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再開 1/2

 朧気な意識の中、流れてきた存在を掴み取ります。その瞬間、意識がはっきりとして、感じられなかった五感が蘇ってきたような気がしました。

 

 眩しい視界を埋めるのは1人の少年。

 こちらを見つめる、心を鷲掴みにするルビーのように赤い瞳。優しげで嬉しそうな笑顔を縁取るのは、初雪のように真っ白で膝丈まで伸びている白い髪。可愛い方向へ整った容姿は少女を思わせますが、私はこの子が少年であると知っています。

 視線を瞳からおろしていけば、まるでピクニックに来たかのような服装が視界に入りました。上半身には黒い文字で『だんしんぐ・ししゃも』と描かれた白地のティーシャツを着ており、そのうえに同じく白いパーカーを羽織っています。パーカーに付随するフードは背中に垂れたままです。

 足元は丈夫そうな茶色いブーツ。そして途中で通過した下半身は水色で膝丈のスカート。水色で膝丈のスカートです。

 

 そんな少年の姿を見ているだけで、心が熱いもので満たされます。嬉しいような、怒っているような……まるで欠けていた何かが埋まったような。ようは自分でもよくわからないのです。

 そもそも今の状況すら把握していません。不思議な感じのするこの身体、自分自身の身体のことさえも。

 そこまで考えたところで、ようやく周囲にも意識が向きました。

 

 そよ風が木々の葉を揺らし涼し気な音を奏で、それを引き起こしたであろう心地良い風が優しく身体を撫でて通り過ぎれば、草木の薫りをも運んでくれます。

 首を回して周囲を見てみると、やけに大きな木々が目に入りました。葉が生い茂るそれらはこの場所を薄暗く覆っており、時折、木漏れ日を許す程度です。

 合間にも木々しか眺められないことから、ここが森の奥深くであると予想できます。

 

『ここはどこなのですか?』、そう目の前の少年に尋ねようとしましたが、それは叶いませんでした。開いた口から慣れ親しんだ言葉が出てこないのです。

 首を傾げつつ顎に手を当てますが、そこで感触が違うことに気が付きました。もふもふとした、まるで柔らかな毛に包まれているような感触。嫌な予感が積まれます。

 しかし見えなくとも結果は変わらない。そう思い自身の手を前に突き出して、そっと視線をおろしてみれば……そこにあったのは白くやや長い毛に包まれた短い手。なんだか奥に肉球が隠れている感じがしますが、とりあえず人型でないことは理解できました。

 さらに確認しようと頑張って首を捻れば、手と同様に白い毛に包まれた丸っこい身体と足が見えます。ついでに手を持ち上げて頭部を確認してみれば、感触から"頭頂"に2つの何かの存在を確認できました。

 

 ……おぅ、らびっと。

 

 もしかしたら、もしかしたら違うかもしれませんが、『兎』の可能性がとても高い。嫌な予感は的中したといえますが、可愛げのある動物なだけマシですね。

 

「ぼくが呼び名を決めてもいいのかな?」

 

 と、そんな作業を行っていたところに、私に合わせるようにかがんだ少年の言葉がふってきます。

 綺麗な湧水のようなその声はどこか不安さを……いえ、納得できていないような感じがしました。それでも見上げてみれば少年の表情はわずかに不安気ですが、笑顔を崩してはいません。

 それが気になりながらも、うんうんと頷いて了承の意思を伝えます。大切な名前はありますが、今の時を、続くこの時を歩むのは今の名前であるべきでしょうから。

 

「ありす……かぐや……イナバ。そう、イナバだね。イナバでどうかな?」

 

 私が人型であれば涙を流しこの子を抱きしめていたかもしれません。それでも身体は兎であり、この子の足に抱きつく程度しかできませんでした。

 この身体は涙がでないようですので。

 

「気に入ってもらえたようで良かったよ」

 

 そんな私を見て、少年は嬉しそうに微笑みました。

 今、魔物に襲われたら少し危ないかもしれません。この身体に慣れていないというもっともらしい理由もあるのですが、なにより心が大きく揺れています。

 そんな私のこころを見透かしてか、少年は私の頭に優しく手を乗せてくれました。そして告げるのです。

 

「ぼくのことはユウって呼んでほしいな」

 

 ……見上げた先に待っていた表情は普通に微笑んでいるように見えますが、きっと悲しんでいるのでしょう。それがなにかもわからずに。

 私が今の名を求めたように、この子もまた今の名があるのでしょう。

 すっと心が冷静になったところで能力の1つが扱えるかどうか試しておくことにします。

 とぉ……やあ……できました。

 空間情報を……ではなく、あの子達に説明した時には……そうです。自身の近くに基点を置いて俯瞰視点で広範囲を見ることができ、物体などの可視化、不可視化を制御できる能力と説明しましたか。

 結局は『千里眼ですね!』の一言で皆が納得した良い思い出です。まあ違うのですが。

 

『はい、見事に成功しましたね。次の段階に移ってもかまいませんか?』

 

 頭の中に優しく聞こえる若い女性のような声に、この子がこの程度で失敗するはずがと思いましたが、それよりもです。

 なぜここにいるのですかね。

 千里眼もどきで木々などを透過して周囲を見回しても誰もいないのですが、たしかに声は聞こえてきました。声の聞こえ方からも遠隔伝達系のなにかしら、そういうことにしておきましょう。

 

