二人の時間
その日は日曜日だった。
紗月から珍しく朝早くにメッセージが届いていた。
<今日暇? 付き合ってほしいとこあるんだけど。>
零は二日後に迫った運命のことを頭の片隅から追い出せないまま待ち合わせ場所へ向かった。
紗月はいつもの制服姿ではなく私服だった。淡い水色のワンピースに麦わら帽子。零は思わず少し見とれてしまった。
「何じろじろ見て。」
「……いや別に。」
「怪しい。」
紗月は悪戯っぽく笑って零の腕を引いた。
「行こ。」
連れて行かれたのは少し離れた場所にある古い商店街だった。
「ここ昔よく来てたところ。覚えてない?」
「……あんまり。」
「もう薄情だなあ。」
紗月は不満げに頬を膨らませたがすぐに笑顔に戻った。
二人は古びた駄菓子屋を覗き屋台のたい焼きを分け合い小さな神社の階段を競うように駆け上がった。
「零、遅い!」
「待てって!」
息を切らしながら階段を上りきると境内から街並みが一望できた。
「見てあそこ。」
紗月が指差した先に二人の通う高校の校舎が小さく見えた。
「毎日あそこに通ってるんだね私たち。」
「そうだな。」
「なんか不思議。こうして見ると。」
紗月は境内の階段に腰を下ろした。零もその隣に座った。
しばらく二人とも何も言わずに景色を眺めていた。
風が紗月の髪を静かに揺らしていた。
「ねえ零。」
「何。」
「もし私が明日いなくなったらどうする?」
唐突な問いに零は言葉に詰まった。
「……なんだよ急に。」
「ただのたとえ話。」
紗月は軽い調子で言ったがその目はどこか真剣だった。
「そんなこと考えたくもない。」
零は正直に答えた。
「紗月がいない世界とか想像できない。」
紗月は少し驚いた顔をした後柔らかく微笑んだ。
「……そっか。」
「なんだよ変な質問して。」
「ごめん変なこと聞いて。」
紗月はそう言うと鞄から小さなイヤホンを取り出した。
「ねえこれ聴いて。」
片方を零の耳に差し込む。
流れてきたのは聞き覚えのある懐かしいメロディだった。
「これ小さい頃よく一緒に歌ってたやつだよね。」
「……そうだったか?」
「もう忘れちゃったの?」
紗月は呆れたように笑いながら小さく口ずさみ始めた。
零もつられるようにその旋律を口にした。
歌詞はうろ覚えだった。それでも二人の声は不思議と重なった。
夕暮れの境内に二人だけの小さな歌声が静かに響いていた。
「やっぱり覚えてるじゃん。」
「まあな。」
零は照れくさそうに視線を逸らした。
紗月は満足そうに笑うと零の肩にそっと頭を預けた。
「ずっとこんな時間が続けばいいのに。」
その呟きが零の胸に静かにしかし深く刻まれた。
その時の零はまだ知らなかった。
この何でもない幸せな時間こそが後になって何よりも大切な記憶になることを。
そしてこの日の記憶さえもいつか二人のどちらかから消えてしまうかもしれないということを。
二日後の夜がすぐそこまで迫っていた。




