再開 2/2
『3、2、1、スタート』
カウントダウンが終えられ開始が告げられると同時に、近くの木へと跳びはねます。
ユウに攻撃が向かうようならば別の戦い方をすべきかとも思いましたが、ウルフの視線だけでなく身体すらこちらを追いかけ動いているのでそのままで。
木の側面に優しく着地し、すぐさま別の木へと跳びはねます。
1つ、2つと木を渡っていけば駆け出そうとしていたウルフが戸惑い、その場で足踏みをする様子が窺えました。これならば予想通り、この身体の身体能力だけでもウルフが倒せそうだと判断して次へと移ります。
え~……う~ん……ほい。
どうやら問題なく望んでいた通りの効力を発揮したようで、身体に先程よりも強い力が巡るのを感じられます。木々の間を跳び舞う速度が飛躍的に上昇し、ウルフが視線で追うことを諦めて鼻をひくひくとさせはじめました。
人族にはできない、"作られた身体"を持つ私達の優位点。いえ、あの子ならできてしまうのでしょうか。
この後いずれは訪れるであろう出会いを想像して少し嬉しくなりましたが、今は戦闘中。完全に優位に思えているとはいえ、油断してはいけません。それに確認はまだ途中ですから、最後の1つに移りましょう。
本当はもう少し試したいものもあったのですが、さすがにこのウルフ相手にもちいるのは気が引けるというか……いえ、違いますね。ここで使えば望みから逸れてしまう、そう思ってしまったのでしょう。
そんなこんなで最後の1つ、魔法ですね。知っている系統の魔力があるのですから当然、使えるでしょう。
ユウの首元に覗く銀色の鎖の先、そこにあるものが観測どおりであればもう1つの戦力が扱えるかもしれませんが……中身はからだと思うのですよ。
そもそもあれの存在は"説明者"から明言されていません。存在しない力であった場合、私どころかユウにまで迷惑をかけてしまう可能性すらあります。
その点、魔法ならば話にはでてきましたし、知っている系統の魔力観測もできていますから問題はないでしょう。なぜ知っているか問われても説明できるだけの対策は持ち合わせてるので安心して戦力として扱うことができます。
木から跳びはねる際に勢いを弱め、ウルフの背にふんわりと着地します。
ウルフはまだ気づいていないようで鼻をひくひくさせていますが、直後には匂いで気づかれてしまうでしょう。現状ではこれが精々ですが、匂いを気にしていられる直後が存在していなければいいのです。
バチン。
ウルフと私の接点から大きな音"だけが"発生しました。そして私の身体はウルフの身体をすり抜けるように地面へと落下を始めます。
まるで私がウルフの背に着地したタイミングでウルフが消滅したように。
綺麗に着地しながら千里眼もどきを利用して俯瞰視点で周囲を見てみれば、私の身体が光の粒子に包まれている様子が確認できました。
それは発生した時の真っ黒で闇のような靄とは正反対のような、陽光のような優しく輝く粒子。肉眼ではどのように見えるかといえば、光の粒子が空に昇る様子が壁となり、その先を見ることは叶いません。
そんな状態の私を誰かの手が、いえ、ユウの手が抱きしめます。同時に光の粒子はユウの胸元に吸い込まれ、まるで服の先にあるなにかに吸収されるように消えていきました。
「お疲れさま、イナバ」
……変わりませんね、この暖かさは。
"展開"されたばかりなのに異常な戦闘能力を持つ、異常とも感じられるだろう私を怖がりもせず、ただ迎えてくれる。本当に変わりません。
『驚きました。本当に召喚直後ですか? 実は別の場所で召喚された子だったり……?』
"少しだけ"驚きを感じられるその声音に安堵を覚えます。
今回は違えなかったと。
「この子はきっと天才なんだよ。頑張りやさんの、ね」
立ち上がりながら呟かれたその言葉は、きっと抱きしめられている私にしか届かない声だったのでしょう。千里眼もどきの俯瞰視点でも、肉眼視点でも、ユウの表情は読み取れません。
『まあ、これで戦闘チュートリアルは終了としてもとの説明に戻りますね。他の世界ではこのような魔物達が闊歩しており、そこに住む人々は日々それらの脅威と隣り合わせで暮らしていますが、それでもゲームにログインできる程度には安全を確立できています」
日本でいう自衛隊、警察にあたる人々は気軽にログインはできないのでしょうね。通常のVRゲームと同じ条件ならば、ですが。
それにしてもこのゲーム、誰がどうやって配布したのでしょうねぇ。特にアルファ世界が気になります。
