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ユウバリ 5/5

「終わりましたか?」

 

 その声に振り返ってみれば別のフィールドで訓練をしていたはずの3人がそこにいた。

 姉さんと凛さんの2人には少しだけ疲れている様子は窺えるものの、翠さんや時雨さんのように動くのも辛いというほどにはならなかったようだ。

 まあ、そもそも肉体的な疲労は消えるので、そうだと思いこんでいるから疲れているだけではあるが。

 

「お疲れ様。まだ時雨さんの順番。葵さんが終わっていないかな」

 

「そうですか。それと……翠はどうしたのですか? それと、隣りにいる彼女は誰ですか?」

 

 そう言ったアリサさんは、隅にいる2人へをちらりと見た。

 

「彼女はユウバリさん。翠さんが召喚した、パートナーだよ」

 

 パートナー。そう、パートナー。

 

「イナバや仁淀のような存在ですね。そうなると……また"知っていたから"、話しているのですか?」

 

 その言葉に首を横に振って答える。

 

「では今回は知らなかったと」

 

「違うよ。翠さんの様子がいつもと違うのは、ぼくが原因」

 

「おや、いたずらして怒らせましたか?」

 

 たしかに怒らせたことには違いない。

 

「凛さんがかっこ悪いかどうかで、少し言い争っただけ」

 

 そう口を開けば3人は驚いたような表情を見せてくれた。

 そして周囲の皆……時雨さんとサリアさんと、葵さんが居心地悪そうにしているのが気配でわかる。

 

「本人を前にして、それを言うのですね」

 

 アリサさんは少しだけ怒った様子を表に出し、そう言った。

 

「濁していい内容ではないから」

 

 しっかりと伝えなければいけない内容だから。

 逃げ道なんて与えないよ、ぼくの勇者。

 

「……ユウくんが、翠ちゃんにそれを言ったの?」

 

「うん、ぼくから言った」

 

 姉さんの底冷えするような声が耳を打つ。

 僅かに俯いていて、表情はしっかりと視認できない。

 

「そうか、私はかっこ悪いか。そうだろうな」

 

 だからこそ、皆は驚いたのだろう。

 普段と変わらぬ口調で、それが当然といった様子で、当の本人がそう言ったのだから。

 

「昔はかっこいいかもと自惚れたこともあったが、それは間違いだと気づいた。いや、気づけた。今は……情けないものだな」

 

 普段と変わらぬ微笑む表情がから笑いに見える。

 

「だが、翠が反論してくれたというのは少し嬉しい気分でもあり、悩むような内容でもあるな。きっと昔の私がかっこよく見えていて、それが残っているだけだろうから」

 

 それは嬉しそうに、悩ましく。

 昔の自分がかっこよく見られていたことは疑わない。今の自分をそのままに見えていることも疑わない。

 凛さんの"2人"に対する信頼が言葉に表れている。

 

「ほう、かっこ悪いと言われて認めるのですか」

 

 アリサさんが興味深そうな声で横槍を入れた。

 

「容姿とか、振る舞いとかではないのです。そうですね……そう、在り方が、かっこ悪いのかもしれません」

 

 凛さんは少し悩んだ末、まだ納得がいっていない様子でそう結論づける。

 

「そうかな。容姿や、振る舞いや、在り方も。ぼくから見ればかっこよく見える。だからそこじゃないと思うんだけど、どうかな?」

 

「なに、そこもかっこよくできていたのか。ならば、なにが足りないのだろうな」

 

 嬉しそうに笑った凛さんは再び悩みだした。

 それは楽しそうに、辛そうに。

 

「というか、かっこいいとかかっこ悪いとか、子供ですかあなた達は」

 

「ふふっ、面白いことを言うねアリサさんは。ぼく達は見た目通り、年齢通り、子供だよ?」

 

 そう答えてニコっと笑ってみれば

 

「え、15って子供なの?」

 

 サリアさんから疑問の声が挙がった。

 

「一人前、じゃなくて子供だよ」

 

「ああ、哲学的ななにかね」

 

 サリアさんの世界では12歳で魔物を倒せて一人前。大人の仲間入りともいえる。

 倒せなければ、などとはいえない。倒せなければ命を失っても不思議ではない世界なのだから。

 

「それではもう1つを聞きましょうか。あなたの抱きかかえている鳥はなんですか?」

 

「ルビーだよ?」

 

 ぼくの腕の中で気持ちよさそうに目を瞑っている鳥。正確にはホークと呼ばれるランク1の魔物の姿をした女性。

 

