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へべれけ!  作者: へべれけ
第9話
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09-b2

ゆっくりと妖魔が動き出した

半透明の部分は少しずつ小さくなっている様に見える

多分あの半透明の部分が無くなると、中の人間が妖魔に取り込まれたという事なのだろう

だとするなら、俺達は期せずして妖魔の発生過程を見ている事になる

だが、問題はそこではない

問題は、何故この妖魔だけがこんなにも発生過程が遅いのか?という事だ

今迄、俺達が戦って来た妖魔は全て完成体だった

俺達が妖魔を感知してやって来た時には既に妖魔として完成されていたのだ

そして、囚われていた人間は其れらの妖魔を倒せば解放されていた

だが、この妖魔はどうか?

もし、この妖魔が突然変異体で此れ迄の妖魔の常識が通用しない場合、妖魔の討伐が囚われている人間の解放に繋がる保証は無い

実際、茜はこの妖魔への攻撃に対し直感的に抵抗を示している

もう一つ考えられるのは取り込まれた人間、この場合は翠自身に何かの理由が有る可能性だが、これに付いては検討が付かない


「何方にしろ時間切れの様だ」

動き出した妖魔を観ながら、俺は独りごちた

茜と葵の二人を見ると、不安と焦りの入り混じった様な目で俺を観ている


「心配するな、何とかして見せる」

そんな見え透いた嘘でこの二人を騙せるとは思っていないが、此れが二人に今の俺に出来る精一杯の事だった


"倒すだけなら多分出来る、其処から先は出た所勝負だー"


「さぁ、始めようか」

俺は自分に言い聞かせる様に言って妖魔と対峙した


妖魔の動きは鈍く、その攻撃は俺でさえ簡単に避けられる程に遅い

しかし、此方も迂闊に手を出せない

お互いに決め手を欠いたまましばらく事態は硬直していた


「ねぇ、気付いている?」

「・・・」

葵の問い掛けに茜は押し黙る

其れは茜もその事実に気付いている事を肯定していた


「動きが、速くなって来ているわ」

「・・・」

葵の言葉に、やはり茜は応えない

既に俺でさえ判る程に妖魔の動きは速くなっている

このままでは妖魔は何れ本格的に動き出すだろう


「貴方が出来無いなら、私がやる!」

「待って!」

葵はそう言うと妖魔に向かって行こうとするが、其れを茜が止める


「なぜ邪魔をするの?このままではあの妖魔が動き出してしまう。そうなってからでは遅いのよ。あなたにも判っているのでしょう?」

「其れは・・・」

「もういいわ」

再び葵が妖魔へと向かう

しかし今度は、茜は其れを止める事は無かった



葵の一撃が妖魔の身体を掠める


「チッ」

葵は一つ舌打ちをすると再び詠唱を始めた

妖魔の動きは確実に速くなっている

このままでは何れ葵一人では手に負えなくなるだろう


その光景を黙って見つめる茜の肩の上で、俺もまた同じ光景を観ていた

ふと横を見ると茜が今にも泣きそうな顔で唇を噛んでいる

その唇に血が滲む


俺は何も言わずに再び葵と妖魔の闘いへと注意を向けた

どんなに小さな変化さえも見逃さない様に、神経を限界迄研ぎ澄ましながらー


━━━━━━━━


其れは微かな変化だった

だから俺も葵もその事に気付け無かった

だが、茜は其れに気付いた

そして其れに気付くと直ぐに、茜は行動に移った


「茜!?」

いきなりの出来事に狼狽える俺を他所に、茜は魔力で出来た足場からその身を投げ出す

そして、上空から妖魔へと自由落下を利用して一気に距離を詰めると妖魔へと斬りかかった

しかし、その攻撃が当る直前に身体を捻ってその一撃をワザと外すと、地面にクレーターを穿つ程の一撃の反動を利用して一気に妖魔との距離を取る

「やっぱりだ・・・」

茜が確信した様に呟く


「あの妖魔、翠ちゃんを盾にしようとしてる」

妖魔は攻撃を加え様とすると、その胴体を前に突き出した

その胴体の一部が未だに半透明でその中には人影が見えている


「何だ?どういう事だ?人質のつもりか?」

取り込まれた人間は妖魔の憑代と成る筈だ、その憑代をどうして盾代わりに出来る?

もし憑代がダメージを受ければ妖魔自身もタダでは済まない筈

此方が中の人間を攻撃出来ないと考えているのか?

