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11話 オバちゃんの本領

 明かりが煌々と灯るライデルの家に到着し、見慣れた居間に入る。

するとそこには陣痛に耐えるユズリを中央に座らせ、ライデルと幾人かの男女が取り囲むようにして立っていた。

 皆一斉に、険しい顔をリコたちに向ける。

 殺伐とした空気が漂う中、一際険しい顔をしたライデルが、使いを頼んだ村人に口を開く。



「私はダンとエルフを連れて来いと言ったはずですが……これは一体?」



「そ、村長。すまない……これには、事情が――」



 恐縮する村人の説明を、リコは強引に奪い取る。



「この人たちは悪くない。私が村長に言いたいことがあって勝手に来た」



 そう言い放つリコに、ライデルは眉を鋭利な角度に吊り上げると、嫌味なほど冷静な声で答えた。



「見ても分かる通り、私は今、貴方を相手にしている暇はないのです。ですからすぐに、お引き取り願えませんか?」



(やっぱり、そうくるよね。でも負けて堪るか!)



 リコはドッシリと構え、淡々と口を開く。



「それは出来ない。大変な時に申し訳ないけれど、今聞いて貰う必要がある」



 一歩も引き下がらないリコに、ライデルではなくユズリを介抱する女が苛立ちをぶつけてきた。



「しつこいわね! ユズリがこんなに苦しんでいるのよ。早く出て行って!」



 リコは、ライデルからその女に目を移す。



「ユズリさんの陣痛の間隔は? 10分置き?」



「な、なんなの! そ、そんなこと何でアンタに答えなきゃならないのよ!」



「いいから早く答えなさい! それから逆子とか……何か危険な兆候があるの?」



 毅然とした態度のリコに、気圧された女は顔を引きつらせる。

 そんな女の代わりに、ユズリが痛みに耐えながら答えた。



「カ、カレン……もう、やめて。リコさん……じ、陣痛の間隔は……まだそんなに短くないわ。それに……お祖母さんが……じ、順調だって……だから問題ないと……お、思う」



「メグルさんが! それは良かった。ところでユズリさん、姿勢を変えたら楽になる?」



 ユズリは「え?」という顔をすると、リコの言う通り姿勢を変えた。



「……あら? ……す、少し楽になったわ」



「そう……まだ前駆ぜんく陣痛じんつうのようね。これから段々とその痛みが増して規則的になっていくの。それが本番」



「……それって、今でもこんなに辛いのに、これからもっと辛くなるってこと?」



 初めての出産に怯えるユズリ。そんな彼女にリコは優しく語りかける。



「大丈夫‼ 女はね、その痛みに耐えられる力があるんだから。それに赤ちゃんの顔を見たら辛さなんか全部忘れて、もう一人産みたいとか思っちゃうよ!」



 リコの励ましを聞いても自信が持てないユズリは、隣に立つライデルを不安げに見上げた。そんなユズリの髪を、ライデルはあやすように優しく撫でる。



「ユズリ、心配する必要はないよ。すぐに終わるからね。ダン、早くエルフをユズリの前へ」



 ライデルは、ユズリに注ぐそれとは別の厳しい視線をダンに向けた。

 しかしダンは、ティーラの腕を掴み自分の後ろに隠すと、ライデルを睨んだまま動こうとしない。



「ダン! 早くしなさい!」



「断る! 傀儡石なんてバカバカしい物、リコさんがただの石コロにしてくれた。だからもうティーラは人間の道具なんかじゃない!」



「なっ、なぜ、そんな愚かなことを。ふざけるなっ! ユズリはどうなる。ダン、お前はユズリが苦しむのを黙って見ていられるのか。不安を消してやろうと思わないのか!」



 ライデルは自分の思い通りにならないことに苛立ち、先程までの冷静さを捨て怒鳴り声を上げた。その怒りは居間にいる村人たちにも伝染する。



「傀儡石は貴重なのに……石コロにしただと? 余所者のくせになんてことをしてくれたんだ!」



「今すぐもとに戻してよ! 魔力を使えば出産なんて、一瞬で済むのに」



「そうだ! エルフを道具に戻せ!」



 村人たちは自分勝手な文句を並べ、リコたちをここぞとばかりに責め立てた。居間は騒然となり手がつけられない状態となる。


 その時、リコから驚くほどドスのいた声が放たれた。



「黙れ‼」



 嘘のように静まり返る村人たち。

 そんな彼らにリコは、嫌悪の眼差しを向けた。



「なんで順調な出産なのに魔力に頼ろうとするの。出産は親になることを自覚する大切なものなんだよ。子を産むことを簡単に済ますな! このネグレクトが!」



「リコよ……此奴こやつらにネグレクトは通じんよ。それに大体、ネグレクトは育児放棄という意味じゃよ? この状況には当てはまらんと思うぞ」



 せっかくの見せ場に水を差すケツァル。

 リコはそんなケツァルにキツい一瞥くれると、改めて村人たちに向き直った。



「そもそも魔族は道具じゃないんですけど? ……アンタたちと同じく命があるし、感情もある。もしアンタたちが逆の立場だったらどうなの? 無理やり操られて、死ぬまでこき使われたらどう思う? 嫌じゃないの?」



