12話 オバちゃんの涙
全身を真っ赤にして泣く赤ん坊。
その子を必死にあやすライデル。
涙でグチャグチャのその顔には、彼の神経質そうな眉間の皺はなく、優しい目尻の皺が刻まれている。
そんな二人を愛おしそうに大切そうに見つめるユズリ。
幸せな家族の姿がそこにあった。
「長生きはしてみるもんじゃなぁ……こんな光景、もう見ることはないと思っておった――」
リコの隣でメグルが、しみじみと言葉を紡ぐ。
「――大変な思いをして産むからこそ、親になる自覚を持ち、子に惜しみない愛情を注げる。そして子も安心してスクスク育つ。そんな大事なことをこの村は忘れてしまっていた……でもまぁ、まだまだ捨てたもんじゃないね。これをきっかけにきっと良い方に変わるさ。リコ、ケツァル……ほれ、見てご覧」
メグルに促され、リコとケツァルは周りを見渡す。
部屋には吉報を聞いたダンやティーラ、そして村人たちが集まっていた。
皆、ユズリと赤ん坊の無事を心から喜び、それと同時に幸せそうなライデルたち家族に羨望の眼差しを送っている。そんな彼らの手には、子供たちの小さな手がしっかりと握られていた。
その様子に気づいたリコたちは、茶目っ気たっぷりの目をメグルに向ける。
「今度は過保護な親が増えたりして。ふふっ」
「うむ。きっとフォークより重い物を持たせんようになるぞ」
「ほう! それはそれで困るわい。あっはっはっは」
リコとケツァルの冗談に、メグルは豪快に笑う。
「何やら楽しそうね。一体、なんの話しているの?」
メグルの笑い声を耳にしたユズリが声をかけてきた。
「ん? いや、何……お前たちが親バカになりそうだと――ぷっ」
メグルがライデルを見た途端、いきなり噴き出した。
「――何です⁉ お祖母さん! なぜ私を見て笑うのですかっ!」
「だ、だってライデル。お前、ユズリを励ますどころか……ぷっ、はははは!」
目に涙を浮かべ大笑いをするメグル。
その理由はライデルが立ち会いの途中で、何度も気を失いかけたからである。その度にリコにド突かれ、何とも惨めな状態で感動の瞬間を迎えたのであった。なんならユズリよりも手が掛かったのである。
それを自覚しているライデルは顔をヒクヒクさせ、ただひたすら屈辱に耐えるしかなかった。
そんな彼に、ユズリが助け船を出す。
「ライデル、聞いて……私が苦しい時、同じように苦しむあなたの姿がすぐ側にあった。それを見て私、実感したの……ああ、私はこんなにもライデルに愛されてるんだって……そしたらね、嘘みたいに頑張れたのよ!」
「……ユズリ」
「私は世界一の幸せ者ね。素敵な旦那様と可愛い息子がいて」
「何を言う。私の方が果報者だ。美しく優しい妻と大切な息子がいるのだから」
完全に二人の世界に入ってしまったライデルとユズリに向かって、メグルがワザと大きな咳払いをする。
「オホン! そういうのは、わしらがいなくなってからにせんかい」
メグルに窘められ、ユズリは顔を赤くして俯く。
ライデルも照れながらメグルに詫びを入れると、態度を改め真剣な眼差しをリコに向けた。
「リコさん。私は今、ユズリと息子が命がけで出産を乗り越えてくれたことが誇らしい。二人が愛しくて堪らない。今度は私が、命がけで家族を守ります……こんな気持ちになれたのは貴方のおかげです。リコさん、本当にありがとう」
突然、振られたライデルの感謝に、リコは目を丸くする。
「えっ、何? 急に改まって。嫌だなー、別に私は何もしていないよ。それどころか村長をド突いてただけで――」
ライデルは「いいえ」とリコの言葉を遮る。
「私たちは魔力に頼り過ぎていたことが、今回はっきりと分かりました。そして魔族の命を軽んじていた。皆がやっているからいい……本当に最低な言い訳です。これでは息子に顔向け出来ない」
これに続くように、カレンや村人たちからも声が上がった。
「リコさん、私ね。ユズリの出産を間近で見て、命の大切さがよく分かったの。新しい命を誕生させるって、あんなに大変なことだったのね。そう、奇跡を見てるみたいだった。私たちと同じ命を持つ魔族。もう絶対、彼らを道具だなんて言わない」
「ええ、カレンの言う通りだわ。命はかけがえのないものだもの。リコさん、私たち子供に恥ずかしくない親になるわ」
「ああ、傀儡石なんてクソ食らえだ! なあ、皆!」
村人のひとりがそう叫ぶと、他の者たちも力強く頷いた。
そんな村人たちをジッと見つめ動かないリコ。彼女の異変に気付いたケツァルが「どうしたのじゃ?」と、その頬を突いた。
すると――見開いたままのリコの目から、一筋の涙が零れ落ちる。
「嬉しい……嬉しいね……。ケツァル、ティーラ……凄い嬉しいね」
ケツァルは目を閉じ、リコの頬に鼻先をそっと擦り寄せる。ティーラもリコを後ろからギュッと抱きしめた。