しかし葵の攻撃への対応を見る限りでは、その行動は思考していると言うよりは寧ろ反射的でさえある

俺は考えを巡らし妖魔の行動の意味を探ろうとする

考えられる可能性を一つ一つ潰して行き、消去法的に一つの仮定を導き出す


"まさか、そんな事があり得るのか?だが、もしこの仮定が正しければ翠を助け出せるかもしれない"

俺は肩口に身を乗り出して、茜の耳元に囁いた












「本当にそんな事が?」

葵は俺の言葉に眉を潜める


茜は作戦を聴いた後、葵に俺を託すと妖魔の注意を惹くべく一人で妖魔と対峙している

その間に俺は葵に作戦の概要を伝えていた


「判らない。だが、その可能性はある」

俺は葵の問いに正直に答える


「判ったわ。でも、もしそれでダメなら・・・」

葵が言い淀む

そんな葵を見詰めながら俺は黙って頷いた


━━━━━━━━


「It's a gale!It'll be my blade, cut and tear that's person!」

葵の放った風の刃が妖魔の身体を切り裂く

その傷口を目掛けて茜が突撃する


「其処!」

茜の渾身の一撃が葵の付けた傷口を穿ち、妖魔の身体が一瞬ブレた様に歪む





「It's a wind!It'll be one thousand blades of blade,mince my enemy!」

その一瞬を逃さず葵が無数の風の刃を放つ

その刃は妖魔の身体の表層を削り飛ばし妖魔に取り込まれた翠の姿が曝け出された


妖魔に取り込まれていた翠は胎児の様にその身体を丸めていた

その上部に妖魔の核が有り、そこから植物の根の様な物が伸びて翠の周囲を覆っている

しかし、その根の様な物は翠の身体には触れてはいない

それはまるで翠の周囲に透明な殻がある様だ


「やっぱりだ!翠は未だ妖魔に取り込まれてはいない。何かが其れを阻止しているんだ!だから妖魔は翠を排除しようとした。だが、自分では排除出来ない。だから俺達を利用して翠を排除しようとしたんだ」

予想はしていた、だが確証は無かった

しかし、現状が俺の予測が正しい事を示している


「でも、一体何が妖魔との同化を阻止していたの?」

葵が聞いてくる

独りごちたつもりだったが肩口にいる為に葵に聞かれたらしい


「それは俺にも判らない。だが、此れで打つ手が出来た。茜!」

「うん!」

俺の合図に応して茜が妖魔に突撃する

魔力を絞り込んだロッドが降り抜かれ、妖魔の核と翠の間の根の様なモノを引き千切り、その反動で核が弾き飛ばされた


核から切り離された翠の周囲の根の様な物の形がボヤけ、やがて仄昏い霧の様になって宙に消えて行く

そして妖魔から解放された翠が地面に倒れ込む

「葵」

「まったく!」

そう言うと葵は翠の側まで回り込んで、俺を翠の側に降ろしてから妖魔の核へと向かって行く


俺は翠に駆け寄りながら、妖魔の核が飛ばされた方を見ると

茜は既に核を追っているが今一つ決定打を撃ち込めずにいる

核からは翠を包み込んでいた根の様な物が再び伸びており、核は其れを触手の様に使って茜の攻撃を回避していた


「取り敢えず向こうは茜達に任せよう」

そう言うと俺は翠の顔に近ずいた

鼻の辺りに顔を近付けると、微かに吐息が聴こえてきたので、俺はホッと胸を撫で下ろす

次に翠の周囲を廻って怪我の有無を確認する

外側から見た限りでは特に外傷は無さそうだ

そして触診の為に身体に触れようとした時、翠が目を覚ました


━━━━━━━━


「クスクスクス、あははははは」

昏く暖かい闇の底で、翠は声を上げて笑った

別に可笑しかった訳では無い

ふわふわっとした柔らかい何かが身体中を駆け回っている様な感じがしたのだ

そして笑うと同時に、翠の意識は深い闇の底からゆっくりと浮上し始めた




















"とても怖い夢を見ていた気がする・・・。とてもとても怖い夢を・・・"

