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36話 オバちゃんの子供たち

 天地を引っ繰り返す一件の後、エスタリカ王国は大きな変化を迎えた。

 女王であるルイは、宣言通りその座を元国王の甥に譲ったのである。

 ルイが王座を託したその甥は、かつて魔族を擁護した為に、僻地に幽閉されていた人物であった。

 きっとこの甥ならば、人間と魔族を区別することなく、中立な立場でエスタリカを治めてくれるであろうと、ルイが切に頼み込んだのである。

 始めは、ルイの変わりように動揺した甥であったが、彼女の熱心さに心を打たれ快諾。

 新国王をめでたく迎えたエスタリカ王国は、新たなる一歩を踏み出した。


 余談だが、デブ神官と貴族たちは、新国王が送られていた僻地に幽閉されたのである。もちろん、ケツァルとネーヴェにこってり絞られた後に……。


 一市民となったルイは、暫くリコと共に新国王を手助けしていたが、重要な役職も埋まり、まつりごとをスムーズに行う土台が整った。

 それを機にルイは、ルカと共にカランデの大森林に拠点を移す。

 今では魔族の村の復興に、心血を注ぐ毎日である。


 ――ここ何日かは、リザードマンの集落を訪れていた。



「ルイ姉さーん! こっちはもう終わったよー!」



 その呼びかけにルイは目を向ける。

 すると、そこにはルカとウェアウルフが、こちらにやって来る姿があった。



「ちょっと待って! こっちはもう少しかかるの!」



 そう告げるとルイは、腕まくりし直し、鼻歌を歌いながら薪を拾い集める。

 煌びやかなドレスを脱ぎ捨て、上機嫌で薪を担ぐルイの姿に、ルカとウェアウルフはつい頬が緩んだ。

 そんな彼らに、ルイが口を尖らす。



「二人共。何、ニヤニヤしてるのよ」



「ルイ姉さん、随分楽しそうだなって!」



「本当に。ルイ様、生き生きしてますね」



 ルイは手を止め、周りを見回す。

 トントンといい音を立てて、家や塀を直すリザードマンたち。子供たちも元気よく手伝いに励んでいる。

 その顔は皆、溢れんばかりの笑顔であった。

 ルイは、まだまだその輪に入ることは出来ない。

 だけど……こうやって同じ場所に立ち、幸せそうな彼らを眺めてるだけでも、ルイの心は十分満たされる。

 自分に償いの時間を与えてくれた魔族たちに、彼女は心から感謝していた。


 ルイは微笑む。



「そうね。ここにいると楽しくて仕方がないわ!」



「そっか!」



 ルカが嬉しそうに目を細めた。



「さあ、もうひと頑張りよ!」



 ルイの元気な掛け声と共に、今日の仕事のひとつである薪拾いを、三人で仲良く再開した。






 ◆






 綺麗に並べ終わった薪を前に、ルイはふとウェアウルフに話を振る。



「そうだ。ところで聞いた? ウェアウル――」



 ルイが言い終わらぬうちに、ウェアウルフは勢いよく手で制す。



「ルイ様、違いますよ! 私はアスワドです!」



 そう諭され、ルイはポンと手を打つ。



「あ! そうか! リコが名前をつけてくれたのよね。確かアラビア語で……黒って意味。アスワドの耳と尻尾が、黒くツヤツヤしててキレイって、リコうっとりしてたものね」



「そうそう、うっとりしてた! ねぇ、ルイ姉さん! 因みにフェンリルはグラウだよ! ドイツ語で灰色だってさ!」



「へぇー、リコって凝り性よねぇ」



「はい。リコさんは『私、オタクだから細部までこだわるタイプなの』と笑っておいででした」



「アハ! リコらしい! ねぇ、ルカ!」



「本当だね! ルイ姉さん! あはははは!」



 ルイとルカは、手を叩き合って笑った。



「それでルイ様、先ほど言いかけておられたのは?」



 アスワドは、脱線させてしまった話を責任を持って軌道修正した。



「ああ、そうだった。えーとね、アスワド。カイルのこと聞いた?」



「は? 確か……クスタルにいるんですよね? それが何か?」



「それがね。カイル……かなり大変らしいわよ」



 首を捻るアスワド。しかし、何かに思い当たったのか「はぁー」と溜息を吐き、空を見上げた。



「彼らかー」



 ルイとルカも憐れみの目で、カイルのいるクスタルに繋がっているであろう空を見上げる。






 ◆






 ――騒動の後。


 カイルは、ルイにつき添うリコと暫し別れ、彼らを連れてクスタルを目指した。

 彼らとは――リドルとガーズである。

