第7話 一旦の別れです。
すごい大所帯だけど、みんなでカリカの部屋に向かって歩き出す。
しかし、すぐに血相を変えアリシアが叫んだ。
「あそこ!」
目に飛び込んできたのは……生気を失いうつろな目をした生徒達と、下級悪魔だった。
おそらく、配られたお菓子を食べた生徒たち。
三十人から、四十人くらいはいるだろうか。
先頭の集団には見覚えのある生徒がいた。
エンリィだ。
彼女の瞳には、何も映っていない。
その背後に、下級悪魔の姿が見える。
「ああ……なんということだ……エンリィ……そんな」
ロレットが沈むような声を上げた。
レナートはそれを受けて断言するかのように言い放つ。
「やはり……大聖堂で配られていたもの、学園内で配られていたもの……あの食べ物は魔法的な力で人に寄生する悪魔を召喚するものだったのでしょう。それを食べたロッセは幸運なことに拒否反応を示し昏睡状態に陥った」
幸運。
今、この事態を解決に導く手助けをすることが出来るのなら、確かにそうだ。
裏門を警備している衛兵さんたちから武器を提供してもらい、レナートらが構えた。
まずは、この場を凌がなくては……。
カリカの部屋に向かうという目標は変わらない。
そう思ったとき、悲痛な顔をしたロレットがレナートの前に出ていく。
「レナート殿下、それに……ロッセーラ様。彼らは私が止めます。皆さん、先に行ってください」
「ロレット、さすがにこの数を一人止めるのは無理じゃないかしら?」
「だとしても、エンリィの姿が見えます。彼女を止める役目は僕にしか出来ない。時間は限られています。一刻も早く、原因を突き止め、彼らを止めてください!」
ロレットは私たちを庇うようにさらに一歩前に出た。
確かに彼の言うとおり、これから何があるかわからない。
できれば、体力も温存しておきたい。
しかし、さすがに一人では厳しいだろう。
「……しょうがないわね。本当はロッセーラ様のお側にいたいのですが、この中では私が受け持つのが一番適切でしょう」
アリシアが、ロレットの横に並んだ。
「アリシア……変よ」
なぜ? アリシアの様子がおかしい。
彼女の性格なら私が命令しても、わがままを言って私についてきそうだけど。
「いいえ。こうするのが一番いいと閃きました。その代わり……あとでご褒美を」
ああ、なるほど。ご褒美が目的か。
私は、彼女の耳元で囁いた。
「じゃあ、一晩だけ……同じベッドで寝ましょう」
「ほほほほほ、ほんとぉですかああああ!?」
もちろんアリシアの好きにはさせない手は考えている。
このチョロい感じは、やっぱりいつものアリシアだった。
「じゃあ、私たちは行くわ。この場を頼みます」
「はい! ご無事を祈っています」
レナート、ヴァレリオ、クラス(グラズ)とマヤと私が走り出す。
このメンバーでカリカの部屋に向かおうとしたところ、またしても問題が発生した。
「うわあああああ!」
裏門の門を突破され、操られた市民らが学園内に侵入してきたのだ。
「どうして? 裏門とはいえそう簡単に突破できる扉じゃないように見えたけど」
『いいえ、ロッセーラ様。我が通り抜けられるくらいには、裏門の悪魔よけの決壊が弱まっていました。何らかの細工がされていたのでしょう』
クラス(グラズ)が頭の中に語りかけてきた。
彼らが学園内に広まっては……ロレットたちも囲まれてしまうだろう。
この忙しいときに……。
私は、ついつい唇を噛みしめる。
「兄さん! ここは俺が引き受ける」
そう言って、ヴァレリオは剣を抜いた。
「では、我も残りましょう」
えっ?
グラズ?
「先生が残ってくださるとは、心強い」
ヴァレリオがグラズの参入に目を輝かせた。
魔法学園に入学する前は、よくヴァレリオはグラズ(クラス)に稽古をつけてもらっていたのだ。
師弟関係にも見える。
もちろん、グラズはそんなつもりはさらさらなさそうだけど。
私は二人に声をかけた。
「大丈夫? 二人とも」
「ロッセーラ、もちろんだ。裏門はそれほど大きくない。一度に数人程度足止めできれば後続は侵入できないだろう」
「わかった……気をつけて」
「ああ、ロッセーラも。カリカを止めてやってくれ。それと、兄さん。ロッセーラを頼む」
「わかりました」
ヴァレリオが残ると言い出すとは思わなかった。
アリシアじゃなくても、最後までついて来てくれそうだったけど、レナートを信頼し問題解決のために協力したいということなのだろうか。
「!」
私は、ヴァレリオを強く抱き締めた。
無事にいて、と、願いを込めて。
「ロッセーラ。大丈夫だ。むしろ、君らの方が大変だと思う」
「うん……」
私は泣きそうになりながら走り出した。
「ロッセーラ様って……結構大胆なのですね」
マヤが私を見て言った。
「そうかな? さっきは、そうしたくなったの」
「はい。分かります」
私とレナートとマヤの三人になってしまったけど、私たちはカリカの部屋に向かっていく。
彼らが身を挺して作ってくれた道だ。無駄には出来ない。
「ロッセ、落ち着いて行きましょう」
私はそう言って、手を伸ばしてくれたレナートの手のひらを強く握りしめる。
彼の腕は力強く、私を引っ張ってくれていた。
 




