すっぴん万歳
「はい。殿下。私たちは王立学校の同窓生です。卒業後は一緒に街の管理に従事しておりました。」
エルが殿下に答えている間に侍従は椅子を検め、殿下に腰掛けても大丈夫と伝えました。
「エル。侍従様にお茶をお勧めするよう申し上げて下さい。」
エルは、侍従に伝えてくれます。
殿下は茶番めいたやり取りに少し顔をしかめていました。
そうそう、こういう顔する人だった。
と、私は懐かしい気持ちになりました。
同時にあの頃のやるせない気持ちも同時に蘇ってきて表情に出さないように苦心しました。
「君たちは座らないのか?」
立ったままの私とエルに殿下は直接声をかけてきました。
私は何も返答をせず黙っていました。
エルが困ったように私を見ていますが黙ったままでいました。
私と違ってエルは返答できるのですが私を気遣ったのでしょう。
侍従が焦ったように殿下に耳打ちしました。
殿下は更に眉間の皺を深くして
「直答を許す。」
と、言ってきました。
私は侍従だけを見据えて
「では、今だけ侍従様に直接申し上げるのをお許し下さいませ。殿下にどうぞお伝え下さい『私はこの国の民として王家に忠誠を誓う身ではありますが、場末の娼館に務める卑しい身分の者です。殿下にお目にかかる栄誉に預かり大変光栄と存じますが、これ以上のことはどうぞご容赦下さいませ。私は自分の立場を弁えております。』と。」
「ディアンヌ!取り次ぎなど必要ないと言っただろう!」
殿下は机をドンと叩きました。
私はその場で跪き頭を垂れました。
はぁ~と深いため息が聞こえます。
私は頭を上げませんでした。
「これでは、話し合いにもならないな。」
吐き出すような殿下の声に
「ですから、話し合いなど不要と申し上げましたでしょう?」
冷たい父の声がしました。
「わかった。本人の同意が欲しかったが仕方が無い。」
殿下が立ち上がる気配がしました。
「ディアンヌ。今から王城へ連れて行く。」
思わず顔を上げた私を冷たく見下ろす殿下と視線が合いました。
「これは決定事項だ。」
その口調も、眼差しも、馬車の上から私をあざ笑ったあの頃と何一つ変わっていませんでした。
あれから10年も経ったというのに殿下は何一つ変わっていない。
それに対抗する術をも持っていない私。
それが非常に腹立たしくて私はぎゅっと唇を噛みしめました。
「その仮面も不要だな。」
殿下は私の前に屈むと仮面をむしり取るようにして奪いました。
そして、
「えっ・・・?」
と、言葉を飲みました。
「ディアンヌ・・・。」
不安げに名前を呼ばれ私はカチンときました。
かつてはノーメイク変装が効きました。
今はノーメイクが標準です。
だって仮面の下にばっちりメイクする人間がいると思いますか?
蒸れるし、なんなら仮面の内側にメイクした私の顔が魚拓ならぬ顔拓としてついてしまいます。肌にも良くないし、すっぴん万歳ですよ。
何しろ私を美醜で判断する人もいないですしね。
久しぶりに外見で判断される感覚にカチンどころかムカつきが止まりません。
殿下は私のすっぴんを見てディアンヌかどうかが確証もてなくなったのでしょう。




