08-a1
「暗くなって来ちゃったなぁ・・・」
あの後、暫く琴音と京子と茜達の事について雑談を交わした後に、翠は2人と別れて家路を急いでいた
何時もより少しだけ遅い、だけど何時もの帰り路
だが、何故か今日は何時もと違う、翠はなんとなくだがそんな気がした
ふと空を見上げると、空はまるで血の様に赫く染まっていた
「あれ?」
翠は違和感を感じて立ち止まった
"なんだろう?"
何かがおかしい
暫くその場で、ぼーっと空を見上げる
「あ・・・」
そして、翠は気付いた
星だ、星が無いのだ
そこには晴れた日なら夕暮れに見えるはずの一番星さえ見当たらなかった
見上げた空は西から東へと血の様な赫から漆黒の暗闇へとその色を変えていく
その情景は目を奪われる程に美しく
しかしそれは、まるで作り物の様で翠を激しく不安にさせた
「は、早くお家に帰ろう」
そう言って一歩を踏み出そうとした時
キャアアアアアァァァァァ!!!!!
絶叫が辺りに木霊した
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鼓動が早くなり、身体が硬直する
足が震え、口の中がカラカラに乾く
"何?何!?何!!!"
誰かに助けを求めようと辺りを見回す
その時になって初めて、翠は周囲に誰もいないことに気付いた
いや、誰もいないどころか、人の気配すら無い
見慣れているはずのいつもの帰り道が、見たこともない街の街路に見える
翠は無意識のうちに祖母から送られたお守りを握り締めていた
キャアアアアアァァァァァ!!!!!
再び絶叫が木霊する
その、哭く様な、怒る様な、嗤う様な声が、翠の心を掻き毟る
"逃げなきゃ!"
頭の中で誰かが叫ぶ
だが、
凍てついた様に足が動かない
焼け付いた様に体が動かない
魅入られた様に心が動かない
ヒリ付く様な焦燥感が翠の心を埋めてゆく
翠は空を見上げた
血の様に赫い空を
その空は涙で滲んで見えた
その滲んだ空が広がって行き、空を、街を、翠の心を歪めていく
翠は諦めた様にゆっくりと瞳を閉じようとしてー
何かが翠の頭上を横切った
キャアアアアアァァァァァ!!!!!
次の瞬間、三度絶叫が木霊する
しかしその声は、最早怒る様でも、嗤う様でも無く、苦痛に泣く様な声だった
気が付くと、翠は道路の上にへたり込んでいた
周囲を見回すと人影こそ無かったが、人の気配を感じることができた
翠は、震える両手で自分の体を抱きしめる
長い長いため息と一緒に、身体の中から緊張が溶け出して行く
翠は、道にへたり込んだまま泣いた
しばらく泣いて心が落ち着くと、翠はまだ震える足で立ち上がった
"あれは・・・あれは一体なんだったんだろう?"
よろよろと歩き出しながら、翠は今自分が体験した事を思い返す
もちろん思い返した処で、今自分が体験した事が何か判る訳も無かったが、翠は1つだけ確信めいたものを感じていた
「さっきの2つの影、あれは・・・」
そう呟くと、翠は星の瞬き始めた空を見上げた
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「It's darkness,It's a curtain in the evening,wrap me and hide me.Coat of recognition!」
葵は呪文を詠唱し終えると、ドレスのサッシュが変化した翼を広げて一気に空へと舞い上がる
それを追って、茜も上空へと駆け上がる
「葵ちゃん、今のは何?」
「認識阻害の呪文よ」
「認識阻害?」
「結界の一種で、人の認識から姿を隠すの。私達が飛んでいる所を見られたら、騒ぎになるでしょう?」
葵の説明に茜は少し困った様に首を傾げる
「だったら、今迄貴方は如何していたの?空を飛ばないまでも、その格好で出歩いて問題無かったの?」
「うーん、変身すると皆んな私の事が見えなくなるみたいで、そういうものかなって・・・」
「・・・」
「どうしたの?葵ちゃん」
「なんでも無いわ」
「2人共、おしゃべりしてる場合じゃないぜ。奴が見えてきた」
「先ずは、なんとかして地上に叩き落とさなきゃ。そして叩き落としたら、もう一度結界で囲むの。とにかく人と接触させたらダメ!そうなる前に結界に封じ込めるのよ!」
「判った、兎に角やって見る!」
茜はそう言うと、勢いを付けて妖魔に突進した
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キャアアアアアァァァァァ!!!!!
妖魔の絶叫が木霊する
その怒る様な叫びは、まるで勝利を宣言するかの様だった
妖魔の身体から滲み出す妖気が周囲の空間を浸食して一種の結界を形成していた
それは、妖魔を中心として空を覆い、見る者の心を強く掻き乱す様な歪んだ色に世界を染上げて行く
そこから触手の様に伸びる漠然とした感覚は、それを感じ取ってしまった犠牲者達の心の隙間に忍び込み、不安と焦燥によってその精神を絡め取って行く
キャアアアアアァァァァァ!!!!!
再び妖魔の絶叫が木霊する
その嗤う様な叫びは、まるで捉えた獲物を嬲る事を娯しむかの様だった
茜色の空に2つの星が流れた
その星は、光の軌跡を残し歪んだ色の空を切り裂いて行く
そして、2つの星が空の一点で交差した時ー
キャアアアアアァァァァァ!!!!!
茜色の空に、三度妖魔の絶叫が木霊した




