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ユウバリ 4/5

 少し歩いて帰ってきてみれば、翠さんが悩んだ表情を浮かべて口元に手を置いたまま固まっていた。

 

「どうしたの?」

 

「悩みのタネを残していったあなたが、それを言いますか」

 

「でも違う内容だよね? ちょっと吐き出したら楽になるかもしれないよ」

 

 翠さんは少し躊躇する様子を見せたが、それでも口を開いてくれる。

 

「実は……ユウバリと何を話せばいいのか迷っていまして。あなたはイナバと、どんなことを話しましたか?」

 

 これは最初のきっかけ、ということだろう。

 

「とりあえず、お互いを知ろうとしたかな。イナバは兎さんで、しゃべれなかったからね」

 

 よく聞いて、よく見て、よく考えて。

 言葉という手段がなくても、知ることはできるから。

 

「……そうでしたね。四葉くんは液体金属の板で会話していたということですが、まあ……参考にはなりませんでしたし……」

 

 どうしましょう、と翠さんは珍しく頭を抱えた。

 

「四葉、どんなことを話してたの?」

 

「聞かれたことに答えてただけ。別に聞きたいことはなかったから、一緒に過ごしてれば知れるかなって」

 

「四葉らしいね」

 

「そう?」

 

 首を傾げる四葉に、つい笑ってしまいそうになる。

 相手が離れないと無意識に判断できたからこそ、繋ぎ止めることをしなかったのだろう。付かず離れずの2人を見ていれば、そんな様子が簡単に想像できる。

 

「翠さん、まずは共通の話題から話を広げてみたらどうかな?」

 

「共通の……あ、楓ですか? しかし、それはあなたが聞いたほうがいいのでは?」

 

 こんなことで躊躇してしまうから迷うのだろう。

 姉さんとぼくとを見て、自分と葵さんを参考にして。その結果として、ぼくが知るべきだと考えてしまった。

 

「それで満足できるの?」

 

「どういう意味ですか?」

 

「ぼくが知っている姉さんを聞いて、あなたが知っている楓を知れるのかなって」

 

 まず知れないだろう。

 ぼくが知っている姉さんは翠さんの知っている姉さんを超えている。そもそもイナバの反応でおおまかに知れているから、翠さんが求めている部分は出てこない。

 

「……たしかにそうですね。しかし、それならあなたも同じなのでは?」

 

 納得したように、それでもまだ注腸するかのように聞いてきた翠さんに

 

「うん。だから、傍で聞かせてくれると嬉しいな」

 

 最後のひと押しとして、そう言っておく。

 

「それが目的でしたか。ですが、まあ……ありがとうございます」

 

 お姉ちゃんに慣れている翠さんだからこその悩みかもしれない。

 サリア"お姉ちゃん"だったら、一緒に聞く方法を選んだだろうけど。まあ彼女は皆のお姉ちゃんだからしかたがないとも思う。

 

 

 

「ユウバリ、少しいいですか?」

 

 3人が帰ってくるなり、翠さんは切り出した。

 

「いいよ、いいですよ~」

 

「それでは私は時雨に魔法を教えておきますか。時雨、少し離れた場所に移動しましょう」

 

「は~い」

 

 ユウバリさんが手を挙げて嬉しそうに答えて、その様子を見たイナバが時雨さんを連れて離れていって。

 イロハさんは普段通り四葉の隣に移動して。

 

「それでそれで、何を聞きたいのですか?」

 

「楓について聞きたいのですが」

 

「それはいいけど……でも……翠の知ってる楓ちゃんではないと思いますよ?」

 

 早く話したくて、翠さんと仲良くなりたくて、それでも逆に距離を離してしまいそうで。ユウバリさんは、そんなもどかしさを感じているようにも見える。

 

「かまいません」

 

「じゃ、じゃあ……とはいっても、私が知っている楓ちゃんはそんなに多くありません。なんでもできて、強くて、いつも笑顔で、四葉くんの……いえ、気のせいでした。それは気のせいでした」

 

 イナバがしようとしていたことを考えれば、そんなイナバの様子を見れば想像がつく。

 とても本人の前では言えないだろうと笑ってしまいそうになる。というか

 

「あ、笑わないでください!」

 

 笑ってしまっていた。

 

「ご、ごめんね。それで、翠さんの知っている姉さんと比べて、どうかな?」

 

「え、楓ちゃんの弟くんなのですか?」

 

 驚いたような表情を浮かべたユウバリさんに

 

「うん、弟。弟のユウだよ」

 

 しっかりと伝えておく。

 それにしても……なんというか、面白い人だと思う。

 

「……もしかしてですが、ユウバリは楓とあまり親しくなかったのでは?」

 

