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4-1



「最近それ癖だね」

「え?」


放課後の夕暮れ時、本校舎一階でばったりと出会った二人はいつものようにエントランスの隅で話し込んでいると、不意にクラルからそう指摘された。


「右手を開いたり閉じたりするの。この前からずっとそればかり」


はたと右手に意識を向けたユアは「この前……」と呟きながら、先日の魔力暴走が起きた時のことを思い出す。


(あれから一度も、あの時のような魔力は出ない)


あの後も何度か同様の魔力を練ろうと試みたが、どんなに力んでも手のひらからは細い糸のような弱い魔力しか生み出せなかった。


「新しい魔力増強方法?」

「いえ、そういうわけでは……」


あの時居合わせた男子生徒は、ユアの希望通りクラルには黙っていてくれたらしく、事情を一切知らない彼は、隣でユアの真似をしながら自身の右手を開いたり閉じたりしている。

クラルに気付かれていないことに安堵するものの、今度は別の不安が頭を過る。


(あれは偶然だったのかしら。それとも、私の中でなにかが少しずつ変わってきて——)


考え込んでいると、隣にいるクラルが突然ユアの頭を力強く撫で回してきた。


「わっ、エイベルト様?」

「二人の時くらい名前で呼んでっていつも言っているでしょ」

「さ、最近はあまり言わなくなった気がするのですが……わわっ」


口答えは許さない、と言わんばかりにクラルの手の動きが強まる。

そして、焦げ茶色の髪を一通り掻き回し終えると、今度はユアの顔を覗き込むように背を屈めた。


「どうしたの、そんなに不安そうな顔をして。誰かになにか言われた?」


ユアの肩がギクリと跳ね上がった。

毎度のことながらクラルの察しの良さには驚かされるが、今回ばかりは知られるわけにはいかない、とユアの直感がそう告げる。

ただでさえ心配性のクラルがこれ以上ユアの不安要素なんて聞いてしまったら……考えるほど未知数過ぎて背筋が凍る心地だ。


「なんでもないです」


なるべく冷静に努めるものの「ちゃんとこっちを見て話して」と顎を優しく掴まれ、逸らした視線を修正するかのように無理矢理顔の角度を変えられる。

放課後の人気が少ない時間帯とはいえ、ここはエントランス内の共用部。

距離が近すぎる二人を怪訝そうに見つめながら通り過ぎる生徒が視界の隅に入り、いよいよユアは気が気でなくなった。


「ごめんなさい、本当になんでもないんです。ただ、その、もう少し魔力量を増やさないと次の実技試験で赤点取りそうで、そんな気がして、それで……」


ぐいっと強めに手をほどきながら、咄嗟に思い付いた言い訳を歯切れ悪く並べていると、クラルの溜め息が聞こえてきた。


「焦って無理して身体壊しては、元も子もないでしょ。あまり根を詰め過ぎない方がいい」

「仰る通りです」


なんとか誤魔化せたことにホッと一息吐いていると、再びユアの頭に手が置かれた。


「大丈夫、ユアは充分よくやってるよ。高等部まで進学できたのだから、後は無事に卒業試験を迎えるまでだ」


相変わらずの抑揚のない声と優しい言葉に、ユアの良心がチクリと痛む。

こんなにも自分事のように心配してくれたり、励ましてくれる人に隠し事をするなど、後ろめたさを感じずにはいられなかった。


「——エイベルト様は、卒業して魔導師の資格を手にした後はどうされるのですか」


罪悪感を隠すように話題を変えると、クラルは口元に手を置きながら少し考え「そうだね……」と呟いた。


「まだあまり考えていないけれど、いずれは墓守の仕事を継ぐことになると思う。親は好きに生きたら良いと言ってくれているけれど、うちは一人っ子だから」

「ふふ、魔導師資格を持った墓守って、なんだか凄味がありますね」


墓守を本業とする傍らで魔導師の肩書きを片手に無双するクラルの様子が容易に想像できてしまい、思わずくすくすと笑いが零れた。

どうやらユアに受けたことが満更でもなかったようで、クラルは挑発気味に片方の眉を上げて「わかる?」と口元をニヤリと歪めた。


「昔は墓守が学園に通うこと自体難しかったけれど、皮肉にも世間体が変わった今なら実力さえあれば問題なく通えるようになったからさ。利用できるものはとことん利用しておかないとね」


皮肉染みた物の言いようは、かつて墓守が世間から疎まれていた頃の、幼少時代に抑圧された感情からきているのだろう。

けれど……とユアは思う。


(エイベルト様はああ言うけれど、元々勉強熱心な方だったから、純粋に学園に通えることが嬉しいという気持ちもあるのでしょうね)


