」
「お前、色恋には疎いからな」
「うっさいですねぇ、12歳から二重生活してるんで、そんなんしてる余裕なかったんですよ」
「……そんな前からか」
「えぇ」
メイベルは、過去のことをノアにほとんど語っていない。それは隠しているからではなく話すのが面倒だからでしかなかったが、勝手に重い話にされてそうなので今更否定するのもな、と考えているところもある。
「サイラスさんだけならまぁ逃げ回ればなんとかなりますが、エインズレイの三人が居ると話は変わります。彼らの『ドクトゥス流』は集団戦闘を前提としてますから、人を動かす訓練を受けています。敵が烏合の衆なら戦力差があってもそれなりに戦えるんですが、有能な指揮者が居ると無理ですね。常に大人数に囲まれてたら、一対一を前提としたキトゥ流は有効に使えません」
「……じゃあ、何だ。詰みじゃないか?」
「そうですねぇ」
「…………」
ノアは口を開き何か言おうとし――思案した。
絶望的な話をしているというのにメイベルがあまりにもいつもの様子で、あっさりと返されたからだ。
「……俺を連れてハルフォード家の領地に逃げると言わないということは、まだ戦う手段があるってことだよな」
「そうですね」
「どうするつもりだ?」
「リオノーラを動かします。幸い、彼女はクーデターに関与しないようですから、あちらに取り込んで頂ければ少なくとも死ぬことはないでしょう」
「おい待て、敵と戦うのに敵の親玉を使う奴が居るか!?」
「だって、それが一番マシなんですよ。幸いウィリアムは好かれてますし、頭を下げたら身の安全は確保してくれるでしょう。こうなったら戦わずに二人のどっちかに王位を簒奪して貰った方が、出血は少なく済みます」
嘘でなく、本当に一番マシな選択肢を話す。――だがそれを納得出来るほど、ノアは成熟していなかった。
「敵がもっと少なければ戦う手段も考えたんですが、ここまで規模が大きくなると詰みですね。セドリック様の陣営も、……まぁ弱くはないんですが、命懸けで戦う近衛を直接抱えているわけではないですしね。王の首抑えられたら、近衛でもとっとと降参しますよ」
達観していると思ったが、よもやここまで――、ノアは溜息を吐くことすら許されず、必死に頭を回す。
――して、一つの光明が見えた。
「…………お前の兄貴に連絡が取れると言ったら、どうなる」
「どういう意味ですか?」
「選択肢は増えるか」
「…………」
メイベルは黙り、口元に手を当てた。
アシュリーの兄――グレン・ブラッドフォーンのことは、はなから戦力として数えていなかった。
生きてはいるだろうが、もしクーデターに関与するなら、ジョーカーとして好きに動くだろうと考えていたからだ。
緻密な計画を得意とするアシュリーに対し、兄グレンはどちらかというと即興の作戦を得意とする。圧倒的強者の立場であれば、作戦など練る必要がないからだ。
以前の政変の時のように、どう足掻いても対処が不可能だと判断したらアシュリーはあっさり諦めるが、グレンはそもそも事前の計算などしないので、どんな状況であってもその場のノリだけで動く。生まれも育ちも違う二人は、半分は血の繋がった兄妹であってもその性質が違う。それは母の性質を継いでいる部分が大きいからだろう。
――して、充分な熟考をした上で、メイベルはようやく口を開いた。
「兄が居れば、いや、協力してくれればの話になりますが」
しかし、メイベルはそれを口にしていいものなのか悩んでいた。
兄がクーデターに関与するというのなら、その目的は間違いなくクリーブランド王家を終わらせるためである。何なら、この機に国の名前や在り方まで変えにくるかもしれない。
手段はとうあれ、ノアを王にすることを目的としているメイベルとは、目的が違いすぎる。そんな兄をどうやって協力させるのか、――正直何も浮かばない。兄の求めているものを、今の私が提供出来るとは思えないから。
「する。絶対だ」
言い淀み口を閉ざしてしまったメイベルに、ノアははっきりとした口調で告げた。
――20年前のセドリックにも似た、どこに根拠があるのかも分からない自信満々な顔で、ノアは言うのだ。
その顔を直視できず、思わず目を逸らしてしまったメイベルは、自分の感情を整理するため、ゆっくりと深呼吸してから返す。
「……ではその無根拠を当てにしますが、少なくとも兄一人居るだけで戦力差は覆ります。とはいえ、それがあちらに知られていたら話は変わりますが」
「どういう意味だ? グレンダ――じゃなかったグレンは、相当強いんじゃないのか?」
「えぇ、強いです。ですが、強すぎるカードって避けられるものなんですよ。ノア様もカードやるから知ってるでしょう? 相手が強い札をオープンしてきたら、誰だって降りるでしょう。はなからそことは戦わなければ良いんです」
「……協力関係に気付かれていたら、最初からそれを想定した作戦を組まれてしまう、ということだな」
「えぇ。なので連絡は、取れても取らないで下さい」
「だが、そうすると――」
「そうですね、ほぼ敵です。敵の敵は味方って言いたいところですが、兄にはただの第四勢力として参戦して貰いましょう」
ノアが指を折って数える。第一と第二は、両親だろうか。そして第三が自分、第四がグレンということかなと納得し、頷いた。
「ちなみに協力して貰えるというのは、どんな場所どんな状況でもノア様の一言で寝返る手段があるという意味ですか? あ、手段は私には話さないで下さい。もし聞いちゃったらそれ前提に作戦組んじゃうと思うので、私は知らない方が都合が良いです」
「……そうだな。3秒あれば充分だ」
少し思案しノアは肯定したが、メイベルは代わりに疑問を浮かべた。あの兄が、たった一言で寝返る言葉なんて想像出来なかったためだ。
「なら、その無根拠を信じましょう」
「信じるのか?」
「えぇ、あなたを信じて王宮に残って戦おうというのですよ。失敗したら、私もあなたもどちらも死にます。いくらノア様であっても、根拠もなく自分が死ぬ未来を選ぼうとはしないでしょう」
「ああ」
「クーデターが始まってしまえば、私たちに逃げる手段はありません。負けそうになってからリオノーラ様に泣きつくのも無理でしょう。――後悔しませんか?」
「しない。死ぬまで一緒だ」
良いムードだと抱き締めようとして、当たり前のように回避される。
「え、嫌です。一人で死なせてください」
「せめて決意表明でくらいカッコつけさせろよ……」
「そういうのはロマンス小説が好きなそこらへんの女子に言ってくださいよ……。私がそんなのでときめくと思ってるんですか」
「……それもそうだな」
納得するなよとでも言いたげな表情で脇腹を小突いたメイベルは、
――しかし、ちょっとだけ動揺していた。
ノアが一瞬、本当にほんの一瞬だけ、カッコよく見えてしまったから。
その感情を押し殺し、脇腹をげしげし小突くメイベルの様子がいつもと違うことには気付いたノアであったが、女子にはそんなこともあるよなと、特に気にしなかった。
鈍感同士、案外お似合いの二人である。




