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【最終話】45 ずっとそばに

 あれから目まぐるしく色々なことが変わるかといったら、そうではなかった。

 人間界では宰相による凶行、人間界と魔界の歴史が公表されて大きな騒ぎにはなったようだけれど、フェデリックが言っていたように、それですぐに人間が魔族に友好的になることはなかった。


「なにぶん、魔王様が数多くの人間を屠ってしまいましたから」


 そう言っていたのはルドラ様だ。

 いくら宰相の策略によってなんの落ち度もない魔族へ攻撃をしたのだとしても、ノア様が多くの人間の命を奪ってしまったのは事実で、魔族に対する憎しみや忌避感はそう易々となくなりはしなかった。

 けれど、今まで人間だけでは対処できていなかった魔物の討伐に魔族が協力したことで、少しずつだけれど魔族への見方は変わっているという。

 時間はたっぷりありますから、とルドラ様は嬉しそうだったので、きっと大丈夫なのだろう。


 髪が風に巻き上げられ、わ、と声を上げる。すると、私の前を歩いていたノア様が足を止めて振り返る。


「どうした?」


「いえ、突然風が吹いたのでびっくりしただけです」


「そうか、もうすぐ着く」


 今日はノア様と一緒に屋敷の裏の林の中を、ある場所へ向かって歩いている。


「転移で行ければよかったのだがな。……余はあの場所へ行ったことがないゆえ」


「私はその、お散歩みたいで嬉しいです」


 そう言うと、微笑んだノア様がそばまできて私の手を取る。


「足場が悪くなってきたからな」


 私はドキドキしながら頷き、手を握り返す。

 足取りがふわふわとする。前はこんなに胸がうるさくなることなんてなかったのに、ここ最近はノア様と一緒にいるとこうなることが多い。


「ここか」


 立ち止まったノア様の視線の先を見ると、厳重に結界が張られた開けた場所が目に入る。普通結界は目に見えないのだけれど、ここはあえて見えるように張られているそうだ。繊細なレースのように幾重にも折り重なった結界は、一つの美術品にも見える。


「こんなに美しい結界を張ってくれていたのだな」


 結界を張ったのはレイ様だという。

 無言で歩き出したノア様に続いて私も足を踏み出す。結界が私たちを阻むことはなく、なんの抵抗もなくするりと結界内へ入る。


 結界の中には四つの大きな石が置かれていた。

 ここは、ライラ様たちのお墓だ。


 一際大きな石の前まで進んだノア様は、その場に膝をつく。


「百年以上もこずにすまなかった。余は、ライラの死によってライラとの縁が断たれたのだと思い込み、その現実から目を晒し続けてきた。なんとも、浅い話よ」


 そう言って石を優しく撫でたノア様は立ち上がって他の石も順番に撫でる。


「お前たちもすまなかった。余は、お前たちをただライラの代わりにした。だが、そんな余のそばに健気にも寄り添ってくれたこと、感謝している」


 私は少しだけ離れたところからノア様とライラ様たちの逢瀬を見守る。慈しむように石を撫でるノア様を見ていると、代わりといいながらもそれぞれのライラ様を大事にしていたことがわかる。

 すべてのライラ様に挨拶を終えたノア様が私の方に振り向いたので、私は小走りでノア様のそばへ向かう。


「ライラにも、まだ謝っていないことがある」


「え?」


 私はノア様に謝られるようなことが思いつかず首を傾げる。


「ライラは、その姿から変わらない。せっかく知り合った人間たちと同じように歳を重ねることはできぬし、寿命も人間とは異なるために全員を見送る立場になる。……人間だけではない。ルドラやサーシャ、レイのことも、送る立場になろう」


 それを聞いて、私は不意にわかってしまった。


「ノア様は、だからライラ様を眷属にしなかったのですか?」


 ライラ様をただの人間のままにして愛し続けたノア様。眷属にすることによる変化を恐れたとルドラ様は言っていたけれど、ノア様のライラ様への想いの強さを考えると、ライラ様が多少変化したところでノア様は変わらず愛し続けただろうから、本当にそうなのだろうかと不思議に思っていた。

 だから、もしかしたら。


「……ああ。ライラには仲の良い両親と可愛がっていた年の離れた弟と、心を許した友人たちがいた。ライラが眷属となって人間と同じように歳を重ねることができなくなれば、いずれその者たちに会えなくなる。それどころか、そのすべてを見送る立場になり、親しい者たちをすべて失う悲しみを味わわせてしまう。それは、情の深いライラには酷だと思ったのだ」


 ノア様は私を見て、少し寂しそうな顔をする。


「だが、結局ライラには、その悲しみを味わわせてしまう。……余の身勝手な欲望のせいで」


 つきりと胸が痛む。そんな、自分を責めるような顔をしないで欲しい。


「私は、ノア様のそばにいることが何よりも幸せなのです。だから、たとえレオナルドやルミエール、ルドラ様たちを見送る立場になったとしても、ずっとノア様のそばにいられるならそれでよいのです」


 むしろ、ノア様こそ全員を見送る立場なのだ。膨大な魔力を身に宿したノア様の寿命は誰よりも長い。


「ノア様を、一人にはしません」


 ノア様の左手を取って両手できゅっと握る。私はこの身体でよかった。私の身体は、魔素さえあればこのまま維持できるのだ。ずっと、ノア様の最期までそばにいることができる。


「ノア様が息を引き取るその時まで、私はそばにいます」


 私には魂がない。だから、ノア様の魂と共には在れない。生まれ変わったノア様と会うこともできない。

 けれど、私だけがノア様に最期まで寄り添うことができる。私だけがノア様を見送ることができるのだ。

 私はそれが誇らしい。


「ライラはたくましくなったな」


 右手が私の頭を優しく撫でたあと、小さな声でありがとう、という声が聞こえた。


 ノア様の顔を見上げると、ちょうどふわりと吹いた風がノア様の髪の毛をさらう。


 その耳には、夜色の耳飾りが揺れていた。

最後までお読みいただきありがとうございました。少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

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