お気に入りの魔術書や図鑑を引っ張り出してきては墓地裏の大きな木の下で一杯に広げ、懸命に熱弁していた幼い頃のクラルを思い出していると、突然横から頬をつつかれた。


「そういうユアは? 卒業後はどうするの」


楽しそうに指でつつくクラルに対抗するように片方の頬をぷくっと膨らませ口を固く閉じるユアだったが、クラルは「ねぇ、教えてよ」と言いながら容赦なく指の力を強める。

そして、とうとう数回目の攻撃で耐えきれなくなり口の端からプップップ、とリズム良く空気の漏れる音が聞こえると、途端に可笑しさがこみ上げ、二人でお腹を抱えて笑い合った。

ひとしきり笑い終えると「それで、どうなの」とクラルが目尻を拭いながら訊ねる。


「私は——正直まだ未定です。元々は国家魔導師として教育を受けてきたので、それが叶わなくなった今、自分がなにをしたいのか、よくわからなくて」


軽くそう言い、困ったように笑うユアだったが、ユアの過去を知っているクラルは途端に気まずそうに表情を歪めた。

周りから望まれて、理想を押し付けられて、多くの期待に応えるために幼少期から努力してきたにも関わらず、それも結局報われないまま"嫌われ役"を買い続けている彼女が不憫で仕方がなかった。

ぽつぽつとクラルが口を開く。


「大丈夫。今はなくとも魔導師の資格があれば、いずれやりたいことができた時に助けになるはずだから。それでもなにも思い浮かばなければ、その時は——」

「……くしゅんっ!」

「……」


ユアのくしゃみによって話が遮られ、妙な間が生まれた。


「すみません、話の途中でくしゃみが……くしゅんっ!」


申し訳なさそうに肩をすくめるユアだったが、容赦なくくしゃみが再発してしまう。


「……そろそろ寮に戻ろうか。こんなところで立ち話して体を冷やしてはいけない」

「ここ最近、急激に冷え込みましたからね」


クラルの言葉に、ユアも鼻をぐすりと鳴らしながら出入口に目を向けた。

ここ最近は日が短くなり、まだ夕方の五時だというのに外はもう薄暗くなっていた。日の長さに比例するように吹き付ける風は冷たく、日中の気温もどんどんと下がっていた。


出入口に向かって歩きながらクラルは先ほど言いかけた言葉を反芻する。


『その時は僕のところへ嫁に——』

(僕は一体……なにを言おうとしているんだ)


ユアに気付かれないよう、握り拳を口元に当てて少し咳払いをした。




エントランスを出た二人は、外の気温差に体を震わせながら寮がある方向へと歩き出す。そして校舎地区と居住地区の間にある森の道に入ると、二人同時に「あ」と声を漏らした。

目の前には、そこら中の木という木にオーナメントが飾り付けられ、道の端には大中小と様々な大きさや形のカカシが仮面を付けて立っていたのだ。


「そっか、もう聖霊祭の時期か。道理で寒いわけだ」

「この様子なら、明日には講堂も全て飾り付けが終わっていそうですね」


白い息を吐きながら呟くクラルにユアも頷いて見せる。


学園の精霊祭は毎年講堂に神官を招き、祈りの火を捧げる点灯式を行う。

講堂の隅から隅に飾られた燭台全てに火を灯し、全校生徒の前で祝詞を唱えながら精霊を模した光を会場一杯に放つのだ。


「去年の点灯式も凄かったですよね。終始講堂内に黄色い声援が飛び交っていて、外からも神官様目当ての熱心な方々が講堂に押し寄せたりして……」

「——ああ、あの若い人か。その年の上位に選ばれた有名な神官だったらしいね。特に教室の女子達が凄く噂していた……」


顰めっ面をしながら呟くクラルにユアは「あはは」と声を上げる。


「確かに、壇上に上がられるような方はみんな華がありますからね」


当時の光景を思い出して笑うユアをクラルは凝視すると、窺うように口を開く。


「そ、その……ユアは、ああいう感じの人が好みなの?」

「え?」


首を傾げるユアに慌ててクラルは言葉を紡ぐ。


「ほ、ほら、祭司としてやって来る人ってみんな爽やかで人当たりが良さそうで、か……顔が整っている人が多いから……ユアもそういう人が良いのかなと……」


言いながら意気消沈していくクラルを前に、ユアは一度うーん、と唸ると、やがて考えることを放棄したように向き直った。


「どうでしょう、お勤めで来られる神官様をそういう風に見たことがなかったので、好みかどうかはなんとも……」

「そ、そっか」


虚をつかれたように、けれどどこかホッとした様子のクラルに、ユアは再度首を傾げた。





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