「うん、そうなりますね。親友のこ……友達って立ち位置。相談事は一切されませんでしたし、こちらから頼ったりしただけです」

 

「そうですか。私も楓を遠くから眺めていた時は、なんでもできると思っていました」

 

 翠さんはそこで一旦区切り、小さく息を吸い込んでから言葉を続ける。

 

「ですが一緒に遊び、短くない時を過ごして……ああ、この子は強くない。そう思えました。際限なく優しい彼女は、何も捨てられない。そんな娘です」

 

 嬉しそうに思い悩むような表情の彼女からは、『損な娘です』なんて聞こえてしまう。

 でも、やはりぼくから見た姉さんとはまったく違っていた。

 その側面は当然知っているけど、ぼくの姉さんは"なんでもできる"。すべてを捨てて1つに絞った時、なんでもできるようになる。

 捨てないのはきっと、誰かのためだ。大切な誰かのために周囲を含めた環境を整えるから、なにも捨てられないように見えてしまう。

 幸せな"場所"こそ、笑顔にできると疑っていないから。

 

「だから支えたい、ですか。あなたらしいですよ」

 

「え、わ、私はそんなこと言ってませんよ?」

 

 慌てる翠さんを、ユウバリさんは楽しそうに見つめている。

 そんな光景にあまり水を指したくはないけど、それでもと足を動かしゆっくりと翠さんへ近づいて。

 

「そ、そういえば。さっき言いそうになった――」

 

 そこで翠さんの後ろから両手を伸ばし、口を塞いだ。

 

「む、むぐぐ!?」

 

 耳まで真っ赤にして焦る翠さんはとても珍しくて、ユウバリさんが乱したあとだからこそ見える一面だと思う。

 

「2人はもう出会ってるから、ね」

 

 翠さんだけに聞こえるようにそう言って……暴れる翠さんに負けて押し倒された。

 避けることはできたけど、下敷きにならなければ翠さんだけが転んでしまうことになっただろうから。ぼくが口を塞いだせいで、ぼくの我が儘でそうなってしまうのだから、これくらいはしなければと思って。

 

「あ、え……そっか。うん、私は応援しますよ!」

 

 そんな声を背景に、視界を満たすのは真っ赤になったままの翠さんが動きを止めた姿。

 誰かに代わってもらって外から眺めたい様子だとは思うけど、そもそも親しい知り合いで小柄な翠さんに押し倒される知り合いがいない。

 

「ごめんね、転ばせちゃって」

 

 とりあえずそう言っておいて、妄想を先に進ませる。

 むしろ翠さんを庇って誰かが下にくればいいのだから、凛さんや姉さん……姉さんは違うか。この硬直がなければ、こう……ちょうどわくわくしながら見てるだけのユウバリさんなんかがぴったりなのだけど……。

 

「翠ねぇ、重くてユウが動けない」

 

「っ! 失礼しました」

 

 葵さんの言葉を聞き、翠さんはハッとしたように意識を戻して、ぼくの上からさっと退いてくれた。

 

「ううん。ぼくがいたずらしたのが悪かっただけだから、気にしないで」

 

 あははと笑ってごまかしてみたけど、どうにも後ろのお姉さんがごまかせていない。

 その鋭い視線は先程までのうきうきした楽しそうなものではなく、相手を心配する大人のものにも見える。

 

「……ユウくん、ちょっと健康診断してみませんか?」

 

「このゲームの参加には健康診断が必要だし、イナバにも見てもらったから遠慮しておこうかな。それに、あなたにはそんな暇はないよね」

 

「時間は作ります。それに、その健康診断がどこまで優秀かなんて私は知りません。私が納得したいためのものです」

 

 けっして逃さなという視線が見つめてくる。

 甘い甘い優しさではなく、積み重ねた罪の果ての言葉に聞こえて、どうにも逸し難い。

 

「うぅ……それじゃあ何かでぼくに勝てたら素直に受けるよ。でも勝負方法は葵さんに決めてもらおうかな」

 

「え、私?」

 

「うん、中立でいてくれるあなた」

 

 戸惑いながらも聞き返してきた葵さんに、笑顔で肯定を返す。

 ユウバリさんはぼくの欠点を知っているかもしれないからね。それはフェアじゃないから。

 

「……じゃあ、将棋はできる?」

 

「ぼくは大丈夫だよ」

 

「わ、私も大丈夫ですよ」

 

 明らかにまずいといった表情を浮かべたユウバリさんだが、笑顔で覆い隠して頷いた。

 

「じゃあ将棋で。身体を動かす系統だと、ユウバリさんが有利すぎるから。じゃんけんだと、ユウくんが有利すぎるから」

 

