37話 オバちゃんの幸せ
雲一つない空の下、ヒラヒラと舞い踊る真っ白な布――またの名をおしめ。
そのおしめをパンパンと景気よく叩き、リコはどこまでも続く青い空を見上げた。
「あーいい天気! 洗濯物がよく乾くってね……」
夏真っ盛りの異世界。
超インドア派のリコにとって、本来夏と言えば「お部屋で毎日、エアコン三昧! 皆さん、何かご不満でも?」が口癖であった。
だが驚いたことに、異世界の夏はカラッとしていて実に清々しいのである。
屋外に出た途端、ムワーッと全身に纏わりつく、あのいや~な熱気。
突然、暗くなったと思ったら、バケツをひっくり返したように降るゲリラ豪雨。
そんなものがまったくないのだ。
「恐るべし……ヒートアイランド現象。地球よ……お前は悲鳴を上げていたのだね」
リコは、有るはずのない眼鏡をクイッと上げ、学者ぶって呟いた。
そんな彼女に、後ろから声がかかる。
「リコ、何ブツクサ言ってんだい?」
「あ! メグルさん! おしめ、干し終わりましたよ!」
「そうかい。なら、ちょっとお茶にしようかね」
メグルは、一旦言葉を止め、眩しそうに空を見上げる。
「そうだ、リコ。今日は天気がいいから外で飲もうか?」
「ほう! それはオツですな!」
リコの返事に、メグルがニッコリ笑う。
「じゃあ、リコ。支度、手伝っとくれ!」
「ほいほーい。喜んで!」
リコはパタパタと、メグルの後を追った。
そう――リコは今、ヨーク村にて異世界ライフを満喫している最中である。
面倒事――リドルとガーズ――は、気の毒だがカイルに一任。
ルイに「暫く、自分の力で頑張ってみる。だからリコは、せっかくの異世界を余すことなく楽しんで欲しい」なんて、親もとを巣立つ娘からのような嬉しい言葉を貰った。
リコはそのお言葉に甘えて、ヨーク村に帰って来たのである。
リコの帰還に、ダンやティーラ、村の皆は大いに喜び、飲めや歌えの宴会が連日続いた。
そして、やっと普段の生活を取り戻した今日この頃なのである。
ブランケットを広げた小さなお茶会が始まると、リコとメグルはホッと一息をつく。
口に含んだお茶は、香ばしい香りと共にリコの喉を潤した。
「はぁー、幸せだなぁー……」
リコが目尻を下げ、満足そうに呟く。
メグルも同じ顔をして後に続く。
「そうじゃのう。こういう何気ないひとときに幸せを実感するのう」
「ええ、本当に……」
「そうじゃ……ところでリコ! もうわしの寿命を縮めてくれるなよ!」
和やかなムードを一変、メグルがギロッとリコを睨んだ。
苦笑いを浮かべるリコ。
「あー、アレのことですよねぇ? 本当に申し訳ない! この通りです!」
リコは深々と頭を下げた。
実はリコ。
ヨーク村への帰還の際、前代未聞の騒動を巻き起こしたのである。
リコは巨大な魔獣二匹と共に、突如村に降り立った。
しかも、ルカやルイ。フェンリル――改めグラウ、アスワドまで引き連れて。
そのあり得ない面々を、目にした村人たち。
当然の如く、村人の半分は腰を抜かし、残る半分は顎を外した。
因みにメグルは、腰の方である。
「まったく、アレには肝が冷えたわい。しかし……なんじゃな……ふふふっ」
プリプリ怒っていたと思えば、今度は相好を崩すメグル。
コロコロと表情を変え、何とも忙しいお婆さんである。
「えーと、メグルさん? どうしたんですか?」
「いや何……目の保養になると思ってさ。ほれ、アレじゃ……」
メグルが伏し目がちに、畑を指さした。
その指の先には、畑で黙々と働く長身イケメンズの姿が……。
ひとりは色黒でヤンチャそうな青年。厚い胸板に逞しい腕。目が覚めるような緑色の長い髪を、無造作に束ねている。
そしてもうひとり、貴公子のような青年だ。線が細く、その肌は抜けるように白い。肌と同じ真っ白な髪が、太陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。
乙女ゲームで言うところの、熱血純情タイプと儚げなお兄さんタイプである。
リコも惚れ惚れするイケメンたちだと思う。
思うが……実はこのイケメンズ……ケツァルとネーヴェなのである。
流石に本来の姿では村に入れず、かといってオコジョの姿だと、可愛いだけで何の役にも立たない。
ということで、人間の姿に落ち着いたのだ。
魔力が無事戻り、姿なんか変幻自在な彼らなのである。
リコはそんな二人を眺めながら呟く。
「確かに目の保養になるけど……なぜ、イケメン? なんかこう……うーん……」
「なんじゃ。リコは不服なのか? あんなにイカしてるのに……」
不満そうに首を傾げるメグル。
――彼女には、リコの気持ちは分かるまい。
何だかんだ言って、リコの周りはイケメンと美女のオンパレードなのだ。
ルカは憂いを帯びた美青年。ルイはボン・キュッ・ボンの美女。
カイルだってツンデレイケメンであるし、アスワドに至ってはドMでヤンデレ的な一面を持つイケメンなのである。それにティーラ、オルガやミルまでも……。数え上げれば切りがない。
リコは「はぁー」と深い溜息を吐く。
「私もせめてボン・キュッ・ボンになりたい……」
リコの切実な悩みに、メグルは目を丸くした。だがやがて、堪えきれずに「ぷうっ」と吹き出す。
「あはははは! まったく、リコときたら! あはははは!」
