チェス盤の上で 4/4
『黒側キングの消滅を確認。白側チームの勝利です』
そんな声が響いたかと思えば、視界が暗転して次にはチェスを始める前の部屋が広がっていました。
輝きを失った16の魔法陣と、そのうえで寝転がる16人。その1人の隣にいた私は約束通り、クイーンの魔法陣のうえで天井を見上げる少女へと近づきます。
「え……私は……もう終わり、なの?」
言の葉が進むごとに震えを増す声に、思わず跳びはねます。少女の頬に流れようとしたそれに止まれと告げるために。
「うぇ!」
カマキリから回収した浮遊の情報体を接続して起動しており、非力なユウですら片手で抱えられるというのに、そんなに重そうな声を出さないでほしいものです。
「え……イナバちゃん?」
お腹の上に乗った私を見たサリアは、恐る恐るといった様子で左を向きます。
迎えるのは新雪のような白い髪を揺らし、ぼけ~とした様子で前方にある魔法陣の1つ『ポーン』の方向を見つめる可愛い少年。
目をパチクリとしたサリアは再び私へと視線を戻して、こちらに手を伸ばしてきました。
「あれ、確かに私は雪だるまに……」
不思議そうに私を抱き上げて胸へと抱き寄せます。そしてギュッと抱きしめられたところで、ようやく震えない声が口から漏れ出しました。
「よかった」と。
「あれ、ゲームは?」
「ぬぅ、負けてしまったのか?」
次々と身体を起こすプレイヤー達。
そんな皆を見て、サリアは急に立ち上がります。そしてキングの魔法陣、そのうえで周囲を見渡していたユウへと近寄ろうとして
「あっ」
「わっ」
転びました。ユウへと覆いかぶさる形で。
「ご、ごめん――」
急いで起き上がろうとしたサリアの頭をユウが抱きしめ、言葉を遮ります。
「きっと皆、疲れているんだよ。ここには魔物もいないようだし、休憩しよう?」
サリアに向けて、というよりかは周囲で起きたばかりの皆に向けられた声は優しく、皆の緊張が抜けたのがみてとれました。
キング以外は皆、負けたのです。魔物に命を刈り取られたのです。現実であれば死んでいたという事実は、ここがゲームのような世界だと理解していても、命を失わない場だとわかっていても、心を揺らしてしまうものですから。
「だから」
そこで言葉を区切ったユウは、サリアの頭を膝に乗せるように優しく動かします。
「あなたも今はゆっくり休んでね」
膝枕です。ノーパン膝枕です。いえ、嘘です。
あちらの空間で装備を失っていたとしても、こちらの空間では元通りというよりかは、もとから失われていないような状態です。それを示すようにこの部屋の誰1人として衣服を含めた装備に欠けは見られません。
全員が魔物と戦闘を行い、負けているのにです。
「……うん、休もうかな。少し疲れちゃった」
そう呟いたサリアはゆっくりと瞼を閉じました。
そんな2人の様子を見てか、勝敗条件であったはずのユウへ何かを尋ねようとしていた竜人は動きを止めます。
「♪~~~」
誰もが口を閉ざした静かな空間に綺麗な歌声が響きます。
日本語ではありません。竜人の言葉でもありません。どこの言葉でもないでしょう。それでも、それは心を揺らします。心地よい揺り籠のように。
私も子守唄を聞きながらゆっくりと眠りたいところですが、その前に念のため確認して置かなければなりません。
サリアの腕からもぞもぞと抜け出し、安らぎを奏でるユウの隣で立ち止まります。そして
「っ!? ♪~~~」
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ歌が乱れました。
それは気づいた様子を見せた皆が再び瞼を閉じた程度の乱れであり、今はすでに元通りです。
しかし私には綺麗な歌を紡ぐユウ、その瞳がこちらへと向いたのが見えています。僅かに頬が赤いのは演出でしょうか。
別にパンツが戻っているかスカートを捲っただけだというのに。当然、良識はあるので仮にパンツが存在していなくとも、見えない位置からめくりました。何がとは言いません。
結果として白いアレが観測できたので私もようやく休憩できるというものです。
ユウの背中側に移動して丸まり、意識を歌声に委ねます。
ノーパン膝枕なんて存在しませんでした。