チェス盤の上で 3/x
スライムが自然消滅するのを待ち情報体を回収し終え、今は木々から伸びる枝を足場に跳び回っています。正しくは枝に実っている果実を消滅させ、その情報体を回収しています。
この訓練を終えた後どこに行かされるのかは知りませんが、これほどに多様の果実が実る場所が近くにあるとは思えませんので。
ちらり、と森の開いた場所の中央に座るユウへと視線を向けてみます。
葉の皿に並べられた兎型に切り分けられたりんごを美味しそうに食べる姿は、見た目通りの幼い子供にも見えて面白いものです。まあ先程までスライムに囲まれて動けない状況だったことを考えれば、肝が座っているとするべきでしょうけど。
そんなことを考えながら近くに実っている最後の1種類、りんごのような赤い果実を消滅させて情報体を回収したところで周囲が静かになりました。
正直なところサリアのもとへ向かいたい気持ちもあったのですが、私はキングのコマの一部として参加しているようなもの。待つべきであり、最後まで動きべきではありません。ええ、キングが動かなかったのですから。
だからこそ、そろそろ動かなければなりません。待っていても終わることはありませんし、終わらせなければ終わらせられますから。
そう思い新たに描いた魔法陣のもとへ戻り――おぅ!?
巨大な魔法陣が描かれ中央にユウが座る位置まで戻ってみれば、戻ってよく見てみれば、りんごが無くなっているではありませんか。
その事実にユウを睨みます。たしかに、たしかに魔法文字まで使って『数個、残しておいてください』と伝えたはずです。それなのに、目の前に置かれた葉の皿の上にはなにもありません。
どういうことでしょうねぇ。さっきのおかえしでしょうか。
「イナバ、おかえり……どうしたの?」
不思議そうに首を傾げるその姿は、本当に私の視線の意味に気づいていないように思えます。なので目の前に描いてあげるのです。
『り・ん・ご!』と。
「え……あ、ごめんね。ぼ~っとしてて、つい食べすぎちゃったよ」
申し訳なさそうにするその姿にそれが真実なのだと感じました。
以前から敵前でも、戦闘中ですら突然と考え事を始める子でしたので、この状況でぼ~っとしていても驚くことはありません。
しかし問題は何を考えていたのか、でしょう。この状況で考える必要のあること、近く急ぐ必要のある内容に限れば……サリア、でしょうか。
「それはそうとイナバ。終わったらすぐにサリアさんのもとへ向かってあげて。その姿を揺れる瞳に映してあげて」
その言葉を聞き、やはりサリアのことだったのかと納得します。
サリアが何かを求めてこの世界に来たことは感じていますが、それが何かはわかりません。きっとこの子にはそれが予想できているのでしょう。
まあ知らなくともできることは多い。私は私のできることを、です。
とりあえず、このゲームを終わらせましょうか。
ユウの言葉に頷いてから、手のひらに1つの種を展開します。
説明で少しだけでてきたように、展開とは情報アクセサリーで接続している情報体を物質……いえ、情報物質として仮初の実体化をさせる行為。そしてこの種は先程、跳び回って回収した果実の情報体を加工して情報を削り、繋げ、そのものとは違った情報としたもの。
加工機能は情報アクセサリーに標準搭載されており、今の私が使えても問題はありません。というか魔法や魔法陣よりもマシだといえます。まあ加工する難易度を考えると魔法のほうが遥かにマシなのですが。
「それはさっき集めてた果実の種? もしかして説明にあった情報体の加工と展開なのかな?」
ユウの問いかけに頷きます。
これは『黄金林檎の残滓』を基盤として加工した『腐敗』をもたらす木に育つ種。『黄金林檎の残滓』には永遠の命をもたらすような効力はありませんが、正常な状態を保つ効力があります。そこをちょっといじれば植物に腐敗をばらまく実を成す木の種ができあがるわけですね。
生命力が高いものほど腐敗の影響を受けやすく侵攻も早くなる特徴がありますので、今回のような場合にぴったりの情報体といえます。