「つまり、2人目ということですか。従魔魔法は2人目も召喚できたのですね」

 

 アリサさんは特に気になるところなく、納得するようにそう言った。

 だから思ってしまう、相変わらずの『ドジっ娘』だと。いや、詰めが甘いだけか。

 

「従魔魔法の手順を確認していたんだけどね、最後までしたら召喚できたんだ」

 

「人型ではないのですか?」

 

「アリサ、人型が基準のように思わないでください。これ1つ手に入れるのに、どれだけ苦労すると思っているのですか」

 

 イロハさんが呆れ声でそう告げる。

 イナバがくじ引きで引き当てるなんて方法を採ったのだから、難易度は言わずもがな。ぼくなんかが手軽に入手できるものではないということ。

 

「そうなのですか? 知り合いの従魔は皆、すぐ人型になっていたので簡単なものかと思っていました」

 

「私は人型を手に入れるために全財産と引き換えた。その中には希少な完全な情報体も含まれていて、それでも人型情報の破片しか得られなかった」

 

「……難しいということはわかりました」

 

 四葉の説明を聞いたアリサさんは、諦めたようにそう言った。

 

「では入手しやすいランク1で、ということですか。しかし……彼女ならもっと良い情報体を用意できたのでは?」

 

 そう言ったアリサさんは、イナバ達が離れていった方向へ視線を向ける。

 

「いくつか理由はあるけど、まあ……ぼくが用意したものがそれだった、というのが一番の理由だよ。それにこの子は鳥型に興味を持っている気がしたから――」

 

 そこで口を閉ざしたが、もう遅い。

 

「ユウ、どういうこと?」

 

「直感、ということで納得してくれると嬉しいな」

 

 手順を"理解できている"四葉にとって、初召喚の際に身体を選ぶということが"おかしい"のは不思議じゃない。でもイナバならば不思議には思わなかっただろう。

 それに直感というのは間違っていないのだから、納得してもらうしかない。

 

「そう」

 

「そうなると、その子も領土戦に参加させるのですか?」

 

「ルビー、どうする?」

 

 抱きかかえるルビーに顔を向けて聞いてみる。

 茶系統の羽毛に包まれた、少し大きめの強そうな鳥。日本というか、あちらの世界でも野生に生息していそうな鷹のような姿をした身体を持つ、この子はどうしたいだろうか。

 もし、望むのなら……そう思っていたが、強く首を縦に振る姿を見て、頭の中の理想を振り払う。

 

「じゃあ本陣を守ってもらおうかな」

 

 そう伝えれば、ルビーの黒い瞳がじっとこちらを見つめてきた。まるで納得できないというように。

 

「ダメだよ、ルビー。他のどこかに参加したければ、それだけの力を示さないといけない。そこから始めることを選んだ君は地道に歩まなければならない。決めたのは、君だから」

 

 少しだけ見つめ合い、ルビーは諦めたように視線を逸す。

 イナバとなにかしらのやり取りをしていたのは知っている。それでもルビーはこのままの姿だった。一足飛びに強さを求めていれば姉さんの場所に行けただろうけど、その先は容易に想像できてしまう。

 

「焦らなくていいから、じっくり進もう。とりあえず街の周囲の魔物をあらかた倒せるように、かな?」

 

 そう言いルビーをぎゅっと抱きしめて頬を触れさせる。

 倒せないぼくが言うのもあれだけど、その程度ができないようでは姉さんの戦場には行けない。"戦う力"で示すのならば、それでもまったく足りていない。

 

「本陣は飛び回るには適していませんが、いいのですか? 適当に飛んで偵察をしてもらったほうが活躍できると思いますよ?」

 

「ダメだよ。ぼくとの繋がりが見える能力があれば、居場所がバレてしまう。それが無いとは思えないから」

 

「……まあ、1・2陣は特殊な能力の持ち主ばかりですからね。リスクにはなりますか」

 

 アリサさんはそう言いながら、納得した様子で頷く。

 そもそも偵察できるだけの能力が身についていないのだから、それでは撃ち落としてくださいと言っているようなものだ。特に領土を得ているような相手ならば、弱小の姉さん達相手に慎重過ぎる動き方をしてくれるとは思えない。

 と、ルビーをもふもふしながら、そんなことを考えていれば話を終えたユウバリさんが近寄ってきていた。

 

「やっほ~、私の役目は終わりましたから、何か手伝えますよ……って、凛おじょ……凛ちゃんに楓ちゃんですね?」

 