 村人たちが黙る中、さっきカレンと呼ばれた女が声を上げた。



「……でも、皆が道具として使っているわ。皆そうしてる。だから――」



「そんな答えを聞きたいんじゃない。カレンさん、あなたが道具として扱われたらどう思うか聞いてるの」



「……そ、それは、嫌……だと……」



 カレンはボソボソと呟き、言葉を濁した。

 他の村人たちはどうなのかとリコは、ひとりひとりに視線を巡らせる。

 皆、気まずそうに目を逸らした。

 そんな村人の態度に、リコは「ふん」と鼻を鳴らす。



「ほーう。全員、嫌だと思ってらっしゃる。だから目を逸らすんですよねぇ? あなた方、親に教えて貰いませんでした? 自分がされて嫌なことは、他でやったらダメだって。そんなの当たり前のことですよねぇ? アンタたち――最低だよ」



 そう言い捨てると、リコは肩のケツァルに「そう思わない?」と同意を求めた。



「うむ。これこそ『長いものには巻かれろ』じゃな。ん? 『尻馬しりうまに乗る』じゃったか? まぁ、よいわ。それにしても此奴こやつら、随分と静かになったみたいじゃのう。我々魔族に少しは罪悪感があるんじゃろうか」



「さぁね、分からん。だけど、この国の子供たちは可哀想だね。こんな恥ずかしい親を持ってさ。明らかに悪行なのに皆がしてるからいいなんて……どんな理由だよ。こんなんでどうやって子供に、命の大切さや善悪の区別を教えるんだろうね」



 村人たちは、嫌味を連発するリコとケツァルに対して誰も反論してこない。それどころか静かに目を閉じる者、力なく項垂れる者ばかりである。やはり心のどこかで酷いことをしている自覚があるようだ。


 だとしたら――魔族を道具だなんていう馬鹿げた考えを正してくれるかもしれない。村人たちのこの様子からして望みはありそうだ。


 しかし――この村だけ変わっても根本的な解決にはならない。諸悪の根源は女王だ。なぜか魔族を敵視し、残酷な仕打ちを続ける女。

 リコは「女王をなんとかしなきゃ」と改めて思った。ただのオバちゃんに何が出来るか疑問だが、一刻も早く王都に向かうべきだろう。お金は――この際、野宿上等、ダイエット上等である。


 決意を新たにしたリコは「ケツァル」「ダン」「ティーラ」と名を順に呼ぶと、暫し考え込み、なぜかお使いに行くお母さん的な口調で言い放った。



「私、ちょっと王都に行って来る。それで女王をなんとかしてくるわ」



 こんな締まらない形になったのは、所詮オバちゃんなので格好いい決め台詞が浮かばなかったからである。



「はぁ⁉」



 当然、緊張感のない声が居間に響き渡る。それは一人だけではない。この場にいるほぼ全員から発せられた。

 中でも一際、間の抜けた声を上げたのがダンである。そのダンにリコは不満げな声で尋ねた。



「何か問題でも?」



「問題も問題。問題だらけだよ」



 問題を連呼しながら、ダンは血相を変えてリコに詰め寄る。



「リコさん、ちょっとって……王都はそんな簡単に行ける距離じゃないんだよ。それに行ったところで、そう易々と女王なんかに会える訳ないでしょ!」



「大丈夫だよ。なんとかするから」



 あっけらかんと答えるリコに、ダンは「なんとかって……」と呟き、困ったように掌をオデコに当てた。

 そんなダンを余所に、リコは続ける。



「どう考えても一番悪い奴は女王なんだもの。まずコイツをなんとかしなきゃ」



「そうだけど……女王をなんとかって……具体的にどうするつもりなのさ?」



「うーん。なんとかは、なんとかだよ」



「――うぅー、もう! さっきから『なんとか』ばっかりじゃないか! なんだよ『なんとか』って。確かにリコさんは、傀儡石を石コロにしちゃうけど……だとしても無鉄砲過ぎるでしょ!」



 リコを心配するあまり声を荒げるダンに、ケツァルが生暖かい眼差しを送る。



「ダン、無駄じゃよ……リコの無鉄砲は今に始まったことではない」



(ケツァル……アンタは私の同士じゃないの? さっきから水ばかり差してさ!)



