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「RIKKA様のことは諦めるとして、17年前ってことは、引退したのは18歳ですよね。切原さんが高校生の頃に、ちょうどモンスターが『物理耐性』持ちになったんですか?」
「あー、そうだな。12月くらいだったか。最初は全部じゃなかったんだよ。だけどリポップしたモンスターが片っ端から耐性持ちになってな。俺のパーティは物理攻撃以外出来なかったから、苦戦してるうちに一人死んで、部活動休止を学校から言い渡されて廃部。で、そのまま学校もダンジョンも卒業だな」
「……そうだったんですね。私の認識だと、ダンジョン探索が今みたいに若者向けエンタメ扱いされたのって、ディーバのサービスが開始された12年前なんですよね。それまでの5年間、ダンジョンってどんな扱いだったんでしょう?」
そう言われ、考える。なるべく詳しく思い出せるよう考えていると、待ってるのが暇だったのかハルがシート越しに手を回してくる。突然生腕が視界に入ってのに驚いてハンドル操作を誤るところだった。危ねぇ。
「当時はほとんどの探索者が物理攻撃メインだったから、全国的にダンジョン攻略が止まった。レベル上げてた奴ら、それも上位の実力者がいきなり全員戦力外になったわけだからな」
「え、じゃあかなりヤバかったんじゃないんですか?」
「……だな。まぁ速い奴なら3年あれば上位層のレベル50にはなれたから、探索者デビューしてなかった若者が育つまで、3年間は暗黒時代だ。まぁ俺みたいに真っ先に探索者デビューした馬鹿と違って、死亡率が高ければ儲かるわけでもない、熱意がある奴は全員引退した後のデビューなんだからモチベーションは低くて攻略ペースが遅くなって、完全に世代交代を終えてまた話題になるまで5年かかったって感じだな」
「はー、なるほど」
「ちなみに、ディーバも組合も、俺と同じ時代に引退した探索者が作ったもんだ。自分がダンジョンに潜れなくなっても、ダンジョンに関わり続けたかったんだろうな」
「あはは、そこは切原さんと一緒なんですねぇ」
ハルに笑われて、ようやくあの時のライカの表情を理解した。
心配しているとか、やめて欲しいとか、そういう表情ではなかったのだ。少し呆れたような、少しだけ楽しそうな、昔を懐かしむような、そんな表情で――
「でも、そんなダンジョン好きなら魔法戦に切り替える人とか居なかったんですか?」
「あー、いや、居ないわけでもなかったが、ダンジョンで振ったステータスが振り直すこと出来ないのは知ってるよな?」
「はい、だから慎重に考えてステ振れってWikiにも書いてありました」
「レベル1から50までで入るステータスポイントが320だが、レベル50から100までで入るステータスポイントが、たしか130だ」
「えっ、そんな低いんですか!?」
よほど驚いたのか、シートを蹴飛ばされた。ビビるからやめてくれ。
今は昔と違って50から先に進むのも容易で、あまり気にされていないのかもしれない。
当時はレベル50以降からの適正ダンジョンは一気に難易度が上がったから、安全マージンを充分に取って地道に攻略を進めるしかなかった。そうでないと命がいくつあっても足りないので、レベルが上がるペースが50以降は相当落ちたものである。
「今はレベル200近い奴も居るらしいからその先のもっと細かい数字も分かってきてるだろうが、当時はレベル50で一流って扱いだった。そっからは余生みたいなもんだな」
「あー、それで魔法に切り替えるとか出来なかったんですね」
「そういうことだ。当時レベル低かった奴はギリギリ間に合っただろうがな、どっちにしろ上位陣のほとんどが物理だったから、引退する以外の選択肢はなかったんだよ」
「でも切原さんみたいなスキルを持ってる人は他に居なかったんですか?」
「あー、いや、あるにはあるが……『邪視』ってポータルで検索してみろ」
ラミア系の持つスキル『邪視』は現役時代から確認されているが、スキルオーブ売買サイトでのレートはSSSランク――最上位のレアリティを設定されていた。
「イビルアイ……あ、よこしまな眼で邪視ですか。……うぇ、なにこれ。いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……20億?」
「そんなもんか。『邪視』は目視した対象の持つスキルを1秒間無効化出来るスキルだ。ただラミアは昔っから低レベル層でしか確認されないからオーブがドロップテーブルに乗ってなくて、基本的にドロップしない」
「……ひょっとして、私の『隠密』がスルーされたのって」
「まさに『邪視』の効果だな。スキル自体を持ってる個体はそれなりに居るんだが、いかんせんレベルが低くてオーブがドロップしないんだよ。ただ稀にドロップ報告があって、それ使えば『物理耐性』持ちにも物理攻撃が通る。――が、もう一つ問題があってな」
「……20億のスキル使ってまだ問題が?」
「あぁ。一度『邪視』を受けたモンスターは一定時間『邪視耐性』って状態になって、邪視によるスキル無効状態が無効化される」
「えぇっと、つまり1秒で倒せないと結局耐性で攻撃が通らなくなるってことですか?」
「そういうことだ」