 リドルとガーズは、傀儡石がこの世界から消えてしまったので、いかつい爺さんの弟子になることを断念。

 しかし、ウサ耳娘と猫耳娘とのラブラブライフは決して諦めなかった。

 彼らにせがまれ――いや、脅されたの方が正しい――カイルは渋々旅立ったのである。

 因みになぜクスタルかというと、猫耳娘――ミルがいるからであった。




 さて――カイル一行は、無事にクスタルへ到着。

 オルガをはじめ、ミルや街の人々が、カイルの訪れを手放しに喜んだ。

 リコの武勇伝は、この街にもとどろいたとオルガは笑う。

 大分、もとの街並みを取り戻したクスタルは、随分と様変わりしていた。

 ミルの種族であるウェアキャットたちが、共に暮らし始めていたのである。

 それを目にしたカイルは、全身全霊で「ナイス! クスタル!」と拍手喝采を贈った。

 これで手っ取り早く、リドルとガーズとの約束が果たされると……。


 猫耳娘に囲まれ、ご満悦のリドル。

 カイルがホッと胸を撫で下ろしたその時、ガーズから無慈悲な言葉が放たれた。



「俺は……ウサ耳娘と言った筈だが?」



「なんでだよっ! なんでそんな、ウサ耳娘に拘るんだよっ!」



「長くピルピルとしたウサ耳! それが俺のロマンだからだ!」



「わ、訳分かんねー! なぁ、ガーズ……猫耳娘だって可愛いだろう? 頼む! アレで手を打ってくれ!」



 拝むように手を合わすカイル。

 だがガーズは、無情にもその首を横に振る。



「いいや、ダメだ! ウサ耳は絶対に譲れん!」



「もうーーっ! 勘弁してくれよぉおおおおおお!」






 ◆






「――という攻防が、今もクスタルで繰り広げられてるらしいわ。まったく……いい大人が何をしてるんだか……」



 ルイが頬に手を当て、呆れたように話す。

 アスワドはスッと胸に手を置き、カイルに哀悼の意を捧げる。



「カイルさん、貴方に安らかな眠りを……」



「ちょっと待って、アスワド! カイルさんは生きてるから! 必死に歯を食いしばって生きてるから!」



 ルカが慌ててアスワドを窘めた。

 そんなルカを、可愛らしい声が呼ぶ。



「まぞくおうさまー!」



 リザードマンの子供たちが、パタパタとルカの周りに集まって来た。

 ルカは、しゃがんで子供たちと目を合わす。



「どうしたの?」



「おしごと、ごくろうさま。はいコレ!」



 子供のひとりが、リンゴを差し出す。



「ボクにくれるの?」



 子供がコクンと頷いた。

 ルカはリンゴを受け取り、ニッコリ笑う。



「ありがとう!」



 ルカのお礼に、子供たちは「ワァー」と歓声を上げた。

 暫くして、子供たちがチラチラとルイを見上げる。

 ルイはそれに気づき、ルカと同じようにしゃがむ。



「どうしたのかしら?」



「てをだして」



 ルイは言われた通りに、手を差し出す。

 すると、その手にポンとリンゴが置かれた。

 ルイが目を丸くして、子供たちを見つめる。

 ハニカム子供たち。



「ルイさまもたべてね」



「ルイさまー。そのリンゴ、おいしいよ」



 彼らの思わぬ優しさに感極まったルイは堪らず、子供たちを両手一杯に抱き締めた。



「……ありがとう。大切に食べるからね……ありがとう」



 子供のひとりがルイを覗き込む。



「ルイさま? ないてるの? どこかいたい?」



「ううん。嬉しいの。嬉しくて嬉しくて仕方がないの……」



 子供たちが「ふふっ」と笑う。



「うれしいのにないてるの? ルイさま、へーん!」



「うん、変だよね。だけどね……涙が止まらない……」



 ルイは子供たちに顔を埋め、さめざめと泣いた。



「ルイさま、なかないでー」



「よしよし! ルイさま、いいこ! だからないちゃダメよ」



 ルイの涙を止めようと彼女の頭を、優しく撫でる小さな手。

 そんなルイと子供たちの様子を、静かに見守る者たちがいた。

 リザードマンの大人たちである。

 それに気づいたルカは、口をパクパクさせて、彼らに「ありがとう」と伝える。

 彼らは皆、照れ臭そうに笑った。



「ねぇ、アスワド。少しずつ、少しずつ、前に進んでいるよね」



「ええ、もちろんですとも! 早速、リコさんにご報告しなくては!」



「リコさん、喜ぶだろうね」



「はい、それはもう。そのご様子が目に浮かびます」



 ルカとアスワドは、顔を見合わせ微笑むのであった。

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