『それはどうしてか。あなた達から見れば特別とも異能ともいえる力の影響が大きいでしょう。魔法や種族特性、妖術に天術などなど、詳しくは自身で出会って交流を築き、お聞きしてみてくださいね』
妖術が気になりますね。
それにしても私を抱き上げているこの子は、そろそろ限界ではないでしょうか。抱き上げた時点で見事と思ったのものですが、おそらくこの子は身体能力が低い。動物では軽い方であろう私を抱き上げるのすら困難なほどに。
『しかし、あなたがたアルファ世界の人々には特別な力がありません。魔物と出会えば"普通は"餌食になるでしょう』
一番の武器であった科学兵器が一切通用しない相手ですからね。魔法と弓を主として戦うエルフに、硬くて魔法が一切通用しない相手と戦えと言っているようなものです。
それにあちらも……おそらく存在していないのでしょう。今しがたの解説通りならば、ですが。
『そこで1つの力を伝えましょう。それは情報体と呼ばれる未知のなにかをもちいて自身に情報を追加するもの。自身から湧き出す情報エネルギーを利用して情報にもどづいた特殊能力を自身に追加したり、情報兵装とも呼ばれる武器を情報物質として展開する力を』
そこで言葉は区切られ、ユウの目の前に銀色で満たされたネックレスが現れました。
不思議に浮かぶそれは楕円形のペンダントにチェーンが通してあるだけの簡素なものに見えます。
『足が速くなりたければウルフから取得可能な『俊敏』の情報を追加すればいい。火の魔法を扱いたければ同様の魔法を扱う、たとえばファイアスピリットと呼ばれる魔物から取得可能な『火魔法』や『ファイア・アロー』の情報を追加すればいい。短剣が欲しければウルフから取得できる情報を加工して展開すればいい。これらをもちいることでアルファ世界の人族は、他の世界の人々に劣らぬ力を得ることができるでしょう』
ここで区切るということは情報の物質化の説明はしないのですね。
まるで与える情報を制限しているようにも思えますが、見方を変えれば未知と可能性を残しているようにも思えます。後者の考えであれば私は好みですね。
『それを容易に可能とする情報アクセサリーを与えます。簡単な説明書は内蔵していますので安心してください』
起動できないことに対する注意書きはどうやって見ればいいのでしょうね。それが稀だとはわかっていても、つい考えてしまうものです。
それはそうと、この子はきっと既に1つ貰っていますよね。そして今回のものは説明のために出現させたのでしょうが、たしかに与えるといいました。私にも聞こえるように。
ああ、この子の変わらぬ笑顔が眩しい。
「見事な成果を見せたから、イナバにも貰えるんだね。隠し要素、というのかな?」
無邪気で楽しそうな声が頭の上から響きます。
『え……そ、そうです。イナバちゃんは私が驚くほどの見事な活躍を見せてくれましたので、特別にもう1つ準備させていただきました。どうぞ、受け取ってくだ、さい』
最初の動揺と最後の若干、悔しそうな声がなければ用意されたものだと考えられたのですけどね。
少しの揺れも感じることなく足が地の感触を感じ、暖かい手が離されます。上を向けば浮かんでいるネックレスがユウの手に握られているところであり、それは私の首へ回されようとされたところで、その動きを止めました。
「……ねえ、形状はこれしか選べないのかな?」
再び立ち上がったユウは空を見上げ問いかけます。
『そうですね』
特に何も考えず答えたような自然な声に思うのです、『ああ、せっかく与えられた逃げ道が』と。
「これはイナバに贈られたもの、だよね?」
『……とても、似合うと思いますよ?』
気づいたのでしょうが、引くに引けないのでしょう。意地っ張りめ。
「新しい流行かな? ぼくの予想では引きずって移動することになると思うのだけど?」
そう、小さな兎の身体で展開されている私にはチェーンが長すぎるのです。
別に問題ないですし、あとあとを考えると今の長さでもかまわないのですが……まあ、好意に甘えましょう。
『が、頑張って扱っている姿は、とても可愛く映ると思うのですよ?』
その程度ではというか、ユウを納得させられる案が出てくるとは思えません。開幕の返答で既に負けていたのでしょうから。
提案後の沈黙はまだ僅かに残っている期待なのでしょうか。
「弱い人類に用意された抗う力?」
『……はい、形状を変更してイナバちゃんでも扱いやすいものにします』