「あらあら、何やら楽しそうね!」
そう言いながら顔を覗かせたのは、ティーラであった。
「おお! ティーラ! 丁度いいところに! ちょっと、聞いとくれな!」
メグルはティーラの腕を掴み、彼女を空いたところに座らせる。
「リコときたらな。ボン・キュッ・ボンになりたいそうじゃ!」
「ボン・キュッ・ボン?」
ティーラは、不思議そうにリコを見つめた。
口を尖らすリコ。
「だってさー。私の周りは綺麗どころが多すぎるんだもん! もう嫌になっちゃう!」
「リコったら……そんなことでいじけてるの? この世界を救った英雄のくせに。リコはね、そのままで十分素敵なの!」
「そうじゃ、そうじゃ。ボン・キュッ・ボンのリコなんて想像出来んわい!」
メグルとティーラは「ねー!」と、腕を組み合い笑った。
リコが「そんなに笑わなくても……」とぶすくれる。
そんなリコをさておき、メグルが内緒話をするように、ティーラの耳へと顔を寄せた。
「ところでティーラ。アンタはどっちが好みだい」
「え? 何が?」
首を傾げるティーラ。
メグルが顎をしゃくってケツァルたちを示した。
すると、ティーラは目をパァっと輝かせ、その話題に食いつく。
「そうねぇ……。私は……ネーヴェかな。あの儚げな顔の裏に、もうひとつ別の顔を隠してそうでミステリアスなんだもの! なんだかそそられるわ!」
ティーラの意見に「ほう!」と驚きの声を上げるメグル。
リコも心の中で密かに驚いた。
確かにネーヴェは、腹黒い一面を持つ。
笑いながら毒を吐く、オタク心を擽るタイプである。
(恐るべし! ティーラの観察眼!)
リコがそんなことを考えてる間に、桃色女子トークは先へと進む。
「ティーラ、おぬしも好きじゃのう。ふふふっ」
「ふっふっふっ、まーそれほどでもー。ところで……メグルはどっちなの? ケツァル? それともネーヴェ?」
ティーラがメグルの脇腹を突いた。
メグルはポッと顔を赤らめる。
「わしは……その……ケツァルじゃな。あの逞しい体と可愛い笑顔のギャップが……なんとも言えん。くぅっ~! 堪らん!」
「それ分かるぅー! あのギャップの威力ってハンパないわよねぇー!」
キャッキャッと小娘のようにはしゃぐメグルとティーラ。
(おっと……なんだ? これは……俗に言う、女子会なるものか? いや違う。合コンの女子トイレ談合だな。この二人……獲物を狙う目をしてやがる。な、生々しい……)
リコがちょい引き気味になったところに、慌ただしい足音がやって来た。
「ティーラ! ここにいたのか!」
「もう! めちゃくちゃ探したんだから!」
ダンとカレンであった。
ティーラは、彼らが用件を言わなくても、何かに思い当たる。そして、心底嫌そうに目を閉じるとガクッと項垂れた。
リコとメグルもあることを察して、生暖かい目をティーラに向ける。
ティーラは項垂れたまま「あのクソ親父、またなのね……もう許さない」とまるで念仏を唱えるように呟くと、スクッと立ち上がりダンとカレンに叫んだ。
「今日はどこの娘さん‼」
ティーラの鬼のような形相に、ダンたちはしどろもどろに答える。
「えーと……カレンの……母さんだ」
「そうなの……長老と父さんが必死に止めてるけど……」
「そ、そんなところにまで触手を伸ばすなんてー! キィーーーーッ!」
ティーラは奇声を上げながら、一目散に駆け出す。
その後をカレンが「ま、待ってー」と慌てて追いかけて行った。
「そうだ! リコさん! 報告! 報告!」
ひとり残ったダンが、声を弾ませた。
「ん? ダン、どうした?」
「あのさ! この前、ルカとアスワドのおかげで恩人の魔族に会えたんだ! そんで友達になった!」
「恩人って……ダンが子供の頃、怪我を癒やして貰った魔族のこと?」
ダンはハニカミながら頷く。
彼は、昔助けてくれた魔族にずーっと会いたがっていた。そして、リコとケツァルみたいに友達になりたいと……。
その念願が叶った彼は、それは嬉しそうである。
何だかリコまで嬉しくなった。
「おお! ダン、本当に良かったね。ところでその魔族さんとは?」
「ドリアードだよ!」
「ドリアードって……木の精霊じゃん! 確か、緑色の髪でかなりの美女なんでしょう?」
新たな魔族の登場に目を輝かせるリコ。
ダンは「うん」と頷くと、自慢げに胸を張る。
「彼女、スッゴイ博識で字がとってもキレイなんだ!」
「へ? 字?」
「オレたちね。友情を深める為に文通してるんだよ! あっ、ゴメン。リコさん、メグル婆。オレ、ティーラが心配だからもう行くね!」
ダンは「じゃあね」と手を振り、ティーラたちを追いかけて行く。
リコは、今時珍しい友情の深め方に、別れの挨拶も忘れ固まった。
だが、すぐに考え直す。
ここは異世界。携帯などないのだ。
ならば、ダンとドリアードは、最もトレンディな友達付き合いをしている。
「……文通ね」
ボソリと呟くリコ。
「青春じゃ……」
横に座るメグルがさり気なく相槌を打ち、しみじみと語り出す。
「しかし……この村も随分と賑やかになったもんじゃのう……」
「ええ、本当に……毎日がお祭りみたいですね……」
後に残されたリコとメグルは、慌ただしく駆けて行くダンたちを、苦笑いしながら見送るのであった。
それは何気ない一日……いや、幸せな一日の一コマである。