 基本性能で押されるとまず勝ち目はない。じゃんけんのような"読み合い"だとまず負けはない。

 問題は将棋も読み合いだってことなんだけど、まあ不敗ではないから勝ち目がないわけではない。だからちょうど良いお題を選んでくれたことになる。

 

「じゃ、じゃんけんでもいいですよ?」

 

「ユウバリ、それはやめたほうがいいかと。楓に聞いたのですが、ユウくんが負けたのは1回だけ、だそうです」

 

「え、どういうこと?」

 

「相手の出した手を見て反応できる凛に9割勝てる楓が、1回しか勝てないそうです。ちなみに凛も負けたと聞いています」

 

 苦い表情を浮かべたユウバリさんは、「そういえば1回も……」と呟いた。

 そもそも勝てる勝てないが明確なぼくなのだから、勝負方法が決まった時点で勝敗も見えてしまう。それを覆せたのは2人だけ。

 千を超える間、日本を護り続けた神でも、それは変わらなかった。

 

「葵ちゃん、ちなみにどうして将棋を?」

 

「昨日、近くのゲーム広場で指してきたから。こういうのは難しく考えるよりも直感に頼ったほうがいい」

 

「葵、あなたは……」

 

 翠さんのジト目が葵さんに向けられたが、どこ吹く風と視線はユウバリさんを離さない。

 

「そうだね、翠の妹であるあなたがそう言ってくれたのならそれにしましょう。それに私も何なら勝てると言われても、情報体の加工くらいしか思い浮かびませんし。それでは私が有利すぎますから」

 

「ユウは情報体加工禁止令が出てるから、それは受けられなかったはず。そうなれば代わりにイナバが……それも、楽しそう?」

 

「禁止令? なにしたんですか!?」

 

 目をキラキラさせたユウバリさんが飛びかかってきて肩を掴んできた。

 

「秘密」

 

 唇に人差し指を添えてそう言ってみれば

 

「わ~可愛い。翠のお嫁さんになりませんか?」

 

「ふふっ、たまに言われるよ」

 

 お婿さんにと言われたことはない。

 ぼく自身もお婿さんと言われても正直、困惑しかない。役割と適正的な視点から見て、お嫁さんしか当てはまらないという悲しさがある。

 

「それじゃあ勝負は今夜にでもいいかな? 今からはちょっと用事があるし、明日のお昼も用事があるから」

 

「夜のお散歩はイナバさんや楓ちゃんに怒られませんか?」

 

「"大丈夫"。翠さんとは同じ屋根の下で暮らしているから、部屋を移動するだけ。なんなら大広間でもいいし、イナバの部屋に押しかけてもいいから」

 

「え゛……翠、ゲームの中とはいえ、それはまずいのでは?」

 

 故郷へ久しぶりに帰ってみれば、変わってしまっていた幼馴染を見るよ視線が翠さんへ刺さる。

 

「何を言っているのですか、あなたは。宿の代わりに領土館の一室を使っているというだけのことです。それに階も違いますから、間違いなど起こりえません」

 

 返しの言葉とともに、都会へ行って変わってしまった幼馴染を見るよう視線がユウバリさんへ刺さる。

 

「冗談ですよ、冗談。翠にそんな度胸があるなんて思ってませんし、翠は良い子ですから。きっちりと相手の反応を見ながら出遅れるようなイメージしかありません」

 

 ユウバリさんはそう言いながら、翠さんの頭にぽん、ぽんと手を置いた。

 

「どんなイメージですか」

 

「え、私も同じイメージだけど……」

 

「え、そうなのですか?」

 

 呆れた表情を浮かべた翠さんだが、葵さんの言葉が耳に入れば不安そうな表情を浮かべた。

 信頼度の差が出ている一面だと思う。

 

「ということだから、保護者同伴で来てね。ぼくの部屋は……まずいから、イナバの部屋にしようか」

 

「まずいのです?」

 

「ほら、アリサさんが怒りそうだから」

 

 今日は泊まってくだろうから。

 

「たしかに」

 

「はたから見れば女子会。気にしなくてもいいのに」

 

 そう言った四葉も、混ざってもバレない容姿をしているというのに。

 

「たしかに。というか、翠の知り合いには可愛い子が多すぎませんか? 四葉も、ユウくんも、男の子ですよね?」

 

「間違いない」

 

「むしろ女性陣の方がかっこいいよね」

 

 と何も考えずにそう言ってみたけど、どうだろうか。

 そもそもが、"かっこよくない人なんていない"。誰であろうともかっこよくあれるし、無様でもあれる。

 大切なのは視点と状況と、決断と。

 

「ユウくんはそういう女性が好みなのかな?」

 

「おかえりさなさい、イナバ、時雨さん。たしかにぼくの好みはかっこいい女性ではあるよ」

 