「もう1度、この世界について説明をしてもらえないかな? しっかりと覚えておきたいから」

 

 空を見上げてそう伝えたユウの姿が、千里眼もどきで得られた視覚情報で確認できました。

 これは召喚直後でなにも知らない私のためか、あるいは本当にぼんやりとしか覚えていないのか。この子、そこまで記憶力は良くありませんでしたから。

 いえ、周囲が凄かったと言うべきですか。

 

『構いませんよ。それでは最初から、この世界についての説明をさせていただきますね』

 

 穏やかに、そして楽しそうな声に一安心します。ここは切迫した世界ではないと知ることができて。

 

『ここは複数の世界からログインが可能な仮想空間『ベアリアス・ワールド』。今もこの世界のどこかで、あなた方とは違う世界……たとえば魔法が発達しており精霊族や天族が住まう世界からも多くの人々がログインされて世界を歩んでいます。そしてあなたの世界は通称『アルファ世界』。魔法も種族特性も無く、上位生命体としては弱い『人族』が最も多い世界となります』

 

 ほぅ。人族以外もいると。

 

『しかしながら、この世界は魔物が闊歩する世界。アルファ世界では見かけることがないとは思いますが、他の世界の人々は常日頃から魔物の脅威と隣り合わせで過ごしています。そちらに合わせたわけではありませんが、安全な世界ではありません』

 

 アルファ世界とはユウがログインした世界、という認識で問題ないでしょう。そして魔物がおらず比較的安全であると。そんなぬるま湯に浸かっていた人々が、はたして戦えるのでしょうかね。

 人相手とは違う戦いが、容赦なく消滅させる戦いが。

 

『たとえばラビット……はやめておきますか。ウルフにしましょう』

 

 なんだか配慮されたような言葉が終えられると同時に、ユウのすぐそばで黒い霧が発生しました。それは時を置かずして4足歩行のなにかを形作り、彩られ、灰色の毛に覆われた身体と黒い瞳を持つ狼のような存在と成ります。

 

『ラビットよりは少し強いですが、ある世界では最低基準のランク1と評された魔物の内の1体です。それでもあなた方の世界、あなた方の国で多く使われている拳銃などでは僅かな傷すら与えられませんし、ランク高い魔物ともなれば弾道ミサイルですらかすり傷どころか、なにかしらの影響すらも与えられないでしょう』

 

 そうでしょうね。事実、そうだったようですので。

 

『本来ならば少し戦われてみますか、とオススメするのですが既にお聞きしましたからね』

 

 既に戦ったのか、断ったのか。なんだか嬉しそうにこちらの様子を窺うユウからは読み取れませんが、どちらにしても結果は『負け』であると予想できます。

 しかしながら、これはユウに行われた説明を繰り返しているだけのようですので私が戦うことはできないのでしょうねぇ。身体を慣らすため、同時に"ランク1"の"ウルフ"がどの程度の魔物なのか知っておきたかったのですが。

 そう思いこちらを眺めるユウへちらりと視線を送ろうかと思えば、既にその顔は空を見上げるために動き出していました。

 

「召喚したばかりのこの子が戦っても構わないのかな?」

 

『えっと、そうですね……おすすめはしませんが……』

 

 声が纏う雰囲気から定型的な返答ではなく、自己の判断で心配してくれているように思えます。

 まあランク1同士とはいえ、単純な1対1の戦闘ならばウルフが有利と認識されているはずなので気持ちはわかりますし、嬉しいものです。

 しかしながら、これから歩む世界にウルフよりも戦いやすい、初戦闘で勝ちを刻みやすい魔物がいるのでしょうか。危険を主張しておきながら、そこまでぬるい世界なのでしょうか。

 

「大丈夫、イナバは負けなから」

 

 と、そんな"無駄なこと"を考えていたところ隣から自信満々な声が響き渡りました。

 それは負けることを一切疑っていないような澄んだ声。そちらを向いてみれば笑顔で空を見上げるユウが答えを待つように口を閉じていました。これ以上の言葉はいらないというように。

 まあラビットとウルフが戦えば間違いなくウルフが勝利すると思いますが、それは中身が同格であった場合の話です。そうであればスペックだけで勝負を決することができ、さぞかし平和な戦争ができたことでしょうね。

 まあ納得するかどうかは考慮しませんが。

 

『そうですか。いえ、そうですね。それでは10秒後に戦闘開始としましょう』

 

 10秒という長い猶予。カウントダウンが進む中、暇を持て余してユウを向いてみれば笑顔で頷いてくれました。やってしまえ、ということなのでしょう。

 もとより倒すべき存在、手を抜くつもりはないのですが、問題はどのように倒すか。あまり脅威には思えませんし、ユウを害する存在でもない。たとえ負けても再召喚、あるいは復活させてもらえるとは思うのですが、そちらの選択肢に進むことはないでしょう。

 別にこの身体の身体能力だけでも勝てないとは思っていませんが……そうですね。この身体には多くはない量……いえ、かなり少ない総量の魔力が蓄積できているようですので、とりあえずあれを試しておきますか。


『2冊目』を開いて頂き、ありがとうございます。


投稿ペースに関してですが

・1章目は確認も終えていますので5/週で投稿する予定です。

・2章目に関しては書き上げてはいても確認はまだの状況なので、間に合えば同じペースで続行予定です。

※追記:1章終了に間に合いませんでしたorz

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