 リコはケツァルに「うるさいよ」と牽制してから、胸を張って演説を始める。



「とにかくだ。この国の環境は教育上よろしくない。これから、この国を背負って立つ子供たちに、同じ轍を踏ませない為にもこの国の考え方を変えなければ――」



 リコが熱弁を振るう中、突然ライデルから叫び声が上がった。



「ユズリ‼ 大丈夫かっ!」



 ユズリは何も答えず、苦しそうに顔を歪める。

 その様子に、ライデルは憎しみの炎を再燃させリコを睨んだ。



「ユズリがこんなにも苦しんでいる……一体、貴方はどうするつもりですか?」



「どうするもこうするも子供を産む準備をするだけだよ。それに苦しくて当たり前。赤ちゃんを出してあげようと子宮が収縮しゅうしゅくを繰り返してるんだもの」



「……子宮が……収縮⁉」



 ユズリが潤んだ目でリコを見つめた。



「そう。赤ちゃんはね、ユズリさんの子宮というところにいて、そこはもう狭くて苦しくなちゃったの。だからその子宮が赤ちゃんを助ける為に押し出しているのよ。凄いでしょ? ユズリさんは今、一生懸命赤ちゃんを助けているんだよ」



「私が……赤ちゃんを?」



 リコは微笑み、力強く頷いた。



「母親の特権でしょ? 赤ちゃんの最初のピンチを助けられるんだから。ふふっ……旦那はヤキモキして見守るしか出来ないけど」



 リコの冗談に、ユズリは必死に痛みと戦いながらも笑みを浮かべた。

 そんな二人の様子に、痺れを切らしたライデルが声を張り上げる。



「いい加減にしなさい! こんな時にバカバカしい」



「こんな時だからよ」



 リコは、にべもなく言い捨てた。

 そんな彼女に、苛立ちを隠せないライデル。



「もう結構です。こうなれば、無理にでもエルフに魔力を使わせるまでです」



「ライデル‼ やめて!」



 ユズリはそう叫ぶと、ティーラを捕らえようとするライデルの左手を掴み自分の方へ引き寄せた。



「さっき……リコさんが言ってたわ。出産は親になる大切なことって……だから私……自分の力でこの子を産みたい。ちゃんと……母親になりたいの。私がこの子を助け……たいの」



 ユズリの意外な決断に、目を見開いたまま固まるライデル。


 そんな時、突然メグルの声が聞こえてきた。



「おお、ユズリ! よくぞ決心した!」



 ――今まで見当たらなかったのに、一体いつからそこにいたのだろう。ユズリの座る椅子の後ろから、メグルがちょこんと顔を覗かせていた。



「メグルさん‼」



 リコが思わず声をかけると、メグルは満面の笑みを返し、それからキリッとした顔つきに変わる。



「さあ、ユズリ。準備は出来てる。隣に移動するよ。リコ、アンタもついて来な。こき使ってやるから」



 そう言うとメグルは、カレンや他の女たちにもテキパキ指示を出し、次に固まったままピクリともしないライデルを叱咤した。



「ライデル! お前は何、突っ立ってるんだい。早くユズリを運ぶんだよ」



 メグルの勢いに気圧され、ライデルは「は、はい」とだけ答えると、素直にユズリを隣の部屋へと運ぶ。

 リコはケツァルをダンに任せ、メグルと共にライデルの後を追った。




 出産の準備が整えられたベッドに、ユズリを寝かせたライデルが部屋から出て行こうとする。



「村長、なんで出て行くの? 旦那なんだから立ち会いなよ」



 リコが何気なく引き止めると、ライデルは「この女、何を言ってやがる」と言わんばかりの顔で見返す。

 そして、メグルも驚きの声を上げた。



「何だって⁉ リコの国では男に出産を見せるのかい」



「ええ、旦那限定ですけど。だってその方が、お互い心強いし感動を分かち合えるでしょう?」



「ほう! 言われてみればその通りだ。ユズリ、お前はどう思う?」



「え⁉ うっ、うーん……少し……恥ずかしい気もするけど……ライデルが側にいてくれたら凄く心強いわ……」



「よし、決まった! ライデル、お前はユズリの手でも握って励ましといで!」



 ライデルに有無を言わせないメグルの命令を皮切りに、ユズリの出産がいよいよ本番を迎えた。

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