「そ、それで20億…………」
よほど20億が衝撃的だったのか、ルームミラー越しに見えていたハルが蹲り、何も見えなくなった。
どんだけ丸まってんだ。……あ、なんか見えた気がするが、尻な気がするので見なかったことにしよう。運転に集中だ。運転中は前を見ろ。
「高い順に並べると、億単位で出品されてるスキルって結構多いんですね」
「まぁそうだな。ただ普通に取引されてるのは『かくれんぼ』と『万物鑑定』、それに『初期化』くらいじゃないか?」
「んーと、落札チェック付けて……そうですね。その3つと、あと1億ちょうどで落札されてるスキルに『唯一無二の一撃』ってのがありますね」
「……え、あれそんな上がってんの?」
「切原さん、昔ドロップしたりしたんですか?」
「あー、うん、そうだな。使った」
「…………1億を?」
「当時は700万くらいだったんだよ……」
まさか自分が使ったスキルオーブがそこまで高値で落札されているとは思っておらず少しだけ後悔したが、当時は必要なスキルだったし、あれのお陰で戦えていたところもあるので諦めよう。スキルをオーブに戻すことが出来ればなぁ……。
「それでも高校生で700万ってとんでもない大金じゃないですか。1億の価値があるって、一体どんなスキルなんですか?」
「モンスターを一撃で倒した場合、次の攻撃に1.1倍のダメージ補正が累積されてくスキルだ。昔は一撃必殺型のアタッカーがよく使ってた」
「……1億を?」
「700万だ。まぁ価値が上がったのは効果が強いとか再評価されたというより、ドロップしなくなったからだろうな。ドロップする荻窪ダンジョンはもう閉鎖されて長いし、他のダンジョンでもドロップ報告がないんだろう。それなら値上がりも納得だな」
「でも1.1倍も上がるって、そのうちとんでもない倍率になったりしません? 魔力全振りで一撃必殺狙う魔法師って結構多いですし、価値上がりそうなもんですけど」
「最大で10倍になるから、倍率は馬鹿みたいに高い。ただ条件達成はかなり厳しいんだ」
「……一撃で倒せる雑魚モンスターで倍率上げておいて、ボスにぶつけるとかは?」
「それなら不可能じゃないだろうが、連続でってところがミソでな。たとえばモンスターが3体居るところに魔法をぶちかまして、2体倒せて1体生き残ってたらそこでスキル終了だ。あとは仲間が一発でも攻撃を当てた敵に攻撃しても同じだな」
「ピンポイントに標的1体だけを狙って倒せないとスキル効果が続かないってことですね。たしかにそれなら魔法だと難しいか……」
難しい顔になっているハルがルームミラーに映った。
ハル自身は『隠密』メインの採取家のはずなのに戦闘用スキルについて詳しいようだが、今時の子はそんなもんなのだろうか。動画配信サイトの情報発信力すごいな。当時は嘘と煽りまみれの巨大匿名掲示板が情報ソースだったのに。
「あ、『唯一無二の一撃』と『邪視』ってものすごく相性良くないですか? 切原さん片方持ってるみたいですし」
「悪くないだろうが、後ろのは20億だ。ちなみに地方公務員の生涯賃金が3億くらいだ」
「…………今の無しで」
自分の発言が恥ずかしくなったのか、顔を赤くして俯いている。今ハルが言ったような、机上の空論でしかないスキルの組み合わせはいくらでもある。
だが、何かしら――主に資金という強敵が立ち塞がるものだ。それならば、もっと安くて簡単に手に入るスキルで上手い組み合わせを考えた方が現実的である。
「あ、そこです私の家」
ナビに従って住宅街に入ったあたりで、ハルが窓の外を指さした。小さいアパートだ。
あまり地価が高いエリアではないようだが、それにしても古い建物である。もう建てられて40年くらい経ってるんじゃないか?
俺の住んでる元公営住宅より古い。母子家庭は大変なんだなと嘆息し、とりあえずアパートの前に車をつける。
「ありがとうございました。あ、すぐそこの角曲がったところにコインパーキングあるんで、逃げないで下さいよ」
「……通報される前に帰ろうかと思ったんだが」
「スマホなくてお母さんに連絡出来ないんでやめてください」
「いや連絡ないならないで問題だろ。いきなり娘が親とほぼ同い年のオッサン家に連れ込んでんの見たら、俺なら速攻通報するぞ」
「彼女も居ないのに父親面ですか?」
「言うな……」
的確にヒットポイントを削る攻撃が上手いなこいつは。いや女子高生ってほんと怖い。仕事じゃなかったら話しただけで通報されそうだ。
車を降りたハルが、アパートの前で仁王立ちしている。これ、放置したらヤバいよな。つーかマジで仁王立ちやめろ。パンツ履いてないんだぞお前。明るかったら見えてんぞ。
「車置いてくるから待ってろ……」
結局彼女を説得する言葉が分からず、コインパーキングに車を停めに行くのであった。
ついでに仕事用のノートパソコンと携帯プリンターを持って、ジャケットを羽織ってネクタイを締めてから車を出る。ハルのお母さんに通報されるのを避けるために、少しでも不審者感を消さなければ。
「…………隠れるくらいなら部屋入ってろよ」
「そういえば私の部屋番号知らないと思って……」
アパートの前まで戻ると、植木の陰に隠れているハルが居た。住宅街で人通りが少ないとはいえ、自分が恥ずかしい格好をしていたと気付いてしまったのだろう。