ユウの一言で最後の期待は打ち砕かれ、下降気味の声音が響き渡ります。
「ありがとう、こちらの要望を聞いてもらって」
そう言ったユウはニッコリと楽しそうに微笑みます。
きっとこの子の目的は"私が扱いやすい形状に変更してもらうこと"ではないのでしょうけど、それでも嬉しいものです。まあ1度、手にしてしまえば"天才"で片付けられるので、今後はこのような苦労をかけることはないでしょう。
ユウの手からネックレスが消え、僅かな間をあけて再び目の前に出現しました。そのチェーンの長さは先程よりも短くなっており、目算では私の首にちょうど合った長さになっているようです。
そして今度は止まること無く、かがんだユウの手で私の首へとかけられました。意識に割り込むように様々な情報が流れてきますが特に必要な情報はありません。そのため、その中の1つ、登録作業を開始します。
とはいっても流れてきた情報通りに情報アクセサリーの存在する1箇所へアクセスするだけであり、難しいことはありません。"扱えるのなら"誰でもできて、必要な時間も1秒に満たないものです。
「イナバ、登録はできたかな?」
こちらを向いて問いかけてきたユウに頷くことで答えます。その表情には僅かに心配が見られますが、とりあえず確認しただけといったところでしょう。
さて、早速いじりましょうか。基本設定では扱い難いです。
『少し寄り道をしてしまいましたが、次は身体に関してです。その身体は仮想世界のものであり、現実には影響しません。こちらでいくら太ろうが元の世界での体型は変わりませんし、こちらでどれだけ運動神経の良い身体になっても元の世界では変わらずです』
少し気になるのは最初にログインした直後の身体および再ログインした場合の身体ですが……まあ最初は元の世界と同等、次のログインでは前回の最後を引き継ぐといったところでしょうか。
『そして死亡してしまった場合についてですが、ログアウトしていただきます。次回ログイン時にはなんの制限もなく開始できますので、ご安心を』
ログアウトがデメリットになる、ということですね。そしてログイン時に制限というか、デメリットが無くなっているとなれば……時間でしょうか。
『最後にログイン時の時間経過についてです。基本的にこの世界では元の世界よりも時の進みが早くなっているのですが、それは一定ではありません。一定期間ごとに変わるのですが、システムコール系統魔法および、とある設置型オブジェクトで確認可能となっていますのでご利用ください』
オブジェクトでの確認がメインになるでしょうから、街あたりにでも設置してくれているのでしょう。
『ちなみに現時点での経過時間の差は『時間停止』。こちらの世界が90日を刻む間は変わることがありません』
身体に入っていた知識では言語が共通化されているようですし、24時間が1日の90日と考えてもいいでしょう。
死亡によるデメリットはたしかに大きいですね。こちらの世界が楽しくなるほど、なおさらに。
『さて、これで私からの説明は終了となります。最後になにか質問はありますか?』
顎に手を当てて僅かに悩んだユウは口を開きます。
「……それでは、あなたの名前を教えてほしいな」
『名前、ですか……。申し訳ありません、設定されておりません』
戸惑うような声で告げられたのは名無しの事実。
「そっか。じゃあ、また会おうね」
特に気にした様子もなく再開を告げたユウは、その手を宇宙に差し伸べます。
なにもないはずの、その空間へと。
だから私も空へ手を伸ばします、『次の時を楽しみにしています』と。小さな手ですが、ついでです。
『はい! また会いましょう!』
それはどちらに向けられた応えなのか。当然、2つの手は握られません。握る必要はありません。
それでも弾むようなその声は次の可能性を伝えてくれます。
『それでは開始地点に転送します』
さて、転送先はどんなところでしょうか。
人々が集う街でしょうか。魔物がひしめく闇夜の中でしょうか。はたまた綺麗な綺麗な花畑でしょうか。
油断するつもりはありませんが、きっと安全なところでしょう。いえ、そもそも死んでしまってもログアウトするだけの比較的、安全な世界でしたね。
まあ、とりあえず楓と四葉を見ておきたいので皆が集まる街などだと嬉しいですね。そして出会えれば……きっと続くのでしょう。
『お気をつけて』
視界が切り替わる直前、そんな声を拾いました。