逆にいえば今回ほど適していなければ、数が少ないこれを加工して倒すなどという方法は採らなかったでしょう。
「ぼくにもできるかな?」
笑顔を浮かべワクワクした様子での、おそらく純粋な問いかけだったのでしょうが、急いで首を"横に"振ります。
加工難易度云々の前にこの子に加工をさせてはなりません。少なくとも簡単なもので実力と適正を見るまでは。
「そうだよね。もっと安全な場所で、簡単なものからだよね」
ユウはあはは、と僅かに気落ちした様子を見せました。
お願いですから、貴重なスライムの情報体を実験に使わないでくださいね。
「おっと、邪魔をしちゃってごめんね。終わった直後はゆっくり話せそうにないから、少し話しておきたかったのかもしれない……かな」
こちらもサリア関係でしょうか。
まあ終えてみればわかることと考え、魔法陣を描くのに使った氷柱で地面に小さな穴を開けて種を放り込みます。そして土をかけて綺麗に埋め、準備は完了です。
地面に手を当てて魔法陣が"輝かなかった"のを確認し、千里眼もどき……もう千里眼でいいです。千里眼で捉えている相手のキングへと意識を向けます。
鬱蒼と生い茂る森の中央。そこには一際大きな大樹がそびえ立っていた。
雄大な巨躯をしっかりと支えるように地面に力強く根を張っており、場所が場所なら神樹として崇められていたかもしれない。
しかし、それは知らないものが見つけた場合の話。知っているものは、わざわざ"魔物"を崇めたりはしないだろう。
小鳥のさえずりも聞こえないその森にまた1つの来訪者が訪れた。
漆黒の毛に包まれた、大きな狼。大地を掴む四肢は力強さを感じさせ、先端から伸びる爪は小さな木なら容易く切り裂いてしまいそうなほど鋭く見える。
狼は警戒した様子もなくゆっくりと足を進めるが、その鼻は常にヒクヒクと動いていた。よほど自分の匂いによる感知能力に自身があるのだろうか。
既に手のひらの上だというのに。
狼は少し歩みを進めたところで唐突に振り返るが、首を傾げるだけで前を向き直り再び歩みを進み始めた。
狼がさらに歩みを進めてみれば蔦に足を取られて躓いてしまったが卓越した身体能力から無様に転げることはなく、すぐに元通りの足取りを見せる。
ここで気づいていれば、あるいは。
どんどん密度を増していく森に、狼はようやく違和感を覚えた。少し前に通った時はこれほど自然に満ちていただろうかと。
進み確かめるか、戻り仲間を呼ぶか。判断は一瞬のうちに終えられ、狼は振り向き足に力を込める。次の瞬間には風を切る景色が迎えてくる、そのはずだった。
しかし結果は地面に落ちていた。そう、地を駆けるはずの狼が落ちていたのだ。
違和感を感じる後ろ脚を見てみようと思えば、振り向くことさえままならない。すぐに視界は闇に落ち、自慢の鼻も甘い香りに包まれていた。
そうして動かなくなった狼は脚に巻き付いた蔦に引きづられて近くの木のもとまで引き寄せられる。そして木から飛び出してきた数多の蔦に身を包まれ、開け放たれた時には光の粒子だけが存在を証明するように舞い散った。
引きずった後を蔦が綺麗に整え、再び静かな森に戻る。
そんなことを何度、繰り返しただろうか。密度を増した森の端では木材で作られたような人型の存在がその手に槍を持ち立っていた。
瞳のない顔が見つめているであろう先は森の境界と、線を引かれたように一変した環境。むき出しの土と湖が広がる景色だ。
反対側では小さな火山と流れる溶岩が迎えてくれるので、こちらを選ぶほかなかったのだろう。
今まさにその脚で境を超え、新たな領域へと踏み入れようとする人形はその動きを止めた。母なる大樹を、広がる森を見ようと振り返ろうとして、それは叶わなかった。できたのは柔らかな風に吹かれ倒れることだけ。
あと一瞬だけ振り向くのが早ければ、もしかしたら見えていたのかもしれない。緑に満たされた森から色が抜ける瞬間を。
もう森はない。木はない。草花もない。
残っているのは次世代を育てるための灰だけだ。