覚醒していく意識の中で、翠は何か大切なコトを忘れている気がしていた

しかし、それが何かはわからない

でも、思い出さないといけない大切なナニカ

そんな葛藤を抱えたまま、翠の意識は覚醒してゆき・・・

目を開けたその時、目の前には動物の顔が有った





「ほぇはわゎゎぁ〜!!!」

間抜の抜けた叫び声を上げて翠は飛び起きた

その反動で後ろにひっくり返り、地面に後頭部を強かに打ちつける

その衝撃で目の前がクラクラするが、それがもたらす痛みは翠の意識をはっきりと覚醒させた


「痛たたたぁ」

打ち付けた後頭部をさすりながら、メガネをかけ直して翠が周囲を見回すと其処は見慣れない場所であった


「あれ?何で私此処に?」

そう呟いてふと足元を見ると、そこに一匹の見たことのある小動物がいた


「へべ・・・ちゃん?」

その小動物は、友達である茜が飼っているペットによく似ていた

翠がその小動物に手を伸ばそうとした時、遠くの方で何かが破裂する音が聞こえた


反射的に翠がそちらの方を向くと、そこには昏く悍ましい"ソレ"と戦っている茜と葵の姿があった

その"ナニカ"を見た瞬間、翠の身体は硬直する

記憶の奥底から恐怖と共に "ソレ"が這い出してくる

思い出したくもない程悍ましい"ソレ"

呼吸が浅く速くなり、心臓は早鐘の様に打ち鳴らす

そして翠が再びその意識を手放そうとした時、とても温かいものがその膝に触れるのを感じた

翠は視線を膝へと向ける

そこには"へべれけ"がいた


へべれけは、じっと翠を見つめている

翠もへべれけのその真っ直ぐな視線を見返す

すると不思議な事に、それまであれほど翠の心を締め付けていた恐怖や不安が薄れていく

翠は一つ大きく深呼吸をすると、もう一度茜達の方に視線を戻す

すると今度はパニック起こさずに冷静に観察することができた

翠のスカートをへべれけが引っ張る


「そうだね、今のうちに逃げなきゃ」

翠はへべれけにそう告げると、ゆっくりと立ち上がろうとした、その時ー


「翠ちゃん!逃げて!!」

茜の絶叫が木霊した


━━━━━━━━


輪郭のぼやけた丸い球の様な身体から蠢く荊の様な触手が生えた様な形の"ソレ"は、ものすごい勢いで迫って来た

茜ちゃん達が追いかけているけれど、多分間に合わないだろう

まるでスローモーションの様にゆっくりと間延びした時間の中で、私は不思議と冷静にその事を受け入れていた

初めからこうなる事を知っていたかの様にー


その時、視界の隅からがへべちゃんが飛び出して来た

へべちゃんは私と"ソレ"の間に入り込むと、後ろ脚で立ち上がり、前脚を拡げて、その小さな身体で私を守る様に"ソレ"の前に立ちはだかる

その小さな後姿を見た時、私は反射的に手を伸ばしていた


と、その手から何かが落ちる

其れは、お守りだった

ずっと握り締めていた筈のお守りは何故か風化した様にボロボロで、私の手から離れると粉々に崩れて、そしてその中から銀色の指輪がこぼれ落ちた

私は反射的にそれを手に取る

その瞬間私の中で何かが弾け、そして私はー





「思い・・・出した!」


━━━━━━━━


妖魔はその触手の一つを翠に向かって突出した

俺は咄嗟に翠と妖魔の間に割って入るが、その直後俺の背後で何かが弾けた

それは光の本流となって周囲を照らし出し、触手ごと妖魔の本体を弾き飛ばす



光の奔流が収まった後、後ろを振り向いた俺の目に映ったのは

緑色のドレスに身を包み、身の丈を超える長さのスタッフを握り締めた翠の姿だった


━━━━━━━━


「エンゲージ」

そう呟いて左手の薬指に指輪をはめる

すると身体の中から光が溢れ出し、自分の中で何かが変わっていくのが理解出来た

魂の奥底から呪文が溢れ出す

私は心の命ずるままにスタッフを振り上げた!


━━━━━━━━


「雷よ!」

詠唱が響く!


「大いなるその威力を我が前に示せ!」

翠の発するその一言一言に魔力が宿り、紡ぎ出す文言が其れを収束して行く!!


「その威力持て我が敵を打ち滅ぼ・・・ガリッ」

その魔力有る言葉が像を成し、言霊が顕現しようとしたその瞬間ー

何かとても嫌な音が聞こえた






「え・・・?」

俺は状況も忘れて翠を見詰める

翠は両手で口元を抑え、その場に蹲っていた

気不味い・・・何かとても気不味い数瞬の後、涙で潤んだ瞳を此方に向けて翠は一言こう言った


「つ・・・つみまてん、かみまてぃた」






因みに妖魔はあの光の奔流に弾き飛ばされた後、身動きの取れなくなっていた処を茜と葵がサクッと倒したそうだ

聞きたい事や話さなければならない事は沢山有ったが、取り敢えず其れらは後日に回し

とても気不味い雰囲気の中、俺達は家路に着いた


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