合間の日常 1/1
風に呼ばれて帆を進め。羅針盤を手に入れ幾多の海図を描き続け。それでもなお見知った故郷は見つからず。空の果てさえも、海の底さえも。
辺りを見渡せば、振りし旗に続く船は数多く。そのすべてが故郷を見つけた時、船足が止まってしまうのではないかと"恐怖に怯え"。
それでも無事に故郷に辿り着けますようにと願ってしまう。早く故郷に辿り着けますようにと願ってしまう。
ついぞ見つけた灯台が照らす闇の先、目指してみるのも悪くない。それでも1歩を踏み出せず、皆に背中を押してもらい、旗を振りつつ闇の先へ。
……。
……。
……。
明るい光に瞼を開いてみれば、白い髪と赤い瞳を持つ少年がすぐ目の前で寝息を奏でている。身体を包むのはタオルケットであり、左手を包むのは少年の暖かな両手。
とりあえず空いた右手を動かして、少年の額に近づけて、軽く人差し指を弾いておきます。
「いたっ!?」
パッと左手から離された両手が額を抑える姿に少しだけ惜しさを感じてしまいましたが、それよりも優先すべきことですので。
「おはようございます、ユウ」
「おはよう、イナバ」
こんなふうに名を呼ばれ、嬉しそうに微笑まれては気勢が削がれてしまいます。だから問いかけるだけ。
「私はそこまで疲れているように見えましたか?」
「寝顔を見ていたら止まらなかった、と言っておくよ」
たしかに寝覚めは最高に良く、昨日と比較すればどれだけ疲れていたかは自覚しています。そのうえ眠る前に弱音まで吐いてしまえば、しかたがないのでしょうか。
この子が一睡もしていないのは私の責任が大きいでしょう……けど、眠っていてほしかったものです。時間はまだまだあるのですから。
あるいは、この子を急かすほど危ない状況だったのでしょうか、私は。
……まあ、自分のことは意外とわからないものです。もっともよく見てくれている相手がそうすべきだと判断したのなら、私は受け入れるだけ。
そう結論を出したところで起き上がって大きく背伸びをしてみれば、天窓の先には青空が広がり、穏やかな朝日が差し込んでいることに気づきました。
今、サリアも同じ青空を眺めているのでしょうか。
「うう~ん。さてイナバ、朝ごはんを食べに行こうか」
同じく起き上がっていたユウが大きく背伸びをして、笑顔で提案してきます。
ちらりと千里眼でリビングを覗いてみれば、眠っていないであろうアリサが料理の盛られたお皿を並べているところでした。
まず間違いなく昨日作り損こねたことを気にしていますね。こちらでも真面目な性格のようですから。
「ええ、行きましょうか」
今日もまた楽しい1日が始まるのでしょうか。いえ、哀しい1日になるのかもしれません。
さあ少女の夢よ、長く続いてくださいね。
「さすがアリサさん。美味しいです」
そう言いった凛が手に持つサンドイッチを美味しそうに頬張りました。
たしかにその味は美味しく、高級店で場違いに出されたとしても評価を得られそうなほどです。
しかし、ただ1つ惜しいのは知識不足だということ。
「サリア。こちらのタマゴサンドと、そちらの欲望満載サンドを交換してくれませんか?」」
「欲望満載サンド……ああ、この色々入ったの?」
サリアはそう言いながら、目の前のお皿から1つのサンドイッチを掴み取ります。
「ええ」
そのやり取りに口を開きかけたアリサですが言葉は出てこず、成り行きを見守ると言わんばかりに口は閉じました。
「欲しいなら交換じゃなくてあげるけど?」
「いえ、それでは途中でお腹が空くかもしれないでしょう? 今日も動き回るかもしれないのですから」
「たしかに……。それじゃあ、はい」
「ありがとうございます」
差し出された欲望満載サンドを受け取りつつ、タマゴサンドを受け渡せば、それはそのままサリアの口へと運ばれました。
美味しそうに頬張るサリアを眺めていれば、やはりアルファ世界の食糧事情は悪くないのだろうと思えます。
さて、私も残りを食べてしまうとしましょう。
「そうだサリアさん。部屋にお菓子は持っていった?」
「え、どうして?」
お皿を片付け終え、それぞれが別行動となった矢先。ユウが部屋に戻ろうとしていたサリアに問いかけました。
「夜の女子会のために持っていっておいたほうがいいよ。昨日みたいに突然、イナバが訪れるかもしれないからね」
「え、来てくれるの!?」
嬉しそうにこちらを向いたサリアに、どう答えていいものか。
私が訪れるということはあまり良い意味を保たないこともそれなりにありますので。
「そうですね。2人で内緒話というのも悪くはないですから」
「それじゃあ持っていっておくね。待ってるからね!」
嬉しそうに手を振ったサリアはドアの先へと姿を隠します。きっと保存庫のある台所へ寄ってから部屋に行くことでしょう。
「さてイナバ、聞いておきましょうか。どうしてサンドイッチを交換しましたか?」
サリアが十分に離れただろうタイミングで、テーブルでお茶を飲んでいたアリサが問いかけてきました。