 もう言ってしまえばいいのにと思いつつも、声をかけられた2人へと視線を向ける。

 

「ああ、私が凛だ。これから、よろしく頼むよ」

 

 そう言った凛さんが右手を差し出せば、ユウバリさんが元気よく握り「よろしくね」とにこやかに返す。

 

「私が楓、よろしくね。ところで、もしかして知ってた?」

 

「知らない……かな~。多分、知りません。翠から話を聞いた限り、ただ似ている人を知っていただけのようです」

 

 そう言ったユウバリさんは頬に指を当て、にははと笑う。

 そして一転して真剣な表情を浮かべ2人の、特に凛さんの目を見つめて口を開いた。

 

「……ところで2人とも。翠のことは聞かないのですね」

 

「あれは何かを考えている時の翠だ。経験上、放っておけば最も良い答えを出してくれる」

 

「私が口を挟むとね、そっちを有力として考えちゃうから。私は翠ちゃんの結果を聞きたいもの」

 

 その答えを聞いたユウバリさんはぽかんと口を開いたままで2人を、特に姉さんを見つめる。

 そして優しく微笑んで

 

「翠は良い友人を得られたようですね」

 

 と、嬉しそうに言った。

 

「それなら、代わりにイナバについて聞いてもいいかしら?」

 

「う~ん……私に聞くよりもイロハさんに聞いたほうがいいと思います。さらにいえば仁淀さんや長門さん、ですかね。多分」

 

「その3人には既に聞いたんだけどね、誰も濁すのよ」

 

「それなら言えることはありません。なにせ私も濁されましたからね」

 

 そう言ったユウバリさんは少しだけ悔しそうに笑った。

 きっと伝える必要がなかったから。濁したのではなくて知る必要がなかったから、言わなかっただけだと思う。

 

「そう、ごめんなさい」

 

「いえいえ。ところで長門さんや仁淀さんにコンタクトが取れたりしますか?」

 

「えっと「ユウバリさん」」

 

 姉さんが口籠ったのを上書きするように声をかける。

 

「はいはい」

 

「翠さんの件も区切りがついたみたいだから、今から送る場所に行ってみて。仁淀さんに直接確認したわけではないけど、会えるように都合をつけておいたから」

 

「え、知り合いだったんですか?」

 

「護さんとは連絡先を交換しているから」

 

 イナバ達の話を盗み聞……ちょうど聞こえてしまっていた時に約束は取り付けてある。

 

「いつの間に……」

 

 葵さんのそんな呟きが聞こえてきたが、男性の話し相手が欲しかったのだ。それになにより、長門さんの召喚主なのだから。

 "なぜか"イナバが教えてくれた機巧少女専用ネットワークを検出して、その中から……というか、今は1つしかない接続可能グループへと接続する。

 そして所属するユウバリさんへと情報を送った。

 

「ありがとう! 早速、会ってきますね」

 

 そう言い終えるやいなや、ユウバリさんの身体は消える。

 焦る気持ちはわかるけど……いや、焦るのが正解なのかな。そう考えればむしろ……いや、ああ、そっか。

 でも教えてあげなかったってことは自分で気づいてほしいのか、それが固有に近い技術なのか。鬼さんも狐さんも使えないみたいだし、きっと固有に近い技術なのだろう。

 

 考えをそこで区切り、姉さんへと視線を向ける。

 その視線は虚空を見つめており、その思いはなきものを見つめているようにも思えた。

 

「……姉さん、羨ましい?」

 

「え、なにが?」

 

「イナバに聞けば、きっと教えてくれるよ?」

 

 イナバは姉さんに甘々だから。失敗すると分かっていても、自分の感情も加味して成功する可能性にかけてしまう。

 

「……ううん、いいかな。1度は失敗しているわけだから、今は挑戦したくない。それに……ううん、なんでもない」

 

 振り切るように首を横に振った姉さんは、普段通りの雰囲気へと戻る。

 

「ん、何が羨ましいんだ? 翠とユウバリか?」

 

「……凛ちゃんさ、こういう時は鋭いよね」

 

「そんなに褒めないでくれ。まあ私も羨ましいなと思っていたところだ。イナバに聞けば、教えてもらえるのだろうか?」

 

「凛ちゃんには教えてくれないわよ、きっと。それに私にも」

 

「そうか」

 

 ……こういう2人を見ていると、羨ましいなと思ってしまう。

 ぼくには望めない、信頼し合える親友が。


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