 ある意味で理想が高すぎる。

 誰でも満たせそうなのに、満たせると知っているのに。でも他の誰が満たせるだろうと思いこんでいた。

 そもそも2番目は不利なのだから、要求は下げるべきとは考えている。でも最初の光は眩しすぎて、補正もあって追い抜くに難しい。

 

「凛ちゃんとか?」

 

「ううん、凛さんは"かっこ悪い"。ぼくから見れば時雨さんのほうがまだかっこいいに近い」

 

 場が止まったのがわかる。雰囲気が一気にどんよりしたのがわかる。

 当然そうなると知っていて言った。誰も言わないから、言った。

 

「そうですね、私も今の凛はあまりかっこいいとは思っていません」

 

 ただ1人だけ同意してくれる。きっとかっこよかった凛さんを知っている、イナバだけが。

 

「……そういえば、凛おじょ……凛ちゃんとも知り合いなのですか?」

 

「え、ええ。今は楓と一緒に、アリサさんの訓練を受けていますよ」

 

「え~っと……かっこ悪いのですか?」

 

 ユウバリさんは言い難そうに、それでも聞くべきだと、場の雰囲気を変えるべきだと願って口を開く。

 

「いえ、凛は「今の凛は、たしかに物足りませんね」」

 

 翠さんの言葉を遮るように四葉の隣から言葉が飛んできた。

 

「鋭さがないというか、なまくらに思えるというか。抜き身になれとは言いませんが……いえ、むしろ……」

 

 イロハさんはそこで考え込むように口を閉じた。

 言い出したぼくが言うのもあれだけど、召喚された皆は厳しい評価をくれるのだろう。

 

「り、凛ちゃんはかっこいいと思うよ?」

 

「容姿が? 立ち振舞が?」

 

「そ、それ以外に何があるっていうのさ……」

 

「もしかして、あの唯一の残念な点を言っているのですか?」

 

「あれはむしろ好印象。そうではなくて素材そのものを鈍らせている、が近いかな」

 

 可憐で鋭い容姿が、英雄と見紛う立ち振舞が、その1つで曇っている。

 

「ああ、たしかにそんな感じですか」

 

「言い得て妙、ですね。別に悪いとは思いませんし、好少女ではあるのですが……かっこ悪くは見えてしまいます。知らない相手ならば気にしませんが、知っている相手ですから、なおさら」

 

「……凛をよく知らないあなた達が、凛を語らないでください。凛を評価しないでください」

 

 その言葉を聞いて、心の中で笑ってしまった。

 

「凛さんを知ろうとしないあなたがそれを言うんだね」

 

 それでも耳に届いた自分の声は酷く冷静で

 

「っ!」

 

 ここで頬をはたいてくれるくらいの気持ちがあれば、きっと知れただろうに。

 認めているから、はたけない。

 

「え、え。なんだか修羅場ですよね。もしかして仲良し仮面組でしたか?」

 

「ううん、ぼくは凛さんも翠さんも葵さんも好きだよ。そうでなければ放っておくから」

 

 動こうと思えるほどの状況じゃないから。

 それに、勇者に夢を見るのはやめたから。

 

「ですが、ユウがそれを言うとは思いませんでした。なにかありましたか?」

 

 "なにか"を起こした相手がよく言うよ、と思ってしまう。

 

「凝り固まった集団の中では偏った意見しか出ないこともあります。ですが」

 

 少し前であれば、止めただろうなと思いながら、イロハさんの続く言葉を待つ。

 

「凛自信がそう言うのではないですか。自分はかっこ悪いと」

 

「そ……れは……」

 

 図星だから、気づいていたから何も言い返せない。

 葵さんのほっとしている様子が印象的に映る。きっと、言い出せなかったのだろう。

 

「ごめんなさい、言い過ぎたよ。でもあまり目を逸らしていい問題ではないから、心に留めておいて。それは優しさじゃなくて、甘さだと思うから」

 

 気づけば終わっていた。きっとそうなのだろう。

 

「いえ、こちらこそありがとうございます。少し、考えてみます」

 

「その前に1つ聞いてもいいかな?」

 

「なんですか?」

 

 とぼとぼと離れようとした翠さんを止めるように声をかければ、足を止めて振り向いてくれた。

 

「いつの凛さんはかっこよかった?」

 

「……やはり熊から皆を逃していた凛が、一番かっこよかったと思います。いつからでしょうね、凛が情けなく映り始めたのは。助けなくてはいけない相手に見えてしまったのは」

 

 そう答えてくれた翠さんは振り返り、足を進め始める。

 姉さんは、いつの凛さんが最もかっこよく見えていたのだろうか。それがわからない限りは、それを見ようとしない限りは……。


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