「念のためだったとはいえ、あなたが振る舞うはずだった料理を横取りしてしまったことは申し訳なく思います。すみませんでした、アリサ」
そう言い頭を下げます。
確信はないのですが、行動するのに十分な可能性はありました。
「いえ、そこは気にしていません。別に今日しか振る舞えないわけでもありませんから。ただ、あなたは他人に振る舞われた料理を望むようには見えませんでしたから。気になったのです」
「街で聞こえたのだけどね、異世界の食材の中には身体に合わないものがあるみたいなんだって。イナバはとても耳が良いから、サリアさんに合わない食材を知っていたんじゃないかな?」
アリサが納得したように語れば、ユウが口を挟んでくれます。
「そうでしたか。一応は味見をして安全を確認した食材しか使っていなかったのですが、種族差や世界差は考慮していませんでした。ありがとうございます、イナバ」
そう言い頭を下げたアリサですが、さすがに種族差や世界差を知ることは難しいでしょう。同族に対する毒味を行っていただけでも優秀だと、私は思います。
「それでも十分に優秀だと思いますよ。それにしても美味しい料理でしたが、誰かのために練習したのですか?」
「まあ立場上、ですかね。あとは親友に自慢されて、悔しかったので」
そう言ったアリサはなにかを思い出したのか、悔しさを表情の隅にだけ出して拳を握りました。
緊張が抜けたのか、この世界を楽しむ気になったのか、昨日よりも感情が表に出てきていてなによりですねぇ。
「ところでユウ『参加者の皆様へ通知します』
頭の中に響くような、情報アクセサリーを通じて送られてきた女性の声がアリサの言葉を遮りました。
『本日より街の南方エリアにおいて、高位の魔物を解禁します。どのような魔物であるかは実際にその目で確かめてください』
その言葉を聞いて、凛が言っていた『避けられない魔物』を思い出しました。
『なお、この魔物の撃破をもってチュートリアルの突破とし、本来の世界へお連れすることが可能となります。撃破条件については情報アクセサリーより街管理システムに接続して確かめてくださいね。それでは未来の勇者様方、本来の世界にてお待ちしております』
続く言葉はなく、街を千里眼で見渡してみれば多くの人が動きを止めたのが確認できました。慌てる人もいましたが、近くの人に宥められていてなによりです。
「おっと、これは確認してこなければ。"少年"、今日の夜にお邪魔するので逃げないでくださいね」
そう言い残したアリサがリビングから外に出ていきました。『少年』呼びが少し気になりますが、今は置いておきましょうか。
街管理システムにアクセスしつつ街の外を千里眼で覗いてみれば、話にあった南方、今は誰もいない場所の一角に金属光沢を放つ巨大な人型の魔物が出現したところでした。
それは触れるあらゆる魔法を霧散させる特性から対魔法金属とも呼ばれる希少な金属で体を作る、動く対魔金属ともいうべき存在。妖精族の天敵とも呼ばれたランク"4"の魔物、アダマンタイト・ゴーレム。
まあこの世界のアダマンタイトが同様の特性を有しているかは知りませんが、あのゴーレムは同様の特性を有しているでしょう。
「イナバ、イナバ。管理システムのどこに情報があるのかわからない……」
すでに探し終えて表示を待つばかりの撃破条件をユウに転送しつつ、内容を確認しておきます。
・最後の一撃、魔物を消滅させる攻撃を行ったものを撃破者とする。
・撃破直後、その者を含むパーティのメンバーは全員、撃破扱いとする。
・撃破者に街の自動鑑定にて一定以上の評価を与えられた装備を提供した者も撃破扱いとする。
・6日のうちに撃破できなければ強制ログアウトとする。
たしかにこれは楓の言う通り、凛には避けては通れない魔物ですね。
そしてきっと、サリアにも。
「……イナバ、最終日に突破しよう。魔物はすべて任せるね」
それは誰がためか。ユウはそれしか語りませんでした。
「ええ」
それでも私は頷くのです。それが最善だと知っているのですから。
「そうすると今日は暇になったかな。アリサさんがおおぽかしそうな気がするけど、もう間に合わないし……うん、掲示板でも眺めておくよ」
そんなやり取りをしている間にも、1体目となるオリハルコン・ゴーレムの外装は破壊され核が剥き出しになっています。即座に鋭い太刀筋を見せた剣撃が核に迫りましたが、それは弾かれました。
首を傾げる金髪碧眼の女性は「まあいっか」といった様子で再び斬りつけます。
何度も、何度も。
相変わらず1人で戦っている時は脳筋思考ですねぇ、あの子は。
「そうであれば私も掲示板を眺めておきますか」
そんなことを言いながら目の前で微笑みを浮かべる小さな少年を眺めて思うのです。
サリアに、部屋に食料を備蓄しておくように勧めたタイミングがバッチリ過ぎますよねぇ、と。まあ別に不思議ではないので放っておきますが。
さて、お昼ご飯は何を作りましょうか。




